
「琴と少年」(山水情) ごらんになっていただけたでしょうか?
しばし余談。 5~6歳のときの記憶です。私の姉(当時女学校に通っていました。)が個人教授で水墨画を習っていました。週に一度先生が見えて家で指導下さるのですが、姉は当時それが嫌だったらしく、前日になると、「お前習っておいて!」と私に言いわたし、当日学校から帰らず、練習をさぼっていました。おかげで、代りに、私は先生からランの花の描き方を習っていたことを記憶しています。
筆を湿らせた墨が和紙にふれるやいなやすーっとしみこんでいく、鉛筆やクレヨンでは出ない描法が不思議に感じられ、何度もランの葉を描いた記憶があります。 余談ついでに、今80才半ばになる姉上は、水墨画の会員になり年に二度の展覧会に出展、私もその画を観に行くのがイベントになっています。
アニメーションの世界には、セルアニメから入った私にとって水墨アニメーションのあのニジンダ絵をどうやって撮影しているのか気になっていました。 和紙に描いた絵は重ねが出来ません。ですが映像は間違いなく、重ねて撮影されている筈です。 私が最初に水墨アニメーションを観たのは、「牧笛」(1963)だったと思います。 東映動画スタジオに入社し、アニメーションの作業工程を知ってからいくらもたたない時期でした。 紙に描いた動画をトレス、彩色したセルを重ねて撮影するいわゆるセルアニメで作られていた頃です。 輪郭線を塗りつぶすぬり絵風に着彩したアニメーションしか知らなかった私にとって、水墨アニメーションのにじむ輪郭は驚きでした。紙ににじませればレイヤーは重ねられません。しかし画面は間違いなくレイヤーは重なって見えます。しばらく後になって知ったのですが、何枚ものセルを使って少しずつ濃度の違う色を塗ったセルを重ねていったということです。しかしデジタルと違って重ね枚数には限界があります。撮影による合成もあったと推察します。
手法のことはとり敢えず、作品について…。
「琴と少年」
画面はどれも掛軸の水彩画の一部が動画になって動き出したかの構図です。白い無地の上に筆のタッチそのまま、描かれた絵の中で同質の筆のタッチのキャラクターが動き出しています。実写的な描写というより、全く絵画としての構図のshotが映像を構成して行きます。 白い無地のBackに自然の一部を水墨のタッチで描き込むことで、全面の白地が空間に変貌します。
水の流れにそってカメラがパンすると、白いシルエットの人物が現われ岸辺の桟橋に渡し舟を待ちます。風の音…髪や衣装が揺れます。水の音が聞え、笛の音が、振り向くと、水鳥が鳴き声と共に飛びたち、小舟を操る少年が登場します。Top Sceneです。約1分半。老人と少年の出会いです。
老人は少年の舟にのり、少年は笛を吹きながら、別の岸辺に老人を連れて行きます。老人は下舟後、フラフラとよろめいて倒れます。手にしていた長細い袋が落ちて、音をたてます。古琴の弦の音です。少年に助けられた老人は古琴の奏者でした。少年の家で休ませてもらった老人が爪弾く琴の音が、仕事から帰った少年を魅了します。
琴に興味を持った少年に老人は演奏の手ほどきを始めます。 紅く色づいた葉が散る中で、水面に満月の光を落す夜。そして雪の降る小屋で、火をくべる老人の脇で練習し、冷えた手をふく(あたためる)少年…端的な季節の移り変わりのあと少年の写しのLong shotが、更にTrack backされて…春の雪どけ水から始まり、笹の葉がゆらぐ中、竹の子が出て、老人は水面に釣糸をたれ、少年は木の下で琴を弾きます。 この作品の中で私が一番好きな構図です。 私の絵では下手なので、こんな絵を本編の中から探して下さい。 老人は少年の琴の音に聞きほれて、餌がとられているのも気がつかずにいます。この辺までが前半でしょうか。
鷹が空を飛び交うshotがかなり長く入ります。 老人が何やら決意したらしくアゴヒゲを撫でます。 二人は小舟で幽谷、深山に入り込んでいきます。 水の流れが激しく動画で動かされます。 高い山を登る二人です。落ちる滝…縦に縦に登っていく構図は長い掛軸をさかのぼっていくようです。カメラで何フレームもパンしていきます。パンの途中の構図も崩れることなく、その瞬間の美しさを描写しています。すぐれた画力に感動します。 まさに仙境でしょうか。老人は少年に琴を授け別れを告げます。老人が仙境の彼方に姿を消す時、少年は琴を弾き始めます。雪の間に見える岩の上で琴を弾く少年。 いつしか、太々とした墨汁のニジンだ荒々しい黒が画面ににじみ、黒い雨…そして滝…カメラが下がり広々とした水面に小さな帆かけ舟が大ロングで遠去っていきます。
この作品も、一作目の「岸辺のふたり」同様、一言の台詞もありません。しかし何百言の台詞以上に、と、今回はそれほどの動きはありませんが、アニメーションで、観る我々に感動を与えてくれます。Long shotによる描写が多いです。その中で、わずかに使われたup shotの印象がいつまでも残ります。老人の琴の演奏にびっくりするup shot、冷たい手に息を吹きかけて温める横顔、無心に琴を弾くup、老人との別れの前に見せるこらえきれぬ表情。 どれもが、素晴らしい表情です。
もう一つの作品「おたまじゃくしがお母さんを探す」は「琴と少年」より約30年余り前の作品ですが、おたまじゃくしや小さな動物たちの動きは素晴らしいです。やはり、セルアニメのベタ塗りのキャラクターではなく、ボンヤリとしたタッチや、ブラシを使ったようなキャラクターはやはり、セルによる塗り分けと重ねの技術で作られているとのことです。この作品は62年のフランス、アヌシー国際アニメーション映画祭で児童映画賞を、64年のカンヌの映画祭では栄誉賞を受賞しています。
Y.KURODA 2008.10.21.



































