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長友啓典
Keisuke Nagatomo
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1939年大阪生まれ。1964年桑沢デザイン研究所卒業。日本デザインセンター入社。1969年黒田征太郎とK2設立。
エディトリアル、各種広告、企業CI、及びイベント会場構成のアートディレクションを手がけるほか、多数の小説に挿絵、エッセイ連載など、現在に至る。
日本工学院専門学校グラフィックデザイン科顧問
、東京造形大学客員教授




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「PIKADON」
衣食住をテーマにイノチのことを考えます。




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カテゴリ:装丁問答
  • 装丁問答.28
    [ 2007-08-14 13:42 ]
  • 装丁問答.27
    [ 2007-07-18 16:49 ]
  • 装丁問答.26
    [ 2007-06-20 23:06 ]
  • 装丁問答.25
    [ 2007-05-21 16:16 ]
  • 装丁問答.24
    [ 2007-04-20 23:45 ]
  • 装丁問答.23
    [ 2007-03-22 20:05 ]
  • 装丁問答.22
    [ 2007-02-19 22:21 ]
  • 装丁問答.21
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  • 装丁問答.20
    [ 2006-08-21 15:39 ]
  • 装幀問答.19
    [ 2006-08-14 16:13 ]
装丁問答.28
「あとん」2007年4月 vol.29に掲載された装丁問答です。
左メニューに「装丁問答イッキ読み」ボタンを設置しました。バックナンバーもお楽しみください。



装丁問答.28 面白い本屋さんで「ジャケ買い」した本

「ファイブ」なのか「ご」と読むのか? 本屋さんの平台にディスプレイされている何百冊の本のなかで、ひときわ目立つ「5」という数字が目に飛び込んで来た。数字の書体の選び方が良い、地味ではあるが荒削りな地模様に極太の「5」が画面いっぱいに黒一色で伏せてある。カバーの紙の選択も良い、フランス装の製本も間違いない。デザインは完璧である。久し振りの「ジャケ買い」で「5」という本を購入した。

著者は誰か? 版元も知らず、まして新聞、雑誌の書評も目にしていなかった。本屋さんにぶらりと立ち寄った時に、他の新刊本を突き放す存在感を示していた。佐藤正午という作家も初めて知った。表紙の「5」のデザインの良さで衝動買いをした後、あれよ、アレヨと読んでしまった。いつ表題の「5(ご)」が解明出来るのかと読み進んでいるうちに違う感覚でこの本に魅入ってしまった。不思議な恋愛小説となっている。

大阪には月に2、3度は行っている。生れ育ちが大阪だからという訳でもないが、大阪が落着く、ふらりと目的もなく街を歩くのが好きだ。生活の場となっている東京では日々、仕事を中心として、なにかに追いまくられている気分になる。
大阪ミナミの三津寺筋に「std.」スタンダード・ブック・ストアという本屋さんが出来た。今迄の本屋さんのイメージを覆す、面白いコンセプトを持っている、テーマパークの楽しみ方が出来る本屋さんである。余裕のあるお店づくりは出来ないものかと、常々思っていたがついに大阪で見つけた。目的もなくぶらりぶらりと散策している時にピカッと光る何かを見つけた時は、この上もなくワクワクドキドキしてきます。「本」というものを媒介として、文化を買っている訳ですね。ここはそういう本屋さんです。この本屋さんのご主人に敬意を表したいです。こういう考えの人に会うと嬉しくなってしまいます。

この本屋さんで何気なく面白いもん、ないかいなと見ていたら「5」が目に飛び込んできたんです。吸い込まれる様にこの本の前に立っていました。「5」って何やろか? 思い出したのがまずシャネルの香水No「5」、音楽での思い出マンボナンバー「5」、五番街のマリーにニューヨークの「5」番街……いろいろな「5」を思い浮かべました。シャネルのNo「5」は言わずと知れた、20世紀のセックスシンボルとして名を馳せたハリウッドの大女優、マリリン・モンローの発言の中での事。「あなたがおやすみになる時のコスチュームは?」の質問に対して「うふふ」とセクシーに「シャネルの5番よ」とお答えになったそうだ。子供ごころに「モンローさんは裸で寝てはんねん」と興奮した。マンボナンバーファイブは南米が発祥の野性的なリズムである、ペレス・プラード楽団が先頭を切り、世界に発信され「ウーッ!!マンボ」と世界の若者達が口にした。
ニューヨークの五番街は世界に冠たる、セレブなストリートである。一番の印象は何と言ってもオードリー・ヘップバーンが主演した「ティファニーで朝食を」で彼女があの宝飾店、ティファニーのウィンドウを見ながら朝食用のパンを食べるシーンが何とも愛らしい仕草だったことを思い出す。こんなに綺麗な人が世の中に存在するのか? と思ったほどだ。初めてニューヨークに行った40年前には、まずティファニー前からダウンタウンとウィンドウショッピングに一日を費やした。なにはともあれ「5(ご)」(佐藤正午著、装丁=高柳雅人・角川書店装丁室、角川書店刊)をあまりのインパクトで「ジャケ買い」してしまい、これだけの事を思い巡らせてくれたんだから、本って、本屋さんって、素晴らしい。本屋さんに行くのが楽しい。目的もなし、目的のついででも良い、ぶらりと散策すると何かと出会う、何が見つかるか分らない。
by k2-d | 2007-08-14 13:42 | 装丁問答
装丁問答.27
「あとん」2007年3月 vol.28に掲載された装丁問答です。



