6月はマンハッタン・ジャズ・クインテットの二連発でした。先日の「ブルーノート東京」に続いて、6月30日に観てきたのは平賀マリカさんのコンサートです。彼女がマンハッタン・ジャズ・クインテットをバックに吹き込んだ『クロース・トゥ・バカラック』。発売されたばかりですが、これが思いのほかよかったので、発売を記念したコンサートにも行ってきました。
60年代からのバカラック・フリークですから、バカラックと名前がついているアルバムはいつも気になります。この作品もタイトルでまずひっかかりました。レパートリーは大体どんなバカラック集でも同じで、この作品も大同小異といったところです。
それでも平賀さんのヴォーカルがチャーミングでしたし、デヴィッド・マシューズのアレンジも、マンハッタン・ジャズ・クインテットの演奏もつぼにはまって、ぼくはかなり気に入りました。
しばらく前にTrainchaというオランダのシンガーがオーケストラをバックに同じような曲目を歌った『ルック・オブ・ラヴ~バート・バカラック・ソングブック』という作品があって、そちらをこのところずっと聴いていたのですが、そこに平賀さんの新作も加わりました。Trainchaのアルバムも実にいいんですよ。ブルーノート・レーベルですし。
半蔵門の「TOKYO FMホール」で開かれたコンサートは、「雨にぬれても」から始まりました。平賀さんのライヴは今回が初めてです。リズム感がいいし、歌に嫌味のないところに好感が持てました。媚びていないところがいいですね。日本のジャズ・シンガーで気になるのは、媚びるひとが結構多いことです。歌詞に媚び、メロディに媚び、オーディエンスに媚び、バックのミュージシャンに媚びるひとをよく見かけます。
本人にそんな意識はないんでしょうが、ぼくにはそう感じられることがよくあります。英語で歌うことのコンプレックスがそうさせているのかもしれません。そんなに無理しないで自然に歌ったら、と思うこともしばしばです。でも平賀さんの歌には媚びるところがありません。それが聴いていて気持ちよかったですね。
一面識もありませんが、さばさばしている性格かもしれません。少なくとも彼女のヴォーカルからはそういう印象を覚えました。ぼくは、ねちょっと歌われるのが好きじゃないんですね。女性っぽいのは苦手です。それでアニタ・オデイやカーメン・マクレエ、最近ではダイアナ・クラールなんかが好きです。きっぷのいい歌が好きというか。
平賀さんのヴォーカルは彼女たちとは違いますが、それでもことさら女性らしさを強調していないところがよかったです。といっても、男性的なヴォーカルっていう意味ではありません。女性特有の優しさやしなやかさも認められます。その上で、ねちねちしないでサラリと歌うところ、その心意気が気に入りました。
平賀さんのヴォーカルとマンハッタン・ジャズ・クインテットの組み合わせもよかったですね。ぼくは「ア・ハウス・イズ・ア・ノット・ア・ホーム」や「恋よさようなら」あたりを楽しく聴きました。
バカラックのメロディはビートルズと同じで、どんなタイプの音楽にも合います。もともとジャズ的なコード進行が用いられている曲も多いので、とくにジャズ向きだとは思います。そこをマシューズが巧く使って、マンハッタン・ジャズ・クインテットのサウンドに仕上げていました。やっぱり才能がありますね。彼のキャリアはだてじゃありません。
バカラックといえば、ぼくが聴き始めたころは、日本でもようやく彼の曲が立て続けにヒットするようになった時期にあたります。そのころはバカラックという表記ではなく、バカラッチなんて書かれていました。すぐに訂正されるようになりましたが、あれから40年くらいが過ぎたんですね。
そしてそのころに書かれた多くの曲がいまも輝きを失わず、多くのシンガーやミュージシャンによって歌われたり演奏されたりしています。「TOKYO FMホール」で聴いたステージもそのひとつです。そして、ここにも平賀さんのバカラックがありました。
バカラックが書いた珠玉の名曲とマシューズのジャジーなアレンジ、そしてこのコンサート。これらはきっと彼女の財産になることでしょう。これからも大切に歌い続けていってほしいですね。