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長友啓典
Keisuke Nagatomo
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1939年大阪生まれ。1964年桑沢デザイン研究所卒業。日本デザインセンター入社。1969年黒田征太郎とK2設立。
エディトリアル、各種広告、企業CI、及びイベント会場構成のアートディレクションを手がけるほか、多数の小説に挿絵、エッセイ連載など、現在に至る。
日本工学院専門学校グラフィックデザイン科顧問
、東京造形大学客員教授




Translation to English

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装丁問答イッキ読み
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「PIKADON」
衣食住をテーマにイノチのことを考えます。




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カテゴリ:装丁問答( 38 )
装丁問答.38
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あとんvol.39に掲載された装丁問答です。残念ながら「あとん」誌はこの号にて休刊となりました。長い間おつきあい頂きありがとうございました。またどこかで装丁の連載が出来れば良いなぁと考えています。ではとりあえず最後の装丁問答です。



装丁問答.38 明治生まれの装丁家、その気概と悩み

 恩地孝四郎さんという明治生まれの高名な版画家の方がおられた。世界的に名をなした方なんだが、僕が初めてその人を知ったのは、版画家じゃなく装丁家としてであった。
 装丁するにあたり、当時多くの画家たちが極端にいえば、自分の出来あいの作品を表紙にはめ込んでいることが多かった。あるいは片手間の仕事として装丁を生活の糧としていた。  
 デザインが図案といわれていたころである。図案家(デザイナー)のやる事は可もなく不可もなく、それなりの乃第点をとるが、画家の仕事は時々ホームランをかっ飛ばすような驚きを提供してくれる。三振かホームランなので安心して頼めないところが版元にはあったようだが、カンフル剤としては必要だったのではなかろうか? この傾向は現在も少なからず残っている。

 恩地孝四郎という人のことをもっと知りたくて、ことあるごとに古本屋さんに出向いては探し求めていたところ、ついに見つけました。『本の美術』という本を。飛び上がらんばかりに、これがほんとの「欣喜雀躍」というものか。他の本が目に入らない、いわゆるモザイクがかかっている状態で『本の美術』が浮上してきたんです。
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 この本で、恩地孝四郎という人となりを知れば知る程に装丁の難しさを知り、と同時に面白さも知った。流通の事、印刷技術の発達、文字の進歩にも拘らず、当時の装丁家と現在のブックデザイナーの悩みがあまりにも変っていないのにも驚かされた。

 本文中の一節をご紹介しよう。「……僕たちは教科書に組み入れられている小説によく出会う。その場合、この小説は何とつまらない小説だろうと感じる。あとでその同じものを快く組まれた本で見たとする。この場合、教科書で読んだのとたいそう違ったものを感じることだと思う。まず面白い小説の標本のようになっている漱石の『吾輩は猫である』はよく教科書に入っているが、その際は一向に面白くない。なんだ、こんなつまらないのなら読む必要はないなんてことにし兼ねないほどではないでしょうか。今ここで言ってみたのは本の美術のうち配字、字組についての事だが、その他にもさまざまな要素があるわけだ。本へのデザインといったのは、つまりこの美術要素についての配慮ということになる……」
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 これは昭和27(1952)年に上梓されたものであるが、全く今と変らない。配字、字組はレイアウトとフォントの選び方であり、その他の要素とは紙の選択であるとか色の選び方などであろう。様々な要素によって本の仕上がりの印象が随分と違ってくるのだといっている。

 今も昔も悩みは変っていないということになる。流石に今どきは絵描きさんの片手間ということがなくなりつつありますが、装丁で生計をたてている人は「まれ」である。こんな一文も目についた。
「……小生の如き、主収入は装本であるが、これを四十年近く続けているが到底老後の憂なきにはゆかない。装本は片手間にやるか、ある期間の収入の方便としてやるような人が多いのも当然だ。著者に著者の印税制の確立している日本で、装本か印税であってもいいという話は、一般の方ではうなずくが、出版社側の同意は得られない……」
 通常、著者には10%の印税といわれている。編集の方々にデザイナー印税を1%でも0.5%でもよいから付けて下さいよと相談するが埒が明かない。

 息子さんである恩地邦郎氏がこうも語っておられる。「装幀家として第一人者として認められていたものの原稿料は安く、当時とても生活の糧といえる程のものにならなかった。それでもなお営々と装幀の仕事を続けていた」この一文でこの稿の〆としたい。
by k2-d | 2008-08-13 17:40 | 装丁問答
装丁問答.37
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あとんvol.38に掲載された装丁問答です。



装丁問答.37 パートナーシップが生む丁寧な物づくり

クロダのKとケイスケのKでK2、ケイツーという事務所を設立して40年少しになる。だから黒田征太郎と僕が知り合ってからは50年近くになるというもんだ。思えば、親、兄弟、女房、子供より長い年月を一緒に過ごしている。「よく続いてますねえ」と感心される。作った頃は3年で、3ヶ月で、いや3週間でつぶれるだろうと取り沙汰された。