装丁問答.27 ホンネの創作入門 品のある装丁

エンジン01(ゼロワン)文化戦略会議と言う名の集合体がある。異分野の専門家が自由な意思を以て集まり、相互に学び合い、新時代の文化を創造していくことを目的とし、この目的を果たすための活動を行う上で公正と無知の心を基本理念としている。立派な集合体である。三枝成彰さんが幹事長で副幹事長に浅葉克己、池坊美佳、林真理子さんが名を連ね、秋元康さん以下30数名の幹事が控え、「ぴあ」の矢内廣社長を事務局長とするスゴイ集合体である。

なぜこういう集合体を僕が紹介しようと思ったかと言えば、スゴイ動き、運動をしている割にはあまり実体が皆さんに知られていないからだ。そういうキライがあるので、一会員としてお節介ながらちょっと、という訳である。その集合体の、第五回目となるワークショップが「オープンカレッジ下関」「今日いく学園」というタイトルで三日間に渡って行われた。「今日いく」と「教育」をかけた洒落である。その一日に参加した。
「90分で分るクラシック音楽」「90分でわかるファッション」「90分でわかる経済入門」「90分でわかる脳」……40ものテーマが時間割ビッシリと組まれていた。僕たちの教室は岩井志麻子さんを先生役として生徒は池田卓夫、瀧井敬子、中丸三千繪、山本寛斎という錚々たるメンバーと私となっている。

皆さん一家言も二家言もある異分野の勇である。タイトルは「90分でわかる恋愛小説の書き方」であった。先生がまずテーマのなかから15分ほど話しをされ、それについて各々が話し、観客はそれを観戦すると言う仕組みとなっている。岩井先生云わく「わたしは恋愛と言うより下品な官能小説が得意なんだけど」と言う軽いジャブで始まった。生徒役の一同はさて何が始まるか「戦々恐々」である。

「恋愛の話しで一番つまんないのはいい恋とか、清い恋とか、得恋の話、わたしはいかにもてたか!! なんて面白くも、可笑しくもないじゃない」「やはり人の失敗、自分の情けない話をブチまけて下さい。さすれば一冊の本になった時は読んで下さる方々もいたく満足されるはずです」「それが小説のコツです」と先生はおっしゃられた。そこで先生、ではおひとりずつ「一番のご年配とお見受けし、人生の先輩として長友さんからお話をお聞かせ頂きましょう」となってしまいました。
「えーッ」なんでや、右から順番に話す約束やったのに「どないしよう」突然の指名に心臓がバクバクと思ったら、ピタリと止まり過呼吸と無呼吸の行ったり来たり。冬なのに汗がだらだら、ノドがからから……口をついて出たのは「兄嫁のブラジャーが……」の一言であった。何が幸いするか分りませんねぇ。苦し紛れの一言が岩井先生いたくご満足され、「最初の生徒さんは分りが早いですね」。「兄嫁という禁断の領域を」テーマに選んだとは「流石」です、とのお褒めの言葉でした。

そんな事があった数日後、渋谷のBunkamuraの野田地図講演「ロープ」を観に行った帰り、お疲れさん会で内田春菊さんにお会いした。その時「新刊です」と頂いたのが、この本『作家は編集者と寝るべきか』(内田春菊著、草思社刊)であった。「ここまで書いちゃっていいんですか!?」どこまでさらけ出すのでしょう。ホンネの創作入門! ですぞ。目次を見たら十五章あるんですが、ものスゴイフレーズの連続です。血ィ湧き肉躍るとはこの事ですな。一気に読んでしまいました。面白いのなんの。これやなぁ、この本を先に読んでいたら「90分で分る恋愛小説の書き方」なんか「屁の河童」でしたわなぁ。

この恐るべき面白本の装丁は長坂勇司さんとおっしゃる方でした。僕ははじめてお会いしたのですが、あのメガヒット本、ポプラ社の『グッドラック』はじめ数々のブックデザインをされている方でした。どうりでカバーの内田春菊さんのイラストのあつかい、タイトルの文字のレイアウトが銀の箔であったり、寝るという文字を横にしてほんとに寝かしてみたり、目次のデザイン、本文中のピンクの色使い、プロの仕業と感心してしまった。品のある装丁のなかに十二分に内田春菊ワールドが表現されていました。
by k2-d | 2007-07-18 16:49 | 装丁問答
装丁問答.26
今回は「あとん」2007年2月 vol.27に掲載された装丁問答です。はやく一冊にまとめたいんですけどね。


