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最終回 優勝決定戦 大座談会
入場行進

 一年半にわたって繰り広げられた「麺の甲子園」。全国あちこち歩きまわり、いろんな麺を勝手に絶賛、あるいは酷評し、強引に「地方大会」に出場させ、愛したりいたぶったりと好きなようにしてきましたが、いっこうにヒルムことなくとうとう決勝トーナメントまできてしまいました。
 強引に出場させた麺およそ四六○麺。そして全国各地の熾烈なブロック大会を勝ち抜いてきた二十四の代表麺が、いま怒りと苛立ちと不安と不満に胸だの胃袋だのを膨らませてごしゃごしゃと行進してくるところです。
 先頭は前回山形の強豪「酒田ワンタンメン」を破って見事初優勝をとげた香川県代表の「さぬきうどん」です。優勝麺だからそれほど不満や怒りはないようです。
 真紅の優勝旗を掲げて主将の「かまタマ君」(かまあげタマゴかけ)を先頭にさぬきうどんの精鋭選手たちが胸を張って堂々と行進してきます。あまり胸をはりすぎるとおつゆがこぼれます。グラウンドには「麺の甲子園」の歌が浜風に乗ってたからかに流れています。

風さやかなる行列に
耐えて希望の麺の海
いざ奮い立て若者よ
いや老人も
世界の平和を祈りつつ
かがやかなる箸さばき
つゆまで飲み干す熱情に
見よ雲がいく 汗に泣く
すすれ すすれ すすれ
麺の 麺の 甲子園
(くりかえす) 

 満員のグラウンドに大きな拍手が溢れます。
司会「本日はここに全麺協〔全国麺なら何でも食うぞ何時でも行くぞ連絡協議会〕専務理事の鳴門さんと、麺の大食い探検家、鮫腹さんに解説においで願っています。鳴門さん、ついにこの日がやってきましたねえ」
鳴門「ええ、素晴らしいことですねえ。しかしそれにしても各選手落ちついていますね。第二回のときは興奮したのか怒ったのか愛知代表の〔味噌煮込みうどん〕が本部前で転んであつあつの八丁味噌をあたりにぶちまけてしまったんですよねえ。この強烈な日差しと八丁味噌のにおい、愛知からの応援団の悲鳴の凄まじさに卒倒するチームがいました」
司会「どこでしたっけ」
鳴門「すぐ後ろにいた長野県代表の〔信州そば〕です。かれらは普段せいぜい擦り味噌程度しか知りませんからあのにおいに慣れていません。あっという間でしたね。そのためか試合は冴えず、帰宅後寝込んだ選手もいたそうです。週刊誌にそう書いてありました」
司会「気の毒なアクシデントでしたね。さて今年の展開予測はどうでしょう?」
鮫腹「やはり前回の優勝麺〔さぬき〕が練習量その他でひとつ飛び抜けているでしょうね。でも決勝トーナメント常連の〔札幌味噌ラーメン〕もよく走り込んでいてモヤシやニンニクとの連携プレーも完全なものにしています。毎回優勝候補と言われてまだ結果を出していませんから今年こそは、と張り切っていますし楽しみです」
司会「練習量とはどういうことをさすのでしょうか?」
鳴門「数値的にはどれだけ食べられているか、ということですね。専門的には〔食われ量の定理〕といいます。ピタゴラスなんかが論述していますね」
司会「はあそうでしたね。ほかに今年はどういうことに注目したらいいでしょう」
鳴門「今年は蕎麦勢が各地区でブロック優勝して決勝トーナメントに進出してきている、というのが大会前の大きな話題のひとつでした。それから全麺連による規制緩和でトコロテン、イカソーメン、糸コンニャク、キリボシダイコンなどのいわゆる境界部門というか、そういう分野からの出場も活発だった。準麺というか亜麺というか」
鮫腹「アーメンじゃないのね」
司会「(無視して)さあグラウンドでは遠い先島諸島からやってきた〔宮古そば〕の選手宣誓がおわっていよいよトーナメント組み合わせのくじ引きがはじまります。では第一回戦からの戦況を現場からナマナマしく報告してもらいましょう」

強豪さぬきうどん

「エー、こちらは試合の現場です。まあ普通は〔試合の現場〕とはいいませんね。殺人事件じゃないんだから。エート、だからこういうのは困るんですよね。実際に麺同士がぶつかりあって戦えないんだから。しょうがないからこの取材で全国十七ブロックを実際に歩いてきた七人の審議団による冷静な分析と白熱した議論によってひとつひとつ優劣を判定していこう、ということになりました。これは優勝に関係してくるようになると非常に悪質で油断のならない言葉のレトリックも交差してくるでしょうから、読者の皆さんは前号の〔前編〕からご覧になったほうがそのアンフェアかつ専横なる展開がわかり、馬鹿馬鹿しさと、心よりいい加減な内容にとことん苛々できること間違いありません。では抽選がおわって一回戦第一試合が決まったようです」
杉腹「一回戦第一試合は〔福井のおろしそば対神田のまつやのもりそば〕これはもろに本格的なうまい蕎麦対決となりました。しかし両麺への論議は前回の座談会で出つくしました。勝敗は素早く挙手でいきます。ハイ」
 四対三で〔神田まつや〕の勝ち。一回戦でモロに本格蕎麦同士というのはつらい、との声あり。
杉腹「続きまして〔山梨のほうとう対福島の高遠そば〕どちらも公立高校というかんじですね。〔高遠そば〕は箸のかわりに一本のネギで食べるという非常にきわものというかトリッキーな麺でしたが、食べてみたら意外な実力者。東北の未来を感じたという審議団の一員もいました。前回でそのあたりの論議は出つくしたと考えていいでしょう。さあ戦いです。来るか来ないか! 張るか張らないか! 勝負です」
 七対ゼロでほうとうの勝ち。ほうとうの田舎田舎した選手の面々に古きよき高校野球の郷愁を感じたとの声あり。
杉腹「次は〔旭川ラーメン対さぬきうどん〕です」
癖ノ瀬「おお、前回の優勝麺対北の強豪」
砂糖「早くもつぶしあいだ」
杉腹「七対ゼロでさぬきうどんの完封勝ち」
三太夫「勝負が早いのね」
杉腹「手をあげるだけだからね」
癖ノ瀬「足のたくさんあるゲソ天君が一番バッターで毎回塁に出てゆさぶりました」
杉腹「次は大阪の問題児〔肉吸いうどん対宮城のうーめん〕です。茶髪グループと東北の孝行息子とのタタカイです」
 ガンヅケゆさぶり攻撃あって五対二で〔肉吸い〕の圧勝。癖ノ瀬が試合後二回も個人で肉吸いの行列に並んでいた姿が発見され問題にされたが「やってない。並んでいただけだ」と必要以上に叫ぶのが印象に残った。「やってない」とは何をやってないのかも話題になった。
杉腹「次は〔鹿児島ラーメン対沖縄の亀かめそば〕です。これも力の入った対戦で、どちらも地元の応援が強い。とくに沖縄おばあの応援がすごいです。かめかめというのは沖縄のおばあのよくいう“食べろ”という意味の噛め噛めなんですね。灼熱の南国対決」
三太夫「おお。四対三で〔亀かめそば〕の勝ち。甲子園の沖縄勢にはむかしからNHKの判官びいきがなんとなくありましたね。次も注目の対決で〔下仁田シラタキ・糸コン姉妹対酒田のワンタンメン〕。一回戦最後の組み合わせですな」
椎名「おおし。ついに出た。個人的には酒田のワンタンメンにがぜん肩入れしますなあ。前回は決勝で敗れた。そろそろ今年あたり酒田のワンタンメンの年ではないかと思っていたんだ。シラタキ・糸コンニャクも好きだけれどあの人たちはあくまでも糸コンとシラタキですよ」
癖ノ瀬「それを我々のところに運んできたのが年頃の可愛い姉妹だった。そしていろいろ聞いてみるとシラタキと糸コンニャクは血縁、というか兄弟もしくは姉妹の関係にあった。そういうことが強く印象に残った。あろうことか専属カメラマンの砂糖君が撮っていたのはシラタキ・糸コンよりも、それを運んできた姉妹の写真のほうが多かった、という事実が判明しました」
椎名「だあらね、わたしは言いたい。みなさんこのあたりにみなさんの見識というか、人格というか、麺とは何かというか、つまりは麺格というものも関係してくるんです。美しい麺とはなにか、ということです。みなさんそういうことを深く考えながら挙手しなさいね。いまは憲法九条も守らなければならないが酒田のワンタンメンも守らなければならない重要な時に来ているのです」
杉腹「では審議団の皆さん、挙手を」
 六対一で糸コン姉妹の勝ち。
椎名「ギョホエー」

冬の甲子園を

司会「試合はシード対決のある二回戦になりました。鳴門さんどうですか。いままでの展開で」
鳴門「まあくじ引きのあやというか一回戦で優勝を左右する対戦が多くて複雑なものを感じますね」
司会「二回戦第一試合はどちらも東京の下町の名店〔神田まつやと浅草並木藪〕のもりそば対決。沖縄の多くの人はもりそばの食べ方がわからないといいます。蕎麦湯など出てくるとどうしていいか狼狽するそうです。そういう意味では非常に東京ローカルの対決というか」
鳴門「まあね、ある意味ではこのどちらかと、あとで出てきますけど長崎の〔皿うどん〕が対戦しなくてよかったと思うんですよ」
司会「早くも老舗蕎麦対決の決着がついて浅草〔並木藪のもりそば〕が勝ちました」
鳴門「一点差ですからどちらが勝ってもおかしくないわけですよ」
司会「続いて南西諸島宮古島の〔宮古そば対ほうとう〕です。あれ! そう言っているうちにもう勝負がつきました。七対ゼロでほうとうです。強いですね。山梨県。続いて〔札幌味噌ラーメン対さぬきうどん〕です。鳴門さん、これなんかもう決勝の組み合わせといってもおかしくないですよね」
鳴門「そのとおりですね。これは興味深いですねえ。いまや札幌味噌ラーメンは究極の完成域に近づいていると思うんですよ。日本麺類界の代表のひとつ。次はアジアだという声が大きいですからね」
司会「タイのトムヤムクンヌードル、ベトナムのフォー、ミャンマーのモヒンガー。いろいろ楽しみな強豪がいますからねえ。あれ? なんとこの試合は五対二で〔さぬきうどん〕の勝ち。いやあ驚きました。札幌味噌ラーメンにとってさぬきの壁は厚いですねえ」
鮫腹「麺の甲子園は冬の大会をやらないと不公平ですよ。厳寒期だったら札幌味噌ラーメンに勝てるところは少ないっしょ」
鳴門「少ないっしょ、ってあんた道産子?」
鮫腹「バレましたか」
鳴門「バレバレ」
司会「次は〔釧路ラーメン対徳島ラーメン〕あっさりとこってりのガチンコです」
鮫腹「ありぁあ。もう勝負ついてますよ。四対三で〔徳島ラーメン〕の勝ち。だからやっぱり冬の甲子園を」
司会「次は噂の〔沖縄の前田食堂対広島の小鳥系ラーメン〕ここから再び現場からの報告に切り換えましょう。杉腹さーん」
杉腹「はいこちらは試合現場です。このむごたらしい事件も現場検証もおわってようやく町は平静をとりもどしていますじゃなくて現在〔前田食堂〕へむけた熱い応援演説が三太夫によって行われています」
三太夫「だあらね。東京のようにどこへいっても三十秒で隣りのラーメン屋があるところとちがって、那覇から一時間以上もかけてやっと出会うオアシスみたいな店なわけですよ。こういう前田食堂のような地方の麺があって、それが日本の麺文化を支えているわけですよ。そこのところを考えてほしいんですよ」
砂糖「でも小鳥系ラーメンも店主におごるところもなく、無意味に行列を作らせて喜ぶわけでもなく、テレビがときおり騒ぐように達人でもなく、すべてに淡々としていますよね。ああいうところは行列のできる東京の繁盛店にはないですね」
 しかし勝負は四対三で〔前田食堂〕の勝ちとなった。
阿呆木「非常ですね。いや間違えた。非情ですね」
三太夫「お前いたのか。しかし今の間違いは単純に文字変換ミスじゃないの」
阿呆木「高箸ディスポーザー大さんとともに先月号からずっとここにいました」
三太夫「おまえ質問に正確に答えてないな」
 次は大阪の〔肉吸いうどん〕に久留米の〔沖食堂〕のシード対決である。沖食堂は久留米の明善高校のそばにあって博多あたりにまでひそかにここのうまい支那うどんの評判が伝わってきている。でもそれよりも前に地元の人気店で、いつも満員。明善高校の生徒たち、なかんずく運動部の選手たちはこの沖食堂で青春時代を謳歌したと断言していいようです。
杉腹「さあ、〔肉吸いうどん〕一筋できた癖ノ瀬さんどうする? 肉吸いと癖ノ瀬さんの間にはいま逆栄養費疑惑がチラチラしてるようですよ」
 結果は六対一で〔沖食堂〕の勝利!

ついにベスト四

司会「そういうような展開で早くもベスト四が出そろい、準決勝となりました」
 ええ? 早すぎるう、という声あり。しかし残り試合時間も迫ってきていてすべての対戦を解説している時間はないのよ。
 残ったベスト四は次のような顔ぶれである。

 並木藪のもりそば(東東京代表)
 さぬきうどん(香川県代表)
 沖食堂の支那うどん(福岡県代表)
 シラタキ・糸コン姉妹(群馬県代表)

 ここからは実況中継になります。
「準決勝第一試合は東京の老舗〔並木藪のもりそば〕対香川県代表の強豪です。なにしろ前回の優勝麺〔さぬきうどん〕です。先攻は〔さぬきチーム〕のゲソ天君。ゆるいシュートをカツンと跳ね返して二遊間。ゲソ天君早くも先制の出塁です。二番ぶっかけ君。定石どおり送りバント。一アウトで三番かき揚げ君。得意のふわっとしたかき揚げフライは藪蕎麦チームのライト、おかめ君にゆるりと捕球されました。おかめ君笑っています。続いてさぬきチーム四番のかまタマやま君です。いいですね。さぬきは余裕がありますね」
鳴門「まあさきほど私がもうしあげたようにピタゴラスですからね」
 東京の並木藪蕎麦は四対三で敗れました。
鳴門「まあね。藪蕎麦は悔いることはないですよ。蕎麦対うどん。これからも伝統の一戦になっていくでしょうからね」
 第二会場ではどちらも初出場、福岡県久留米出身二所ノ関部屋じゃなかった明善高校横の〔沖食堂対群馬のシラタキ・糸コン姉妹〕
 両者にらみあっております。最初につっかけたのは姉の糸コン。けっこうからむのは得意です。沖食堂困った顔をしてぐるぐる回っています。その足に素早くとりついた妹のシラタキが巧みに何本も這いのぼっていきます。いやですねえ。だから女はいやですねえ。気持ち悪いですねえ。でも沖食堂辛抱して隙をついてぶちかまし、沖食堂そのままかまわずシュート!
鮫腹「あの……これ甲子園ですよね」
司会「いいの。もうそんなこと言ってられないでしょう。時間がないんです。球はぐんぐんのびていきます。沖食堂やる気になっているのがここからもわかります。球はぐんぐん三遊間。のびてのびて、ああ、麺だけにあまり伸びるといけません。おあとがよろしいようで……などと言っているうちにあああああ、世界陸上の進行係の男みたいにもう騒ぎまくりです。あのひとうるさかったですねえ。あああああああああ。はいったああああああ。ゴオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおル!」
杉腹「かくて決勝は〔さぬきうどん対沖食堂〕ということになりました。ではこのあたりで両者の身辺整理をしてみましょう。今世間の目はドーピングとか特待生問題とか事務所経費問題とかいろいろうるさいですからね」
阿呆木「さぬきうどんには“貧しさ疑惑”が出ています。わざと店内の造作や食べるしくみを貧困ふうにして涙を誘うという高等戦術です」
癖ノ瀬「でもそのぶん確実に安くして、ルミばあちゃんの池上製麺所なんて素うどん七○円ですよ。いまどき七○円ですよ」
三太夫「その努力姿勢は高校生として立派です。見習うべきだ」
砂糖「高校生って、ルミばあちゃんですよ」
阿呆木「〔沖食堂〕にだっておばあちゃんがいました」
癖ノ瀬「その意見にどういう意味が?」
杉腹「沖食堂は店のなかがとにかくなごやかでしたね。みんなが嬉しそう」
三太夫「店の人の存在感があまりない。しかし座って待っているととにかく確実においしい支那うどんをはじめとした麺類がやってくる。あそこにあったグリーンピースおにぎりをもう一度食べたい」
癖ノ瀬「それを考えると明善高校を卒業していった生徒は幸せだったろうね。ふるさとの味があんなにおいしいんだ」
椎名「でも卒業して町から出て例えば上京すると、偉そうな店主が三○分も待たせて背アブラギトギトのラーメン出して黙って食え、なんていう現実にでっくわす」
杉腹「では評決です。挙手を願います」
阿呆木「また挙手にもどるんですか?」
杉腹「時間がないんです」
 六対一で〔沖食堂〕が勝ちました。完勝といっていいでしょう。
一同「おお!」
司会「では勝利者インタビューです。沖食堂チーム主将の支那うどん君です。おめでとうございました。緒戦から強豪との戦いが続きました。その一回戦。大阪の〔肉吸い〕は強敵だったんじゃないですか?」
支那うどん「いえ、ああいうのは九州にはないのでよくわかりませんでした」
司会「沖縄の〔前田食堂〕はコショウが強烈でした」
支那うどん「もう目も開けられなくて。対戦したときはグリーンピースのおにぎりを食べるしか何も思いつきませんでした」
司会「この大会のアイドルでもあった〔シラタキ・糸コン姉妹〕とは五対二と厳しい接戦でした」
支那うどん「もう夢中でしたス」
司会「決勝戦は前回優勝の〔さぬきうどん〕でしたが六対一で大勝しました。どんなことに気をつけましたか?」
支那うどん「もう全力をだそうと……」
司会「母校にかえって誰にいちばんにこの喜びを報告したいですか」
支那うどん「毎日うちのスープの基礎を作ってくれて毎日ノックしてくれた店の親父さんに感謝したいです」
司会「おめでとうございました。では再び放送席にマイクを戻します」
杉腹「これで終わります。今まで『麺の甲子園』に声援をおくってくれた皆さん、全国の麺のみなさん。どうもありがとうございました」
(完) 
# by shiina_rensai | 2007-11-06 15:23 | Comments(259)

第19回 各ブロックによる優勝決定戦!!!
ヤキソバは少年野球

解説 日本は美しい国かどうかはわからないけれど「麺の国」であるのは間違いない。どんな田舎に行ってもラーメン屋や日本蕎麦屋がある。都会には行列のできる店もいっぱいある。日本各地にはさまざまなご当地麺があってみんな「おらんとこが一番うまい!」と言ってあとに引かない。
 ではどこの麺が本当に一番うまいのか、全国各地を実際に歩いて食って胃袋で考えてみよう。日本一の麺をそろそろここではっきりさせよう。そういう強い意志っつうか強い食い意地っつうか、まあそういう命題のもとに六人の「麺の甲子園審議団」が結成され、全国を十七エリアにわけ、一年半にわたって巡礼のように歩き、それぞれのブロックの優勝麺を決めてきた。
 今回はいよいよその十七ブロックの各地区優勝麺によるグランド・チャンピオンを決める「麺の甲子園・優勝決定戦」ということになったのである。すべての麺に集まってもらうわけにもいかないので、取材にたちあった関係者全員が、銀座のわりと大衆的な日本蕎麦屋「よし田」の二階の二間を借り、まあ小説雑誌の連載でもあったので、いわゆるひとつの「文学賞選考会」のような気分で、その輝かしい優勝麺を決めよう、ということになった(グラビア参照)。
 開会にさきだち来賓の挨拶はないが、まず一同起立して、大会の歌を高らかに歌うことになった。

 麺の甲子園の歌

詞 椎名誠 

風さやかなる行列に
耐えて希望の麺の海
いざ奮い立て若者よ
いや老人も
世界の平和を祈りつつ
かがやかなる箸さばき
つゆまで飲み干す熱情に
見よ雲がいく 汗に泣く
すすれ すすれ すすれ
麺の 麺の 甲子園
(くりかえす) 