仕事上でのパートナーを組むというのは易しいようでなかなか難しいところがある。あれだけ愛し合っていた夫婦が性格の不一致という事で簡単に別れたりもする。「国」にしても「社会」でのいろいろにしても「人間」のする事。別れたり、結びついたりの話は日常茶飯事である。
若い時は意見、志、思考、思想など結びつくキッカケはなんでも良いんだが、続ける事が容易でない。志なかばという言葉があるように、人間関係において利害関係が生まれてきたり、妻とか子供とかまわりの状況も変って、いくつかの障害物が生まれてきたりする。ましてや、物をつくる、表現するクリエイターは微妙な感性があるので、何でもないことに敏感であったりする。

クリエイターに限らず全般的に人間関係は「継続は力なり」とひと言で片付けられるほど簡単ではない。じゃあどうすればよいのか。といえば「コミュニケーション」が大切だと思う。これは確かだ。

世間と、家族と、友人とのコミュニケーションを保ち、自分の「立ち位置」を常に確認していることが大切だと思う。だから時代を読めたり、家族と共に過ごせたり、友と飲んだり、語り合ったりができるんだと思う。
「話し合ったらええがな」と相棒はよく言う。要するに自分のアイデンティティーというか、自分をしっかり持っているということが、お互いパートナーとして成立する条件なのではなかろうか。これがなかなか難しい。

そんなこんなを含めてケイツーを見直してみると、相棒に「興味」を持つというのが一番だ。この人、次は何をやりだすのか? この場合どう切り抜けるのか? 何を考えているのか? 40年間というもの相棒に対しての興味は尽きることがない。「尊敬」できるかできないかも大切なことだと思う。

何に対しても興味を持ち、好奇心を抱き、尊敬することでコミュニケーションは成立すると思う。意識の「キャッチボール」ができているか、できていないか、だ。気を付けなければいけないのは、がんじがらめにならないことだ。歯車だって「遊び」がないとスムーズに回転しないのと同じだ。興味があって、好奇心があって、尊敬していたら90%はその関係がゆらぐことはないと思う。
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作家の村松友視さんから、最近文藝春秋から刊行された自著『武蔵野倶楽部』が送られてきた。村松さんは本の内容によって装丁家を替えられる。いつもいつも、それぞれが素晴らしい装丁となっているので楽しみだ。

この本のデザインをされた吉田浩美・吉田篤弘のパートナーシップに興味が湧いてくる。略歴を見ていると10年程前からの活躍と見た。数々の素晴らしい丁寧な物づくりに感心している。「クラフト・エヴィング商會」という制作ユニットでもあるらしい。
この二人の連名の時とこの商會名の仕事とどのように区別されているのか聞いてみたい。僕達のケイツーと同じなんだろうか。どんな悩みがあってどんな喜びがあるのだろうか。このあまりにも普通なデザインが本屋さんの店頭に並ぶと、こんなにパワーを発揮し、彼らの装丁が他の本を凌駕するのは何なんだろう。

自分達の事を話し過ぎたが、吉田さんご夫妻はどうなんでしょうかね。素晴らしいパートナーシップが永遠に続く事に「乾杯」だ。
by k2-d | 2008-05-27 21:05 | 装丁問答
装丁問答.36
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あとんvol.37に掲載された「装丁問答」です。



装丁問答.36 まっすぐ目に飛び込んでくる装丁

「キムチなしで一ヶ月も過ごすと、僕の血は騒ぎ出し、この辛いサラダを求めて叛乱を起こし始める。韓国人として横浜で生まれ、カナダで育ち、パリに流れ、日本で唯一のものを見つけた。ディアスポラを生きる男のまったく新しい韓流小説」と言う帯(こしまき)のフレーズにビンビンと感じるものがあった。
「まったく新しい韓流小説」と言いきっているものの、今迄に僕は韓流小説というものを読んだ事がないので、「何が」新しいのか分らないところがある。兎に角このフレーズにひっかかり、「新しいもの好き」の僕としてはまいってしまった。なかなかいまどき出来ない言いきり方だと思った。

僕は大阪弁で夢を見るのと東京弁で夢を見るのとでは感覚が違う。つまり、同じ思考をするのでも、大阪弁と東京弁では随分と温度差がある。この人はフランス語でものを考え、日本語で定着し、韓国語で実行しているのかなぁ。レベルは違うが何だか感じは分るような気がする。

「キムチなしで一ヶ月…」というところもなかなか気に入った。と言うのは、「スッカラ」という韓国のステキ文化を提供する韓流雑誌の編集長を引き受けたことで、韓国文化院の方々と交流が生まれたからだ。この事で多少身辺に変化が起り、意味は分らないんだがハングルであるとか、キムチであるとかの食べ物関係の名前、タレントさんの名前、パンソリ、Kポップという音楽関係のフレーズにやたら反応するようになった。