装丁問答.26 イトイとソブエの「満喫本」

糸井重里さんがウェブサイトで「ほぼ日刊イトイ新聞」というサイトを立ち上げたのは1998年ごろだったと思う。糸井ちゃんの洒落がまた始まったなぁと言うぐらいの認識でしかなかったのが、2007年の今日まで続いていると言う事が目茶目茶スゴイと思う。これは通称「ほぼ日」と言われるようになり、今や100万のアクセスが毎日あると言う人気サイトになっている。ハラマキ、タオル、石けん、Tシャツ、文房具……、とオリジナル商品を発売するまでに大きくなってきた。まさかと思っていた、ビックビジネスだ。「ほぼ日手帳」などは重版をするほどのベストセラーにまで成長している。
ご存知のように糸井さんはコピーライターでデビューをし、数々のヒットを飛ばし、一連の西武百貨店の広告「おいしい生活」「不思議大好き」はあまりに有名で、世間を「あッ」と言わしめた。それにあき足らず、あのジュリー(沢田研二)が歌う「ト・キ・オ」の作詞は確かレコード大賞にまでなったはずだ。ゲームの時代が来るのをいち早くキャッチしてゲームのデザインにまで手を拡げたりもした。2、3年前からはトレーニングジムの企画までされたと聞き、僕も一度覗いてみた。活気のあるスペースが作られていた。ビルの名前が「明るいビル」と言うネーミングとなっていた。いかにもと言う感じに、思わず「ニコッ」としてしまった。こうした流れを見ていると糸井さんは時代と共に生きているというか、時代と添い寝をしながら生きておられるという感じがする。

その「ほぼ日」がこのほど「ほぼ日ブックス」を出した。ユニークなラインナップに感心してしまう。いかにも糸井さんらしい本が揃っている。そのなかのひとつがこれだ。「この世は小さな面白いことだらけ」と言う帯のコピーにつられてこの本を手にした。箱入りの小さな、なかなかお洒落な本で僕の目を惹き付けた。『ベリーショーツ』と言うタイトル、「54のスマイル短編」というサブタイトルに作家名「よしもとばなな」という著者名が読者ごころをくすぐり、上手く本文へと誘導するデザインがなされていた(東京糸井重里事務所刊)。
何の疑いもなくレジに行き購入した。本屋さんから事務所に帰る間、早くその本を見たさにワクワク、ドキドキしていた。事務所に帰りおもむろにビニール袋から取り出して、ゆっくりとためつすがめつ上から下へ、右から左へ表と裏にと眺めて感心した。上手く出来た上等な本だ。しかもそれを軽々とデザインされているところがスゴイ。ハガキ大の判型がやけにチャーミングに見える。表紙をめくると表紙裏に特別デザインの郵便スタンプが押されていた。ここでハガキ大の判型がクローズアップされ、成る程と合点がいく。装丁の隠し味なんですね。
ここで装丁者の名前を見て納得した。隅々まで細やかなデザインセンスが行き届いている「祖父江慎」のブックデザイン力の勝利だ。殆ど各ページにちりばめられた「ゆーないと」(僕は知らない人である)のイラストレーションが魅力的だ。カラーで描かれている「へたうま」を思い出しながら見たが、文章と相まって上手く流れを作っている。本文も時によりパートカラーで印刷されている。なかには箔押しされた金文字まで登場するという凝りようだ。ここまでやるかと思ったのはツカの部分に見られるイラストレーションだ。それと名刺大の写真ページが一ページだけ差し込まれていた。これはこの本のデザインの止めだ。祖父江ワールド「満喫本」だ。一つだけ分らないところがあった。本のスピン(しおり)がやたら長いところが何か意味があるのかなぁ、という所である。

いずれにしても天才イトイが天才ソブエと仕事をするとこうも軽快に大変な事を難なくやりとげてしまうのか、感動とか脱帽とか、感嘆とかでなく、ただただ嬉しくなってしまう。
by k2-d | 2007-06-20 23:06 | 装丁問答
装丁問答.25
アートンのフリーペーパー「あとん」vol.26に掲載された装丁問答のバックナンバーです。今月号は人気絶頂のアーティスト 大竹伸朗くんです。

装丁問答.25 予定調和ではない魅力

東京都現代美術館で大竹伸朗の「全景1955-2006」展が開かれ、同時多発的に全国7カ所で展覧会が催された。こういう展開は大竹伸朗らしいやり口だ(良い意味で言っているんですよ)。東京都現代美術館は石原慎太郎都知事もサジを投げるぐらいの財政的にはお荷物なところだと、読んだか聞いた記憶があった。まず人が来ないので入場料収入が期待出来ないらしい。ところが午前中にその会場に行ったところ、もう多くの若者達が列をなしていた。「大竹人気恐るべし」だ。こういう企画を連発すれば都知事のヤメル・ヤメナイの戸惑いもなくなるのだろう。

そんな気にさせる大竹人気の秘密はさて何だろう。何がそんなに若者の気持ちを摑んでいるのだろう、と考えてみた。間髪入れずに言ってしまえば結論として「そんなもの分るはずもない」である。分っていれば誰もが皆やってしまう。分析は無駄な事である。東京都現代美術館の屋根のてっぺんに「宇和島駅」というネオンがかかげられていた。このネオンサインひとつで、もうこの場は大竹伸朗にジャックされてしまった。大竹が今回やろうとしている事の90パーセントはこのネオンが語っている様な気がした。
「やりやがったな」とド肝を抜かれた。大竹が決して奇をてらっているわけでもないのは百も承知だが、その様に見る人も多い。大竹は音楽をやるにしても、コラージュも、ドローイングも、ぬりえも、自由の女神を持ってこようが、外国に行こうが、美術学校に入ってすぐ休んで休学しようが、宇和島に行こうが、極々普通に振る舞っているのだが、枠組みにはめて見たがる人々にとって奇異に感じるのかも知れない。日本人は枠組みにはめるのが好きですね。と言うより安心するんですよね。