杉腹(司会)一同着席。ではこれより第三回・麺の甲子園の決勝大会を行います。
阿呆木(途中参加の若いカメラマン) 第一回、第二回なんてあったんですか?
癖ノ瀬 椎名さんの三年前の連載「全日本食えば食える図鑑」でいきなり第二回麺の甲子園が開かれてたの! その中で春の選抜がすでに行われていたことがハッキリ記述されているの! だから今回は三回目。
阿呆木 そのときはどこが優勝したんですか。
今泉三太夫(以下、三太夫) 香川県代表の「さぬきうどん」だった。山形県代表の「酒田ワンタンメン」との壮絶な決勝戦は今でも語りぐさだよ。
砂糖(専属カメラマン) 敗退した「酒田ワンタンメン」が泣きながら甲子園の砂を袋に入れていたのが感動的でした。
阿呆木 ワンタンメンがどうやって砂を袋に入れるんですか?
癖ノ瀬 誰だって負けたら甲子園の砂を袋に入れるのに決まっているだろう。場の空気の読めないやつだなあ。
杉腹 スペースが限られているのでもう総括に入ります。
三太夫 時間がないんだ青春は。
癖ノ瀬 そういうことを言ってるからさらにスペースがなくなる。
杉腹 ではまず北海道ブロックから。どこももうブロックの優勝は決まっているから決勝に臨むにあたってそれぞれ検証していく、という意味あいになります。優勝校じゃなかった優勝麺以外にも決勝トーナメントに出場させたい麺なども考慮してください。表にあるように北海道は高校野球に準じて二つのエリアにわけて大会が行われました。
砂糖 ここは前評判の高かった釧路の「仁」のタンメンが準決勝で落ちた。三太夫さんが絶対推していたのに。
三太夫 緊張があったのかあの日は調子がよくなかったよね。冬は断然強かったんだけど。肩がちょっと、というか塩がちょっと強すぎた……。
杉腹 旭川は「蜂屋」が強かった。
癖ノ瀬 和寒の越冬キャベツなんか好感もてたけどねえ。北風の中で頬を真っ赤にしてよく戦ってた。
椎名 東北のソバモヤシと並んで野菜界からの出場というので地元では話題になった。細切りにするとたしかにやるな、と思ったけどなにしろすすりにくい。
杉腹 出場麺の大会規約は①長さ七センチ以上②口から垂れ下がること③すすれること――ですが、この「すすり」に弱かった。
砂糖 雪が多いので練習時間が少ないというハンデがありますね。
阿呆木 でも和寒のキャベツは雪がかぶさっているからうまいんですよね。
癖ノ瀬 だからここは甲子園だろ。場の空気の読めないやつだなあ。
三太夫 釧路ラーメン「まるひら」は朝からタクシーの運転手が並んでました。
杉腹 では北北海道ブロックは「まるひら」と「蜂屋」に決まりと。続いて南北海道。
癖ノ瀬 第二回に準決勝ベスト4に出た「味噌ラーメン」がやっぱり圧倒的だった。
砂糖 イカソーメンにもう少し頑張って欲しかった。
三太夫 思ったよりセンが細かったよな。
癖ノ瀬 むしろ太いんでしょ。あれではイカウドン。
杉腹 次は東北・日本海ブロックです。
阿呆木 もう東北ですか。
杉腹 こうして全国を概観するんだからね。忙しいんだよ。時間が読めないやつだなあお前は。ここは有望とみられた山形の「冷しラーメン」があっさり負けてます。
癖ノ瀬 強豪が多いからね。「稲庭うどん」「麦きり」「酒田のワンタンメン」。
砂糖 秋田の横手は「やきそば」を町ぐるみで売り出している。でも評価は低かったですね。
杉腹「やきそば」はほかにも太田市、富士宮市と町おこしの立役者です。
椎名 でもあのくらいの町に五十店ぐらい「やきそば屋」があって百人ぐらい入れる店があって、そういうひとつの店で百人みんなが「やきそば」食っているっての怖くないか。「やきそば」ってそんなにおいしい?
癖ノ瀬 めちゃくちゃおいしいのとまずいのとの差があまりないような。
三太夫 子供の頃屋台で食べた十五円ぐらいのが一番うまかったような。
椎名 今の意見にとどめをさすな。「やきそば」は少年野球なんだ。三角ベース。
阿呆木 何かみなさんの発言が怖いもの知らずですね。

行列という名の共同幻想

杉腹 東太平洋ブロックは優勝候補の声も高かった「盛岡冷麺」が思わぬ敗退。逆にキワモノかと思われた一本ネギで食べる「高遠蕎麦」や知名度のひくい「うーめん」が活躍しました。
癖ノ瀬 畑の真ん中にある「白河ラーメン」とかね。
杉腹 ひき続き新潟・北関東ブロックです。もう試合時間の三分の一にきちゃったから急がないと。
三太夫 ここは驚くべきことに「シラタキ糸コン姉妹」が優勝しちゃった。これはシラタキと糸コンニャクを持って出てきた姉妹に砂糖カメラマンがくらくらして票集めにカネをばらまいたという説がある。
椎名 シラタキ系こんにゃくにまけた麺が怒って熱い汁をばらまいた、という説もある。
癖ノ瀬 あのあと砂糖君は三色シラタキをさらに食いまくって気をひいたというか赤い糸をひいたという説もある。
三太夫 よく大会スキャンダルにならなかったなあという説もある。
阿呆木 なんか「説」ばっかしですねえ。ぼくその大会には行かなかったので何のはなしなんだかよくわからないんですが読者にはわかるんですか?
椎名 わかんないだろうなあという説の方が多いね。
杉腹 じゃ次の飛騨高山・北陸ブロックです。有名な「ブラックラーメン」が一回戦敗退。本当にまっくろで辛くて。
三太夫 いきなり行った東京のものがこれを食べると全国区では通用しないとすぐわかるんだけど地方に根ざした、それなりに生い立ちの歴史や意味があるこういう麺をもっと深く掘り下げたかった。
椎名 三太夫としては信じられないくらいまともなことを言っているぞ。
三太夫 でも福井の「おろし蕎麦」を食ったらもう何も言えなくなった。
椎名 なんで。
三太夫 うまくて。
椎名 なんだ……。
杉腹 神奈川・山梨は「横浜」勢が意外に振るわなかった。どうしてですか。
椎名 この企画で横浜の「家系」という行列のできるラーメン屋にはじめて行ったけれど行列の意味がわからなかった。食い物屋に行列を作っているのを見たのは三十五年ぐらい前の日中国交回復して間もない頃の中国と二十年前のソ連。日本のラーメン屋では当たり前だけど、今回の取材でそのあといろいろ行った行列のできる都会のラーメン屋でうまいと思った店はどこもない。行列は「行列をつくる」という共同幻想の中の価値にすぎない。行列の好きな人にはうまい。それでいいんだと。
癖ノ瀬 このブロックでは山梨の「ほうとう」が活躍した。すごく甲子園っぽい。
三太夫 田舎の高校生カップルが汗だらけになってうまそうに食っている。いい風景だった。ああいう顔をした青少年男女がよく顔を真っ赤にして甲子園のアルプススタンドで応援している。
砂糖 吉田うどんにはまいりました。本当はあんなもんじゃない。あの店しかあいてなかったからあんなことになった。静岡生まれとしては泣いても泣ききれません(注・時間が遅く片手間でやっているようなものすごく汚くてまずい店に行ってしまった)。
杉腹 麺はぐにゃぐにゃ、汁は化学調味料満載でドーピング問題おこしそう。
椎名 まあめぐりあわせの運というものがあるよな。
杉腹 余裕がないのでこのまま東京にいきます。ここは全国の代表麺が集結しているブロックでもあるので大変でした。
癖ノ瀬 トーナメント表をみればわかるように非常にバラエティ豊かですね。
高箸ディスポーザー大(以下、高箸) 本郷「高田屋」、一本うどん、残念(注・この人は最初から出席していたが無口なのでずっと黙っていてここで急に発言。全員の残したものも全部食ってくれるのでこういうミドルネームがついた)。
一同 ん?
高箸 でかい、太い、うまい(注・高田屋の長さ一・五メートル。太さ二センチ四方。一本になったうどんのコトを言っている)。
杉腹 なるほどあれは東京ならではといえるうどんかも知れない。しかし早々に敗退してますね。万人向けではない。
高箸 強い、固い、重い。
三太夫 ねえ。もうすこしつながって話できないの。そういうの単語語法というんでしょう。
椎名 東京はなんでもありの印象だ。ラーメン界は醤油にトン骨を合わせたのが完全にストライクゾーン。ラーメンはそこにカツオ節、煮干し、ジャガイモ、卵の殻となんでも入れてしまう。日本蕎麦はそんなことできないものなあ。
癖ノ瀬 六本木ヒルズの「竹やぶ」の日本で一番高い「せいろそば」一二六○円が話題になりました。計算によるとあのそば一本が六三円になり、それ一本の値段でさぬきうどんのひやあつ一杯が食える。
三太夫 そんななかで荏原中延のラーメン「多賀野」が安定していていいなと思った。
杉腹 煮干し醤油ですね。ここはラーメン評論家の一押しでした。
椎名 東京で心残りだったのは【海苔/の/り】とホウレン草とナルトののった単純醤油系の純正東京ラーメンをもっと食べておきたかった。
癖ノ瀬 東京はいたるところに行列のできるラーメン屋があった。ちょうど梅雨どきで傘をさしてじっと三○分以上も並んでいる行列は異様でもあった。
三太夫 そんななかで神田の「まつや」、雷門の「並木」が東京のふたつの巨大ブロックを制した。言い方は厳しいけど伝統の蕎麦部門で六本木の成り上がり蕎麦に神田や浅草の「粋」が圧勝した。
高箸 東京、激戦区、参議院選。
一同 ん?
阿呆木 東京のタタカイはこのあいだの参議院選挙のようだったと言っているのです。つまり日本蕎麦は民主党のようである、と。
癖ノ瀬 なんでお前が解説できるの?
高箸 ラーメン、自民、乱立自滅。
癖ノ瀬 なるほど。今のお前の解説でいいんだ。

ダーティ味噌煮込みうどん

杉腹 では名古屋です。ここは非常に個性豊かというか、トリッキーな麺がいろいろあって大いに沸かせました。
阿呆木 抹茶小倉スパゲティ対クラゲなんてのがあるんですね。クラゲも麺ですか。
杉腹 七センチ以上あるし、すすれる。
阿呆木 スパゲティがそのクラゲに一回戦で負けてるんですね。
三太夫 名古屋だからねえ。
癖ノ瀬 台湾ラーメンが活躍してました。台湾にはない日本にしかない台湾ラーメン。もの凄く辛いのでそれをマイルドにしたアメリカンというのがある。日本にしかない台湾のアメリカン。
阿呆木 名古屋だからねえ。
杉腹 名古屋も台湾もアメリカもお前にヒトコトでそんなふうに言われたくないだろうなあ。
椎名 伊勢うどんが健闘したね。当初は面妖なるうどんの日本代表かと思っていたけれど、意外に奥が深くておいしいし、何よりも格調というか貫禄というか。
阿呆木 品格というか。
杉腹 伊勢うどんはお前にそう言われても嬉しくないだろうなあ。
三太夫 このブロックだけでしょう。ハルサメがあがってきたのは。
癖ノ瀬 ハルサメの出場はさわやかな風を感じたね。味噌煮込みうどんには常にダーティなイメージがあるからねえ。
三太夫 なぜだろう。
砂糖 まずうどんとしては値段が高いですよね。それから名前がよく似ているというかまぎらわしい「山本屋本店」と「山本屋総本家」の二大勢力のけっこう辛辣なタタカイ。強烈に癖のある沸騰する八丁味噌。
杉腹 でも結局ここが予想どおり勝ちあがって甲子園に出てきた。もうこの「麺の甲子園」では常連です。
高箸 ナイター、金網、栄養。
癖ノ瀬 阿呆木、この意味を説明しろ。
阿呆木 よく金持ちの私立高校でナイター設備があって練習量が半端じゃない甲子園常連校があるでしょう。アレを言ってんじゃないすかね。栄養っていうのは味噌煮込みうどんの栄養じゃなくて「栄養費」ってやつじゃないすかね。
一同 なるほど。
杉腹 関西ブロックも激戦でした。
癖ノ瀬 ここはとにかく難波の「肉吸いうどん」が凄かった。いや強かった。ぼくはあのあと個人的に二回行ったもの。
三太夫 しかし同時に食べる卵かけごはんが強烈にバックアップしてるのは大会規定に影響してこないのかな。
杉腹 和歌山の「井出商店」の一口寿司とか久留米の「沖食堂」のグリーンピースおにぎりとかほかにもいろいろあるからねえ。
砂糖 大阪ではチリトリ鍋のうどんも捨てがたかった。

貧しさがつよい

椎名 にしん蕎麦の奥深さにも驚いたけれどなあ。京都ラーメンも意外にくどいトン骨醤油系で強烈だったんだよね。
杉腹 このブロックは「くずきり」が出場辞退しました。
三太夫 あんな下品なもんに出れへんどすえーっていうわけだろうなあ。結局は「肉吸い」が圧勝だったものね。砂糖君なんかは「肉吸い」という名称を聞いただけですでにくらくらしてたもの。
杉腹 次は四国です。ここは特殊地帯で「讃岐」は独立したブロック。それを囲むかたちで四国ブロックが開催された。
三太夫 讃岐というエリアそのものがシードされているってコトですかね。
椎名 ここは「徳島ラーメン」できまりだね。それより問題は強豪揃いの讃岐だなあ。
杉腹 椎名大会委員長が日本縦断全日程を通じて讃岐の「山越」の「釜あげ」を我を忘れておかわりしていた。
三太夫 卵、山芋とろろのひやあつうどん「かまたまやま」ですね。実はあれはワタシも……。
癖ノ瀬 なみいる強豪のルツボならではというブロックでしたがぼくはもう一麺「るみばあちゃんの池上製麺所」を推したい。
椎名 あそこもおいしいけれどあまりにも貧しさを演出しすぎていないかい。テーブルは中古のスチール製の、不燃ゴミ捨て場にあるようなやつだし椅子はブロックを積んで板を渡してある。あれじゃ戦後間もなくの風景だよ。行列のできる店なんだから何もあそこまで。
杉腹 でも安いんですよ。
癖ノ瀬 あそこの麺が空港なんかでパック入りで売り出された。一パック一二○円だけど店で食うと七○円。
三太夫 例の六本木の「竹やぶ」のせいろそば一本でこの店のドンブリ一杯ぶん。
砂糖 貧しさが負けた。
阿呆木 いいえ、世間が支持してます。
高箸 畑、ネギ、うどん御殿。
三太夫 説明して。
阿呆木 さぬきうどんは畑の中のトタン小屋でとか、道端でウンコずわりして食うとか、ネギは自分で畑から抜いてくるとか貧しさがひとつの人気のキーワードになってます。でもそのむこうにその店の御殿のような立派な母屋が見えていたりしている、ということですね。
杉腹 それでいいの。
高箸(うなずく)
杉腹 では広島・北九州ブロックです。ここは久留米の「沖食堂」が優勝してますが広島の「小鳥系ラーメン」も強敵だった。
椎名 小鳥系の「すずめ」にはオレそのあともう一度行ってしまった。
三太夫 ここもトン骨醤油系だけれどあっさりしていて量も軽い。的確にコンコン打って守備もそつないってかんじですな。
癖ノ瀬「沖食堂」の「支那うどん」には感動したなあ。あそこのグリーンピースのおにぎりを食って卒業していった隣りの明善高校の生徒諸君が羨ましい。
阿呆木 わが高校の裏にあんな食堂があったらなあ。
砂糖 男女共学だし。
三太夫 放課後、沖食堂であおう。なるべく隅のほうでな――なんていうメモを。
杉腹 続いて西九州ブロック。
癖ノ瀬 急に展開が早くなった。
杉腹 ちょっと試合時間の変更のサインが入ったの。今回で決勝までいくんじゃなくて今月と来月の二回にわけて決勝の記事を載せることになった。
椎名 早く言ってよ。
三太夫 ここは五島列島まで渡ったのに、長崎の「皿うどん」が優勝なんだ。しかも五島の「椿うどん」は優勝候補の一角になっていたのに。
椎名 そう。おれんち年に何回か取り寄せているもの。
癖ノ瀬 ぼくは熊本ラーメンの「黒亭」ですね。ニーチェの言葉が店内に貼ってある。
椎名 しかし優勝は「皿うどん」で意外性はあったけど筋はとおっている。努力もしてるし地域住民の応援も大きかった。
杉腹 本命と言われた「長崎ちゃんぽん」はどうしちゃったんだろう。
高箸 イカに野菜、夕焼け。
杉腹 阿呆木君。いまの高箸のコトバの意味を説明して。
阿呆木 もともと長崎ちゃんぽんはイカとか野菜とか余ったものを投入しておいしく食べようと努力して生まれた。そういう貧しい夕焼け野球少年時代のハングリー精神を失ってしまって今は観光客のための観光麺になってしまった、ということですね。
癖ノ瀬 えー? いま、そんな複雑なこと言ってたの?
阿呆木 まあそうですね。いまはチャンポンビルまで作ってしまったし。
杉腹 次は南九州と和歌山という苦し紛れの変則ブロックです。「黒潮逆流リーグ」などと強引な名がついていた。
三太夫 シリーズも最後のほうになると地域の消化試合みたいになってくる。
砂糖 でも内容は豊富なんですよ。なんといっても強豪中の強豪、テレビチャンピオンにもなったことのある和歌山の「井出商店」が一回戦で敗退しちゃった。
癖ノ瀬 もう大変なことがおきたわけだよなあ。新聞にも出たもんね。
阿呆木 えっ? どの新聞ですか。
杉腹 どこの新聞でもいいの。まったく空気が読めない奴だなあ。
三太夫 結局このブロックは同じ体質というか、同じ戦法の「くろいわ」と「こむらさき」の激突になった。豪速球、豪打でどっちが優勝してもおかしくない。
杉腹 いよいよ最後は沖縄・八重山ブロックです。ここも参加麺多数で強豪ぞろい。大変な展開でした。
三太夫 ここで一番期待してたのは「前田食堂」の「牛肉そば」だった。正確には牛肉と山盛りもやしそばですが。
杉腹 それちょっと味覚がおかしいよ。だってあれコショウの味しかしないじゃない。
椎名 ぼくも何回食ってもいいな。
杉腹 え? 信じられない。
三太夫 まあ、沖縄の歴史的苦悩と憂鬱がああいうところにあると。
砂糖 強引だなあ。
阿呆木 でもこのブロック「亀かめそば」が優勝したんですよね。ここは地元の人の絶大な人気がある。
高箸 噛め!
阿呆木 沖縄の人は「たべろ」ということを「かめ」と言うんです。
杉腹 各ブロックからの代表麺の紹介がすんだところで、いよいよ次号はトーナメントによる優勝決定戦です。
 