と言うことで最近、3度、4度とソウルに行っている。大阪に行くくらいの感覚で行けるところが良い。大阪とちょっと似ているところがあって、街の匂い、動き、古き良き時代の韓国の伝統と新しき世界の息吹きを感じる。言ってみれば世界の情報がここソウルに集中、交差している感がある。人々は好奇心に満ちあふれた顔つきで、獲物を狙う動物の鋭い目つきにも見える。日本も含め同じアジア人の顔つきと比べたら微妙に違う。ちゃんとしたアイデンティティーがある。

十年前にこんな事があった。釜山の田舎の方に取材で行った時、ちょっとトイレを拝借した。くみ取り式の便所で子供の頃(終戦直後)を思い出した。ところが、居間でお茶を御馳走になった時に目にしたのは、卓袱台の上に無造作に置かれた最新型のパソコンだった。この落差に韓国の文明度のスピード感を感じた。

先日「スッカラ」の取材で訪問した時は、その予想通りソウルの表情は一変していた。ハングルの表記しかなかった街の看板も英語が入り、漢字があふれていた。東西文化の交差点を思わせる。韓国の事は詳しくもなんともないが、こういうスピード感のある、フットワークの良い韓国に惚れてしまった。
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実はこの本も偶然別の用で本屋さんを探索している途中で「キムチ」という文字に反応、「ジャケ買い」をしてしまった。本の判型目いっぱいにレイアウトされた「キムチ」という文字が、これでもかと目に飛び込んできた。催眠術にかかったように、僕が探していた本はお構いなしでレジに向ったほどだ。それくらいこの本の存在が強烈だった。

ジャケットの書体がなかなか良い。フランスのエスプリを感じさせるお洒落なつくりとなっている。レイアウト、空間のとり方が良い。スミ一色で「キムチ」とタイトルが入り、ローマ字で小さくKIMUCHIと赤である。色使いのセンス良しだ。表紙、見返し、扉がデザイナーの腕の見せどころだ。着物の裏地に凝るところが「粋」と言われるが、まさしくそれに値する。赤の表紙と見返しの紙の選択が良い。本文の紙がクリームがかっているのでカバー、扉はまっ白となっている。この対比が素晴らしい。この装丁者は達者な人だ。「奥付」に装丁・松昭教とある。
by k2-d | 2008-04-18 18:55 | 装丁問答
装丁問答.35
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あとんvol.36に掲載された「装丁問答」です。



装丁問答.35 「えらいこっちゃ」と声をかけられ

品川インターシティにある本屋さんは、場所柄ビジネスものの単行本が良く売れるようで、平積みされているものが多く、とりわけソニーの関係本が多い。港南口に大きなソニーの本社ビルが出来たので、今まで以上にソニー色が強まっている事もあるのだろう。

品川駅の中にある本屋さんは、料理、ファッション、化粧などOL向きの本に重きを置いている節がある。大型店はともかく最近の本屋さんは事ほど左様にお店のコンセプトがはっきりしてきている。音のほうから大きくなって来た「ツタヤ」さんは、音と映像と文学の三位一体が若者の心を掴んでいるようだ。
若者ではないんだが、僕なんかもアート本を探すのに、六本木のお店によく行かせてもらう。デザイナーの佐藤可士和クンの本が、常にベストテンの上位に入っているのも土地柄によるものが大きいんでしょうね。いわゆるベストセラーを買うというよりもジャケ買いを得意としている僕としては、六本木ヒルズの「ツタヤ」か「ABC」を覗くのが好きだ。

1日1回、日課のように店内を回る。1時間あまり徘徊するときもある。耳を澄ましてみると、何万冊かある本たちが囁きあっている声が聞こえてくる。時には客である僕に向かって「面白いですよ」「元気になりますよ」「ホッとしますよ」……いろいろな事を話しかけてくる。「お酒が残っているようですね」「今日は元気な様子」と見透かされているように問うて来る時もある。本屋さんの中でするこういうやりとりがスゴク楽しい。「キレイでしょ」「このジャケット可愛いでしょ」と装幀のことを、自分がおシャレをしているような感覚で語りかけてくる。

その呼びかけに、今日は穂高明著『月のうた』(ポプラ社刊)、海堂尊著『チーム・バチスタの栄光』(宝島社刊)、荻原浩著『さよなら、そしてこんにちは』(光文社刊)、よしもとばなな著『まぼろしハワイ』(幻冬舎刊)、森見登美彦著『有頂天家族』(幻冬舎刊)、西原理恵子もの数冊と、少なからず買ってしまった。ファッションショーじゃないんだけど、いずれ劣らぬ素晴らしい出来ばえのジャケットだった。
本を買い込み時間をおいて僕の本棚に置き、熟成させてからゆっくり読み始めるのが好きだ。ウイスキーのオンザロックスが片手にあれば尚良い。もうひとつ、スピーカーから極上のジャズでも流れて来ようものなら最高だ。残念ながら最近は忙しさにかまけてなかなかそれが出来ない。最近は旅の移動中に駅弁片手に本を読む事が多くなった。これはこれで旅のお供に1冊の本も悪くない楽しいもんだ。