大竹伸朗が大学に復学した時だから、1970年代のはじめのころ、六本木「ケイツー」黒田征太郎のところに足繁く通っていた時期があった。その関係でふるくから彼のことを知っている。作品をスケッチブックいっぱいに持って来ていた。エネルギーのかたまりがそこにはあった。あまりあるマグマの噴出どころを探していた感がある。そのエネルギーが今でも続いている、と言うことか。ありていに言えば「継続は力なり」を見せつけてくれた。今度の展覧会を見て思ったのは、そのエナジーは止まる所をしらないと言う事だ。そんな大竹の作業に頭が下がる。僕の好きな「量は質を凌駕する」を目の当たりにした気持ちだ。

外国から帰って来た時に見せてくれたスクラップブックに仰天した憶えがある。乱暴に見えて繊細な作業、レンガのような厚さのスクラップブックを何冊もこれでもか、これでもかと見せつけてくれた。大竹が言うところの「熱き心」の産物だ。それは大竹の原点のような気がする。

ちょっと展覧会の事を喋り過ぎたか? この話はこの場に適さないのでこれぐらいにして、ブックデザインの事について少々話してみたい。本来ブックデザインを抽出して語っても意味がないと思うのだが、大竹のデザインセンスが素晴らしい事にふれてみる。スクラップ、作品集、エッセイ、文庫、絵本にわたるブックデザインを見てみると同じ系統のものがひとつもないところに才能を見てとれる。一冊一冊すべてに工夫を凝らしている。サポート役のデザイナーに池田進吾をはじめ小関学がいることはいるが、殆ど大竹自身のデザインと聞く。勝手に手が動いていくのだろう。予定調和のデザインではない魅力がある。
もうひとつ、つけ加えるとこのところよく使われている大竹自身の作字であるらしい独特の書体がある。あの文字ひとつ見ただけで大竹のデザインセンスは秀逸である。
by k2-d | 2007-05-21 16:16 | 装丁問答
装丁問答.24
アートンのフリーペーパー「あとん」vol.25に掲載された装丁問答のバックナンバーです。25回も知らないうちに続いていたんですね。そろそろ一冊に纏めたいですなぁ。


装丁問答.24 数は質を凌駕する


 小説の装丁を依頼されてまずする事は、原稿なりゲラを読み、大雑把なイメージを創る事から始める。その原稿が書き下ろしのものなのか、雑誌などに連載されていたものなのか? はたまた十年以上も前に習作として書かれたものなのかを思い巡らす。伊集院静さんに聞いたものだが、デビューする前に百編あまりの小説を書き溜めていたと言う。編集者の人が故郷の実家を訪ねたら、柳行李いっぱいの生原稿が出て来たそうだ。歌手の井上陽水さんもそんな話をされているのを何かで読んだ。若い頃は一日十曲ぐらいは平気で泉のごとく涌いてくる楽曲を書きとめていたら、千曲あまりがデビュー前に溜まっていたとあった。絵の場合も展覧会をして華々しくデビューをしたものの肝心の作品がなければ話にならない。枚数を描いてどれだけ溜め込むかが重要なところだと思う。
 常々自論なんだけど〝数は質を凌駕する〟と信じている。表現者にとっては鍛錬、訓練で勝ち取る作品の数が勝負なんだから。作家がストーリーのイメージを創り、型にする迄の時間はワインなどで言われる熟成の時だと思う。この溜め込んだ作品群はさしずめ、ビン、樽に詰めて蔵に寝かせるのと同じ事だ。書き下ろしと云えども作家の中で熟成の時間は計り知れないものがある。その依頼された作品の大雑把なイメージを読み直し、熟成されたヒダをときほぐしてイメージを修正していく作業は装丁するものにとって醍醐味だ。ここのところが楽しい時間帯となっている。作家が持っている装丁のイメージを、読者がこの本を読んだ時のヴィジュアルなイメージを、どれだけ心地よく裏切れるか、ここが腕の見せどころ、イメージが想定内のものでなく「アレッ」と思わせるものにするかの標準を定める。


 僕は釣りというものをした事がないのだが、可成り興味があってTVの釣り番組は見る事が多い。素人が思わぬ大物を釣り上げる時もあるが、おおむね名人と言われる人達が確実に釣果を上げている。それは何と呼ぶのか知らないが、海の底までが何メートル、何百メートルだとすれば、この魚のえさは何メートル近辺まで伸ばし、これだと海面の近いところなのでえさは何々が良く疑似餌だとこういうものが良しと、入念なチェックをした後で仕事にとりかかる。これが釣果を上げている要因だと思う。ブックデザインと共通するところがある。今は魚群探知機などと便利なものがあるが、漁師さんの永年のカンで穴場はここと探りあてていたはずだ。さしずめ、これはマーケティング、市場調査というところか。ターゲットは男か女か若いのか年輩なのか、の的をしぼりデザインにとりかかるのと同じく、釣りの場合はえさ、針の位置をその魚によって先程の話じゃないが、名人が経験則とカンで決めていく。えさの部分は表紙のヴィジュアルと見た、写真にするか、イラストでいくか、色の感じはどうか。紙の質は文字は手書きか、いずれのフォントにするか、の検討は釣りの準備段階の時の充実感、疑似餌を造っている時の恍惚感と通じるところがあるのではなかろうか?