# by shiina_rensai | 2007-10-26 14:58 | Comments(194)

第18回 西東京ブロック篇
第18回 西東京ブロック

怪異飲食店行列

 一年半にわたって全国で展開してきた「麺の甲子園」は今回の西・東京ブロックが地方大会最終戦である。
 地元であるからいつもの審議団というか、麺の巡礼団というか、胃袋麻痺団というか、まあとにかくこの取材の関係者五人、それぞれの家から第一試合の現場に直接集合、ということになった。
 集合時間は午前十一時だがいつものとおり全員朝食抜きである。梅雨のさなかであった。しかし空腹であるから第一試合有利説は雨模様でもゆるがないだろう。
 まずは青山の「武蔵」。東京で今一番人気のあるラーメン屋「武蔵」の新宿店は毎日大行列なのでスケジュールを作る杉原は同じ味である筈の青山店を選んだのである。
 それにしても「ラーメンと行列」はつきものになってしまった。
 そこで今回はまず「行列」について最初に考察しておきたい。こういう取材でなければ絶対に自分は並ぶことはなかっただろうから考えること多々であった。
 食い物屋に並ぶ行列はきわめて日本的なものだろう。外国で食い物屋に並ぶ行列の記憶をさぐる。日本と国交回復した直後の中国と、まだソ連といっていた頃のロシアぐらいだろうか。これは人間の数に対して店の数が極端に少ない、ということが単純な理由だった。アメリカのハンバーガーショップに行列がないように、交通便利な大都市でのファストフードに近いラーメン屋で行列を作る国というのは極めて奇異なことなのだ。ラオスやベトナムにもビーフン系のフォーやフーとよぶ麺の繁盛店はあるが、店がいっぱいだと別のところに行ってしまう。暑い国だから路上に並んで待つなんて想像したこともないのだろう。もともとうまさの味の差なんて「あるかなきか」のものだから隣の空いている店にさっさと行ってしまって当たり前なのだ。
 この「麺の甲子園」シリーズで全国あちこちの麺の現場を見てきたけれど、地方よりも圧倒的に東京に行列が多いということがわかった。さらに行列を作る店はラーメン屋が多い。日本そば屋での行列というのは今回の全国取材でただの一度も見たことはなかった。これだけおびただしい数の「食い物屋」があり、なかんずく、そこそこにうまいラーメン屋がひしめく東京で、なぜ特定の店に行列ができるのだろうか。行列ができる店は「びっくりするほど」うまい、ということなのだろうか。それを身をもって確かめてみる、というのが東京大会の注目点のひとつなのであった。
 で、まずは「武蔵」である。十人前後しか入れないカウンターだけの店の厨房に店員は男二人。動作、言葉てきぱきとして気持ちがいい。その日カウンターに座っている客は全員男だった。丼飯を合わせて食っているガテン系もいて「がしがし」というかんじ。
 注文したのはあじ玉ら~麺八○○円。スープにはなるほど深いものを感じたが、意外なのは麺が太いからなのか全体にごわついていて調和がない。「麺の甲子園」などというルポをやっていながら恥ずかしいのだがぼくはそれほど味がよくわかるというわけではない。強いていえば直感や印象に頼っているところがある。その程度の判断なのだがいきなり「ん?」というかんじだった。新宿と青山ではこのあたりに違いがあるのかも知れないが、行列を作って食べても別にびっくりするほどうまいとは思わなかった。まああえていえばこのくらいのラーメンは一年半体験してきた全国のうまい店平均レベルをいくかいかないかというところである。いい店だけれどこの程度で行列を作ることへの疑問があった。三分の一だけ食って外へ。
 次は、なんと六本木ヒルズであるという。自宅からタクシーで一○分ぐらいのところにある有名な場所ながら、ここに来るのはその日が初めてだった。ぼくを初めとしてコーモリ傘を持った我々五人の男たちの「風景との不適合」ぶりが見事である。全員お上りさん状態でおしゃれな現代建築のかたわらをゴキブリのようにシャカシャカ移動。
 めざすは「竹やぶ」という高級蕎麦屋である。千葉の柏に本店があるという。うーむ千葉か。ぼくは世田谷の三軒茶屋で生まれたが下町の本所を経由して五歳のときに千葉に行き、十九歳までそこで過ごしてまた東京に戻ってきた。だから千葉には愛着がある。今回は取材最終回(次号が全国決勝大会)なので書いておきたいが、人生最初の麺体験は千葉の幕張の「タンメン」であった。世の中にこんなにうまいものがあるのか! と驚いたものだ。以来しばらくタンメンに呪縛されていた記憶があるが、その後あちこちの旅をしてタンメンは案外関東ローカルな存在であったということを知った。
 で、まあ今は六本木ヒルズの「竹やぶ」である。六本木ヒルズといえども千葉県柏出身のこの店には親近感があるなあ、と思ったのだが、入り口からぜんぜん蕎麦屋っぽくないので果して本当にここなのか、と我々はややヒルミ焦ったのであった。
 入り口の店名を指差し確認してなんとか息を殺すようにして入り込み、そっとテーブルを囲んだ。ドロボウネコの集団みたいだ。店の中は静かで西洋風でとても蕎麦屋という雰囲気ではない。
 テーブルに置いてあるメニューがやたら凝っていて、そこに書いてある肉筆文字も凝っており「相田みつを」がやや入っている。
「琴の音がなくてよかったね」
 杉原が囁くように言う。でも笑ったりしてはいけないよ。と低い声で言おうとしたら今泉三太夫がすでに笑っていた。あまりにもインテリアがハイソすぎて三太夫の許容能力を超え、頭がバカになってしまったのだ。
 蕎麦関係で一番安い「せいろそば」一二六○円を注文した。ほかの連中もそれに倣う。だってそれ以上いくとどんどん高くなるのだ。たとえばとろろそばは一五七五円、天せいろは二六二四円である。高知出身の楠瀬は「せいろうどん」一二六○円を注文した。酒も飲める店だからいろいろ肴もあるのだがどうもこっちのほうも焼き味噌は七三五円、わさび漬は六三○円とみんなたいそうなお値段だ。一番安いのが焼のりで五二五円であった。うーむ。何をどう原価計算したらそういう値段になるのだろうか。一同言葉少なになる。義理でやってきたお通夜のようだ。こういう都市新名所のようなところにやってくる人は「いなかもん」がけっこう多く「いなかもん」は一生に一度、などと思っているから高くないと喜ばない、という消費性向がある、という話をニューヨークのアナリストにきいたことがある。
 やがて上品そうな女性が盆にのせた蕎麦とうどんをしずしずと持ってあらわれた。
 上品でタレもおいしく気取ったセイロの上の蕎麦もおいしいような気がしたがなにしろ仏さまにあげるくらいの量しかないので箸を五回上下しただけでもうなくなってしまい確かめようがなかった。
 楠瀬のせいろうどんもいっけん沢山あるように見えたがうつわに板が張ってあってつまりは底上げ方式であった。
 我々は今回のこの一連の取材でうどんの本場高知へ行って一○箇所ぐらいの人気店を取材してきた。どんぶり一杯七五円の、それはそれはうますぎて脳髄が溶けて頭がくらくらするような打ちたて釜揚げの「ひやあつ」なんてのを食ってきた。ではこの店のうどん一杯一二六○円で「ひやあつ」は何杯食えるのだろうか。
「と、いうよりもいまのはセイロの上には大体二○本ぐらいうどんがあったから計算するとうどん一本六三円ですよ。そのうどん一本にあと一二円足すと『ひやあつ』が一杯食えますよ」
 メンバーで一番の大食いの高橋大がのたうつようにしていう。それを聞いてあの賑やかで感動的だった「さぬきうどん黄金街道」を思いだし、一同さらにひっそりとお通夜状態になる。
 次は東急池上線荏原中延駅近くの「多賀野」に行った。ここも男十四人、カップル一組の行列があった。でもピーク時から比べるとこの行列の数はたいへん少ないそうである。その行列のなかにはメタボレベルの人が二人含まれている。一人は【頬/ほお】が首と完全につながっていて腹回りは一・五メートルはあるだろう。この店の常連としたら逆宣伝になるかも知れない。
 この店はラーメン通で有名な小野員裕さんが「東京で一番うまい」と評価しているところです、と杉原が教えてくれた。
 繁盛店らしく厨房に活気がある。店先で入店客の注文をとる若い人のテキパキぶりが素晴らしい。けれどこういう繁盛店にいる客にやや問題があるような気がした。とくにカップルと家族連れというのが問題だ。カウンターにいるカップルの両隣の席があいた。まだ料理が出る前だから二人がちょっと片方にズレてあげれば次の二人連れが座れるのだがカップルにそんな対応神経は微塵もないようだ。カップルの左右の席はあいたまま客はいまだ並んで待っている。状況判断とか隣人との人づきあいの基本といったものが東京の人は希薄のようだ。地方の繁盛店ではそういうことはあまりない。客はどんどん自主的に店に協力しているからだ。家族連れは小さな子供がなかなか食べるのが遅くずっと奥のテーブル席を占領したままだ。幼年にはコクのある味などわからないのだから今の段階ではもっと別な店を選んだほうがいいんじゃないかなあと思うのだがこれもメタボ両親が食いたいからなのだろうなあ。
「中華そば」六○○円。バランスのとれたスープと麺だ。普通に盛られたドンブリ全体が堂々としている印象。厨房は一緒に入ってきたグループの数にあわせて作っているようでその気づかいが嬉しい。カップルは自分らが席をふさいでいることにまったく気づく様子なくずっといちゃいちゃしている。家族連れの子供はもう食べたくない、と泣いている。「食べなさい」と母親が怒っている。
 次は赤坂の「砂場」に行った。何度か来ている有名繁盛店だが店の前に行列はなく中は満員。これが不思議なのだ。ラーメン屋の前には行列を作っていいが蕎麦屋の前は禁止、というキマリがある――わけないよな。蕎麦屋は客に常連が多く、混雑時間のタイミングを知っていて各自コントロールしている。というわけでもないだろう。常連という意味ではラーメンだって同じだ。日本蕎麦のほうができあがるのが早く、すこぶる回転がいいのだろうか。
 繁盛店は愛想がいいか愛想がないかのどちらか――という法則もある。
 この店の従業員は若い女性が多く、コンビニ的無機質対応。「もりそば」五五○円を注文したが作るのが早い、という説は通用するようだ。
「砂場」も量が少ないということで昔から有名だがこれに比べると六本木ヒルズの「竹やぶ」はまったく冗談こきました的に量が少なかった。六本木の料金だと「砂場」では二倍分以上食べられる。そう考えると「砂場」の「もりそば」はけっこう安いのである。
 六本木の「竹やぶ」は量が少ないのを上品と思っているのかもしれない。でも蕎麦はもともと痩せた土地の救済的食物であり、上品とは無関係の食い物である。むしろ要求されるのは「粋」というやつだろう。「粋」に量は関係ないからなあ。
 量ばかり気にするぼくはつくづく野暮な客なのだろうが、ここにはもう一組野暮な客がいた。ぼくの隣の席にいる初老の男と三十代ぐらいの連れの女性はテーブルの上の状態からもうだいぶ前に食べ終わっているらしいのだが、ずっと席を立たず何か熱心に話しこんでいる。会社の上役とその秘書という関係にもとれるが、我々が来てその二人の前の相席の客が二人変わってもまだ話が続いている。繁盛店には迷惑な客だろうなあ。蕎麦屋で話しこむな。下町ではこういうのを「イモ」とよぶ。東京の店は客にもだいぶ問題がありそうである。

神田川のゾンビたち

 西・東京大会は二日に分かれておこなわれた。翌日はまた十一時に集合してやはり大行列店の「べんてん」に行った。「つけめん」が有名だった東池袋の「大勝軒」なきあとその客も吸収したという噂だ。神田川ぞいにきっぱり“熱い”行列があった。若いサラリーマン風が多いがみんな小太り暗め、無言のラーメンゾンビの気配もある。待つこと三十分。食い物屋の行列を異常に思うのは「さもしい」というイメージがあるからだろうか。武士は食わねど――の逆だものなあ。でもこれだけの行列ができるということはやはり「びっくり」するほどうまいからだろうか。
 嫌になるころやっと座れた。店内は席の後ろに何か入ったダンボールがかさなっていて全体に倉庫のように汚い。カウンターだけの席と厨房には二人の男。チーフらしき男に行列のできる繁盛店にありがちな驕りの気配がある。度をこすとえばりまくるタイプだ。「つけめん」を頼んだ。「大盛り」を頼んだ客は却下されていた。量が多いから初心者は無理だという親切心だろうが、その官吏的拒否にやはりこの店を囲むゾンビのような行列がこの店の驕りを作っているとみた。
 やがてびっくりするほど大量のめんが出てきた。つゆはぬるく脂っこくメリハリがない。めんは小麦粉の味が強く炭水化物の固まり、という文字がうかぶ。なんだこれは。こんなところに嬉しそうにゾンビが並ぶからこんなものが崇められるのだろう。
 驚きつつ荻窪にむかった。このコース。むかしよく移動したもんだ。荻窪は東京ラーメンの一時代を作ったところだろう。むかし駅前に立ち食いに近い恰好の店で「丸信」があった。今は四面道のほうの本店だけ。「丸福」はガランとしていた。荻窪はもう進化から止まってしまった、という説もある。
「春木屋」に行った。行列はなかったがほぼ満席。むかしよりいくらか甘くあぶらっこくなった感じがしたがこれは間違いなく懐かしい荻窪の「東京ラーメン」だ。
 つづいて初台の新国立劇場横の立ち食いそば「加賀」へ。このあたりタクシーでよく通るのだが、杉原に教えてもらうまで知らなかった。立ち食い蕎麦界の東京代表であるという。沢山のメニューがあるがタマネギいっぱいのかき揚げを目の前で揚げてくれる。厚さ四センチはありそうなかき揚げをのせた「かき揚げそば」が四○○円。安くてたっぷり。蕎麦なんてこれでいいのだ。本日のこの経過ではとても全部食べられないので、店の貫禄親父に残してしまう非礼を詫びた。かんじのいい親父さんであった。
 ここでインターバル。自宅に帰って今度は夕方浅草の雷門前で再集合ということになった。東京大会はこれができるからいい。

江戸の底力

 今回は同時に懐かしの東京名所巡りの様相にもなってきた。雷門そのものは変わらないが回りの風景が記憶からは随分変わっていた。その日の後半戦はまず「並木 藪蕎麦」から。満員だがここも行列はなく「繁盛蕎麦屋行列なしの法則」にかなっている。
 いかにも筋金入りの老舗、という感じでおばさんの客あしらいもてきぱきとしていて隙がなくこれぞ江戸っ子である。「ざるそば」六五○円を注文。つゆは濃くちょっと蕎麦につけるだけでいい。最後に濃いめの蕎麦湯で素早くしめる。早いうまい安い。こういう店で遅い午後にイタわさぐらいで熱燗の一本も飲んでぱっと蕎麦食って出ていくというのがいいんだろうなあ。
 これで東京の三大蕎麦といわれる神田の「まつや」赤坂の「砂場」そしてこの浅草の店を味わった。東京はやはり蕎麦が強いようだ。
 次はアキハバラへ。ここに来るのも二十年ぶりぐらいだろうか。今は秋葉原とは書かないみたいだな。
 ここにはラーメンの缶詰の自動販売機があるという。アキハバラも久しぶりだ。通りには本当に若いオタク系の男ばかり歩いているので驚いた。気持ちわりー。ラーメンの缶詰というのもやや気持ちわりー。それがアキハバラにだけあるというのも面白い。何人かに聞いて探しあてた自動販売機には三種類あるラーメン缶のすべてが売り切れなのだった。なんかやっぱり気持ちわりー。
 続いて京橋へ突進。旧電通通りに面した銀座インズ3にあるスパゲティスタンドともいうべき流行り店「ジャポネ」に行った。おお! ここもやはり行列である。建物の中であり、カウンターは全部うまっていて、みんな熱心にわしわし食っていて、一人食い終わると行列の先頭の人がそこに座るという仕組み。まあ当然だろうけれど。なんとなく国際空港のイミグレーション、あるいは混んでいるときのみどりの窓口の気分である。
 ならんでいるあいだに行列問題について再び考えていた。ここで初めてラーメン以外の行列に出会ったわけである。しかしこの店はスパゲティといってもその店名があらわしているようにかなり日本特化されていて、ラーメン繁盛店と行列の構造は変わらないような気がする。
 まだこの店は分からないがこの一年半の取材とこの二日間で、行列を作って食った店のすべてがそんなに特別うまいわけではない、ということがわかってきた。さらにラーメン店に並んでいる客にはかなりオタク系の特徴があるということもわかってきた。今回の取材で感じたようにどう考えてもたいしてうまくもない店なのに辛抱強く並んでいる客は、その店の味に取り込まれているか、自主的な価値判断のできない、氾濫するうまいもの情報の中でうろついているだけ、というような簡単な構造もあるようだ。その店の味に刷り込まれている人は並ぶことによって体の内側に精神のドーパミンのようなものが抽出され麻薬に似た陶酔感にひたっている、ということも考えられる。長い行列を耐えた先にその人にとってはささやかながらもかけがえのない、欲求充足の興奮と安らぎがあるからなのかもしれない。行列の人々は個人が多く、あきらかに同好の士である筈なのに彼らの会話がまるでない、というのも不思議ではあった。行列をつくるのは「いなかもん」という図式もあるという。
 東池袋の「大勝軒」が閉店する日、その店のまわりを四○○人の行列ができたというが、その折りにも彼らの会話はなかったのだろうか。
「やめないでくれえええええ」と叫びあう涙の連呼連帯はなかったのだろうか。シュプレヒコールはないのか! ただ静かにだまって「大勝軒」への別れを告げる沈黙の四○○人の行列というのだったらこの国の若者の未来はあまりにも不気味ではないのか。
 エドワール・ホールの『かくれた次元』(みすず書房)の論旨でいえば同一生物の同一行動による安泰、安堵の行動様式も関係しているような気もする。魔境都市に蔓延しがちな共同幻想のセンも考えられる。
「次のかた」と呼ばれてハッとしてカウンターに座った。座ったとたんに「シーナさんですね」と店の人に言われてしまった。明るいところに並ぶからここの行列は目立つ。
 本日それぞれの店をコントロールして食ってきたとはいえもういささか満腹である。ここでは少し食べてあとは残してしまおうと思っていたのだがメンが割れてしまうとどうも残しづらい。醤油味の「ジャポネ」五○○円を頼んだ。それでなくてもここは量が多いので「少なめに」とお願い。隣のカップルの男のほうは大盛りの上をいく「横綱」八○○円という通常の四人前はありそうなのを食っている。杉原情報ではさらにその上に「理事長」というのがあって、これは「横綱」を食べた人でないと注文できないという。本当かよ。ここは相撲協会か。
 ぼくの頼んだ「ジャポネ」は学生アパートのヤケクソ独身スパゲティを彷彿させてなかなかおいしかった。隣のカップルの女のほうはナポリにない「ナポリタン」を食べている。みんな若いサラリーマン風だ。
 新宿三丁目に行って我が常駐居酒屋「池林房」で生ビール。ついでに「ビーフン辛味炒め」を注文し同行のメンバーに食ってもらった。ぼくはときどき食っているから味はよく知っている。七八○円はさっきの「ジャポネ」の大盛り七○○円、横綱八○○円と比べると実に高いんだなあ、ということに気がついた。
 新宿のこのあたりにくるとよく行く煮干し味の「大海ラーメン」を同行メンバーを代表して高橋大に食ってきて貰った。写真が必要だったからだ。東京地区の優勝は難しいだろうがその店は通年一番通っているラーメンかも知れない。いつ行っても空席のほうが多く、従業員の中国系の娘が「いらさませー」と気のない声でそっぽをむいて言う。あまり客がこなくて潰れてしまわないかといつも心配だ。まあとにかく長い道のりをへて漸くわが本拠地に帰ってきた、というところである。
 本拠地といったら新宿駅南口近くの「石の家」のタンメンを忘れてはいけないのだった。二○年前にジャズピアニストの山下洋輔さんに教えてもらってから時々思い出したように食いにいく。
 ぼくが千葉の幕張で初めて「うまい」と思ったタンメンはまだこういう店で命脈をつないでいたのだった。むかし中華料理店であった「石の家」はいまはほぼ居酒屋に変質した。何時いっても酔っぱらいの新宿ガキ女どもがギャーギャーとアヒルのような声で大騒ぎしているから今はあまり長居できず、ぼくはここでは酒類は飲まず憧憬の「タンメン」だけたべて帰る。ひさしぶりのそれはむかし感心したようなうまさはもうなかった。やっぱり年月は居酒屋の「ついでの麺」に身をやつしてしまったのだろうか。
 付記。買えなかったラーメン缶が編集部から送られてきた。缶ビールを一回り小さくした感じで「札幌らーめん缶」(二九○グラム)と書いてある。プラスチックの折り畳み式フォークがついていてその場で食べられる。熱い醤油味と冷し麺。蒟蒻を使った麺スタイル。小さなメンマが四、五キレ入っていた。スープは確かにラーメン。この自動販売機の前にアキハバラのオタク青年たちが沈黙の行列をつくっているのだとしたらやだな。
# by shiina_rensai | 2007-10-25 16:40 | Comments(1751)

第17回 和歌山、鹿児島篇
最後のずるずる巡礼旅

 このシリーズの地方大会は今回が最後である。足かけ二年、全国の主だったうまい麺のある土地を巡り、長いものをススリまくってきたがついに残った主要エリアが和歌山と鹿児島ということになった。
 誰がつけたか「黒潮逆流シリーズ」。別名和歌山鹿児島ずるずる最終章。相変わらずたいして取材日数はない。というより一泊旅程なのでまず関西空港から和歌山界隈を取材してまた関西空港に戻り、その日のうちに鹿児島にワッセワッセと南下していくという慌ただしいことになった。
 メンバーはいつもの顔ぶれだが今泉三太夫は翌日参加。かわりに高橋大がきた。何でもいくらでも食えるーを豪語するだけあって守備範囲が広く攻撃力のある頼れる助っ人だ。
 和歌山は蒸し暑かった。まずは「丸京」へ。和歌山ラーメンは県の北部で共通する豚骨醤油味系をいい、一九九八年にテレビ東京で放映された「日本一うまいラーメン決定戦」でここの「井出商店」のラーメンが優勝した。横浜の「ラーメン博物館」にも期間限定出店し、連日長蛇の列にかこまれて一躍超有名店になった。
 つまり今回、我々の「麺の甲子園」でもここはシード校じゃなかったシード麺に近い強豪というわけである。ぼくは他の取材で和歌山に行ったおりにすでに二回食べておりその実力度合いはよく知っている。
 今回杉原が選んだ和歌山かけあしコースの対象は三店でいずれも濃厚豚骨醤油味であるからそのまま濃厚背脂三連戦の試練ということになる。
 最初の「丸京」はあらかじめ手にしていた資料にある写真と店がまえがまるでちがっていて、一瞬これは間違えたか、と思ったが店舗を建て替えたようであった。白と黒を基調にしたたいへんすっきりしたデザインで、強豪「井出商店」のすっきりしてない店がまえを知っているから興味はつのる。
 我々が本日最初の客のようで、すっかり準備整えました、さあどうぞ! という臨戦態勢が見えてこちらも「さあ食うぞ」とヤル気になる。
 いかにも人気店らしく我々が注文をしおわる頃にはもう何組かの客が入ってきた。中、高年が多い。時間は十一時。
「うぅぅぅぅぅぅぅ――――」(サイレンの音)なのだ。意味わかりますね。しかしときおり思い出したように語られるが、なぜ甲子園は「サイレン」なのだ。あらゆるスポーツでサイレンによって試合がはじまるのは高校野球だけであろう。そのことをみんなであらためて討論しようかと思っているうちに早くも我々の注文したものが出てきた。
 サイレン問題はたちまち放棄されペシペシといっせいにワリバシを割る音だけとなる。全員朝飯ぬきで来ているから宿命の第一試合有利説は今回もゆるがない。
 和歌山ラーメンはとにかく濃厚である。そのなかでも比較的「丸京」はすっきり、というがこれがすっきりなら東京ラーメンなどはすまし汁レベルになってしまう。すなわちその朝、我々の目の前には黄色いストレート麺が脂に光る茶色のスープの中で【蠱惑/こ/わく】的に身をくねらせている。朝はやいけど何してもいいのよ、というやつだ。
 正直に書くと、若い同行四名とはちがってさすがにぼくの場合は朝十一時から豚骨醤油ラーメンは少々きつい。麺の本場中国だって朝は「お粥」にザーサイかピータンだ。中国のお粥は「コメのスープ」という位置にある。ぼくは「麺の甲子園」よりもそろそろ「お粥の甲子園」にしてもらいたい。でもそれだと力入らないかなあ。
 思えばこのシリーズは関西ブロックからはじまった。うさみ亭マツバヤの「おじやうどん」であった。あの頃はぼくもまだ若く、朝だろうが深夜だろうがなんでもこいという気分だった。
 真の仏典のココロを求めて西域からインドを行った玄奘三蔵のように、ぼくもチョハッカイ、サゴジョウ、ソンゴクウを連れて「真のうまい麺」を求めて日本中をジグザグ歩いた。雨の日も風の日も旅を続けた。風雪にむかっておろおろ歩いた日もあった。君たちがいてぼくもいた。そういう巡礼のような旅も幾星霜。あれからすでに二十年は流れる雲を見ただろうか。いやそんなには経っていなかったな。足かけ二年だからまだ一年と少しだった。
 この店の麺はのびればのびるほどおいしい、という説がある。味が麺にしみ込むということだろうか。もっともネット情報は誰か一人の意見だったりするからあまりあてにはならない。