僕の本棚はそういう訳で「ツン読」派となっている。年間何十冊かの本を購入するんだが、完読したものは3分の1くらいで、全くページを開きもしていないのが何冊もある。でも、あるときそういう状況になった時にひっぱりだして読むと格別のものがある。人のうわさ、書評、ベストテン入りなどに左右されることもなくじっくり味わえる。
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西加奈子著『通天閣』(筑摩書房刊/装幀・多田進/装画・西加奈子)もそのひとつだ。多田進さんは数多くの本を手掛けるベテランのブックデザイナーである。奇をてらう事もなく、装幀の王道を進んでいる人だ。

大阪生まれの僕としては、大阪弁に対して敏感に反応することが多い。店頭に数多く並んでいる中でこの本に目がいったのは、大阪弁で「えらいこっちゃ」というフレーズが帯に書かれていたからで、「何のことか?」と思わず手にとった。
もうひとつ「通天閣」というタイトルが微妙に滲んだ書体づくりとなっている。ネオンが灯いた夕暮れ時の、しかも雨模様でせつない通天閣を思い出す、そんな気持ちでこの本を買った様な気がする。著者自身のイラストレーションもなかなか良い。通天閣のイラストが表紙から裏表紙にまたがっているレイアウトも秀逸だ。本文中の組版で、普通の明朝体と太い明朝体の使い分けがされている。気の利いた選択だと思う。購入して1年が経つ。ゆっくり引っ張り出して読むのが新鮮だ。
by k2-d | 2008-02-29 16:56 | 装丁問答
装丁問答.34
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あとんvol.35に掲載された装丁問答です。



装丁問答.34 大久保さんのファンです

 人形町の「松浪」というお好み焼き屋さんに二十年程前から通っている。お家の構えは、粋な黒壁に見越の松がある様な江戸下町の風情を満杯に残している。大阪の出身であるところの僕が探し求めていたぴったりのお好み焼き屋さんであった。話の特集で矢吹申彦さんが何気に書かれていたのを発見、すぐさま訪れて気に入ってからの馴染みである。チャキチャキの江戸っ子である女将さんが店中を取り仕切っている。

 先日ある事で、大阪生まれの僕が江戸っ子の女将さんに思いっきり感動した事があった。「先生(僕の事を何をする人か?分らないままこのように呼んでいる)」「長友先生の告別式に行ったんですよ」といつもとちょっと違う複雑な表情でこう言ったんです。僕は何のことやら「?」ポカンとしていたら、新聞に出ていたんですよ、「長友健二」さんの訃報が。「長友先生は珍しいお名前なんで、下の健二さんの名前迄目が届かず」「てっきり長友先生だと思い込んでしまったんです。」「さぁ大変。頭の中は真っ白となり、とるものもとりあえず」「てぇへんだ、てぇへんだ」(この辺りが江戸っ子たる所以と見た)誰に聞く事も無く、当日告別式の場にスッ飛んで行って見ると、どうも雰囲気が違う、周りを見回して見ても知らない人だらけ、よく見ると献花の名前に友人として僕の名前があるじゃありませんか。そこでやっと「長友啓典」の告別式ではないと、女将さんが気づかれたそうです。気がついて見るとバツが悪い話ですわ。ホテルなんかで結婚式に間違って入りさんざん飲んで食べて周りを見渡して、ハタと気がつく事はたまにあったとしてもお葬式にこんな話はあまりない事だと思いますねぇ。女将さん多くは語らなかったんですが、ひょっとしたら「お香典」を渡してしまわれたんじゃないかと思われます。「人違いなんで、先ほどのものお返しして下さい」とも言いにくいですわなぁ。