 今回紹介する二冊の本は僕のデザインになるものだ。と言うのはこの二人のイラストレーターを前から注目していた。いずれ何かの時に、ここぞと言う時に、使用する為常日頃から沢山のイラストレーションを描いてもらい、僕のイメージの引出しにしまっておいた。作品群のなかからピックアップしたものである。釣りで言えば、次なる大物を釣り上げるイメージで、ああでもない、こうでもないと思案しつつ、疑似餌をつくり箱にしまっておいて「いざ出陣」と言うのに似ているような気がする。なにはともあれこの二冊の出来栄えの良さはこの二人のイラストレーター「下田昌克」「伊原薫」による力が90パーセントしめている。
by k2-d | 2007-04-20 23:45 | 装丁問答
装丁問答.23

アートンより毎月刊行されているフリーペーパー「あとん」vol.24に掲載されたバックナンバーです。


装丁問答.23 線の太さと間隔が、微妙。

黒田征太郎と二人で「ケイツー」を創ったのは1969年だから、もうかれこれ40年近くになる。仕事の内容は広告、宣伝からマーク、ロゴ、店舗設計からイベントの構成までと幅広い。そのなかでも比較的多く手がけているのがブックデザイン、装丁、雑誌のエディトリアルデザインである。

今回は装丁についてお話してみたい。
先だって「装丁問答」を一冊にまとめるという話から、僕の装丁した本をすべて整理してみよう、という事になった。大阪は岸和田にある倉庫から段ボール40箱分の本を東京に運び込んで、40年分の大整理を試みた。ブックデザインも難産、安産いろいろある。これらは生まれてくる子どもみたいなものだ。殆どは憶えているのだが、なかには忘れてしまっているものもあった。自分のデザインの90パーセントは憶えているのだが、10パーセントの子達には可哀想なことをした。

装訂家と言われる人は大正、昭和のころから、津田青楓、橋口五葉……恩地孝四郎といる事はいたが、殆どは絵描きさんが食うためにやるサイドワークの様なものだった。挿絵画家の木版口絵が人気だったらしく、たまに古書店などで見かけるが、美しい芸術作品となっている。なかには本の内容と全く異なる絵だけが主張しているものもある。包装紙、パッケージデザインという考え方が重要な要素として入って来ている現代のブックデザインとは異なっている。
今も装丁家と名乗る人、装釘・装幀という漢字にこだわる人、いろいろだ。装本、装画、装丁をひっくるめてブックデザインというのか、装本だけだとレイアウトなのか、装画はイラストレーションの表記でも良いのか、装丁はアートディレクションなのか、デザインなのか。なかなか統一した見解が見当たらないので、大袈裟にいうと業界はとても混乱している。僕の場合は出版社によっても表記の仕方がそれぞれ違うが、アートディレクションとして僕の名前があり、デザインとして、イラストレーションとしてそれぞれ担当の名前を記すようにしている。

出版事情も昔と違って多くのカテゴリーがあり、出版点数にしても年に何千、何万と出版され、一冊の部数も三百万とか五百万部の化け物のような本が何年かに一度はある今と、せいぜい五千とか一万部でベストセラーと言われ家が一軒建ったという昔とは、ものすごく開きがある。今では初版がそのようになり桁が違う。と言うように、装丁事情も変わって来たと言うもんだ。
 単行本の数が衰退している中で、このところの新書版(教養新書と言うらしい)の大攻勢は見逃せない。各社、棚の確保にやっきとなっているところに、新たに朝日新聞社が新書戦争に参入してきた。縁あってこの度、表紙カヴァーの一般公募の審査委員長としてお手伝いをした次第である。審査会場に数百点を机の上にずらりと並べて、巡回することを数回繰り返した。すでに荒よりされており、それぞれが個性的でユニークで朝日らしくて、レベルの高いニュー朝日を目指していた。

新書版のデザインは本当に難しいものがある。なにしろどんな内容のものが出てくるかわからない。どんな内容にも対応しなくてはいけないからあまり個性というか、本として主張し過ぎる事も出来ない。普遍性が求められる。ではこの朝日新書はどうか? 何たって、縦縞が良い。松井選手が憧れたニューヨークヤンキースも我らが阪神タイガースもタテジマが良い。タテジマには普遍性がある。このカヴァーの上手いところは線の太さと線の間隔が微妙なところに定着しているところだ。太すぎると品がなくなり、間隔が広くなると間が抜ける。これ以上狭いと窮屈となる。という事でこの新書は新鮮で品のある作品に仕上がっている、そこのところが一等賞の所以だ。
by k2-d | 2007-03-22 20:05 | 装丁問答
装丁問答.22

