モスクワを午前11時頃に出発して、アエロフロートで一路ロンドンへ。一睡もしないまま飛行機に乗った為、気絶したように眠る。約4時間のフライトが嘘のように、あっという間にロンドン・ヒースロー空港に到着。
空港には今回のロンドンでのライブの主催者であり、昨年10月にヨーロッパでリリースした宮沢和史のベストアルバム『TOKYO STORY』のレーベルFar side Musicのポール・フィッシャーさんが迎えに来てくれていました。音楽ジャーナリストであり、DJでもあるポールさんは宮沢和史とも旧知の親友。ポールさんが日本に住んでいた頃は宮沢と一緒にラジオの番組を持ち、1997年のTHE BOOMのヨーロッパ・ツアーにも同行しています。
空港を出ると小雨が降っていた。まさに霧のロンドン。でもモスクワから来ると、+6℃のロンドンは、まるで春のような気候(言い過ぎ?)。体の調子壊さなきゃいいけど。
市内を一時間ほどバスで走って、ホテルへ到着。ポールさんのお家のすぐ近くのこじんまりとしたかわいいホテル。メンバーは荷物だけ置いて、早速散策へ出かける。ほんとにみんなアクティブだ!
私とスタッフはポールさんの家でミーティング。ポールさんのお家は素敵なフラットで、憧れる! 日本人の奥様においしいほうじ茶を出してもらって、3人涙。「明日のチケット、すぐに売り切れちゃったよ! 2 Daysにすればよかったね(涙)」とポールさんの嬉しい悲鳴。明日を最高のヨーロッパ・ツアー・ファイナルになるようにポール夫妻もがんばってくれている。
ポールさんの家を出て、ホテルへ戻る。久しぶりに、ゆっくりとひとりきりになれた。しみじみ明日がヨーロッパ・ツアーのファイナルなんだと思うと、寂しさもこみ上げてくる。でも感傷に浸っている暇はやっぱりないので、明日の予定表などを作り、メンバーの部屋へ配達する。ツアー中続けていた配達も今日が最後か…とまたもやセンチメンタルになる私。
空港には今回のロンドンでのライブの主催者であり、昨年10月にヨーロッパでリリースした宮沢和史のベストアルバム『TOKYO STORY』のレーベルFar side Musicのポール・フィッシャーさんが迎えに来てくれていました。音楽ジャーナリストであり、DJでもあるポールさんは宮沢和史とも旧知の親友。ポールさんが日本に住んでいた頃は宮沢と一緒にラジオの番組を持ち、1997年のTHE BOOMのヨーロッパ・ツアーにも同行しています。
空港を出ると小雨が降っていた。まさに霧のロンドン。でもモスクワから来ると、+6℃のロンドンは、まるで春のような気候(言い過ぎ?)。体の調子壊さなきゃいいけど。
市内を一時間ほどバスで走って、ホテルへ到着。ポールさんのお家のすぐ近くのこじんまりとしたかわいいホテル。メンバーは荷物だけ置いて、早速散策へ出かける。ほんとにみんなアクティブだ!
私とスタッフはポールさんの家でミーティング。ポールさんのお家は素敵なフラットで、憧れる! 日本人の奥様においしいほうじ茶を出してもらって、3人涙。「明日のチケット、すぐに売り切れちゃったよ! 2 Daysにすればよかったね(涙)」とポールさんの嬉しい悲鳴。明日を最高のヨーロッパ・ツアー・ファイナルになるようにポール夫妻もがんばってくれている。
ポールさんの家を出て、ホテルへ戻る。久しぶりに、ゆっくりとひとりきりになれた。しみじみ明日がヨーロッパ・ツアーのファイナルなんだと思うと、寂しさもこみ上げてくる。でも感傷に浸っている暇はやっぱりないので、明日の予定表などを作り、メンバーの部屋へ配達する。ツアー中続けていた配達も今日が最後か…とまたもやセンチメンタルになる私。
# by miyazawa-sick05 | 2005-02-17 15:40