アブラで光る和歌山城

 このあとすぐに第二戦があるのでぼくはドンブリ三分の一でやめておいた。醤油豚骨はラーメンスープのストライクゾーンで、これの配分が上手にできたら絶対うまい、という見本のような味であった。しかも第一試合絶対有利説はここでも有効でぼく以外の「オトモ」の者たちはたちまち唸るようにして全部食べてしまった。これでは麺ののびる暇もない。高橋大などはおかわりがほしい顔をしている。困った奴だ。厨房のほうを見てシッポをふるんじゃない。
「ワン!」
「こら吠えるでない」
 高橋犬の首に紐をつけて次の店にむかった。十五分程度の距離だというので歩いていくことにする。
 次の店は地元のタクシーの運転手が異口同音に「いちばん!」とコーフンして言う「山為食堂」。ここに来るあいだに正午をすぎていたのでもう店の前には行列ができていた。東京のラーメン屋では行列に並びたくないが、こういう土地はどんな人が食べにくるか観察できて面白い。みんな地元の常連というかんじだった。
 待つことしばし。店の中は思いがけないほど暗く、相席多く、テレビのうるさい音もなくフロアをきりもりするお姉さんもテキパキとプロの身のこなしだ。いいではないか。繁盛店の典型だ。
 メニューの品目が多い。しかし価格は四百円、五百円、六百円ゾーンに大きく分けられドンブリものは「きつね丼」「玉子丼」「肉丼」「他人丼」「親子丼」と全部きっぱり六百円だ。
「んなもの作るのも食うのもたいして差はないんやから同じ値段にしとけばええやん」とたぶんこの店の太っ腹の親父が言ったのであろう。いや違うかな、親父さんが「いや玉子丼と親子丼が値段一緒やのはちょっと内容がちゃうから親子丼は六三○円ぐらいにしておいたらええじゃろか」などと言ったのだが太っ腹なのは奥さんで「計算が面倒やからそれでええんや」などと一喝したのかもしれない。以上はあくまでもラーメンがテーブルにくるまでのまったくの我が妄想だからね。
 まわりを見回すと多くの客はラーメンにごはんを頼んでいる。この店のスープは県下で一、二位を争うほど濃厚なのであるという。ひえええ。「覚悟せなあかんで」われらのサゴジョウがいんちき和歌山弁で言う。
 やがてテーブルの上にそれらがやってきた。見ただけで尋常ならざる濃厚ぶりがわかる。焦げ茶色のスープはゲル状になって少しぐらいドンブリを傾けても水位のかたむきがドンブリに追いついていかない。ヨウジを刺したらそのまま直立しているだろう。麺のスープというよりとろみをたっぷりつけた具のないカレー状態にも近い。その上に脂に光る大量のギタギタチャーシューが乗せられている。ワリバシを適当に差し込んで麺をすくうなどという初期基本動作がむずかしい。はっきり「麺をとりだすぞ!」という意志と方針を持ち、箸を突き刺す目標地点を定め、勇気と信念をもって埋没している麺を採掘しなければならない。引き上げられた麺には濃厚スープが複雑にからみついている。他の多くの客が白いドンブリごはんを頼んでいるのはこの麺をおかずにしているからである。作法どおりごはんを頼んだ高橋大が幸せそうに吠えている。
「ワンワン!」
 ぼくはラーメンひとすくいとスープをスプーンで三口ほどでこの店の威力を十分堪能した。客のなかにはおばさんもお姉さんもいるから驚きである。ひと足さきに外に出てオトモの者たちがきっぱり勝負するのを待っていた。まだあとからあとからクルマの客がいっぱいやってくる。
 最後は本命「井出商店」である。
 せっかくだから和歌山城を越えていくことにした。今の濃厚ギタギタラーメンをそっくり全部食った「オトモ」の者は全員顔がアブラでテラテラしている。アブラ顔四人の反射で城壁が明るい。
 このあと夕方まで“試合”はないのでぼくは「井出商店」で全力勝負だ。なぜかやたらに仏壇屋の多い道をすすんで蒸し暑さにいやになる頃ようやく店に着いた。かなり【辺鄙/へん/ぴ】なところにある。行列がないのがよかったが狭い店の中は満員である。
臭いはうまい
 入って驚いたのだが店の臭いが以前より強烈になっている。豚骨そのほかいろいろ試練と挑戦の歴史のなかでつくり出されてきた“濃厚な歴史”が堆積されこびりついた強烈臭だろう。この店に来るのは今回三度目だったがその日が一番強烈だった。二日酔いだったらちょっと入れないだろう。
 この「麺の甲子園」で全国で取材した日本のラーメン屋のなかで一番臭かったかもしれない。臭さとうまさは紙一重なのだろうか。

「臭いはうまい!」

 和歌山ラーメンのもうひとつの特徴はどこもドンブリが小さく量が少なめであることだ。「井出商店」などは小盛りの感覚。またどの店も約束ごとのように「早なれずし」もしくは「あせ巻き寿司」とよばれる押しずしの包みが小さなヨウカンのような包装状態で置かれている。ラーメンを食べながらこれをつまむというのが和歌山ラーメンの定番スタイルらしい。
「井出商店」の従業員のテキパキぶりは迫力と貫禄がある。TVチャンピオンになったということなどを大袈裟に看板や店内の張り紙などに誇示していないのもいい。
 今回は最終取材なので敢えて書くが「テレビでお馴染みの〇〇〇店」などという手書きポスターをベタベタ貼ってある店がけっこう多いのに気がついた。テレビといっても地元ローカル局ぐらいのがきてアホなタレントが大袈裟にさわいでいるような写真が出ていて「お馴染み」は誇大表示でおかしい。
 それにしても「井出商店」のあの強烈な臭いは、店の従業員や慣れている地元の人には至福だろうが、濃厚脂臭に弱い人は接近さえ難しいかも知れない。ご当地麺の強さと弱さのブラックボックスがそこにあるような気がする。
 アブラ人(アラブ人じゃないのね)と化した我々麺の巡礼団は関西空港にむかい、そこから鹿児島空港へ。
 薩摩の国は雨だった。時間があるのでまずホテルにはいって一休み。ぼくは大相撲夏場所をテレビで見ていた。夜はまあビールで体内のアブラを流す必要がある。しかし杉原がここでマッチメークしたのは黒豚シャブシャブに連続する仕上げのラーメンであった。つまり黒豚だしのラーメン。アブラはまだまだ追加されるのである。
 立派な店であった。薩摩は黒牛、黒豚、黒鶏と「トリプル黒」の国である。「臭いもうまい」が「黒いもうまい」というわけなのだろう。おねえさんが上手にしゃぶしゃぶの下ごしらえをしてくれる。豚だしラーメンはなかなかであった。昼の三連戦に較べるとさわやかでさえある。
 店をでるとまだ雨であった。予定は明日になっていたがこのまま鹿児島名物豚骨ラーメンに突入してしまうか、ということになった。濃厚アブラに浸されてしまった我々は今程度のアブラではもう満足できない体になってしまったのだった。もうわたし体ほてってほてって。
 閉店まぎわの「こむらさき」に駆け込んだ。他に客はおらずまさにもうじき店じまい、という様子だったが、すぐにテキパキと作ってくれた。大勢いる従業員の役割が決まっていて動作にゆるぎがない。無駄話いっさいなし。
 この店にもすでに何度か来ている。鹿児島ラーメンは豚骨をベースに鶏ガラや野菜なども使う半濁スープで、和歌山ラーメン的濃厚味とちがって深いというか。どの店も漬物が小皿に箸やすめのように出されるのが面白い。「こむらさき」は甘酢大根の千枚漬けである。こいつをツマミに芋焼酎のお湯割りをくいと軽く一杯やっているうちにカウンターにテキパキと注文のものが並んだ。刻み葱と小ぶりに切ったチャーシューがまんべんなくドンブリの上に展開している。もうこれだけで相当な説得力だ。うまいラーメンは見た目にすでにきれいである。「きれいはうまい」。
 フッハフッハと静かに食べはじめる。みんな黙って食べているのはおいしいからである。「黙るはうまい」。
 夜更けにこんなに濃厚なラーメンを全部食べてしまうのはカラダにはヨクナイのだろうなあ、と思いながらも全部食べてしまう。
スギハラは叫んだ!
 翌日もホテルの朝食は抜き。店が開くのは昼近い時間なので全員寝坊する。この日から今泉三太夫が参加した。彼はつまり鹿児島日帰り、ということになるのである。しかしこれで地方取材最終回にふさわしくチームの全員が揃った。
 本日の第一試合は「くろいわ」である。昨日の強豪「こむらさき」と近接していてがっぷり四つのライバル店というのが目で見てわかる。両店のまんなかへんに味噌ラーメンでブレイクした「和田屋」があり、このトライアングルを食べくらべする強者がけっこういるらしい。まさにラーメン大国日本らしい話だ。
「くろいわ」はドンブリいっぱいに乗せられた大量のもやしが特徴で、このシャキシャキ感もまたすばらしい。和歌山ラーメンほど濃厚ではないので朝からでもじゅうぶんイケル。
 イキオイというものがあるからこのあとすぐに「鷹」という店に行った。鹿児島では珍しく透明なスープであっさり味。麺はいくらか太めでスープによくからみ、杉原は鹿児島ではここが一番! と叫ぶ。
「麺の甲子園」であるから食いつつみんなそれぞれの主張するところを述べ優劣判定をする。いや優劣というのは実際にはなく、単なる個人の好みをほざくだけである。
 杉原が早々にこんなにきっぱり自分の意見を述べるのは珍しい。しかしぼくはまだそこまでは断定できない。
「和田屋」の味噌ラーメンは十種類の味噌をブレンドした特製味噌が売り物だが、基本は豚骨に鶏ガラにカツオブシにシイタケとオーソドックスであった。鹿児島には郊外まで入れると人気のある有名店が三十店以上あるというから札幌ラーメンの群雄割拠と似たようなところがある。

ぐるぐるの意味

 杉原情報によると鹿児島はいま「ソーメン流し」に燃えているという。「流しソーメン」ではなくあくまでも「ソーメン流し」である。川に行ってソーメンを流し、手をあわせてみんなで拝むのである。ああそれは「ショーリョー流し」だった。精霊流しね。おおさぶい。
 この「麺の甲子園」においてソーメンはときおり出場してきた。日本の麺一族のなかでソーメンは全国区である。たいていどの家も夏になるとソーメンを作る。むかしぼくの家も家族というものが構成されていたころ時々「ソーメン大会」をやった。なぜか「大会」とよばれた。具にものすごく凝って二十種類ぐらいつくり、そのバリエーションが楽しかった。いま子供らはみんなアメリカに住んでいて、このあいだ聞いたら「ソーメン」は十年以上食べていないという。アメリカにはソーメンを出す店はめったにない。あっても化学調味料をつかっためちゃくちゃな茹でかたのどうにもハナシにならない絶望ソーメンだという。
 そう考えるとソーメンは「日本人の麺」としてきわめて重要な位置にあるのだ。しかしこの「麺の甲子園」ではこれまでことごとく敗退してきた。ソーメンファンとしてはやるせなかった。ソーメンが勝ちあがれない理由は簡単である。
 ・店が真剣に取り組んでいない。・量が少ない。・上にサクランボが乗っている。
 これではこのすさまじい麺の戦国時代、勝ち上がっていくことはできない(まあ勝ち上がる必要もないんだったけど)。
 しかしその不遇のソーメンがこの取材シリーズの最後に「もしかすると」という期待をこめて堂々この鹿児島の地でエントリーされたのだ。なにしろ「ソーメン流し」の店は鹿児島界隈で二十店はあるというのだからタダゴトではない。
「dancyu」という雑誌に市内の主だった「ソーメン流し」の店の訪問ルポが載っている。指宿の唐船峡という市営のソーメン流し専門食堂みたいなところの写真があり、広大なデッキの全面にたくさんの丸いテーブルと椅子があって大勢の「ソーメン者」がぐるぐる回るソーメンをおいしそうに食っているのである。なんだなんだ何事がおきたのか、と目を見張るくらいの不思議な風景で、実は日本人はこんなにソーメンが好きだったのか、すまなかった、と思わず合掌したくなった。ここには年間二十万人もの人が来るという。しかし、ただソーメンが食べられるというだけではそんな人気を得られる筈はなく、つまりぐるぐる回っているからなのだという。
 ソーメンは回るとうまくなるのか? などと野暮なことは言ってはいけないのだった。鹿児島には伝統的な「青竹ソーメン流し」から「回転式」があり、時代はいまや「桜島型噴流式」であるという。
 市内から三十分ぐらい離れた郊外の「慈眼寺」にあるソーメン流しの店に行った。和田川という清流のそばには露天にテーブルが並びどのテーブルの真ん中にもソーメン流しの装置がある。それが「桜島型噴流式」なのであった。
 仕組みは簡単で、高いところにあげた水を各テーブルの装置に取り込み、そこから水が火山の噴火のように涌きだしてその水流にソーメンを投入するとぐるぐる回るというわけである。水は一回りすると排出されるからいつも新鮮。冷たい水にぐるぐる回るソーメンは見た目も味も冷たくて涼しくて……。
 けっこう沢山の客がいて嬉しそうに食べている。年代別にグループができているようで会社のサラリーマンふうもいる。この場合は上役が上流にいるのであろう。上司の箸からこぼれたソーメンを部下のエライモン順ですくっていく。
 よくわからないのがじいさま二人組である。ぐるぐるソーメンをおぼつかない手つきで箸ですくいその殆どが逃げられる。「このごろまた血圧があがいもしてなあ」「糖尿はもうなおいもはんな」(鹿児島弁に)そんな話し声が聞こえてくる。
 恋人同士はいちど箸でつかんだソーメンをわざと放して「これもみいちゃんにあげるう」なんか言っている。ぐるぐる回るソーメンはうれしそうに見えるけれど仕方なさそうにも見える。「だからなんなんだ」と虚無的に呟いているソーメンもある。追加するとおばさんがザルにいれた茹でてあるのを「あいよ」と言って持ってくる。今泉三太夫に七本ほど流してあげた。
# by shiina_rensai | 2007-10-10 15:36 | Comments(2066)

第16回 沖縄大会後編
「うりずん」とか「ぶちくん」とか

 那覇に着いた。
 いつも思うけれど、このナハという響きが好きですなあ。でも漢字で書こうとすると一瞬戸惑うのはなぜなのだろう。「覇」の字がうまく頭に浮かばないのだね。
 いやこれは作家といいつつあまり文字を知らないぼくだけの問題なのだろう。
 とはいえ沖縄各地の地名は、琉球の頃の名称に強引に漢字をあてはめてしまっている例が多くその違和感がいつもどこかにあるからではないのかな。
 この違和感はアイヌ語に強引に漢字をあてはめている北海道も同じだ。倶知安(くつちやん)とか納沙布(のさつぷ)とかね。でもこれなどわりあいきれいにあてはめてあるほうだ。茶志骨(ちやしこつ)とか計露岳(けろだけ)などワープロの漢字変換失敗みたいな地名がいっぱいある。ときどきあまりにも語感が違っていてどうにも漢字が当てはめられなかったようでそのままの読み方になっているところもあります。ペンケメグンナイとかね。
 強引な役人もこれにはどう当て字していいかわからなくてギブアップしたかんじ。なんとなくザマミロですね。
 いけねえ。いまは那覇に来ているのであった。
 ここにも難しい呼び名のところがいっぱいある。内地の人で「金武」をすぐにキャンと読める人はあまりいないだろう。喜如嘉(きじよか)も難しい。照首山(てるくびやま)はいかにも暑そうだ。慶留間島はゲルマ島と読む。名前の響きがいいので座間味島で知り合った少年たちと「ゲルマ島探検隊」というのを作ってひとまわりしようとしたが集落以外に道がなかった。
 今回の我々の取材の案内役をしてくれる写真家の垂見健吾さんは東京から恩納(おんな)という土地に移住した。島の人から当初「あんたの奥さんはおんなかね」と聞かれてレレレ化したことがあるという。恩納の出身か、と聞いているだけなのだったが。
 で、まあ前回に続いて「麺の甲子園」南島ブロック大会だ。沖縄のほかに石垣島、宮古島、大東島などの先島諸島の大会と二回にわけて報告している。今回は本島大会。
 着いた初日まずは「ぱやお」という沖縄居酒屋に行った。パヤオは漁礁のこと。効率的な漁をするために沖にケーソン(大きなコンクリートなどの建造物)をいくつも入れてそこに魚たちの住処を作ってやる。
 町の居酒屋も、肴や酒を用意して飲み助を集める陸上のパヤオみたいなものだ。
 その店は居酒屋「うりずん」の姉妹店で、「うりずん」とは「早夏」という意味。本格的な夏がやってくる前のちょっと夏めいて暑くなってきた梅雨前の頃のことらしい。
 なんという綺麗なことばなのだろうと感心したものだ。琉球にはそういう人の心にやわらかく入ってくる言葉がいっぱいある。
 梅雨があけて本格的に「カーーーッ!」と暑い激夏がやってきてあまりの暑さにひっくりかえるのを「ぶちくん」という。この言葉もいかにも「ぶちくん!」と言ってひっくり返ってしまうようでおかしくて好きだ。暑くて気がぬけたようにひっそり気だるくなることを「ちるだい」というそうだ。これも心にじんわりつたわってくる南島のいい言葉だなあ、と思う。
「ぱやお」で飲んでいると昨年の夏にぼくの家にホームステイしていた那覇在住の高校生の翔太郎君がやってきた。翔太郎君に「麺の甲子園」の神奈川・静岡・山梨ブロックの取材につきあわせたので、沖縄大会ではうまい沖縄そばの店の案内を頼もうかと思ったが、彼は来年大学受験で、国立の理工系を受けるという。今が大事なときだから顔をあわせるだけにした。本人は一緒にあちこちの沖縄そばを食えないのが残念、という顔をしていた。

のっけから強豪三枚肉と

 翌日の初日第一回戦は糸満にある「淡すい」であった。有名な店で、この店を紹介する本にはたいてい「経営者は三五年かけて沖縄そばの研究をした後、満を持して開店した」と書いてある。うーむ。ずいぶん長い時間をかけて研究したのだなあ。
 有名店らしくないプレハブ造りのそっけない構え。まだ時間は早かったので客の姿はあまりなかったがテキパキした従業員の動き、活気のある厨房などいずれも繁盛店の基本だ。テレビもなく静かに流れるショパンのBGMも厭味がない。
 三枚肉のそばを注文。麺も肉も上等で、のっけから優勝経験豊富な強豪に出会ってしまった気分だ。うーむ。三十五年間の成果を感じるではないか。
 沖縄そばはラーメンと内容が同じ、と前号に書いたが、風合いがラーメンとは全然違っているのはダシにカツオブシという堂々たる「和」とトンコツという「南アジア」が完全合体していることによるのではないかと見ている。
 我々はいつもの杉原、楠瀬、今泉、カメラの佐藤。今回はそれに垂見さんという六人編成。これだけいると評価の意見もいろいろでたいへん参考になる。
 続いて首里に戻り「首里そば」。
 観光地にある有名店だから店構えもそれなりに贅をこらしており客で賑わっていた。
 しゃれた内装の店の横に切り縁のあるちょっとした野外席があって我々はそこに案内された。
 こぢんまりとした中庭の風情などに「うう」とか「ああ」などとあまり意味のない感想というか、感嘆符などを述べているうちに注文した「手打ちそば」が出てきた。
 この店はカツオの一番だしのみを使っていて手打ち麺は七時間がかりでつくっているという。こだわりの沖縄そばで、ずいぶん長いこと沖縄に来ているけれど、こういうハイクラスの沖縄そばをいただくのは初めてである。客の半分以上は観光客のようだ。手打ちは一日約六○~七○食しか出せない。
 日本蕎麦にも老舗の洗練された手打ちというのがある。一人前の量が最初の箸のひとかきでもうあらかた無くなってしまうような、おめえ客をバカにしてんのか! と言いたくなるような店がときおりあるかと思うと、駅の立ち食いのような雑な蕎麦屋があって、これは量がたっぷり。アツアツ、ヒヤヒヤのメリハリもいい。ただし慌ただしく終始立ったままだ。どっちがいいか好みは二分される。
 ぼくは那覇というと長いことアサトの交差点近くの路上に面した二十四時間営業のスタンド店を愛用していた。(もう立ち退きにあって無いけれど)そこは安い早い多い。おまけにおばあのどんぶり指めりこみスープであったがそれがまたよかった。
 したがってこういう高級沖縄そばとの対比がむずかしい。
「どっちもうまい!」
 まあ、大人の感想だ。

百キロ(推定)もやしに圧殺

 二台のクルマに分乗して高速道路に入り、それからずんずんいって終点まで進む。途中道の端に大きな看板があって「グリーンベレー訓練中」「流れ弾注意」などと書いてある。
「流れ弾注意」と言われてもなあ。そっちで高速道路にまで飛んでくるような危険な弾を撃たないようにしろ。下手な奴に訓練させるな。
 海ぞいの一般道をおりるとさらにずんずん一時間くらい行った大宜味村にある「前田食堂」に到着した。ここは何度も来ている店だ。
 道路の横に唐突に一軒だけというかんじでこの店があり、知っている人でないと通り過ぎてしまいそうだ。
 名物は「牛肉そば」。沖縄そばの上にどおーんと炒めた大量のもやしと牛肉が載っており、その量が半端ではない。一皿一皿山盛り。ここに来る客の殆どがこれを注文しているようなのでこの店のもやしの消費量は想像を絶していると思う。いつか厨房の奥のもやし置き場を覗かせてもらいたい。百キロぐらいは軽くあるのではないか。いやもやしは軽いから百キロなわけはないか。アシが早いし。まあそんなことを本気で考えてしまうくらい太っ腹なもやしの量だ。
 出される大量のもやしはヒゲも根もいっさい切っていないので、たぶんざっと洗ってそのまま大きなフライパンでばしばし炒めてしまうのだろう。
 上品で格調の高いさっきの「首里そば」の店から直行したのでその格差に「ガック!」となるが、ガックとなったぶん、挑戦意欲がむくむくとわき上がる。このどんぶりの上にどおーんと載せられたもやしと肉が「どうだ!」と言っているのが聞こえてくる。こういうものを攻めていかなければなにが「麺の甲子園だ!」と一同互いに言い合い鼓舞しながら、わしわし食っていったのだった。
 まさに無骨な田舎の高校生のイブクロがイメージされる熱き存在感。食うほう、食われるほう双方イキオイで勝負、というところであった。
 今回、もし「麺の甲子園」に沖縄代表の麺が出てくるならばその代表麺は何か? ということは我々取材当事者も秘かなる期待を抱いていた。
 高校野球でも毎年沖縄出身のチームには特別な思いをこめた声援がおくられ、ヤマトの強豪チームと沖縄のチームが対戦するときは、いつのまにかマスコミそのものが判官びいきで沖縄に熱いエールを送ったりしているケースが結構ある。この麺の甲子園も、あの感覚に近いものを感じる。
「この前田そばなどは、いかにも沖縄代表っていう雰囲気を感じるなあ」
 誰かがそう言うと全員が頷いた。
「選手層がひろく厚いっていう感じがするよ。でもみんな無骨なんだ。でもって団結の心は熱く身は軽く」
「言っている意味がよくわからないけれどなんか褒めすぎじゃないの。あっ、あんたもやし好きなんでしょ。もやしっていつも団体でかたまっているからもやし好きな人はどうしても団結なんてことばにココロふるわせたりするよな」
「沖縄にはソーミン(そうめん)チャンプルーってあるでしょう。ソーメンは全国各ブロックでけっこう参戦していたけれど結局予選落ちがほとんどだった。なんか基本的に家庭料理っていうイメージがあるからかなあ」
「ところがこの沖縄のソーミンチャンプルーは全県的にポピュラーな存在で日本には沖縄、先島諸島のみというオリジナリティもあるし信奉者層も厚い。これにマーミナー(もやし)チャンプルーをどさっと載せたマーミナー・ソーミンチャンプルーにしたら相当ヤルと思うけどなあ」
「だけど、そういうメニューのある店をあまり見ないんだよなあ」
「実力はあるのに向上心がない」
「向上心って何よ」
「そういうメニューをつくろうという冒険心、イノベーションがないんだ」
「なんかムズカシクきましたね」
「ここに『どえりゃー名古屋モーニング』というムックがあるんだけど、名古屋のあの喫茶店モーニング過激競争の最近情報が満載なんだ。それみると『焼きキシメン』とか『塩ヤキソバ』とか『味噌スパゲッティ』とかヤキソバとヤキウドンとカレーライスがセットになった『病気ライス』なんていうのがある」
「何で『病気』なの?」
「もの凄い量でざっと四人前、こんなの毎日食ってたら確実に病気になるから、ということらしい」
「なんか全体がめちゃくちゃな気がする」
「こういうめちゃくちゃで名古屋は活気が出ているからね」
「つまり沖縄にはそのくらいハメを外すエネルギーが欲しいということだね……」
 ゆうがた那覇の公設市場二階にある「きらく」でそのソーミンチャンプルーとイカ墨スープ。ここには無かったが「イカスミ沖縄そば」があってもいいではないか、というさっきの話の延長になった。
 夜は「うりずん」にてイッパイ飲んだあと近くにある「酒でもそばでもなんでもあるさあ系」の店「栄町ボトルネック」がなかなかうまいという噂を聞いて行った。
 どんぶりに無造作にそばだけ入ったのがどしんどしんと出てきて、続いて熱くわかした汁がヤカンのまま出てくんのよ。あんたら勝手にすきなようにやんな、という態度だ。ソウルの人気激辛冷麺屋にこういうのあったな。辛くて死の危険かんじたら勝手にスープたして蘇生しなさいという救命装置だ。それの沖縄そば版。はじめてだったけどこれがいやはやうまいんだ。具もなにもない「やかん汁ぶっかけそば」だけどこれいいねえ。