2006年10月号のあとんvol.23に掲載された「装丁問答」です。

装丁問答.22 本屋さんで宝探しをする楽しみ

僕は本屋さんが大好きです。あの空間が好きなんです。東京で言えば古本・新刊いろいろの本がある神田の街が大好きです。そこに足を運ぶのが好きというひとつの理由に、本なら本、雑誌なら雑誌がそのお店に何万冊あるか分らないが、それぞれ一冊一冊を作るのに欠かせない時間と費用と人の数(知的労働と肉体労働)は計り知れないものがある。そのパワーと執念と怨念とオーラが店中に満ち溢れている。
「ちょっとそこのお客さん、私を読んで下さいよ」とアピールしている。「タメになりますよ」「楽しいですよ」「怖いですよ」「美味しいですよ」「色っぽいですよ」。スッピンであったり、厚化粧であったり、いろいろと手を変え、品を変えて誘ってくる。それぞれのその声なき声が店内に「ざわめき」を醸し出している。僕はそういう空気間のなかに身を寄せて、じぃーッと浸っているのがことの外好きである。癒されるという事でもないのだが、僕も同じ世界で生きているからか、奇妙な落着き感がある。

もうひとつはお客さんの動きを観察しているのが好きなんです。気がつくと二、三時間は店内にいる事がある。万引きGメンと間違えられても仕方がない程、永い時間店内にいる事がある。雑誌、単行本、辞書、ハウツーもの等これを読みたい、これを買うと一直線にその目的のところに行って購入する確信犯の客がいる。最近ひどいのは編集者が「地を這うように」取材したものを写メールで「バシャ」と一発おさえ、そ知らぬ顔で退店する不埒な奴がいる様だ。赦せませんなぁ。まあ、昔も同じようなは必要なページを破いて持っていったと聞きますが、ホントお縄にしてやりたいですね。話はそれましたが、そうかと思うと、何の目的もなく、(ひょっとしたらデートの待ち合わせかもしれないが)「何か面白いものないかな?」と店内をうろうろと浮遊し物色している人達がいる。何も目的がなく、あちらこちらの本棚に手を出しながらこれだと思ったものを見つける事が出来た時は宝探しでお宝を掘りあてた感じと似ているのかも知れない。また釣りをするわけでもないが、竿の先から糸を伝い魚が食いついた感触を感じるあのドキドキ感と似ているのではなかろうかと想像したりもしている。『世界の中心で、愛をさけぶ』を見つけた時もそんな気分がした。何年前になるのか、この本がまだ、騒がれる前だった。マスコミに取り上げられるやいなや、あれよあれよと刷りを重ね4年間で32刷、321万部になったと聞く。こういう一冊と出会う楽しみが本屋さんを浮遊する理由のひとつに数えられる。

後で分ったのだが、この本の装丁者の柳澤健祐は僕の事務所にいた青年だった。ケイツーを退社後、フリーデザイナーとして事務所を構えて活躍している。このところ『ココデナイドコカ』島村洋子著、写真・中島博美、祥伝社刊。『最後に咲く花』片山恭一著、小学館刊。『LOVE』古川日出男著、イラスト・黒田潔、祥伝社刊。『船泊まりまで』片山恭一著、イラスト・菅弘志、小学館刊と平台をにぎわしている。彼のデザインした本が平台からとぎれる事がないほどの人気デザイナーとなった。
彼のデザインの良いところは丁寧な本づくりという事につきる。常日頃自分がデザインをする雑誌を含めてあらゆる雑誌を見て、面白いと思う新人のカメラマン、イラストレーターの情報を集めている。人だけでなく、モノ、コトに目をくばり、いわゆる、いっぱいの引出しを持っているという事になる。『船泊まりまで』、この本も3枚の写真を合成して一枚の絵に仕上げるという手作りの写真となっている。彼のデザインには今のデザイナーが忘れがちとなる工夫がある。イマジネーションがある。そこにクリエイティブが生まれる。見事なもんだ。
by k2-d | 2007-02-19 22:21 | 装丁問答
装丁問答.21

あとん連載の「装丁問答」です。
↓このアドレスで順不同ですが、過去20話のイッキ読みができます。
http://blog.excite.co.jp/nagatomo/i2