 お葬式で思い出すのは、「中上健次」さんの事である。これは私めの事なんです。当日告別式に少々遅れて千駄ヶ谷の「千日谷」に行ったところ、友人、知人、編集者の方々、大勢の人達がすでに集まっておられました。もう弔辞が始まっていたんです。その告別式を仕切っている顔見知りの編集の人が長い列に並んでいる僕を見つけ「先生、ご苦労様です。」と案内してくれました。その人に添ってついていくとドンドン前の方に連れられていかれるんです。親族の席を通り越して最前列まで来てしまいました。案内してくれた人も悪気があっての事でなく空いている席を探しているうちに何千と言う視線を背中に感じつつそこ迄来てしまった感じなんです。ポツンと空いている席に「どうぞ」と言って彼は立ち去りました。「ご苦労様」と声を掛けたその時に丁度別れの弔辞を読み終えた、安岡章太郎先生がこちらに向って来られるじゃありませんか。まわりが一瞬ざわつき、凍りつきました。なんとポツンと空いている席は安岡さんの席だったんです。安岡先生も「ここは僕の席だよ」と声を荒げる訳にもいかず、まわりも何も言えません。冷や汗がツーッと背中に流れ落ちて来ます。キョロキョロとまた空いている席を見つけそちらに移ったのは良いんですが、柄谷行人さん、都はるみさんの丁度横の席でした。四十分程の間、いたたまれなかった憶えがあります。
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 さてと、大久保朋子さんの装丁の話をしなければなりません。葬式の話をまくらにもってきたのは良いんですが、落としどころを見つける事が出来ませんでした。すいません「大久保さん」。苦し紛れに言うんじゃないのですが、僕は彼女のファンです。彼女が手がけた全ての装丁が好きです。先だって講談社出版文化賞も良かったし、なかでも「はじめての文学」シリーズは最高です。大胆なデザインは目を見張る思いです。これはアイデアが出て来ても、実行出来るものではありません。素晴らしいです。ファンです。これからも頑張って下さい。
by k2-d | 2008-02-01 15:16 | 装丁問答
装丁問答.33
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あとんvol.34に掲載された装丁問答です。



装丁問答.33 コンビの心得

装丁の仕事を最初に手がけたのは四十年程前に毎日新聞社から出版された虫明亜呂無さんの「スポーツ人間学」である。装丁生活四十年、おかげ様で装丁、装本の数は約千冊をゆうに越えている。その中で外す事が出来ないのは伊集院さんとの出会いだった。伊集院さんは、そのころ諸事情?があって休筆していたころである。僕と出会う事によって(だけではないが)小説執筆を再開し始めた。

以来、伊集院静さんとのコンビによる装丁の仕事が僕としては一番理想的な進め方となっている。出版される本は連載中から挿絵で参加しいている場合が多いので大体のニュアンスが把握出来ている。

彼との付き合いもかれこれ十五年の付き合いとなる。作家の人間性を知り、考えている事、性格、思想・・・全てを知ったところで、装丁の為に小説、本文を読むと、理解するところのツボとコツが見えてくる。ここまでくると普通なれ合いの仕事となってしまうので注意しなければならないところだ。ある一線を越える壁の様なものをしつらえながら付き合っている。お互いに知らないところ、ミステリアスなところを作っておく事が、ある種の緊張感を保つと言うもんだ。コンビの心得と思っている。
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例えば相方の自宅には一切いかない。興味を持たないようにする。プライバシーぎりぎりのところで一線を引いている。家族ぐるみの付き合いは現役のころは出来るだけしない方が懸命だと思う。知ってしまうと無理がきかなくなる。微妙な関係が必要となる。伊集院さんとはそれこそ365日のうち300日ぐらいはつるんで遊び歩いていた時期がある。違っているところは、彼がマージャンで徹夜している時に、僕は自宅のベッドで寝ている事ぐらいだ。夕方5時過ぎに電話が有り(こちらからする事もある)「ところで今夜はどないやねん」、と予定を聞いたところで話が始まる。余程の事がないかぎり銀座で飲むのは決まってるのだが一応聞いてみる。

「銀座探偵団」と自ら命名、二人して金もないのに飲み歩いていた。

彼がまだ直木賞を受賞する前なので競馬と麻雀で稼いでいた時である。彼の名誉の為に言っておくが「ギンギラギンにさりげなく」「おろかもの」で作詞家として有名であったり(レコード大賞の作詞家先生ですぞ)、「ユーミン」「松田聖子」「和田アキ子」等のコンサートではサプライズな演出で名をならしていた(収入がない訳ではない)が、しかし不安定この上ない時だ。僕だって一応は仕事をしていたが、毎晩銀座で飲める程ではなかった。
不思議なもんで何故か身体も壊さずフトコロもなんとか大丈夫に約十年飲み続ける事ができた。いまだに借家ぐらしではあるものの、そんな事は美味しい目を毎日毎日して来たんだから当たり前である。とはいえ、僕は納得だが家の者は大迷惑の話となる(そんな事をつい考える歳になってしまった)。

まあそれはともかく、作家の事を十二分になにもかも知っていた方が装丁の仕事のコツとツボが分ると錯覚していた。そんな満腹状態でなく今となって思うのは何事もそうですよね、腹八分目ぐらいの方が良かったのかも知れないと云う事だ。だから、最近は他人様のイラストレーションで、僕はブックデザインに徹する事が出来る様になった。
by k2-d | 2008-01-07 21:57 | 装丁問答
装丁問答.32
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あとんvol.33に掲載された装丁問答です。