かめかめ攻撃

 翌日は一日ぐらいなら、ということで翔太郎君が参加した。第一試合は那覇の天久にある「てぃあんだー」。
 ガラス張りの店は沖縄そばのイメージとやや異なるおしゃれ店。といって沖縄そばがけっして野暮と言っているわけではないですよ。しかしそのためかカップルや家族連れの客が多い。つまりうるさい。ここの麺は仕込みに二日かけているという。太麺と細麺と選べどちらも固く名古屋の「味噌煮込みうどん」を思いだした。しっかり噛んでいると顎が疲れるくらい。スープはなかなか奥が深くて立派なものであった。
 続いて「守礼そば」へ。ファミリーレストランタイプの店で中は大きく、店の奥まったところで三線を弾くきれいなお姉さんがライブでずっと民謡をうたっている。
 ここはメニューが多く、軽く三十種類以上あるという。では全員いろんなものを頼みましょう、ということになった。
 ゴーヤーそば、もずくそば、ミミガーそば、マーボーそば、カレーそば。まあラーメンでも日本の蕎麦でも、上に何かいろいろのせていけばのせたものだけ新しい種類のそばになるというわけなのだけれど。
 さあ残り試合時間が少なくなってきた。いそげいそげといってやってきたのは西町。ちょっとわかりにくいところにある「亀かめそば」。ここは知る人ぞ知る安くてうまい店。人気の製麺所の麺を使い、いまどき三五○円は偉い! 二重になったような入り口を抜けるとモロにアジアっぽい雨よけブルーシートの中庭ゾーンがいい。ラオス人気のフー屋(ビーフン屋)のイメージだ。沖縄の田舎などではオバアなどに「かめ、かめ」とよく言われる。「食べろ、食べろ」ということなのだ。その「かめかめそば」。よくかみかみしましょう。
 中庭に大きく窓を開放した厨房にオバアとネエネエとニイニイがいっときも動きを止めずに忙しくたち働いていて、客に当たり前に見せる笑顔がマニュアルでもサービスでもなくきれいなホンモノでこれがまっこと感じいいんだなあ。まいりました。
 こういうのが沖縄の底力のど真ん中! と見た。軟骨そばにフーチバー(よもぎ)そばがここの二大スターだった。軟骨そばを頼み、別にフーチバーを頼むとザルに山盛り入って出てくる。おおこういう注文の仕方があったのか。名古屋に負けていないぞ。しかもこれ名古屋の「病気ライス」の対極にある「健康そば」っぽいぞ。沖縄、先島諸島ブロック、思いがけず熱戦に次ぐ熱戦。実際わしらもう汗だらだらなのね。勝敗は混沌としてきた。
(次回は和歌山VS鹿児島篇)


名店「亀かめそば」(写真・筆者)
# by shiina_rensai | 2007-08-08 15:45 | Comments(2402)

第15回 のんびりテーゲー八重山そば
「すば」か「そば」か「ラーメン」か

 この「麺の甲子園」もあと数ブロックの地区大会を残すだけになった。 最初の頃は「洒落だよ洒落」とか「まあ冗談ながら」などという気分もあったが、これだけ真剣に本気で全国種々雑多の麺を食ってタタカイの回数を重ねてくると、各地区の有力麺の応援団などもでき、やがて行われるだろうベスト八あたりのトーナメント戦から現場に駆けつけたい、などという声も聞くようになってきた。
 しかし問題なのは「現場」といってもどこに駆けつけたらいいのか――である。甲子園とうたっているがその甲子園に行っても駄目なのである。砂はあるかもしれないけれど麺はない。
 横浜の「ラーメン博物館」のようなものを作って全国のベスト八のトーナメントを開催したらどうか、という意見もあるがすべてに慎重な新潮社がそんなものに投資する見込みはまったくなく、しばらく様子を見ようということになった。
 決勝トーナメントの方法がわからないままに我々は南にむかった。思い切り南の石垣島である。
 石垣島では十七年前に白保という珊瑚礁のきれいな海のある村で本格的な映画の撮影を四十日間にわたってやっていたので何かと馴染みがある。
 その日東京は暖冬異変の埋め合わせをするように急に寒くなり、大手町に雪が降ったというニュースが流れていた。しかし島は午前十一時少し前で二十二度であった。そうであろうと予測してビーチサンダルを持ってきたからレンタカー屋の駐車場でTシャツに綿パンの夏仕様に素早く着替える。
 映画の撮影をしていた頃は「沖縄すば」をもっとも集中して食べた時代でもある。
「沖縄すば」は一般的に「そば」とも言われるがそば粉は使われていない。どこも百パーセント小麦粉にかんすいを混ぜて使うから製法上は完全に「ラーメン」である。しかし形状はうどんのように太くて丸いものが多く、どうも存在基盤が不明確である。それは名称にも現れている。「そば」なのか「すば」なのか。
 昭和五十一年に公正取引委員会から「そば粉が三十パーセント入っていないとそばとは名乗れない」という固いお達しがきた。沖縄はこれまですべて「テーゲー(いいかげん)主義」でやってきたのだからそんなこといいじゃないかと思うのだが役所はそうはいかないらしい。
 沖縄の麺関係の協同組合幹部などが長い時間をかけて奔走し、粘り強く話しあいを続け、昭和五十三年十月十七日からやっと「本場沖縄そば」という名称を使ってもいいことになった。そこでいまでも毎年十月十七日は「沖縄そば」の記念日になっている。
 沖縄そばの由来を調べていくと諸説あるのだが、常識的に考えて、中国から入ってきた「中華そば」がすべての始まりのような気がする。その歴史は一三九三年の明の時代から、というのがかなり信憑性が高いから本土のラーメンよりもはるかに早いのである。
 したがって本来なら本土の「中華そば」や「ラーメン」が沖縄に「こういう名称を使っていいですか?」とお伺いをたてるのが筋ではないかと思うのだ。どうもハナシはあべこべで、沖縄は対本土となるといつもそういう理不尽な立場に置かれてきたように思う。
 だからぼくは「そば」でも「うどん」でもない沖縄独特の言い方「すば」という語感が好きで、それでいいじゃないのかなあ、と思っていたがまあ世間の決まりに従いましょう。
 ところでその「沖縄そば」は本島での言い方で、石垣島のそれは「八重山そば」、となりの宮古島は「宮古そば」以下「大東そば」「与那国そば」と島ごとにみんな特徴をもって名称も変わり、麺もスープもすこしずつ違う。

追憶の丸八そば

 ぼくはこれまでそれらの島々に全部いってそれぞれの島で「そば」を食べているが、正直なはなし、あまりきわだった島ごとの違いというのがわからなかった。
 強いていえば「うまい」のと「まずい」のと「あつい」のと「ぬるい」のがあるなあ、という程度だった。
「麺の甲子園」などと大層なことを掲げていながらそんな程度で「あーにを言っているんだ!」と怒られそうだが本当にその程度の差しかわからなかったのだからお許し願いたい。
 そうして今回はまあ沖縄エリアを「本島」と「先島諸島」にわけて二つのブロックでタタカウ、という分け方をした。
 つまり二つのトーナメント戦があるが、優勝して全国大会に出られるのはあくまでも一麺なのである。
 二ブロック制で二つの代表が出てくる東京や北海道と比べると不利であるが、東京や北海道にくらべると店の数はやはり南島ブロックは圧倒的に少ないからどうかそのヘンのところはご理解願いたい。
 さてこの石垣島でぼくが一番よく通っていたのは「丸八そば」であった。
 映画の撮影が終わったあとでも別の用でこの島にくるたびに必ず顔を出していた。今回も楽しみにしていたのだが、事前に編集部でしらべたところ店をやめてしまったというではないか。作っている夫婦はまだ若かったからいったいどうしたのだろう。残念なのと同時に心配にもなった。
 この「丸八そば」にくるとまずビールを頼む。すると美人のおかみさんがこっちでいう「てんぷら」をサービスね、と言ってかならずツマミに持ってきてくれる。ビールを飲みおえた頃にタイミングよくそばがくる。それから最後に「ぜんざい」である。
 沖縄のそば屋さんはどういうわけかこの「ぜんざい」がつきもので、皆しあわせそうに食べている。あるとき中学に行っている娘さんが帰ってきた。ぼくの撮っていた映画の撮影現場にも何度かきてくれていたのでお昼ごはんに自分の家のそばを食べるところの写真を撮らせてもらった。
 中学生ぐらいでキリリとした顔だちだったから今頃きっと美しい島美人になっていることだろう。
 馴染みの店がふいに無くなっている、ということは、銀座や新宿のバーなどでときおりあるけれど、そば屋さんでこれほどの喪失感があるとは思いもよらなかった。

固くてぬるい?

 そこで本日の第一試合は「キミ食堂」に行くことにした。ここもタクシーの運転手さんなどから「うまい店」と聞いていたし、以前来たことがあるという今泉三太夫が飛行機の中から絶賛していたのだった。
 名物「味噌そば」を注文。ほかに「ピリ辛味噌そば」や「ソーキそば」などがある。
 沖縄そばのスープのだしは豚骨にカツオが一般的であるが、この店はそこに加えて味噌が強烈な味のアクセントとなっている。なるほどおいしいけれどなんとなく最初から味が予測できてしまったかんじだ。本日の取材の最初の店なので、ついつい丸八そばの気安さで「写真撮らせてください」と言って厨房に入ったら「あんたどこの人かね」とおこられてしまった。いやすまない。思えばそこはぼくがはじめて入った店なのであった。
 沖縄そばに味噌はすんなり合うようだ。かんすい系のそばの存在感がもともと強烈であるから、主張の強い味噌といい勝負ができるからなのだろう。
 続いて白保まで行って「白保食堂」の「八重山そば」。この店は撮影中ひっきりなしに行っていたのでおばさんがぼくの顔を覚えていてくれた。昼どきなので混んでいる。ここではバレめし(撮影スタッフがその日は弁当ではなく各自好きな店に行って食べる)のときによくやってきて生ビールを飲んだ。食後にも撮影仕事があるから一杯しか飲めなかったが白保の真夏はまったくの「ぶちくん」(あまりの暑さに気絶する)なので、ここで生ビールを飲むともう一生ここで飲みつづけていたいなあ、と思ったものである。
 懐かしい味はむかしのままでかわりがなかった。八重山そばは細くて丸い断面で、柔らかく腰がある。具には豚肉とかまぼこが一般的。懐かしさもプラスしてかぼくはしみじみおいしく感じた。今回も我々取材団はいつもの五人だが、沖縄シリーズだけ同行している島事情にくわしい人が一人加わっている。
 ラーメンにコショウ、日本蕎麦にトウガラシ、というように「沖縄」もこの「先島諸島」もコーレーグースーをかける。トウガラシの泡盛づけで、これが不思議にひきたつ。
 本島の「沖縄そば」はときとして固く感じることが多く、それにスープがかなりぬるいのが多いように思う。このスープのぬるさは暑いところなので気を使っているのかも知れないと思い、島の人にこれまでけっこう聞いてきたのだが、そんなことでもないようだ。時々どんぶりを持ってくるおばあさんの指がスープにどっぷりつかっていることがある。
「おばあの指がみんなつゆにつかっているよ」
 と島の客が言うと、
「ぬるいから心配ないさあ」
 なんて返事がかえってくる。

宮古そばの説得力

 白保から玉取崎方面にむかってさらに進むとだいぶ閑散とした道端にいきなり「鍵」という店があり、ここは本格的な「きしめん」の店である。
 家族はもともと名古屋在住だったが、娘さんが名古屋の沖縄料理屋さんで働いているときに石垣島出身の現在のご主人と結婚し、それが縁で両親もこの島に移住。「きしめん」をはじめたのだという。
 庭は熱帯植物園のようになっていてガジュマルやヒカゲヘゴ、ハイビスカスの花などが風に揺れている。
 間もなく庭に出されたそれはなるほど本格的なきしめんで、おそらく先島諸島では唯一の本当のきしめんを食べさせる店だろう。
 ん、まてよ。つーことは、これは日本最南端のきしめんであり、台湾やボルネオあたりからみたら最も近い北のきしめん、ということになるのである。だからどうした、という声もあるが、凄いことではないか。さがりおろう台湾の銀糸麺、河拉麺、粉餅麺。ボルネオの猪豚どもよ。
 市内に戻り「一休」でヤギソバに挑んだ。沖縄では山羊はヒージャといって定番の食材だからヤギソバもそんなに変わったメニューではない。ただし慣れというのは厳然として味のよしあしに関係してくるから、麺の甲子園ではあまりにも特異スタイルということになり不利かも知れない。
 続いて「辺銀(ぺんぎん)食堂」である。ここはテレビに紹介されたりしていつのまにか有名店になっていた。ラー油が人気で二階にあがると六人のアンマーやネーネーが熱心にラー油の梱包仕事をしていた。全国の出荷があいついで間に合わない状態という。
 ここではジャージャンすばと餃子で勝負。一気に洗練された都会の味というのがこの店だろう。ジャージャンすばがうまい。八重山そばではここがもっとも先鋭的な位置にいるのだろう。
 石垣島での取材はここまでで、あとの八重山そばは沖縄本島に行って取材することになった。
「宮古そば」は那覇市辻にある「だるま」である。トッピングにフーチバの入ったのを注文したが、麺のゆでかげんといい、スープの奥の深い味といい、ここは即座にうまい店ということがわかった。
 店の人にくわしい話は聞かなかったが、たぶん原則に忠実にけれんみなく作っているのだろう。宮古島は石垣島ほどには足を運ばなかったのでここで先島諸島のそばの、島によっての違いのようなものがいつのまにか少しずつわかっていた。
 ことさら島の売り込みや、三線の民謡などが流れるということもなく全体に淡々と宮古のそばを作っています、という姿勢がなかなかよかった。
 続いて「大東そば」である。南大東島に行ったとき民宿の真ん前がこの大東そばの店で宿の朝飯はこの店で食べる。当然昼はこの店の大東そばである。夜は生ビールのあるこの店で呑んで海のものを食って最後は大東そばである。三泊していたからこの島にいるあいだいったい何杯大東そばを食ったことであろうか。
 店主がなかなかいい面構えをしていて、その当時、東京で何かの抗争があってどうやらこの島に一時避難していたらしいヤクザの親分らしい人がいて、いつの間にか仲よくなってしまい、この「いさの大東そば」をなんとか那覇の都会に出店させて「いさ」を男にしよう、などというプランを親分と本気で語り合ったりしたのである。
 そのとき話をしていた那覇の店がこの「大東そば」のようであった。
 ラムの入った肉そばはニンニクが効いていてひりりとおいしい、とこれはほかの審議団のめんめんの意見。そのときは前日の泡盛の飲み過ぎがたたってぼくはあまり戦力にはならなかった。
 もうひとつ「与那国そば」というものがあり、那覇にもその店があるというのでこれで先島諸島のそばをすべて制覇、と勢いこんでいったら閉店していた。
 与那国そばは空港の食堂のが一番おいしいという評判で、事実そうであった。
 この島は与那国そばではなく、椰子蟹のワタ(腹部の睾丸そっくりのところ)を潰したのを汁にした「ビアガーデン国境(はて)」の「睾丸(クーガン)つぶし汁椰子蟹そば」がもうタハタハ化するほど強烈にうまかった。本島と先島諸島をぶっちぎって全国大会に十分通用する凶悪な戦力を持っているが、出場してくると大会のうるさ型から「品位に欠ける」などといったクレームがたちまち出てきそうだ。
(次回後半戦は本島の熱き闘い)
# by shiina_rensai | 2007-07-19 12:39 | Comments(1025)

第14回 北北海道大会
豚骨醤油の説得力

 札幌発九時の特急に乗ってやってきました麺の甲子園公式査察団一行五名様。自分らに「様」をつけるな、という天からの声も寒さで聞こえない、というのはまったくの嘘で、はるばる旭川まで来たというのに暖冬異変は“極寒”で知られるこの北の街も例外ではなく、まあ札幌よりはいくらかひやりとはするけれど、でもこの時期手袋もいらないというのはやはり異常らしい。
 いつもだとレンタカーで動き回るのだが、雪道走行に慣れていないので大事をとってジャンボタクシーを予約してあった。杉原、楠瀬、今泉、カメラの佐藤、それにワタクシがどどっと乗ってもまだ席のあいてるジャンボタクシーの威力を見よ! などとみんなで威張る。バカなのである。
「では本日の第一試合を発表します。この地で名高い蜂屋本店です」
 杉原が全員に通達する。一同拍手。なんとこの店は十時三十分開店という。旭川ラーメンの蜂屋は有名で、インターネットの情報などでは五条支店のほうがうまい、などと書いてあるがこういうのは単なる個人の好みでどうとでも言えるからあてにはならない。
 のれんを出したばかりのようでやっぱりまだ誰も客はいなかった。入っていくとそこらのおばちゃんみたいな人が「いらっしゃい」と適当な声で言った。こういうのでいい。
 前回、南北海道大会は函館の有名店が全員大声で「いらっしゃいませええええええ」と叫びまくり、何ごとがおきたのかと思うような「タダナラヌ」オープニングだった。叫び系の嫌いな筆者は逆上してそのことにかなり怒りのページをさいてしまった。やや言い過ぎだったかな、もう函館に行ってもあの店には行けないだろうな、と思いつつもその考えは変わらず、ラーメン屋はやはりこういうありのままの静かな人間っぽさで客を迎えてくれるところが情緒があっていい。
 厨房はかなり大きく、テーブル、椅子もいっぱいある。表通りに面した入り口のガラスの部分が大きいので店内はきっぱり明るく、陽光が斜めに差し込んでいていかにも北国の朝だ。暖冬とはいえマイナス十三度。厨房の大鍋の湯気が入り口からも盛大に見える。
「これがマイナス二十五度ぐらいだったらもっと凄いよなあ」
「マイナス五十度だったらむこうが見えなくなるくらいでしょう」
「マイナス八十度だったら息をすうと鼻からあの釜の湯気が入ってくるかんじでしょうなあ」
 例によってたいへん知的レベルの低い会話がなされる。おばさんがじっと注文を待っている。いかん。急げ。
 全員同じ普通の醤油ラーメン六百円を注文した。すぐに製作が開始される。ずらっと並べられた人数分のドンブリに熱いスープをそそぎ、そこに茹であがった麺を入れる。茹で釜の係りらしい痩せぎすのおじさんが両手に箸をもってそれを別々に動かしながら上手に無言で均等によりわける。その互い違い別々に動く両手の動作が見事である。なんだか「名人技」だ。これで両足を使っていたら『千と千尋の神隠し』の「釜じい」だ。この道軽く五十年を思わせる味のある、これぞすぐれたラーメン顔だ。
 札幌ラーメン横丁なんかでよく見るギトギトの味噌やけ親父の顔と随分違う。
 世の中の麺ものレポートは味のことばかり語っているが、わしらは自称「公式」であるから常に鋭く全体を見ている。実はそれぞれの麺やスープのことをあまりよく知らないのである。
「あいよおッ」と言っておばさんがあつあつのを持ってくる。これまであまり語らなかったが日本の麺で何が素晴らしいといってこの「速攻」をきっぱり評価したい。
 アメリカや中国で日本の「ラーメン」が人気なのはこのすぐれたファストフードのシステムで、日本のラーメンに匹敵するのがラオスで「フー」、ベトナムで「フォー」と呼ばれるビーフン系簡単麺。ラオスには店名のない「フー屋」としか言いようのない店があってここは常に二百人以上の客で賑わっているが注文すると三分であつあつのが出てくる。食うと確実にパンツまで汗だらけとなるが、この速さと暑さと熱さがいい。
 ラオスは何もない国とよく言われるがラオスの誇れる代表はこの「フー屋」といっていいだろう。堂々たるものである。
 ベトナムは屋台の「フォー」屋さん。どこに行っても何時いっても必ず目に入る。たっぷりのミントやバジルやセージなどのハーブ系の生野菜に生モヤシを乗せる。パクチー(香菜)が駄目なひとは食えない。おしなべてラオスよりも甘くてスープがぬるい。それにドンブリが異常に小さいので量が少ない。カンボジアは平均がBクラス。ミャンマーは「モヒンガー」といってナマズの出汁にニョクマム味のビーフンで、これが一般的な朝食だがどこも甘味なのがつらい。
 麺の甲子園インドシナ半島大会を開いたらラオスが強い。対抗はタイのカニカレー麺だろう。これは悶絶的にうまいが一般的ではない。タイ麺を除いてこれらのいずれもが頼めばすぐに黙って出てくる。この速攻性機動性が「麺勝負」のひとつのポイントのような気がする。
 北国でそんな暑い国の熱い麺を思いだしながらフッハフッハと旭川ラーメンをすする。うまい。
 麺の甲子園、常に第一試合有利説の基本的な背景もあるが、それにも増してこの寒い土地によくぞここまで、というくらいにこの店の豚骨醤油味の説得力は凄い。
「なかなかやりますな。モノの本にはこの店は鰺とラードで勝負してる、と書いてあります」
 今泉三太夫が、声をひそめて言う。
「うむ」
「しかしそれ以外にもこのいくぶん焦げ臭いところに何か隠し脚じゃなかった隠し味の秘密がありますなふふふふふふふ」
 三太夫、たいして必要のないコトで含み笑う。
「おぬしも悪よのう。ふふふふふふ」
 こっちも意味なく含み笑ってしまうではないか。
美人キャベツ