装丁問答.21 銀座・GINZA・ギンザ

このところ本屋さんで良く見かけるのが、著者であるとか、主人公であるとかの顔写真を使ったものである。なかでも若かりし頃の写真を使ったデザインのものが可成り目立つ。白洲次郎さん、白洲正子さんの本がそうだが、この一冊もそうである。
写真にはいろいろな情報が詰まっている。例えばこの写真をじっくりと見て見ると良く分る。まずモノクロの写真が、ある種の時代感を呼び起こす。これはそうではないが、いわゆるセピア色の写真などなら尚更だ。
ここに写っているのは美人の写真である。美人には違いないのだが、それも現代の美人ではない、ちょっと前の美人である。美人の概念は、写真が日本に渡来して来たころ、多く撮られた美人ものを見ていると「エッ」と思う程の違いがある。それは平成の今と昭和の初めを比べても確実に美人観は違っている。眉の引き方に見られるお化粧の仕方であるとか、ちょっと襟元の襟をつめ気味に着る着物の着方であるとかで流行を垣間見られる。
写真術によっても時代が感じられる。カラー写真の技術がまだそんなに良くないんだとか(色を調整する事に専念して情緒が写らない)、ストロボがまだ業界に出てきてないとか、フィルムの感材、印画紙の優劣、まだまだ研究途上であるとかで時代が分る。ある意味、デジタルで誰でもが何時でも何でも撮れる今より、この時代の方がいろいろと工夫をこらしての写真術が優秀だった様な気がする。

流行を見ていると、懐かしさからくる生活習慣、社会の情勢で時代が分る。写真は意図的にウソもつくが、おおむね「真を写す」ものだ。この美人の顔の表情から見受けられるのは、この人の人生のなかに於いて、この時期がおそらく絶好調なコンディションと見うけられる。「オーラ」が写っている。

それらの様にいっぱいいっぱいの情報がこの一枚の写真に詰まっていて、この本の内容に至るまでの好奇心を読者に喚起させるパワーがある。写真の持つ力を十二分に発揮したカバーデザインの一冊が、この『おそめ』(石井妙子著、洋泉社刊)である。著書である石井さんの文章・構成力も一読の価値がある。
この本を手にしたもうひとつの理由は、この本の主役「おそめ」さんが活躍されていたころと僕が上京するころと符丁があったから俄然興味がわいたのである。「銀座」「GINZA」「ギンザ」というキーワードである。

銀座のバァーで飲むという事がとてつもない大偉業だと思っていた。そこで飲む事、飲める事の大事さを、飲み続けられる事の大変さを知った上で「銀座」に行く事を夢見ていた。「男の花道」と思っていた。そんな大志(?)を抱いて上京しようとしていた昭和三十三年に「空飛ぶマダム」「夜の蝶」と言うフレーズがマスコミ(と言っても新聞のみだが)を賑わせていた。新幹線のないころだから大阪から東京へは「特急つばめ」で八時間の距離があった。プロペラ飛行機は二時間であった。

この本の主役「おそめ」さんは軽々と実行に移し京都のお店と東京のお店を行き来していた。そんな事を川口松太郎と岩田専太郎コンビが「おそめ」さんを主役とした「夜の蝶」を小説として書き上げた。話題が話題を呼び、そのお店「おそめ」には文士や、映画人、政治家、財界人があまた押し寄せた。今名前を聞いただけで卒倒しそうな人達ばかりだ。この人達の間に我が身を置く事を夢見ていた。

今は若い人達に僕達がこういう事を伝えて行かねばと思っている。銀座の文化を、酒を飲むという文化を。
by k2-d | 2006-09-26 18:24 | 装丁問答
装丁問答.20


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装丁問答20 60頁も立ち読みしてしまった

 めずらしい名前のアーティストが品川の「原美術館」で展覧会を開いていた。朝日新聞の夕刊に連載中なので、見憶えのある人も多いと思う。吉田修一さんの小説のさしえとして登場した時は、ドえらい新人が出て来たもんだと「アッと」驚いた。吉田さんの小説は日常のごく普通の話なんだが、絵は日常のなかから時空をとび越えた、非日常のものをたんたんと描かれている。
 束芋(TABAIMО)という名の人である。僕はその字がなかなか読めなかった。男の人なのか、女の人なのか? もわからなかった。若い人なのか、年輩の人なのか? もさっぱりわからなかった。単にシュールでくくれない奇怪な絵は今迄に僕が見た事もない、時空間を表現してくれている。四千年の歴史を持ち、これからの四千年を持ちそなえている中国の人と思い込んでいた。束芋さんのカタログを買ってプロフィールを見る迄はなぞの怪人物として、ミステリアスな東洋人(なぜか西洋文化圏ではないはず)として、僕の脳にインプットされていた。そのつもりで朝日新聞の小説を見ていた。日本の話なのに、この中国人は風俗、習慣、ものの考え方も違うのによくぞここまで絵にしているなぁと感心までしていた。
 展覧会を見終わってプロフィール入りのカタログと絵本を買い、小説本『マイ・ハウス』小倉銀時著、産業編集センター刊を手に取りパラパラとひろい読みしていたら一気に六十ページほど読んでしまっていた。
 こんな事ってあるんですなぁ。絵の本ならともかく、小説を本屋さんで五十ページも六十ページも立読みしてしまう事なんぞ、そうそうあるもんではない。初めての体験でした。そう言ったらなんですが、この本、相当大きな本屋さんでも平積みされていないでしょう。
 ひょっとしたらそこいらの本屋さんには置いてないかも知れない、たまたま変わった名前のアーティストだなぁ。物凄い絵を描く人だなぁ、と思い展覧会に行き、売店に行き、本を手にしたから出会えたんですねぇ。本屋さんでのジャケ買い、新聞雑誌の書評で知るのが普通なのに、こういう出会いは何万分の一でしょうかねぇ。なんかうれしくなってしまいますなぁ。こんな時は幸せな気分になります。