装丁問答.32 術中にはまったプロのワザ

何かの知識を得る為ではなく、物語りに浸る目的でなく、気楽に読めて魂が跳ねる様な極上のエッセイを読みたくなる時がある、と言った評が読売新聞の「よみうり堂」に出ていた。「もしもし、運命の人ですか。」(穂村弘著、デザイン仲條正義、発行メディアファクトリー)がそれである。評者はあの脳科学者の、茂木健一郎氏であった。「ジャケ買い」が八割としたら一割か二割はこういった新聞、雑誌、の評を読んで本屋さんに駆け付ける事がある。茂木さんの評は、ほんとうに読者をその気にさせる見事な文章でしたねぇ。評を読んで無性にこの本(エッセイ)を読みたくなり、ご近所のブックストアに「ひとっ走り」とあいなりました。
「もしもし、運命の人ですか。」一気に読んでしまった。流石、茂木さんの評通り魂が跳びはねました。ページをめくると三十あまりの目次があり、ひとつひとつ、ワクワクドキドキしながら読み終えた。「あ、あれはあの時の」、「あの時代は良かったなぁ」、「それはそうじゃなく、このほうが良いのでは?」「そうそうそうそう、ハイッ」・・・
誰もが、どれもが、身に憶えがある恋のエッセイである。七十才を目前の僕もリアルにこれらのことに反応が出来た。いや、まだまだ〈私の天使〉をシュミレートして待ち続けている、自分を見つけて嬉しくなったぐらいだ。表題の「もしもし、運命の人ですか。」はいままでの拙い経験のなかでも思いあたるフシが多々あるほどだ。この著者の感性の若さは僕の歳になってもおそらく変らないだろう。著者のみならず「恋」ってそうして受け継がれていくんですね。多くの先達、文豪達が語りつくせない様に奥深いものがある。この本を早速数人の〈私の天使〉になるかも知れない候補者に送らせて頂いた。
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この本をデザインされたのが仲條さんだと分ったのは、概ね、この本を読み終えたころだった。仲條さんの事を少々話さねばいけませんね。
仲條さんはほんとうはもの凄くアバンギャルドな人だと思う。
日常は全く普通の常識人でいわゆる好々爺である。服装は多少同年代の人達より職業柄、変ってはいるものの日常は全く普通のそこいらの「オッちゃん」である。いざ表現に入るとどこからかそんな発想が出てくるのだろうかと己の目を疑う程の前衛的なものがでてくる。映画、演劇の人達に多く見られるが、デザインの世界ではなかなかそういう人を見つけるのが難しい。仲條正義さんはなんなく飄々と成し遂げている。

常に前へ前へと向っている。そんな仲條さんの後ろ姿を僕は四十年間というものズーッと見つづけて来た。師匠である早川先生、山城先生、田中先生は凄い先生では在るが、仲條さんは兄貴分として尊敬し続けている。

「知的な凶暴性をもった早川作品に接するにつれて、その前衛的なメンタリティに心を奪われてしまう。」

田中一光が早川良雄を表した言葉がここにあるが、そのまま「早川作品」を「仲條作品」に入れ替るとピッタリ当てはまる。僕の言いたかった事はこれなんです。「前衛的なメンタリティ」仲條さんのことを話すのにはこの一言につきます。
恋愛というベタな感覚を軽妙に且つ哲学的に昇華させているところのブックデザイン、特に表題の作字(タイポグラフィー)が、全てを物語っている。仲條さんの独壇場だ。
by k2-d | 2007-12-17 19:13 | 装丁問答
装丁問答.31
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「あとん」2007年7月 vol.32に掲載された装丁問答です。左メニューにある「装丁問答イッキ読み」もお楽しみください。



装丁問答.31 術中にはまったプロのワザ

申し訳ないが店頭でこの本を「パッ」と見た時は、とりたてて大騒ぎする程のブックデザインではないと思っていた。横目で見ながら通り過ぎてしまったぐらいだ。『246』(沢木耕太郎・著、アートディレクション・緒方修一、デザイン・宮古美智代、イラストレーション・赤井稚佳、スイッチパブリッシング刊)という本なんだけど、良く良く見ているといくつかの魅力的なプロの技が見えてくる。

まず判型である。普通、エッセイ本の場合はスタンダードなのが4×6判と言われている188ミリ×128ミリのものが多い。ハンディであるという理由からだろう。『246』は初出誌が「スイッチ」という雑誌から出ているのでその判型に少々こだわりがあったのかもしれない。ソフトカヴァーになっているのも、その考え方なんだろう。あるいは彼の場合、雑誌、新聞の連載時は第一稿であり、本になって初めて決定稿になるという考えを持っているから、通常の仕事と一線を画するという強い意思があったものかと想像が出来る。日記風エッセイとなっているようにこの判型は市販の伝統的な日記帳で、気持ちが落ち着く判型なのかも知れない。この場合はハードカヴァーになってもおかしくない。もっとうがった考え方をすれば雑誌と同じく平台にならべ易く、棚差しにするにはしのびない判型とも言える。
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この判型を見ているとイラストであるとか写真であるとか(この著者の場合ご自身でも写真を撮られている)ヴィジュアルな表現をしたくなるもんだがあえてそれをしていない。『246』という表題をシンプルな作り文字で表現されている。この控え目なデザインが逆にしっかりとこの本のコンセプトをアピールしている。平台でのディスプレイが表題や判型をうまく生かし、文字のアピール度は抜群となっている。僕は思わずこの本を手に取ってしまった。手に取ってしまったというのが、アートディレクションの術中にはまったと言うことである。手に取ってからの術もちゃんと心得てある。紙の選択が良いので軽量で、めくり易い。表紙をめくると見返しに、本文中に出てくる数々の本・ちらしが赤井稚佳さんのイラストレーションで再現されている。このデザインがなかなかのもので、江戸時代の粋ものが羽織の表地より裏地に凝った様に、表紙のシンプルさと裏腹な色鮮やかなイラストレーションが見返しで効果を出している。大判の判型が生かされていると言うもんだ。