 体の中心が温かくなるとマイナス十三度は我々全員今年はじめて味わう寒さだから店に入ったときよりも顔や手は冷たく感じる。ジャンボタクシーに戻り、杉原が次なるところの行き先をつげる。
 杉原がスコアブックをひろげて何かメモしている。今の店の評価であろうか。そっと覗き見ると「さむいけどうまい。うまいけどさむい」と書いてある。大会実行委員長としてはなんというボキャブラリイの乏しさ。もっともこっちは何もメモしてないけど。杉原はこの麺の甲子園で日本中を動きながら、単に一般的に「麺」と言われているもののほかに「細くて長くてすすれるもの」も積極的に取材対象にしようとしている。状態が「麺」状と見られるもの。いうなれば「亜麺」もいろいろ探り、それも取材していこうという心の広い太っ腹姿勢である。
 定義をおさらいすると①細ながく②いっぱいタバになっており、もしくは絡みあっており③それが七センチ以上あり④口から垂れ下がるもの――という簡潔なものだ。
 口から垂れ下がるものという規定はハリガネとか五寸クギなどの無法者の乱入を防ぐためである。あっそうか「食えるもの」という一項を入れておけばよかったのか。もう遅いけど。
 これまで京都のクズキリ、越前のモズク、青森のそばもやし、下仁田のシラタキ、糸コンニャク、博多、函館のイカソーメン、静岡のトコロテンなどに愛情をそそぎ、積極的にとりあげては一回戦でたたき落としてきた。その杉原が今回かなり力を入れているのが、これから行く和寒というところの「越冬キャベツ」なのであった。和寒と書いて「わっさむ」と読む。本当に寒いところで過去最低気温マイナス四十一・二度、日本最低気温記録を出したことがある。
「わっさむではなくわっ! さむと言ったほうがいいでしょうなあ。ぬふふふふふふ」
 今泉三太夫が低い声で含み笑う。こらあ! 意味なく含み笑うな。
 塩狩峠を越えて雪道を四十分ほど走るとあたりはいよいよ雪原になってきた。遠くに小さなスキー場が見える。平日の午後だからかリフトは動いていないようだった。
 やがて唐突に現場に着いた。杉原が連絡をつけておいたのは越冬キャベツを掘り起こしている現場なのであった。小型のユンボが動いており、雪原を掘っている。三~四十センチぐらいの雪を平均にかきとり、手でその下の雪を丁寧に払っていく。雪の下にもこもこと大きなキャベツが並んでいてなんだか可愛いのだ。
 毎年十一月の、そろそろ雪が積もってくるな、という時期を見計らってキャベツの芯を根から切り、下にビニールシートを敷いて転がしておく。あとは降り積もる雪がそのキャベツを覆っていき、雪の下で越冬する。キャベツは全身を固くして身を引き締めるようにするから普通のキャベツよりずっと葉のひきしまりかたが違うという。(ホントかな?)年を越して二月あたりの一番寒い頃にこうして掘り起こすのだ。
 掘り出したばかりのそれは薄い緑とブルーがまじったような肌のしなやかな美人キャベツなのであった。持ってみるとずしっとした堅太り。おばさんが包丁でバサリと真っ二つに切ってくれた。
 かじると冷たくて甘い。もともとキャベツが好きでよく食うがなるほどこんなにびっしり密度をもって葉がしまっているキャベツははじめてだ。シャキシャキしたここちのいい噛み味。それにしてもなんという上質の甘さであろうか。糖度は平均十度でメロンやフルーツトマトと同等という。
 一冬雪の下で越冬することによってこの甘味がつくられるらしい。「たんぱく質がアミノ酸に変化するから」ということまではわかっているがなぜ甘味が増してくるか詳しいことはわからないらしい。
 杉原のできるだけ麺として扱いたいという基本方針のもと、それを細切りにしてもらう。が、しかしこの場合はちゃんとしたまな板の上にのせ、よく切れる包丁で幅一ミリぐらいにザクザク切って大きな皿に乗せ、ソースなどかけて食うというやり方でないといまいち形状的に「麺」としてのアピールは乏しかったようだ。甘くて旨いのに残念。
 しかしこれだけうまいキャベツなのに今年は暖冬でキャベツの豊作となり、この越冬キャベツのメインブランド「冬駒」も卸値は一キロで二百円にしかならないという。畑一反で六トンを掘り起こせるのだがそこまで値くずれしていると労力のほうが断然大きくなってしまいよく出来ているのに仕事としての実りが少ないという。
 マネーゲームとかなんとかでテーブルの上のコンピュータをカシャカシャやって一日で何千万儲かった、などという社会にしてしまって第一次産業をおろそかにしている今の日本の仕組みに苛だたしさを覚えるのはこういう時だ。
 帰りのクルマの中で遠いむかしのことをしきりに思いだしてしまった。
 あれは「怪しい探検隊」で日本のいろんな島に行っていた頃のことだ。ある無人島キャンプに持ち込んだ備蓄食料がつきはじめていた。とくに麺がまったくなくなっていることに気がついた。ダンボールにいれて持ってきた食料をきちんと点検せずに十人あまりの人数でキャンプしていたのだが、みんな麺ばかり食べていたのだ。一日最低一麺の人生を歩んでいたぼくはどうしても麺が食いたくてたまらない。
 見落としはないかあらためてまた食料の入っているダンボールを調べていくとだいぶひからびた半分の白菜が目についた。とくにその白くて厚い芯の部分にココロがざわめいた。これを包丁で細く細く切っていったらうどんに似たようなものにならないか。思うのと同時にそれをやっていた。フライパンに油をひき、その白菜代用麺を炒めてソース味で食った。ソースうどんのつもりだったが思ったよりもまずかった。
 まずいけれど精神的にはなんとはなしの安堵があった。さっきの越冬キャベツはその意味で白菜に断然まさる。しかしダイコンのツマと戦ったらどうか。シラガネギがどさっと現れたらどこまで戦えるか、そうだ。ソーメンカボチャ(金糸瓜=スパゲティスクワッシュ)というのがあった。あれはかなり驚愕的な「野菜麺」だ。しかしそうはいっても今朝の旭川ラーメンには所詮相手にならないよなあ。野菜類を弄んでいるなあ、おれたちは……野菜方面の“麺もどき”のそんな悲しい宿命をいとおしく思いながらずんずん旭川方向に戻る。

負けたら即死だ

 再び旭川市内で「橙や」に入る。朝の「蜂屋」にくらべると妙に暗い店だ。ここは激辛ラーメンが売り物のひとつらしく辛さのランクがある。よくあるのは並辛、中辛、激辛などという辛さの順列表記だがここのは「絶叫」「地獄」「即死」という強烈なものだった。辛味好きで自虐癖のあるカメラの佐藤がええい! と言いながら「即死」を注文する。
 注文をとりにきた店の女性が例のマニュアル言葉で「即死でよろしかったですか」と過去形で聞く。佐藤うなずく。他の四人は普通のラーメン。やがてそれらがいっぺんに出来てきた。
 店の娘が聞く。
「即死はどちらの方ですか?」
 佐藤、手をあげる。十五分後その店を出たのは当然佐藤のいない四人であった。
 旭川から釧路に飛行機で移動する。空港のロビーに大きな垂れ幕があった。甲子園春の選抜大会出場チームへのエールだった。麺の甲子園としては当然親しみをこめて激しく反応する。
「輝け! 旭川南高校 弱気は最大の敵」と、ある。なんだかカックンとなる。
「これ、気分的に最初から負けていませんか」
 今泉三太夫が低い声でいう。即死からなんとか蘇生したカメラの佐藤が「何事も強気でいかなければ!」と聞いたふうなことを言う。「輝け! 旭川南高校 負けたら即死だ! ぐらい言わないと。ふふふふふ」
 夜の釧路に着いた。空気の冷たさが旭川とはまた違う。釧路にもおいしいラーメン屋がいっぱいあると聞いていたがこの地はぼくと三太夫に当初から必須訪問店があった。
 北海道でもとりわけさいはて感の強い釧路はよく来ることが多く、来れば必ず「仁」に行く。それは今泉も同じで、釧路の「仁」にきたら迷わずタンメンを食べる。タンメンというのは不思議なものだ。
 どこのラーメン店にあるというわけでもなく、札幌は味噌ラーメンで南九州はトンコツラーメンというような確たる地域性もない。一説には東京のものだという人がいる。東京のそこらの名もない商店街にあるありふれたおとっつあんおっかさんのラーメン屋にこのタンメンがあったりなかったりする。
 ヘンな言い方だがそこにぼくはひとつの尺度をもつ。おしなべてタンメンが感動的においしい店はあまりない。「メニューがこれだけでは寂しいからタンメンでもいれておくかね。おかあさん」などというラーメン店夫婦の会話があってその店のラインナップに加わる、というたぶんに員数あわせのオザナリアイテムという気配も感じる。
 しくみとしてはたぶんこうだ。いろんな中心メニューを作ったものからすこしずつ余るものがでる。白菜、人参、モヤシ、椎茸、タケノコ、ネギなどといった残り野菜をどさっと入れて一番無難な塩味でなんとか味を調えとけばいいんでないかいおかあさん。そうだわね。野菜が豊富だしなんだか栄養豊富に思えるわね。
 マンガ家の東海林さだおさんは「タンメンは野菜の甲子園だ!」という名言をかたった。
 そのタンメンでは左に出るものはあっても右に出るものはない、というのが釧路の「仁」なのである――と今泉三太夫とぼくはかねがね力説していたのである。

タンメンの落ち着き

 あまりカンのよくないタクシーの運転手だったが、なんとか「仁」に到着。カウンターと小あがりの典型的な北国ラーメン店仕様。小上りにすわってタンメンを注文する。ここも注文してから出てくるまでが速攻である。
 今泉三太夫は自分の人生の中で食った麺の中でここのタンメンが一番うまい! と公言してはばからない。
 沈黙系タンメンである。麺やスープが人間の意識を吸収して集中させるのでダシがどうのとか製麺所がこうのといったそのテのゴタクが出ない。つまり落ちついて食える。おそらく作っている「仁」の誠実そうなおじさんも理屈なんぞなしにごくごく自然にこうしたらおいしいだろうと思うままに作っているのだろう。有名ラーメン店などが、マスコミの大げさなあおりたてを真に受けて行列を作る若者たちにゴタクを並べているあいだにこういう店が「うまいものはうまいっしょ!」という説得力をもって黙ってきっぱり勝負している。そういうふうな店だ。
 その夜は釧路の名店、炉端焼き発祥の店、その名も「炉ばた」へ行った。ホッケ、キンキ、シシャモ、銀ダラなどを肴にビールや酒を飲む。炉端やき七十年(もっとか?)という気配のおばあちゃんがいた。炭火にあぶられて七十年。文化勲章ものである。ぼくの隣にいた中年の夫婦が何を食べてもこころから「おいしいねえ!」「おいしいねえ!」と言ってはうなずきあっている。釧路版さくらと一郎のようで美しくはかなげで感動的であった。その横で杉原がジャガイモの上に乗ってきたイカの塩辛をしげしげと眺め「漬物界の麺」とは言えまいか、としきりに考えている。
 その帰りにまたもや釧路ラーメンの店「河むら」へ。クラシックな釧路ラーメンというだけの感想であまり記憶にない。たぶん酔っていたのだと思う。気温はマイナス十五度ぐらいだろうが路上でギターの弾き語りをしている若者がやたらに多い。これだけ最果ての街にくると人通りもなく冷たい夜風がころがるように通り抜けていく。
 翌日は八時に和商市場に行ってひとまわり。これからまだ食べる勝負があるというのにぼく以外の四人は「勝手丼」の誘惑に勝てず、マグロ、イクラ、エンガワ、ヒラメ、ホッキガイ、イカなど好きな具を勝手にドンブリに乗せたのを食っている。節操のない勝手な連中だが見るとなかなかうまそうであった。
 タクシーで北北海道最終試合「まるひら」に。なんとここは九時三十分の開店なのである。開店時間に間に合わせていくとすでにタクシーの運転手らしき人々が数人待っていた。聞けばこのようにタクシーの運転手さんが待っているのでこんなに早く店をあけるようになったという。
 明るくて愛想のいいおかみさんがてきぱきと注文をとり、ここも速攻でカウンターにドンとできたての「釧路ラーメン」が乗せられる。さっぱりとしてコクがある。腰のある麺はキレもある。コクがあるのにキレがある。あれ? 少し前のビールのCMにそんなのがあったなあ。何も足さない何もひかない。意味がわからない。でもうまい。堂々たる逸品である。北北海道大会は激戦だ。
(次回は沖縄すば珍道中)
# by shiina_rensai | 2007-06-12 17:20 | Comments(236)

第13回 北海道ジグザグ横断 南北海道大会篇
イカソーメン最後の戦い

 いよいよ北海道ブロックのタタカイとなった。北と南の二ブロックに分かれ、それぞれの代表二麺が全日本選手権大会に出場することになる。これは高校野球甲子園大会の出場ブロック分けと同じである。そしてまず今回は函館、小樽、札幌の南北海道ブロックである。
 いつもの審議団五人は早朝の飛行機で函館にむかった。北海道は例年になく雪が少なく暖冬気配ではあった。そうはいっても二月である。気温はマイナス二度。小雪がぱらついていた。
 まずは名物観光エリアである函館朝市に行った。平日だからなのか客よりも土産物屋の前でうろうろしている店員のほうが多い。歩いていくとどの店の人も「ナニナニはどうですか」などとみんな必ず声をかけてくる。
 そこで思ったのだが、今回は何時になくシリアスに「売り手側(店側)と買い手側(客側)」の感情や感覚の毀誉褒貶に触れるようなテーマに迫ってみたいと思う。とはいえあくまでも発作的なものだからどうせ中身はたいしたことはない。
 いきがかり上まず「売り手」と「客」の心理的な問題に留意しながら話をすすめていきたい。
 観光地における土産物屋のセールストークはだいたいにおいてわずらわしい。
 観光客は自分の興味のおもむくまま自由にそこらのものを見たいのだ。分からなかったり気になったりしたら店の人に聞けばいい。
 日本の多くの観光地の土産物屋はこの心理をわかっていない。まあ客が少なくて暇だということもあるのだろうが、多くの客はぼんやり静かにその土地の風物、風土を土産物などを通して個人的に感じてみたいと思っているのに、そこにうるさくまとわりつく。だから販売員が近寄ってくるとじわじわ去っていく人も多いのだ。この傾向はとくに北海道に多い、ということを今回発見した。
 本当は客をほうっておく時間が必要なのである。しかしその日の観光客の大半は台湾人らしく、簡単には言葉が通じないから売り子の迫りすぎによる弊害は少ないようであった。それにしても中国語の団体が多いな、と思ったら最近週三便の函館―ソウル経由台湾路線が開通したらしい。冬でも温かい台湾からの人々は北国の寒さも観光魅力のひとつらしく、全員フードつきのダウンを着てまん丸の台湾ダルマとなって嬉しそうだった。
 我々はまず杉原委員が調べてきたイカソーメンの店に行った。イカであってもソーメンと名乗るからには麺の甲子園としては捨ててはおけない。
 すでに博多などでイカソーメンのエントリーはあったが、居並ぶ本流麺の強豪にことごとくやられて早々に敗退している。しかし寛容な「麺の甲子園大会実行委員会」はなんとかイカソーメンをどこかのブロックで活躍させたい、という親ゴコロというものがあるのだった。そしてかねがねその本命は函館であろう、と目をつけていた。
「イカがあのなめらかな白い肌をピクピクさせて横たわっているところを見るとなんとかしてあげたい、とどうしても思うもんね」
 委員の楠瀬が市場のイカを見ながら言う。
「ヤリイカなんか肌がすきとおっていてまったく全身がはかなくて、もう何してもいいわよっていっているところがたまらないね」
 今泉三太夫が大きくうなずく。
「これまでイカソーメンはいずれも一回戦で敗れていたからここでなんとか男にしてやりたいね」
「アレ? イカさんて男だったの?」
「甲子園だからね」
「なんだ」
 全員いきなりがっくりして冷たくなる。
「なんだ」

色紙ラーメン

「すずや食堂」に入った。イカソーメン定食を一人前注文。イカさんは細長い皿に幅二ミリぐらいでまっすぐ切られ、たしかにソーメン状態で出てくる。その盛り方は今までのイカソーメンで一番美しいようだ。
 冷たい汁につけて生姜の薬味ですする。コリコリ感はないが甘くてねっとりしていかにもイカだ。いかにもイカと言われてもイカなんだから当然なんだかんなとイカは言っているかもしんない。でもこれにごはんと味噌汁がついただけで一○五○円という値段はいかがなものか。ちょっと高いんでないかい、とにわかに北海道弁になる。
 定食のごはんと味噌汁は手をつけずにおいた。杉原がタラバガニの足を単品注文し、細く切り裂いてカニソーメンにならないか研究していたがそれはちょっと無理なんじゃないかい。
 続いて同じ市場にある「味の一番」で函館ラーメンを注文。本日全員朝飯抜きで来ているからこれが遅い朝食になる。
 この店は有名人がいっぱいやってくるようで、よくあるように壁にサインの書かれた色紙がずらっと貼ってある。例によって破滅的にぐちゃぐちゃに崩したとうてい人間の書いた文字とは思えないようなのばっかりでオランウータンが書いたほうがもっとなんとかなりそうだ。
 なんという名が書いてあるか見当もつかないようなこの芸能人特有のグチャグチャ記号みたいなサインを見るたびいつも不思議な気持ちになる。
 この芸能人や有名人の色紙をところせましと貼る店のココロは「これだけこの店に有名人が来ているんだからおまーら有り難く思って食うように」と言っているのだろうが、そうはいってもここまでぐちゃぐちゃな文字で何が書いてあるかわからないのを見てもその説得力はあまりないのである。
 ときたまちゃんと読める字で書いてあるサインがあると好感をもつのだけれど、その名を見てもどんな人かわからないのでやっぱりあまりありがたみがなかったりする。たぶん地方テレビの朝市探訪のレポーターなんかなのだろう。
 全国の店を歩いて思うのはこのように芸能人の色紙をベタベタ貼ってある店はまあたいていB級である。そんなのを見ても客はべつに嬉しくないというのを店はどのくらい認識しているのだろうか。難解色紙を鑑賞しながらストーブにあたっているとあちあちのラーメンが登場した。
 函館ラーメンは塩味が主流であるという。ゲンコツと呼ばれる豚の骨を真っ二つに切ってそのむきだしになった骨髄から沸騰させないようにじっくり煮てダシをとっているという。全員空腹で臨むこの麺の甲子園第一試合有利説はゆるがず、このさっぱり具合は感動的である。半分近くずるずるっと食べてしまう。
 この店にもイカソーメンがあったので公平を期して注文した。味はさっきの店とあまり変わらずイカソーメン同士の優劣はつかない。同じ土地だから同じイカを使っているわけだろうからなあ。高校野球でいえばみんな「函館イカ中学校」略してイカ中出身の選手であるから当然といえば当然だ。

叫ぶラーメン

 続いて五稜郭そばの「あじさい」へ行く。ここは有名店である。開店の十一時前に着いてしまったので店の前に座って待つことしばし。ほかにも待っている人がいる。十一時ぴったりに店の人が「準備中」のカードを外しにきた。このへんまことに時間にきちんとした日本ならではの対応で感動的。
 店はモダンできれいなしつらえ。その日一番乗りの我々に店中の従業員が「いらっしゃいませええええええええ」などと口々に叫ぶ。従業員は厨房と店内まぜて十人ぐらいいていかにも繁盛店だ。しかしこの全員が思い切り大声で叫ぶので騒然とした状態になる。なにかタダゴトではないというかんじ。
 必要以上に叫びまくる店は日本にいっぱいあるけれど、あれにどんな効果があるのだろうか。叫ぶ「いらっしゃいませえええ」には本当の「いらっしゃいませ」の心や気持ちを感じられないからぼくは嫌いである。単なる記号としての大声。毎度毎度の叫び声だから言葉の意味をこえて気合のようになっているからなおさらである。
 外国にこの叫び系の店はまずないから日本独特のものだろう。ガソリンスタンドなどもよく叫ぶが、冬などは野外の仕事で寒いのでそれで調子をとっているようなところがあり、まだわかるが、飲食店での「叫び」は単純に無神経である。とくに叫ぶ寿司屋には行かないほうがいい。そのぶん【唾/つば】が飛びまくっているからだ。
 二番手三番手の客にも「いらっしゃいませえええ」の叫び声がひびくなかで函館塩ラーメンを注文。店内にはジャズのBGMが流れ、天井からぶらさがった大きな液晶テレビには店のプロモーションビデオが流れる。田舎で都会ふうを気取るとこういうふうになるのだろう。
 ニューヨークやサンフランシスコのカン違いラーメン店はテレビを二、三台天井からぶらさげてガンガン大きな音をたてているところが多い。辟易するがアメリカ人は日本のラーメン屋というととにかくテレビを大きな音で流しているもの――という錯覚があるらしいのだ。
 さてこの「あじさい」の塩ラーメンの味はよかったがいささかしょっぱいのが残念だ。すまん。本音の探訪シリーズなので思ったとおりを書いている。どうしてもあの無意味な叫び声がひっかかるから我々のようなひねくれた客にはこの店は不利だ。
 横浜のいわゆる「家系」ラーメン屋の多くもこのようにして叫ぶ。叫び声の「いらっしゃいませえええ」や「ありがとうございますうううう」が個人の本音ではなく、経営者の方針で言わされているのだということを客は直観的に知る。
 客はバカではないから従業員全員が「いらっしゃいませえええ」と叫んでいても「実」は感じないのである。誰も叫ばないでいいから入り口にいる誰かが客の顔や目を見て静かに自分の声で「いらっしゃいませ」と笑顔で言えばいいのである。そのほうが客は実を知る。厨房の料理人はくだらない叫ぶ義務から逃れていま作っている料理に励むべきである。そのほうが客は納得する。唾も飛ばないし。
 嘘だと思ったら一度実験してみたらどうだろうか。この店は従業員が全員で叫ばないからもう来るのをやめる、という客がいるかどうか。

