小学生のころ、父の仕事の関係でエジプトに住んでいた。ある日、父と2人でピラミッドを観光がてら見に行った。ニュースや写真ではピラミッドを何度も見ていたが、実際にピラミッドの前にくると計り知れなく巨大だ。
ピラミッドは、過去にもよじ登ろうとした外国人が誤って陥落死したこともあり、登ることは固く禁じられていた。観光客がピラミッドを登れるのは、所定のルートにそったごく一部だ。
しかし、石を積み重ねただけで簡単そうに見えるのか、記念にピラミッドを登ってみようと考える観光客は多いようだ。そのため、警備もしっかりしている。
そのことを知っていたから、逆に軽い気持ちで「親父、あそこに登ってみようよ」と挑発した。すると親父は「いいね」とやる気まんまんだった。
「見つかるんじゃないの?」と慌てて返事をしたら「なに、裏から登れば見つからないよ」と目をキラキラさせながら言う。「でも……」と自分で誘っておきながら返事に困ってしまった。
それでも、すっかりその気になった父の勢いに押され、警備がいない裏手にこっそり回ってピラミッドにアタックを始めた。
遠くからだとピラミッドの石はひとつひとつが小さく見えるが、実はとても大きい。小学生だった自分の背丈と変わらないレベルだ。石に手をかけてゆっくりと昇り始める。全行程の半分くらいで高さに怯え、手足が震えた。しかも、折からの強風で体が何度も吹き飛ばされそうになる。
「親父、ヤバいんじゃないか」と背後から声をかけたが、「言い出したのはお前だろう」「自分の言ったことに責任を持て」と先にどんどん行ってしまう。
何のことはない。父のほうがピラミッドに登りたかったのだ。僕ひとりで引き返すわけにはいかず、半べそをかきながら必死についていった。
そして、なんとか父と2人で登頂に成功した。ピラミッドの頂上から眺める景色は半分が砂漠。もう半分はナイル川が生み出した緑地とカイロ市街、そこを行き交う人々の姿。しばしその光景に見とれた。今から思うと僕の初登頂と言えるものだ。
案の定、下山したら警察官が待ち構えていた。親父は「何とかなるよ」とまるで他人事のように応える。駆け寄ってきた警察官にアラビア語で「この子の母はエジプト人だから、あなた方もどこかで友達じゃない?」とわけのわからない言い訳を始めた。アラビア語を話す日本人がおかしかったのか、警察官たちはゲラゲラ笑い始めた。気がつくと親父と握手をし、笑顔で「気をつけるように」と去っていった。
親父は「ほらみろ」と勝ち誇ったような顔で「ケン、また登ろうな」と言った。親父はただ者じゃないと、その日は本当に思った。このあたりの親父の行動力は尊敬するところだ。この出来事は、私にとって幼少時代のもったいない体験のひとつだ。



