イラストレーションで思い出したが沢木さんの著作物のイラストレーション・デザインといえば小島武という天才イラストレーターをいつも思い出すのだが、最近の動向は定かでない。僕と桑沢デザイン研究所の同期なのでちょっと気になる。

それはさておき話しておきたかったのは、僕(K2)と沢木耕太郎とのお付合いがもうそろそろ40年近くになろうとしている事である。結構古い。まだ彼が横浜の大学生だったころ、何かの縁で黒田征太郎と一緒の仕事があり事務所に遊びに来ていた時期があった。丁度僕達の事務所K2をつくったころである。朴訥な好青年が黒田のところに「僕はルポルタージュ、ノンフィクション作家になりたいんです」と胸をはって訪ねて来た。「分った、そう言う事なら名刺を作ったるわ」「肩書きにノンフィクションライターとか何とか書いたら良えねん。明日から活動開始や」と愛情あふれる乱暴な答えを出した。即刻「長友、つくったてぇや」と僕に投げかけた。そこで名刺のデザインを僕が受け持ったという訳だ。それ以来、沢木耕太郎を見続け、読み続けている。既成の概念を壊して、前へ前へと進む姿は今も変わらない『246』を見て読んで口幅ったい、傲慢な言い方だが、ほんとうに嬉しい限りだ。
by k2-d | 2007-11-01 15:01 | 装丁問答
装丁問答.30
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「あとん」2007年6月 vol.31に掲載された装丁問答です。




装丁問答.30 楽しげに日本語が飛び跳ねて

「ジャケ買い」と言うフレーズをご存知かと思います。ジャケットのデザインを見て購入動機を喚起され、ついつい本なりCDを買ってしまう行動の事です。僕が19歳、20歳のころにデザインの学校へ通っていた時はLPレコードが全盛のころでした。ビートルズのジャケットは写真であれ、イラストであれ、それぞれが秀逸のものでした。またモダンジャズもポールデイビスが描くセロニアス・モンクのジャケットが忘れられません。日本では横尾忠則さん、宇野亜喜良さん、和田誠さん達が素晴らしい作品を残されています。

1960年代のロックシーンでは丁度アメリカで運動っぽく拡がっていた「サイケデリック」がレコードジャケットにその匂いを残しています。グラフィックデザインが市民権を得たころの話です。デザインのコンペでもレコードジャケットの部門は人気のコーナーでした。プロからアマ迄が競い合う、30㎝×30㎝のワクのなかでの腕の見せどころです。人気イラストレーター、人気デザイナーがこぞってジャケットデザインに関係していました。店頭に飾られているレコードジャケットでそのレコードの売れ行きが左右される程だったんです。今で言うライブハウスがほとんどなかったもので、レコード鑑賞というお店や、催しものがあったぐらいです。演奏中はこの曲ですよ、このプレーヤーですよ、と分り易くジャケットを台の上に飾っていました。そういった意味でレコードジャケットはインテリアデザインの大切なツールだったぐらいです。

LPがCDに、CDが携帯音楽プレイヤーに変ったころからジャケットデザインは書籍へと、ブックデザインへと移行していきました。今やレコード屋さんという言葉は死語となりましたね。CD屋さんともDVD屋さんとも言えません。その手のお店に入っても試聴するのが関の山です。昔の様に目ぼしいジャケットを愛でながら、ふらりふらりと店内を散策する楽しみがなくなりましたね。今それを楽しめるのは本屋さんとなりました。4月号でも少々触れましたが、大阪の三ッ寺筋にある「スタンダード・ブック・ストア」の様な今迄の本屋さんという概念で計れない本屋さんがポツポツと登場しています。この本屋さんはカフェで本も読めるし、駄菓子もあり西洋雑貨もあり、お洒落な文房具も買えるんです。こういう場所で散策しているとジャケットのデザインに目えがひき付けられます。これぞと思ったものに出会うとこころトキメキます。本屋さんでも半日遊べて、楽しめる様になって来ました。
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一目合ったその日から、恋に花咲くこともある。イチハラヒロコさんのこの本に恋をしました。殺風景になりがちな文字の世界をこうまで見事にヴィジュアルとして成立させているのは何だろう、と感心しました。イチハラさんはお目にかかった事がないのですが、大阪の心斎橋「そごう」の建設中の仮囲いにこのようなフレーズが目いっぱい発表されていました。文字がこれほどまでにヴィジュアルかと感激しておりました。このころから面白い人だなぁと思っていたのです。イチハラヒロコ・ワールドがスルフロットで展開されていました。この本ではハービー・山口さんの写真、吉川晃司さんとの鼎談も楽しいものになっています。言ってみればこの本のおまけですね。

