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闘病記⑩

終章


手術から2週間。状況は変わらない。

1ヶ月以上、口からものを入れていない。
水すら飲めない状況と、鼻から入れられているチューブの煩わしさ、
社会復帰の目処がたたないことが、私をイライラさせていく。

おまけにこの頃には、チューブから注射器でひく消化液の吸引を自分でやることになっていて、
毎日毎日、量が減ることもなくリットル単位で引ける状況にうんざりしていた。

どうなっているの! こんなこと手術前には聞いていなかった!!
腐っても仕方ないとは分かっていたが、やり場のない気持ちは募るばかりだった。


「ただ待つしかない」そう言われ、日々が過ぎていった。

傷の痛みも癒えて、胃が動かないことと栄養を摂れないこと以外はまったく普通と変わらなかった。


毎朝6時に病室の窓を開けることから1日が始まる。
眼下には不忍池。その向こうは上野の街。

この景色をこうして1ヶ月以上も見ることになるとは思いもよらなかった。


病気になって半年、入院して3ヶ月、季節は秋を通り越して冬の足音が聞こえてくる。

振り返れば、激痛と闘った毎日、「フォアグラ療法」で体重を増やし、そして手術。
何かが解決したのか、解決していないのか、食事が開始にならない現在ではまだ“未知数”である。

トンネルの中で、先が見えない分ずいぶん自分と向き合い、過去の痛みを整理する時間が持てた。
苦しみのすべてが浄化され、まっさらな自分に生まれ変わったようでもある。


とにかく、あとは胃管だけの問題だった。


手術から1ヶ月になろうかというある日、

突然、吸引される消化液の量がガクンと減った。

しかし、前例があるためなかなか「バッキョ(抜去)」の許可は出ない。


1
日、2日、3日…、突然好転した事態も、日を重ねるごとに実績となり、

とうとう晴れてチューブを抜くこととなった。


バンザイ!


1
ヶ月ぶりにチューブの煩わしさ、溺れているような感覚のない、自然な眠りにつくことができた。

その感動は忘れられない。


すべてのストレスがなくなり、私は、“一患者”から“森まどか”に戻った。


3
日後、退院。


久しぶりに外の空気を吸う。晩秋の冷たい空気。
いまここにいる自分がうれしかった。


ただいま。


やっと帰ってこられた。

「自分にブラボー!」、そんな気分だった。


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by mori-mado | 2011-08-31 14:37 | SMA症候群 闘病記 | Comments(0)

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