 後で知るのだけど、何の事はない、知らなかったのは僕だけで束芋さんはドローイングにとどまらずアニメーション、インスタレーション、あらゆる表現手段を駆使してあちらこちらで賞をとられている新進気鋭の妙齢な女性作家さんだったんです。
 若い人達には絶大なるファン層を最早獲得されていたんですね。どうも展覧会場も僕の知る展覧会とちょっと違うなぁと感じるものがありました。どちらがどうか分からないが、束芋という才能が小倉銀時という才能を呼んだのですね。

 田辺聖子さんの帯にあるように、「怖・く・て・可・笑・し・い」が言い得ている。こうもいえる。一抹のユーモアがおかしい下味を付けている。現代社会の一断面を活写しての快作。見事に小倉銀時の小説『マイ・ハウス』を視られている。
 この本の装丁の面白いところはカバー、帯、表紙、トビラと束芋さんが展覧会でも多用されていたことで、アニメーションの手法をブックデザインにとり入れられているところだ。場面の展開が非常に面白い。カバーのピンクの地色は非日常を表している。帯にはパートカラーで日常を出している。

 帯をとると落下する衣服があり、 〝動き〟を表している。持ち前のテクニックを十二分に発揮している。表紙からトビラへと、トビラから文章に持っていく技は只者ではない。
by k2-d | 2006-08-21 15:39 | 装丁問答
装幀問答.19

装丁問答も数えて19回となりました、「あとん」に2年にわたり連載したものです。そろそろ一冊に纏めたらとのお薦めで秋口に出版の運びとなりました。その節はまた、ご連絡します、よろしくお願いいたします。

「あとん」の連載は今までどうり続きますので、よろしく。

装幀問答19 手にとっただけで感じる温もり

『古本買い十八番勝負』(嵐山光三郎著/集英社新書)が面白い。
 嵐山さんとは平凡社の編集者のころからのお付き合いだ。月刊『太陽』におられた時に初めて原稿を依頼された。写真評のコラムだった。右も左も分からない駆け出しのデザイナーに原稿依頼とは度胸の据わった人だなぁと感じた憶えがある。この本は古本散歩の楽しみがヒシヒシと伝わってくる。
 あとがきに内田百門の装丁の表紙絵を誉め、「手にとっただけで読書欲をそそる」、という一文がある様に、絵とかデザインにも造詣が深い。

 僕もたまに古本屋さんをのぞくことがある。事あるごとに立寄る様にしているが、この本に登場する何人かの散歩者には帽子を脱ぐ。それぞれが個性的で楽しそうな人達ばかりだ。
 嵐山さんはこういう集まりを束ねるのが実に上手い、たくみだ。
 小説にしろ、エッセイにしろ、旅行ものにしろ、この人の書くものに、なにか浪花者の僕にはひっくり返っても真似の出来ない、江戸前のキレがある。爽快感がある。粋者という言葉があるとすれば平成のスキモノだ。

 実はケイツーの相棒、黒田征太郎から『古本買い十八番勝負』を「これ読んだ、面白いよ」と手渡された。昔から黒田はこのようにさりげなく面白い本を僕に薦めてくれている。
 意外かと思われるかもしれないが、僕の知る限りジャンルは問わない相当の本読みだ。ハードボイルドと世間で言われ始めたころからハードボイルドは可成り読んでいた。早川ミステリーから出ていたダブルオーセブン(007)をいち早く教えてくれた。田中小実昌さんの名前もこのころもうしゃべっていた。後になってゴールデン街の「前田」で紹介された時には感激したもんだ。ダブルオーセブンが映画で有名になったのはその後のことだった。それ以来折に触れ、そういった事があり、数多くの本を知る事が出来た。

 嵐山さんの文章のなかにあった様に「手にとっただけで読書欲をそそる」という読者側にたって装丁をしていく本づくりをさせると、数多くの本を読んでいる黒田は、大した装丁家でもあると言って良いのではないかと思う。理屈ではない。身体で感じるのである。
 この『シブイ』(開高健著/TBSブリタニカ刊)は見事にそれがなされている。大正、昭和初期の数多くの装丁に見られる何とも言えない温もりを、和みを、本を手にした時に感じるのに通じるものがある。
 今はなくなったがサントリーが編集していた「バッカス」という酒を中心にしたライフスタイル情報誌とでも言うのか、楽しい雑誌があった。そこに連載中も黒田がさし絵を描いていた。連載中からこれが本になった時はこの様にしようと毎回の様にシュミレーションされていたかの様に、箱は黒地に黒のタイトル文字を印刷、箱から出すとカラフルなシンボリックなイラストレーション、本文の書体の選定、ケイで括った文字組み、随所にちりばめられた迫力のあるさし絵(さし絵の枠を越えている)全てが黒田の中で開高文学が昇華されている。

 僕と相棒を組んで四十年、そんなに沢山の装丁をしているとは思わないが、年に何冊か手掛ける本は見事なものばかりだ。
by k2-d | 2006-08-14 16:13 | 装丁問答
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