13時。ホテルのロビーに集合して、リハーサルのため会場へと向かう。今日の会場であるクラブB2は約500人収容の、音楽好きの若者が集まるクラブ。チケットは当日販売なので、どれくらいの人が集まるのかは、蓋を開けてみないとわからない。ただ、このロシアでの盛り上がりは尋常じゃない。
18時過ぎ。リハーサルが終わり、本番の時間までいったんホテルに戻る。戻る途中に赤の広場へ立ち寄り、宮沢はメンバーへのプレゼントを買う。生まれて初めての赤の広場やクレムリン宮殿。ひとつひとつの規模が大きすぎて、目がくらむ。
21時。ホテルのロビーで再集合して、会場へと戻る。到着すると、フロアは地元の若い人達でぎゅうぎゅう詰めの状態。チケットは完売したようだった(ほっ)。明らかに客層が昨日とは違う。狭い楽屋の中で、メンバーはそれぞれテンションを上げていく。
22時。昨日に引き続いての共演、ナイト・スナイパーズのライブがスタートする。ボーカルのディアナがステージに立つと、行き来できない程にぎっしり集まった観客が大きな歓声を上げる。昨日とほぼ同じメニューでライブは進行していく。
そしてラストの曲「コシカ」で宮沢が呼び込まれる。わずか2回目の共演なのに、2人は最高のテンションで歌う。ディアナは自分が着ていた白いシャツを宮沢に羽織らせ、自らは白いタンクトップ1枚になる。かっこいい。大歓声の中、2人の「コシカ」は終わった。


そしてスタッフが大急ぎでセットチェンジ。MIYAZAWA-SICKロシア最終公演、24時スタート。宮沢がステージに現れるやいなや、昨日と同じ街とは思えないほどの大歓声。今日は弾き語りはなし。バンドのたたみかけるような演奏で、アンテナの高いモスクワっ子を引きつけて離さない。

「Симаута(島唄)」でディアナを呼び込むと、歓声はさらに大きくなる。観客の人数は昨日の三分の一だけれど、「Симаута(島唄)」を歌う大合唱は昨日よりも大きい。狭い狭いステージだったけれど、メンバーは精一杯のパフォーマンスをしてくれた。
アンコールを求める声もまるで地響きのよう。それに応えて、メンバー、そしてディアナ、さらにナイト・スナイパーズのギタリスト・イヴァンが登場。再び「Симаута(島唄)」を歌う。昨日のライブで高野さんと意気投合したイヴァン。間奏のギターソロで高野さんとギターバトル! 会場も更にテンションが上がって、最高潮の中、ライブは終わった。
終演後、私は大急ぎでCD販売ブースへ。CDの価格は500ルーブル(約2000円)。モスクワ市民の平均月収は約13000ルーブル(約51000円)なので、決して安い金額ではありません。それでも、大勢の人が買っていってくれました。大声を張り上げて売っていると、モスクワ公演を手伝ってくれていた、地元の日本人学生の女の子が「ライブ、チョーーーー最高でした!! 私もCD買う! でもってお手伝いします!」と言って、ものすごい早口のロシア語で、現地の人に「今日のライブのプログラムが入った、最高にカッコイイCDだよ! 買って!」と呼び込んでくれました。私たちはこうやって各国で色んな人に助けてもらいながら、遂にモスクワまで辿り付けたのです。
CDの販売を終えて、楽屋に戻ると、みんなビールで乾杯していた。特にこのツアーを主催する国際交流基金の桶田さんが最高にいい表情をしている。私はツアー中、どれだけ桶田さんに助けられたことか。厳しさと、バンドに対する愛情を併せ持った、本当に尊敬できる人です。彼女は「終わりたくない~~!!」とビール片手に叫んでいました。
午前3時30分。ようやく会場を出て、ホテルへ戻る。そして午前7時にホテルをチェックアウト、モスクワ・シェレメチボ空港へ。ホテルの外は-18度。モスクワ滞在中で一番の寒さでした。空港へのバスの中ではみんな泥のように眠っていました。
午前8時、空港に到着。チェックインまで少し時間がかかるとのことなので、30分ほど自由時間に。楽器の周りで、スタッフが朝日を浴びながらサンドイッチをほおばっている。それを見つめていたら、なんだか今までのこと全てが夢みたいに感じた――と思ってたら、ほんとに私は地べたに座って眠りこけていたらしく、はっと目が覚めたら、私の周りをぐるりとメンバー・スタッフが囲んで写真を撮っていました……。

やっとチェックインの手続きが始まるも、相変わらず時間がかかる。全ての手続きが終わって、外を見ると、今回のツアーで全力を尽くしてくれた、通訳のカーチャさんや現地でコーディネートをしてくれたスタッフ、日本大使館のみなさんが、私達が見えなくなるまでずっと手を振ってくれていた。今回のツアー、何度も経験した空港でのお別れ。出逢っては別れの連続。「また絶対に会いたい」その気持ちが、次へ繋げていく原動力になると思った瞬間でした。
# by miyazawa-sick05 | 2005-02-16 17:26