麺のさすらい巡礼団

 函館から小さなプロペラ機で札幌の丘珠空港へ飛んで列車に乗り換え、小樽にむかった。小樽はやはり雪。いや吹雪といってよい。函館よりもぐんと気温は下がったようである。駅からつるんこつるんこ滑りながら十五分ほど凍てつく小樽の路地を行く。
 フードをかぶり一列になってひたすら歩く我々の最後尾をいく今泉三太夫が「雪こごえ北路あゆんで麺の巡礼」などと詠む。
「われはずる めんずるずるの ずるりずらずら」などと楠瀬が鼻水すすりながらわけのわからない返歌をよこす。
「わけてぞいりくむなにもここまで」
 重いカメラ機材を背負った佐藤がため息まじりにつぶやく。
「うどんだもの まこと」
 とぼくはひとこと静かに応える。
 杉原審議官がノミネートしたのはここの「豪雪うどん」であった。しかしさがしあてたその店は五、六人はいれるかどうかという小さな店で店主のお姉さんはカウンターに突っ伏して居眠りをしていた。休み時間になっていてあと二時間待たねば開かないという。
 杉原が「わしらはのう。ここまで豪雪うどんを食いに飛行機と列車に乗ってはるばる来たんもんやさかいちりもりぐって食べさせてくれへんとハアどえりゃあこまるけんでごわすべしばいとってんゴッホ」などとドイツ語まじりの各地デタラメ方言で哀願した。
 さいわい気持ちのわかるお姉さんで、作りますよと言ってくれた。
 温かい「田舎うどん」に冷たい「ささめうどん」。この店の麺は羊蹄山の麓、倶知安(くつちやん)でつくられたジャガイモ麺である。九十五パーセントがジャガイモで、つなぎに小麦粉がつかってあるという。
 まつことしばし。やがてカウンターにあらわれたそれは柔らかいなかにも腰のある個性豊かなしろものであった。一口食べて思い出したのは盛岡冷麺。歯ごたえがよくその強いコシのわりにはきっぱり咀嚼できるのがまたいい。思わぬ収穫である。雪道をこけつまろびつやってきた甲斐があったというものだ。なにしろこのうどんのためだけに小樽に来たのである。
「なかなかやるではありませんか。とってんゴッホ」
 杉原がまたドイツ語なまりで感想を述べる。酒を飲んだあとなど癖になりそうなどさんこご当地麺であった。
 駅にもどってすぐさま札幌へ。麺の巡礼団は忙しい。

味噌の貫禄

 札幌のホテルにいったん荷物をおいて「彩未」というラーメン屋らしからぬ名の店にむかった。もともと札幌のラーメン屋の屋号は伝統的な中華系的店名をはずしたものが多い。
 札幌ラーメンといったら味噌味であり、ススキノあたりにいくとゴマンと「うまい味噌ラーメン」の店がある。小樽の先の余市にぼくのカクレ家があるので札幌は日本で一番来ている地方都市であるからそういう店をいろいろ知っている。
「五丈原」「山桜桃(ゆすら)」「味の時計台」「らーめんてつや」「らーめん山頭火」、人気有名店はどこもみんな同じようにうまい。
 冬のシバレル時季に熱くて濃厚な味噌ラーメンを食べたらよほどとんでもなく下手くそな店でないかぎりこれはみんなうまい。
 しかもラーメンのうまさなどというのは超個人的な尺度で決まるから、こういう時の選択は難しい。強いていえば、この「麺の甲子園」は特定の店を云々するのではなく、札幌全体の「味噌ラーメン」で考えればいいのだろう。だからこそ、どこに入ってもそこそこうまい。多少うまさの差はあったとしても、それはあるかなきかの差なのだ。ましてや味噌味にそんな繊細な差などあり得ない。したがってススキノのラーメン横丁で行列のできる店とそうでない店ができるのがぼくにはよくわからない。たぶん情報誌などの露出の差によるのだろう。
 しかし凝り性の杉原は独自の情報網を駆使してその日は観光客ではなく地元の人で混み合うという店をわざわざ選んだようであった。
 出てきた「彩未」の味噌ラーメンは生姜の味が効いて当然のようにうまかった。強烈味の味噌はラーメンのかんすいの匂いや味を消し、うまみを引き立てる。その逆を言えば味噌ラーメンはラーメンの味の中ではもっとも下品ともいえるのだ。
 この店の従業員は厨房にわかい男が二人、店にわかい女が二人。マニュアルで動くチェーン店みたいだ。
 おいしいけれど、そういうバックボーンがつまらないといえばつまらない。ススキノの乱戦地帯にいくといかにも味噌やけしたようなラーメン親父がでんと構えている店が沢山ある。それらの多くには観光客がありがたがって列をつくったりするから対応にどこかカン違いがあってエラソーだったり蘊蓄がハナモチならなかったりする。それがまた面白い。がさつな味噌ラーメンはこの道何年というような枯れた名人が似合わない構造になっているのだ。
味噌もカレーも一緒
 雪の少ない札幌はもうじき開催される「雪まつり」に雪がないので定山渓から雪を何十トンも持ってきてそれが巨大なコンテナ車の重なりのようになって置いてある。
「雪まつりといっても見にくるのは観光客で地元の人はいかないもんね」タクシーの運転手が言う。
 麺の巡礼団は次にジンギスカン専門店に行った。ジンギスカン鍋がモンゴル料理と聞いて、モンゴルに初めていったとき、本場のジンギスカンが食えるのかと思ったが、そんなものはどこにもなかった。
 以来何度もモンゴルに行くうちにわかったがモンゴルにはジンギスカンなどという食い物は存在しない。なぜならモンゴル人は肉を焼いて食うということは絶対しないからだ。いまでこそ韓国資本がヤキニク店をつくって牛肉など焼いているが、遊牧民は今でも肉は焼かない。何故なら牧畜業のかれらは動物を大事にする。それを食べるときは血も脂も大切な栄養源として食べる。肉を火で焼くと脂が垂れて燃えてしまう。そんなもったいない料理はしない、という考えだ。
 したがってジンギスカンは「日本人だけが食っているモンゴル料理」というわけのわからないものなのである。
「十鉄」という店に入った。サッポロクラシックの生ビールがうまい。生ラム肉、塩ホルモンなどをばしばし食って、目的のジンギスカンのつけだれで食うラーメンを注文した。期待が大きかったが小さな鍋でインスタントラーメンっぽいのを煮て食うというどうしようもないシロモノでこれにはまいった。見るからにまずそうで食ったらやっぱり圧倒的にまずい。
「基本的に無理がある。甘いジンギスカンのタレにラーメンが合うわけがないではないか」
 楠瀬が怒ったようにいう。
「札幌冬季オリンピックふうにいうと、ジャンプは成功したけれど着地に失敗というところですかな」
 気持ちをあらたに、巡礼団は近頃札幌に大流行りという「スープカリーラーメン」の店「我流(がる)る!」に突入した。カレーラーメンは苫小牧、室蘭に昔からあった。室蘭で一番、という店で食べたことがあるが想像したとおりの味で地元の人は「どうだまいったか」という顔をしていたがくどさのほうが勝っていて全然まいらなかった。
 それが札幌まで進出してきてカレースープが主役になり、味がマイルド、とろみがついてカレーラーメンではなくスープカレーラーメンとしてブレイクしつつあるという。いま札幌には一六○店もスープカレーの店があるというけれど本当だろうか。
「我流る!」には辛さのランクがあり、辛いもの好きの今泉が「究極」(の辛さ)というのを注文した。ほかの者は中辛。相撲取りのように太った店のおにいちゃんが汗だらけになって作ってくれる。こわもて顔のわりには心やさしいようでなんだか困ったような顔で作っている。愛想は悪いが変に大げさに歓待のふりをするよりはこういうあんちゃんのいる店のほうが安心できる。
 スープカレーラーメンは味噌ラーメンと似ている。カレーと味噌とでは味は違うがこの北国の勝負手は単純に「濃い味」なのである。カレーラーメンは流行るかも知れないが、しょせんキワモノ、B級ローカル麺だろう。麺とカレーという組み合わせは「うどん」で究極にいたり、ラーメンの質感になじまない。(次回・北北海道篇へ続く)
# by shiina_rensai | 2007-04-13 16:08 | Comments(109)

新潟・北関東 爆走篇

天龍休場

 新潟駅の新幹線ホームにある上下エスカレーターだけの昇降システムは、大勢の客が電車から降りると短時間でそれをさばききれずホームに大変な人だかりと渋滞をきたす、ということが今回の取材でわかった。
 んなこと麺の甲子園に関係ねえじゃないか、と思うだろうが関係なければ書かないじゃねえか。などとのっけからけんか腰になっていてもしょうがないのだった。
 今回の取材陣は四人。カメラマンは久しぶりに佐藤が復帰した。よろず世話役に杉原。最終処理班(残さず全部食うということ)に今泉三太夫という豪華最少催行“精鋭”陣である。
「新潟といったらまずはへぎそばですな」
 一同うなずきつつ古町の大和デパートの中にある『小嶋屋』に急いだ。そういえばデパートの食堂に行かなくなって何十年になるだろうか。その日めざした店は総合的な大食堂とは違う、お好み食堂という分類にはいる一店。いましがた開店したばかりのようであった。こっちは全員朝めし抜きだから殺気だっている。
「あのあのおそばね。四人ね。へぎそばね。あの四人ね。あの、すぐにね。四人!」
 おれたち全員指を四本たてた手を振り回し、店のおばさんに叫ぶ。
 へぎそばの「へぎ」とはそばを乗せる四角いウツワの木の枠のことをいうそうだ。大きな盆のようなこのウツワにへぎそばが誇りにみちてきっぱり整列してテーブルにはこばれてくる姿には素朴な感動がある。
 もし仮に本当に甲子園のようにして全国各ブロック戦を勝ち抜いてきたつわもの優勝麺が、どこかのスタジアムで一堂に会し、全国選手権をトーナメント戦でタタカウ、というようなことになったら、このへぎそばが入場してくるところを新潟県人は涙なくして見ることはできまい。
 もちろん盛大にあっちあっちちと湯気をふきあげ、八丁味噌の濃厚な匂いと笑顔を振りまきながら行進してくる「味噌煮込みうどん」の雄姿を名古屋の人々は滂沱【ぼうだ】の涙で迎えるだろうし、前回優勝の強豪「讃岐うどん」がイカ天君ゲソ天君のささえ持つ真紅の優勝旗に先導されて、ずんがずんがと力強く入場してくるときは、テレビを見ている高松市民全員が立ち上がって足を踏みならすに違いない。
 しかし今はまだ新潟地区大会の「へぎそば」についてであった。へぎそばは麺にフノリがまぜてあるので独特のぬめり感と歯切れのよさがあって、そばだけでもしみじみうまい。しかし食べおえたあとの蕎麦湯をのんで余韻にひたっている間もなく、我々は中華部門の強豪「天龍」にむかった。
 新潟にくるとぼくはたいてい「ホテルイタリア軒」に泊まる。
 ここの朝飯はホテルとしては日本一うまいと思うからだ。そのイタリア軒の斜め前に「天龍」があり、午前二時までやっている。
 このあたりは飲み屋街なので酔ってここで食べる小魚ダシの日本海ラーメンはたまらない。かねがねラーメン界ではベスト八に入るのではないかと思ってやってきたのだがシャッターが閉まっている。おお、なんてこった。

イタリア問題

「仕方ないすなあ。では順序を変えて新潟でブレイクしている有名な『イタリアン』にいきましょうか」
 杉原がメモを見ながらいう。
「え、何それ。スパゲティ?」
「いや、強いていえばよくわからないものです。でも新潟では超人気なので」
 大きなバスターミナルである万代シテイの二階にある「みかづき」に行った。チェーン店のようである。店がまえやその雰囲気からなんとなく名古屋の大衆チェーン店「寿がきや」を連想する。寿がきやの名物は廉価のマヨネーズ付き冷し中華である。
 店内は老若男女でまんべんなく混んでいる。イタリアン三一○円とホワイト四一○円を買って四人でしゃがんで犬のように食べる。箸が複雑に交差してもっとも力強い食い方で、こうして食えばたいていのものはうまくなってしまうのだが、どうもこのイタリアンは全国のうまい麺を食い続けている我々にはあまりにも面妖なるシロモノで評価不能。強いて言えば「イタリアン」はヤキソバにトマトソースをかけたような食感で、まつりの屋台の子供相手の食い物に近い。
 新潟の人々がこのようなものに群がっているのを知っていささかたじろぎ、腰がひける思いであった。
 そういえばさっき閉っていた「天龍」の近くにある「ホテルイタリア軒」といい、この謎の「イタリアン」といい、新潟はどうもイタリアが好きなようである。
 何年か前に出た『新潟はイタリアだ』(柳生直子=ネスコ、文藝春秋)のことをいきなり思い出した。
 柳生さんはCNNや旅、食べ物のレポーターをやっていて何度か会ったことがある。その彼女が突如として「新潟はイタリアだ」というタイトルの本を出したので「そうでしたか」とも「そうかなあ」とも言えずとにかく読んでみると、なるほど新潟の食材や味の文化はイタリアとよく似ている。たとえばイカについての傾倒度合いは日本とイタリアは世界一である。イタリア人の胃袋を満たす地中海は新潟における日本海という説。なによりも新潟県の形は日本地図からそのままひっぱりだすと、イタリア国の長靴の形にそっくりなのだ。
 そこまでおっしゃるのなら「新潟はイタリアだ」ということでいいかも知れないが、しかしそうなると他の県も黙ってはいないのではないか、という不安がある。「茨城はドイツだ」とか「兵庫県はイングランドだ」などということになり、やがて「鳥取県はボスニア・ヘルツェゴビナだ」などと、他県がいいがかりをつけてきたりする可能性もある。なにを言っている。それなら「佐賀県はボルネオだ」などと互いに攻撃的になって収拾がつかなくなり県県戦争がおきたりするとまずい。

熱い行列

 その万代シテイバスターミナルの一階に長蛇の列があって先頭はと見ると「立喰いコーナー」である。行列は百人以上、すでに食っている人が五十人はいる。圧倒的にスーツ姿の人が多くどうやら近所のサラリーマンらしい。ただごとではない風景なのだ。
 すぐに並んでイカ天そば四○○円、カレーうどん四○○円を買ってきて四人でまた激しく箸を交差させて食うと、いやはやうまいのなんの。
 見回すとカレーライスの大盛りに麺を添えて食っている人がけっこういて、いかにも満足そうだ。安い、早い、うまい。
 なにしろこんなに大勢の人がむらがっている風景を見るのは久しぶりだ。フト数年前に行ったベトナムの人気麺フォー(汁ビーフン)の店の熱気にみちた行列を思い出してしまった。
「新潟はベトナムかもしれない」のだ。
 麺の甲子園に立ち食いの強豪がいきなりエントリーしてきた――というわけである。かけ二九○円。きつね三二○円。牛丼卵つき五○○円となんでも安い。
 そのあたりで「天龍」は夕方六時開店ということを知った。しかし我々はあと一時間ぐらいで新潟を去らなければならないのだ。杉原の聞き込みでもうひとつ別の「天龍」があることをドタンバでつきとめた。
 すぐに急行。東堀通のこちらはむかし「天龍」で修業した人がやっているという。ヒト呼んで「昼の天龍」。店のおばさんにそれらのことをいくつか聞いたのだがいやはや愛想が悪いのなんの。おじさんのほうは笑顔があるのだけれど。
 小魚だしのこの店のラーメンはまさしく天龍系でたいへんおいしい。これは十分全国区クラスである。そのあと勢いにのって【老舗/しにせ】ラーメン店のひとつ「三吉屋」で薄味のむかしふう縮れラーメンを軽くひっかけて駅にむかった。しかしこのもう一店がいけなかった。新幹線の発車時間が迫っていたのだ。
 タクシーの運転手が着けてくれたところは長い昇り階段と長い通路、さらにホームにいたる長い昇り階段がある。ここを一分で走らなければならなかった。しかしこのルートの昇り階段には一切エスカレーターというものはない。ホームの下りのエスカレーターはいらないから昇りのエスカレーターをつくれ。なんという人民虐待。新潟はカンボジアだ。新潟はポル・ポトだ。

一杯のラーメン

 怒りながら高崎駅へ。
 ここで杉原が調査メモを引っ張りだし「たしかここの駅構内にある店が……」と言いながら我々を連れていってくれたのは「たかべん新幹線構内店」であった。名物高崎だるま弁当を作っている「たかべん」という会社が駅のホームなどで出しているラーメンがなかなかうまいらしい。
 理由は弁当の材料からでる鳥ガラや豚骨などをスープのだしに使っているからではないか、とこれは我々の推測。我々はすでに全員満腹状態であり、しかもこれから群馬県シリーズを目前にしているから四人でラーメンをひとつ注文した。
 ほかに誰も客はいなかった。いい歳をした男四人が一杯のラーメンを交代ですすり、交代でズルズルやっているのを店のおじさんがときおり見ている。いまどきめずらしい慎ましくも貧しい客だなあ、と思っているのかもしれない。
 そういえばむかし「一杯のかけそば」というのがあったなあ。「一杯のラーメン」はなるほどコクがあってうまかった。駅構内のラーメンなどたいていおざなりのものという先入観があるが、ここは違っていた。
 感動しつつレンタカーを借りて、一路水沢へ向った。伊香保温泉街に入る途中でなぜかラブホテル多発地帯となった。なんだなんだ。
 そこを通りすぎると水沢うどん店の多発地帯にかわる。群馬県は小麦の生産量が全国第二位であり、そういう背景があってか各地でご当地うどんが作られている。水沢、館林、桐生を「上州うどん三王国」と呼んだりしているそうだ。
 しかし目下我々のまわりは水沢うどんだらけである。広い駐車場を持った大きな店ばかりで、どこに入っていいかわからない。迷っていてもしょうがないのでそのうちの一軒に入った。
 午後の曖昧な時間だったからか客はおらずテレビの音が異常に大きい。
 ここで、最近の飲食店大バカかんちがい三例というのを書いておきたい。
 ①叫び系。(客が入ると全員で、イラシャマセーと叫ぶ。注文受けた品を叫んで暗唱。持ってきた料理を復唱して叫ぶ。ツバが食い物に激しく飛び散る。帰る客にありがとゴゼマシターアーと叫ぶ。とにかく叫ぶ。叫ぶ意味がまったくないけど叫ぶ)
 ②ポイント系。世の中オールマイレージ現象となってなんでもポイントを導入する。例=ギョーザを頼むと二ポイント。三十ポイントたまるとギョーザ追加ひとつ。すると新規に二ポイント発生。ウルセーのだ! だったらそのぶん安くしたらどうなんだ。
 ③テレビガンガン系。アメリカのわかっているようでわかっていないラーメン系日本料理店はテレビを三箇所ぐらいに置いていずれもガンガン大きな音にしている。日本の食堂はそういうものだと信じているらしい。つまり、いま現在そういうことをしている日本の店があまりにも多すぎる、ということである。
 頼んで音量を低くしてもらった。
 間もなく出てきた「水沢うどん」はまあ予測できるうまさ。予想どおり「水沢うどん」は「日本三大うどんのひとつ」と書かれている。
 あとの二つは「さぬきうどん」に「いなにわうどん」。
 この三大うどんの表記も定番で「さぬき」と「いなにわ」はだいたい全国同一のつまり当選圏内。もうひとつがご当地ものでいろいろかわる。富山だったら「氷見うどん」。山梨だったら「吉田うどん」。このバリエーションはいっぱいある。
 選挙時の自民党なんかのポスターによく時の首相とその地域の候補者が並んで写っている写真があるけれどまああれと同じような構図でしょうなあ。
 そのまま下仁田に乱入し、大正元年に建てられたという「常盤館」に投宿した。
 なるほど古い旅館で、歩くと廊下がぎしぎし鳴る。観光地でもないこの土地のこの時期、ほかに客は誰もいないかと思ったらけっこういっぱいいる。聞けば工事関係者が長期滞在しているという。
 ほどなくめしの時間になり、膳の用意されている部屋に行った。ここに泊まったのは下仁田名物、シラタキ、糸コンニャクの奥義に触れるため。ここは同時に下仁田葱で有名である。さらに上州牛がいて「もうもう」などと鳴いているからこれはもう「すき焼き」方面にいかないとどうしようもない、ということになっていったのである。
 ここでひとつ改めて書いておきたいのだが、かねがね私は、じゃなかった。さりとてぼくは、でもないか。おれは、というのはどうも偉そうだからなあ。
 この場合はおれっち、でいいか。
 あのね。おれっちはよう、昔からシラタキが大好きでよう。この「麺の甲子園」を始めた動機も、たぐい稀なる麺好きということもあったが、麺とよく似ているわりにはあまり表舞台に立ったことのないシラタキをかねがね不憫に思っていたからなのである。姿やその立ち居ふるまいは麺そのものなのに、一度として主役になったことのないシラタキをなんとかこのあたりで男にしてやりたい、という気持ちが強くあった。
 とはいえ、シラタキが男なのか女なのか、ということはいまひとつ明確ではないので「シラタキを男にしたい」などというと「うちの娘を男にしてどうするつもり!」などと糸コンニャクあたりが【噛/か】みついてくるかもしれない。
 そうだ。実はおれっちはこの糸コンニャクも憎からず思っていたのである。シラタキが妹なら糸コンニャクは姉。妹もいいが姉もしっかりしていていい。シラタキよりも太いぶん噛みごたえがたまらない。いっそのことシラタキも糸コンニャクも一緒にからめてくみしだき……! などと一人で錯乱していると障子のむこうから声がかかり、娘が鉄鍋を持ってやってきた。風呂に入っていた麺食い団の一同もやってくる。スキヤキのはじまりだ。テーブルにはシラタキの三色サラダが出ている。赤、白、緑はそれぞれパプリカ、石灰、海草で色がつけられている。三色姉さんだ。
 たちまちスキヤキが作られる。下仁田葱と肉と一緒に熱くなって飴色に染まったシラタキが美しくそしておいしい。溶いた生卵にからめたシラタキほどうまいものはない。おお至福の時間である。落語の『二番煎じ』に番小屋でししなべ(スキヤキ)を食う場面がある。葱がうまい葱がうまいと言って摘む人の箸は実は葱に隠して肉ばかり挟んでいるという笑える描写であるが、おれっちは本当に肉よりもシラタキのほうが好きである。
 宿のお姉さんからシラタキも糸コンニャクもつまりはコンニャクで、コンニャクはそれを作るのに三年かかる、という話を聞く。おおこれらは三年熟成ものであったのか。