なにはともあれ日本語がこんなに楽しげに飛び跳ねている、色彩豊かに見える本は珍しい。いやはじめてお目にかかります。ジャケ買いのお蔭ですなあ。昔の本屋さんはデートコースでもあり、ぶらりと本屋さんで遊んだもんです。本屋さんの復活を期待しましょう。
by k2-d | 2007-10-05 16:00 | 装丁問答
装丁問答.29
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「あとん」2007年5月 vol.30に掲載された装丁問答です。



装丁問答.29 機内誌とスポーツ感動長編と

牧野伊三夫が絵、アートディレクションを有山達也、編集に大谷道子というメンバーが作りだす『雲のうえ』という雑誌を見つけた。北九州の小倉にいる友人Mを訪ねていくというツアーがあり、美味しいものを食べ(そのころはフグ)、おいしいお酒を(この時は焼酎)しこたま頂くという、僕にとっては、もって来いのツアーがあった。イヤッ、誰もが食指を動かさずにおられないツアーだ。参加しないわけにいかない。

「スターフライヤー」という東京と北九州を行き来している空路がある。飛んでいる飛行機はまっ黒な機体がデザイン的にも素晴らしい航空会社である。『雲のうえ』はその機内誌として創刊されたものと聞いている。だからその飛行機に乗って新鮮な絵になる牧野さんの表紙に出くわした時は、ものスゴイものを発見したという感じがした。本屋さんで「アレッ」と思う僕の好きな出版物を見つけると、このメンバーのいずれかの名前が入っているような実力派の人達なのだ。
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だからこの『雲のうえ』を手にした時も目茶目茶楽しみに「どんなんかなぁ」とページを急いで繰った。この人達の何が良いかと言えば、その全ての仕事を知っている訳ではないのだが「力が抜けている」と言う事が言える。「自然体」とも言う。ある見方に依れば自分の目線で仕事をしていると言う事だろう。ところが目線でもの事を語るという事は、いつもその目線を保ち(疲れ目の時は目薬が必要)、常に目線も磨いておかなくては(いつもクリーンでいなければ)ならないから大変なことである。「自然体」と言ってもそうは簡単にはいかないのが常だ。「力」も抜こうと思って抜けるものではない。それなりの日常の訓練と鍛錬が必要なんだと思う。そういう人達なのである。この小冊子にしても北九州の地元でない人達(詳しく知らないが)に一冊、編集・デザインをまかせるという白羽の矢が当たったのは日頃からそういった目線での仕事のなせる技だと思う。力の抜けた丁寧な誌面づくりに感心する。
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2007年、本屋大賞(全国書店員が選んだ、いちばん! 売りたい本)と第28回吉川英治文学新人賞のW受賞と大きく書かれた腰まきの本を本屋さんの店頭でみかけた。『一瞬の風になれ』③(ドン)とあった。よく見てみると三部作となっており、三冊が新鮮なおもむきで並んでいた。第一部①(イチニツイテ)第二部②(ヨーイ)となっている。要するにイチニツイテ、ヨーイ、ドンの三部作と言う事であり『一瞬の風になれ』がスポーツもの、そのなかでも陸上がテーマのものなんだと合点がいった。残念ながら、帯にかくれて装丁、装画が見えなかったが、ちらっと垣間見える気持ちの良い絵は? と帯をはずしめつめつ見てみるとこの長編小説の素晴らしさを彷彿させるものがあった。デザイン有山達也、飯塚文子、カバーイラスト・クサナギシンペイ(この絵がほんとに素晴らしい)とあった。会ったことはないが知った名前が出て来たので尚更合点がいき、嬉しくなってしまった。
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著者の佐藤多佳子さんが言われている「これまでのスポーツ小説を読んで来て、スポーツシーン以外のところでドラマが進行するものが多く、不満を感じていたので、自分が書く時はスポーツの中にすべてのドラマを集結しようと決めていた」という一文があるように見事なスポーツ小説となっている。僕自身が高校時代ラグビーをやっていたのでよく分る。その頃はただただ身体を痛めつけるだけの練習だったのが実はこういうことだったんだと。青春の真ん中にいると青春って分らないのと同じで、今となってこの本を読むとスポーツの凄さが分ってくる。「人生が愛おしくなる感動長編」となっている。それを補ってあまりある素晴らしい装丁だ。
by k2-d | 2007-09-14 13:32 | 装丁問答
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