12時。ホテルを出発して今日の会場、ゴーリキ記念モスクワ芸術劇場へ出発する。今やモスクワ名物となっている噂の交通渋滞の洗礼に合う。もうぜんぜん進まない。進まない車の横を、SHIMA UTAの巨大ビルボードと遭遇。車を降りて記念撮影。すごい迫力。
難関、ロシア語特訓中

50分くらいかけて、ようやっと会場へ到着。楽屋は日本からの報道陣でごった返している。
1時間以上遅れてリハーサルがスタート。本当に大きな会場。この会場がお客さんが満杯に入っているなんて、まだ想像できないでいる私。開場時間になって(当然、予定より遅れている)、メンバーも徐々に支度を始める。宮沢は各会場恒例となった、現地の言葉でのMCの練習。通訳のカーチャさんに特訓してもらう。「これで通じるかな?」と心配する宮沢を、カーチャさんは「大丈夫。ちゃんと通じますよ」と流ちょうな日本語で励ましてくれる。
遂にディアナ・アルベニナのバンド、ナイト・スナイパーズのライブがスタートする。初めて観るナイト・スナイパーズのライブ。日本中どこを見回しても、こんなに全身全霊で感情をぶつけて歌っている女性シンガーはいないと思う。すごくカッコイイ! 客席に行くと、中学生くらいの女の子の集団がお揃いの自作とおぼしき「ナイト・スナイパーズTシャツ」で盛り上がっている。
最後の歌「コシカ」で宮沢が呼び込まれる。日本語とロシア語で掛け合いながら歌う。2人の雰囲気が似ていることは、出逢ったその日から思っていたけど、こうやって並んで歌うと、本当に似ている。容姿が、ではなく、歌に掛ける姿勢。矛盾がない、嘘がない、全身全霊。長年連れ添ったデュオみたいな感じだった。客席からも大歓声が上がっていた。


ナイト・スナイパーズのステージが終わって、遂に宮沢和史の出番。予定より50分以上も遅れてのスタート。
反応が気になって客席を観に行くと、真ん中から後ろの席の人達は、身を乗り出しながらも立とうとはせずライブを観ている。真ん中から前の席の人達は、ちょっと斜に構えてライブを観ている感じがする。戸惑う。ステージのメンバーもなんとかお客さん達のテンションを上げようと、一所懸命になっているように見えた。
その一方、宮沢の弾き語りコーナーになると、携帯電話をペンライトに見立てて、会場中がプラネタリウムのようになる。歌い終わると、大歓声。
他の国とは明らかに反応する場所が違う。

そして「島唄」。宮沢がロシア語でMCを始めると、みんな大きく反応をした。「島唄」と漢字でプリントされた白い紙を頭の上に掲げる人がたくさんいる。一緒に歌っている人もたくさんいたし、盛り上がっていた。
しかし、「島唄」が終わると「この曲が聴けたからOK!」と言わんばかりに、5分の1くらいの人が席を立ち始めた。開演時間が遅れていたので、「途中で帰ってしまう人がいるかも」と現地のプロモーターの人が言っていたのを思い出した。この時、既に22時近く。
落胆しかけていると、状況は変わってきた。
残っている人達は明らかに「島唄」以降、テンションが上がってきた。立ち上がる人もたくさん出てきた! 「ひとつしかない地球」をディアナが美しい日本語で歌い、そしてアンコール
でもう一度「島唄」を、今度はディアナとデュエットする。会場の後ろ半分は総立ちに!

後で聞いたところによると、客席ごとに値段が違っていて、前方の席になると日本円で約2万円、最後方の席は約2000円のチケット代金だったそうです。ただ、ロシアの物価は日本よりまだだいぶ安いので、それ以上の価値があるようです。そのため、前方の席に座っていたのは、いわゆる「セレブ」の人達だったらしい。由緒正しいこの劇場でコンサートを行なうというのは、こういう弊害も出てくるのか……とひとつ学んだ気がします。
でも、手強いロシアへの第一歩を、私は確実に踏み込めたと思いました。
24時、会場を出て宮沢はレセプション会場へ。私はメンバーとともに、日本食レストラン「一番星」に向かう。今回のツアーで初の日本食レストラン。夢にまで見た「やきそば」「やきとり」「お寿司」「みそ汁」……。
結局ホテルに帰ったのは夜中2時。今日もお疲れ様でした。 明日はライブハウスでのスタンディング・ライブです!
# by miyazawa-sick05 | 2005-02-14 10:09




THE BOOM オフィシャルサイト