コンニャク姉妹、出生の秘密

 翌日、この近所にあるコンニャク製造直販の店「やまふぐ本舗」に行って店主の佐々木さんにコンニャクづくりの詳しい話を聞いた。シラタキと糸コンニャクの区別がいまひとつ分からず、ながいこと謎だったのだが佐々木さんの説明でよくわかった。
 シラタキはコンニャクを作る過程でできる。【茹/ゆ】でて固める前に機械にかけて細い穴から湯の中に抽出して固めたものがシラタキ。出来上がったコンニャクを細く切ったものが糸コンニャクという。つまり妹かと思ったシラタキは糸コンニャクよりも早く生まれており、こっちのほうがお姉さんなのであった。失礼しました。
 そこからどんどん飛ばして「川野屋本店」にいき、桐生うどんを食った。ひもかわである。うどんとひもかわは内容的には同じ。麺にする過程で丸くするか平たくするかの差ぐらいらしいが、この「丸」と「平ら」は口あたりや歯ごたえでかなり風合いが違ってくる。
 どうしても平ら麺の代表となると名古屋の「きしめん」を思い浮かべるが、山梨の「ほうとう」の厚くてぶっといのを思えば親分はこの山梨のほうとうだろう。大分の「やせうま」はキナコで食うという変わり者だけれどこれも平ら麺一族であった。
 この店ではカレーうどんを注文した。
 東海林さだおさんはそのエッセイで、名古屋のカレーきしめんを食べるときの問題点をあげている。平ら麺はすするときに口もとでどうしてもぶるぶるるるっと振動するので、カレーだとシャツの胸元にカレーの飛沫がとびまわって大変なことになる、とこの「ぶるとび問題」を忠告しているのだ。平ら麺一族が全国を制覇できない原因のひとつかもしれない。
 続いて佐野市に突入し「野村屋支店」でここらの名物「耳うどん」七四○円と「大根そば」六三○円を注文。耳うどんは本当に耳の形をしており耳好きのひとにはたまらないだろうが耳嫌いの人はおののくだろう。耳好きのひとってどんな人だ。
 味と感触はむかしの「すいとん」に近い。うどんのルーツは混沌、という説でいうとこの耳うどんは先祖により近いような気もするが、調べてみると佐野市仙波町にむかしからつたわる正月料理で、耳を食べてしまえば悪口は聞こえない、という由来。長さは七センチに満たないので「麺の甲子園」の出場資格はない。
 そのかわり「大根そば」はよくある「オロシそば」ではなく、そばの上に細く切った大根が乗せられていてこのあまりのストレート技にやや驚いた。かねがね刺し身のツマとして出てくる緑の海草や極細大根に親近感と好意を抱いていたが、こんなところで準麺状態で出てくるとは思わなかった。味、食感は予測したとおり。
 今回の最後の試合は青竹打ちの「佐野ラーメン」を求めて「叶屋」に。やや細めの平たい縮れ麺でさっぱり味。
 南九州の濃厚トンコツラーメンを食っている人がこれに出会ったらなんというかなあ、などと思いながら思わずギョーザを注文してしまった。もうわたし上品な薄味ではカラダが反応しなくなってしまったみたいなの。
 とはいえこの期に及んでギョーザとは、読者は驚くかもしれないが、こうして立て続けにいろんな店に入ってきてもそれぞれ少しずつしか食べていないので、実はあまり抑制しているとけっこう空腹で終わってしまい、最後にきっぱり勝負しておかないといけないハメになるのだ。
                                        (次回は四国独立リーグ篇) 
# by shiina_rensai | 2007-03-23 14:54 | Comments(938)

第10回 広島vs博多 豚骨氏死闘篇
断層を食う

 まだ空白地帯になっている広島、博多の二大エリアを重点的に攻めることになった。両地区ともいかにも底力がありそうだ。
 早朝の新幹線に乗った。現代のこういう取材仕事は担当者と事前に電話で打ち合わせをする、ということもなく、今回どんな店に行くかということも知らないことが多い。まあやることはどこかの店に行って麺を食う、ということなのだからそれで問題ない。とにかく指定された座席に座っていればいいのだ。連夜の寝不足で疲れており、広島までの移動時間に寝だめするつもりだった。
 すぐに寝入ってしまったようだった。ここちのいい眠りである。さてどのへんまで来たのだろう、とあたりを見回すとまだ見慣れた東京駅だった。ほんの数分のウタタ寝とはちがうなにがしかの「睡眠したな感」というものがある。腕時計を見るともう一時間以上たっている。
「ん?」
 何がどうした、と思っているとカメラマンの青木青年が走ってきた。
「事故で新幹線はしばらく動きません。ぼくのあとに付いてきてください」
 とっとこ走って八重洲口からタクシーに飛び乗る。なんだなんだ。なにがどうした。行き先は空港だという。欧米の巻き込まれ型ミステリーなんかだと空港に着くと貫禄のある初老のスーツ姿の紳士がいきなりファイルのようなものをよこしたり前を歩く謎のグラマー美女などがふいに振り向いたりするのだが、とくにそういうこともなく、荷物検査の無表情のおねえちゃんが空身のぼくに「ペットボトルを持っていないか」などと聞く。みればわかるじゃろが。
 そうだ。これからいくところは広島じゃけえ。へたなことをいったらゆるさんけんね。たちまちけんね化し、意味なくまなじりつりあげて空中移動一時間。
 広島からはシャトルバス。一時間後、新幹線広島駅前に着くと我々を陰であやつっていた杉原がホームレスの変装をして待っていた。いやよく見るとべつに変装しているわけではなかったな。タランとした半袖シャツ。ズボンのポケットからはみ出たスポーツ新聞。故意か偶然か求人案内のところが外に出ている。
 広島といったらお好み焼きである。最初に攻めようとした「みっちゃん総本店」は中休み。それでも現地の事情に詳しい杉原は臆することなくすぐそばの「お好み村」と「お好み共和国ひろしま村」に横移動。
「このあたりよりどりみどりじゃけえ」
 杉原の言葉もちょっとおかしくなっている。
 われわれは意味なく肩などゆすりながらまずは「ひろしま村」へ。ひとまわりして隣の「お好み村」へ。どちらもビルの中にお好み焼き屋がぎっしり入っている。横浜のラーメン博物館のようなもののお好み焼き屋版だ。それにしても日本人の食文化で共通しているのはこの店側と客側の「群れる構造」だ。今はあいまいな時間だから客はまばらだが、繁忙時は行列ができるらしい。ざっと三十店ぐらい同じものを食わせる店が集まっているのに行列なんてちょっと想像できないがでも本当なんだからすごい。
 味がいいという「八昌」へ。愛想のわるいタイプといいタイプのお姉さん二人。愛想の悪いおばさんと親父さんがいる。愛想の含有率が二五パーセントだ。
 一年近くこの一連の取材をしてわかってきたのは繁盛店には「愛想のいい店」と「愛想の悪い店」のはっきりふたつのタイプがあるということだ。
 愛想の悪い店は、別になんの戦略策略もなしに思ったままやってきたら、いつの間にか人気の店になってしまって行列なんかでき、マスコミの取材なんかも増えてきて「人気店」ということになってしまった。フーン、どうしたらいいんだべ、という呆然タイプ。理屈やポリシーがないから憮然としているしかないのだろう。もうひとつは親父が単なる偏屈というやつ。
 人気店にならない店の愛想の悪い親父は終始意味なく憮然としているだけのことだ。まあでもどっちにしても飲食店の親父は不機嫌なほうがいい。
 はじめて本格的な広島お好み焼きを作るところを見たがまず大量のキャベツ投入に驚いた。続いて肉とタマゴがどさっ。大量の中華麺がどさっ。いいにおいと煙と湯気が漂う。お好み焼き屋がぎっしり集まるとこうしてみんなして発生させる匂いと湯気とわずかな煙と喧騒の充満でここに足を踏み入れた者はお好み焼きを食わなければ帰さんけんね、というわけだ。
 食べる道具がカナモノのコテひとつというのも初の体験だった。これで四~五センチぐらいの厚さになったお好み焼きを垂直に切ると切断面があらわれる。関東ローム層を思わせるみごとな断層だ。すっぱり切れて丸い麺が集団で顔を揃えているのを見るのは初めてのことだ。普段そのようなことをされたことがないので麺たちがみんな同じ驚いた顔をしている。
 慣れていないものにはコテひとつで食べるというのがやや難しいが、コテで縦に切ったものでないとこの断層多重味を知ることができないのだな、とわかってくる。
 見ると皿にのせて箸で食べる、というオプションもあるのだが、箸だと全体が崩壊し、折角の地層も破壊され、ぐちゃぐちゃの土砂崩れあとのようになってしまうのでコテが正解、とわかる。このあたりアメリカンクラブハウスサンドイッチやマクドナルドのスーパーサイズ多層階ハンバーガーの思想と通底しているようだ。ただし関東モノにはあの甘いソースはどうもつらい。全体に揺るぎないローカルの重鎮という感じで、日本にしかあり得ない底力。名古屋の味噌煮込みうどんの貫禄に似たものを感じる。

そろそろ決勝の準備

 続いて広島ラーメンの「すずめ」へ。杉原のリサーチで知ったが、広島のラーメン屋は小鳥系といって「つばめ」とか「うぐいす」など小鳥の店名が多いという。可愛いではないか。のれん分けらしい。
「すずめ」は市の中心からはずれたところにひっそりとあった。しかし店内は沢山の客である。典型的な流行り店。多くの固定ファンがついているようだ。メニューはラーメン(大盛りなし)とビールだけなのだがなぜか食券が必要である。それはテーブルの上に置いておくだけでいい。
 醤油豚骨系のラーメンだが、店員のデカ声もなく麺もスープも十分安定しハッタリがなくて静かにうまい。ラーメン系だけの勝負だったらかなりの業師であり上位を狙える強豪といっていいだろう。唐突に昭和六三年優勝の広島商業を思いだす。
 この「麺の甲子園」もじわじわ回を進めており、どこかの認可や推薦や後援もないかわりに期待や関心や興味や話題にもほど遠く、ただもう無意味に全国の麺で真にうまいところを捜し求めてはや三○○○里。そろそろ甲子園としての最後の決勝トーナメントをどのようにやっていくか、という問題が大会役員の中でときおり話題になっている。
 すでに地区別トーナメントはかなりの数を開催しており、ブロックの優勝麺が揃いつつある。決勝トーナメントの組み合わせは高校野球のように「くじびき」になるだろうが、しかし例えばそれによって東北太平洋側ブロックで優勝した「高遠そば」と西九州ブロックで優勝した「皿うどん」が戦うときに何をもってどう優劣の判定をするか、というしごく真面目な討議もなされるようになった。世間の誰も注目や期待もしていないなかでのこうした討議の心許なさにもめげず、議論はきちんと深められているのである。
 一番分かりやすいのは、格闘技がヘヴィ級とかライト級などとウエイトでクラスをわけてそれぞれのチャンピオンを決めているように、ラーメン級は全国のラーメンだけで勝負。うどん級はうどんだけ、という方法である。そして最後に「無差別級」トーナメントというわけだ。しかしこれだとヤキソバ級は選手層が薄いのであまり権威がないようだし、そうめん級なども地味に終わりそうだ。
 その一方で、地方ブロック大会で早期敗退していった「とろろコンブ」とか「トコロテン」とか「もずく」などには「その他級」で優勝、という活路をひらいてやることができる。差別をなくして陽のあたらないところにいる麺予備軍に愛と夢を。「もやし」がわらわら身をゆすって喜んでいるさまが目に浮かんでくる。
 深く考えこみながら次の店へ。
 最近この土地で流行りはじめているという「広島激辛つけ麺」である。冷麺の専門店「かず」へ。カウンターのメニューに辛さのレベルが一から一五まである。「個人差がありますから初心者は控えめに」という注意書きもある。気になるのはかつてはレベル一五以上のランクがまだだいぶあったようなのだがマジックインキで頑丈に消されている。どんな惨事があったのだろうか。
 我々は各自能力に応じて七から一○を選ぶ。盛岡の冷麺はビーフン系だが、ここは中華麺。たっぷりの煮たキャベツと生野菜の上に麺がのせられペンキのように赤いタレがついてくる。なるほどたしかに辛いけれど邪悪さはない。ぼくは七を頼んだが思ったほどではなく一○でもいけそうだ。カメラの青木は仕事ですからと一○を頼んでいた。ここちよくヒーハーヒーハーしつつ広島駅から博多へ。

活気の長浜ラーメン

 博多の有名な料理店「河太郎」で後発の楠瀬、今泉、高橋と合流した。ここは名物のイカソーメンが目当てである。イカソーメンはモロにソーメンというがごとしでこれも立派な麺ではないか、というのが全員の意見だったのだが、出てきたそれは料亭だからか気取った恰好でもりつけられている。とくに困ったのは食いやすくという意味なのか網の目に包丁が入っていて、これがかえって見た目が悪い。いじりすぎである。いつか函館で食ったドンブリにどさりと入って醤油のぶっかけられたイカソーメンつうかイカウドンがなつかしい。
 博多の風物詩でもある「おきゅうと」のほうが自然でいい。博多の朝の食べ物で海草のエゴノリから作られている。「もずく」はまあほかとかわりない。さっきの伝でいえば博多ブロックの「その他」級は「おきゅうと」が代表になりそうだ。
 料亭にきてこれらだけで帰ってしまうのもナンだからというのでキンメダイの刺し身を頼んだ。生け簀料理の店であるから例によって三枚におろし骨だけになっていても心臓系統はとらずにいるので尾がときおりピクピクする。生きのいいのをそれであらわしているというが、外国の人が見ると残酷きわまりなく、たいてい気持ち悪いという。たしかに悪趣味だ。
 三人の援軍がきたので中洲と長浜の屋台に行った。あとの三人はまだまだ空腹なのでここで屋台の長浜ラーメンをまずすすり、二四時間営業の「元祖長浜屋」で連続二杯食い。
 活気のあるその店に入ったとたん、ここはずっとむかし来たことがある店だと思いだした。初めて長浜ラーメンを食ったときである。店は混雑していて相席だった。左右に目つきの悪いソリ込みの入った兄ちゃんがすわって熱心にラーメンをすすっている。活気のある店内の空気に圧倒されながらとにかくラーメンを頼んだ。テーブルにきたそれを食べようとすると、左右にいるソリ込み兄ちゃんが自分のラーメンを忙しくすすりながら、自分の前にあったスリゴマの入った瓶や紅ショウガのはいったドンブリをずるずるぼくの前に手で押してくる。それらを入れろ、と言っているのだ。
 長浜ラーメンの替え玉、替え肉制というのを知ったのもそのときである。ラーメン四○○円で替え玉五○円というのは良心的だ。東京や横浜あたりの店によくある偉そうなウンチクがいっさいないのも気持ちいい。
 九州トンコツスープ麺勢力の中で、長浜ラーメンは相対的にトンコツあっさり系になりつつあり、濃厚勢力にやや押されているという。では時代は濃厚なのか。九州上陸間もない我々の追求すべきテーマのひとつになりそうだ。

世界に開く次世代ラーメン

 追求すべきテーマはどんどん出てきた。博多に来て今泉三太夫がさっそく仕入れてきた情報は「個室ラーメン」というものの存在であった。
「個室ラーメンって何?」
「ラーメンを個室で食うというものでござる」
「なぜ?」
「目の前と隣席を仕切ることによって周りがいっさい気にならなくなり、味覚が研ぎすまされるからであります」
「本当? ラーメンに研ぎ澄まされた味覚が必要なの?」
「人の味覚は千差万別、その日の気分によって嗜好は変わるものです。落ちついて味覚だけに集中する空間こそ貴重な場といえるでしょう」
「なんか難しいことを言うなあ」
「味集中カウンターは、味に対する自信からうまれました。本当においしく食べていただきたいということを形にしたこだわりの環境なのです」
「あれ、お前なにか読んでいるな。あっ逃げるな、コラ!」
 三太夫を追ってついたところがキャナルシティという若者が沢山集まる多目的ビルの一階にある「一蘭」という店であった。
 縦にずらりと椅子式カウンター風のものが並んでいる。選挙投票のブースかパチンコ屋のようだ。なるほどカウンターにしきりがあって左右の客からはドンブリもそれを食う姿も見られないようになっている。一人分の幅は六二センチ。奥行き三六センチ。正面に布のしきりがありそれが少しだけあいて店員が「注文用紙」というのをそっと差し出してくる。手だけで店員の姿はみえない。なんだか無意味に怪しいのだ。
 注文用紙には「味の濃さ」「こってり度」「究極の酸味」「にんにく」「ねぎ」「チャーシュー」「煮たまご」「秘伝のタレ」「麺のかたさ」の各項目でこまかく指定できるようになっている。そのこまかさに圧倒される。
「こってり度」は「なし、あっさり、基本、こってり、超こってり」五項目だ。好みのところに〇をつける。
「にんにく」は「なし、少々、基本、二分の一片分、一片分」
 追加注文もイミグレーションの用紙に似てこまかく書き込みができるようになっており目の前のボタンを押すとチャルメラの音がなって店員がかけつける。
 追加のネギは四倍量で一○○円。太ネギと細ネギから選べるようになっている。
 ウツワはどんぶりではなくて重箱である。外国でも通用するように、グローバル時代のポストラーメンを視野をいれてのことらしい。あまりの異空間にしばし呆然とし、久しぶりにバカ殿様化した。
「のう三太夫。これは何かの意図があってみんなで遊んでおるのか?」
「いいえ全員本気でございます」
 なるほど出てきたものは普通にうまかった。誰にも見られずに集中して食べたからなのかどうかはわからない。隣の三太夫と感想をのべあうのにいちいち身をそらせなければならないのがかえって面倒ではあったのだが。
 国際化時代のポストラーメンというが、世界の食事風景は、何か食うときみんなで顔を合わせながらワイワイやるのがおいしくてシアワセ、とばかり思っていた。こんなふうにわざわざ身を隠して食べる、という文化がよそのどこかの国にあっただろうか?
 不思議な時間であった。

食堂の底力

 西鉄特急に乗って久留米にむかった。昨日、福岡空港から街に入るときに乗ったタクシーの運転手に博多のラーメン事情を聞いたら、いろいろ話してくれ、結論は「ラーメンは久留米だ!」というものだった。
 まずは鎮西高校の裏にある「沖食堂」にむかった。定食屋風の食堂だが、ラーメンがうまいと評判という。けっこう大きな店で四○人ぐらい入れるがお昼前なのにもう満席ちかい。ここも典型的な人気店のようだ。でもマスコミにとりあげられて態度を変えているような店ではないだろう。そういう気配がつたわってくる。
 ラーメン三六○円。大ラーメン四六○円。うどん二五○円。豆ごはんのおにぎり一ケ六○円。やきめし四二○円。
 我々は大勢だからメニューの全部を注文した。それをわけあって少しずつ食う。みんな泣けるほどにうまい。ラーメンの味とうつわの大きさがほどほど。うす味のやきめしがそれによくあう。
 運動部の生徒がここでラーメンとやきめしの組み合わせを注文するときの熱いトキメキが伝わってくる。高校生だからそんなにしょっちゅう食えるわけではないだろうから小遣いに余裕のあるときだけだろう。そのときって本当に嬉しいだろうなあ。
 一九五五年の創業だからそれ以来何万人もの鎮西高校の生徒に生き甲斐を与えてきたに違いない。今はまだ昼前の時間なので高校生はいないが近所の勤め人らしい人がいっぱいいる。小さな子供をつれた若いお母さんもいる。そうなんだ。こういう店が日本でいま一番偉いのである。
 たいした基盤も確証もない噂だけで行列をつくり、横柄で偉そうな親父のつくるハッタリだらけの高すぎるシロモノをありがたがって食っているマスコミ繁盛店にうんざりしていたので、地味ながらも庶民の手のなかにあるこのような本物の「うまい店」をみるとつくづく安心する。
 続いて花畑というところにある「大龍ラーメン」へ。主力の名物は「地獄ラーメン」。唐がらし入りの真っ赤なタレに熱した溶岩のカケラを入れるというサディスティックな仕掛け。阿蘇山産の溶岩は遠赤外線を出してヘルシーなのだという。その意味を三太夫に問い質したかったが彼は用心深くもっとも遠い席に座っていた。印象としてはやや過剰装備。花の畑で地獄というのがいかにも怪しい。ぼくは普通のトンコツラーメンを頼んだ。長浜ラーメンより濃厚で主張が強い。
 博多に戻り、もっとも濃厚という「秀ちゃんラーメン」に行った。評判の店だけにいかにもおいしいが濃厚さにやや【辟易/へき/えき】してほんの少ししか食べられないが空腹でこの店に入ったら感激ものだろうな、というのがわかる。これだけいろんな店に行ってしまうと最後のほうの店は不利である。
 壁にいろんな有名人の色紙が並んでいる。色紙を並べる有名店のよしあしもテーマのひとつだなあ、と思っていたら店員の一人がぼくのことを知っていて色紙にサインを、と頼まれてしまった。全部食べられなかったのに困ったなあ、とやや戸惑う。どこかの店で見た立川談志師匠の色紙「がまんして食え」というひとことが頭にちらついた。
(次回は流れ流れて黒潮リーグ!?) 
# by shiina_rensai | 2007-02-26 15:21 | Comments(1047)

<椎名誠プロフィール>
1944年東京生まれ。東京写真大学中退。流通業界誌「ストアーズレポート」編集長を経て、現在は作家、「本の雑誌」編集長、映画監督など幅広い分野で活躍。著書は『さらば国分寺書店のオババ』『哀愁の町に霧が降るのだ』『新橋烏森口青春篇』『アド・バード』『武装島田倉庫』『岳物語』『犬の系譜』『黄金時代』『ぱいかじ南海作戦』など多数。紀行エッセイに『波のむこうのかくれ島』『風のかなたのひみつ島』などがある。近作の『全日本食えばわかる図鑑』には第一回≪全日本麺の甲子園大会≫の模様を収録。ブンダンでも随一の麺好き作家として知られ、世界中どこでも「一日一麺」を実践する、敬虔な地麺教信者でヌードリストである。

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