サッカーの2大強豪大陸=南米と欧州。PARISで行われた世界一を決める(今のClub World Cup)の決勝で見事REAL MADRIDを下し世界一となったクラブ(その後世界2位2回)であるBRASILを代表する名門クラブClube de Regatas Vasco da Gamaが本日8/21に114周年の創立記念日を迎えました。現地はめちゃ盛り上がっています。新世代ブラジル代表のデデー選手はVASCOの現看板選手。そしてVASCOのジュヴェニール(ユース)から生え抜きのコウチーニョ選手は今シーズンイタリアはミラノのINTERで大活躍することでしょう!!
僕は1984年に国士舘の大澤監督率いるサッカーチームに入り、国士舘大学サッカー部生にサッカーを教わり、よみうりランドのグランドで行われていた全国大会に出てました。W杯1986メキシコ大会の前です。その時に買ってもらったサッカー本にはマラドーナをはじめとする南米サッカーが、中でもサッカー王国ブラジルが大きく紹介されていました。キャプテン翼でももちろんブラジルがフィーチュアされていました。
http://www.vasco.com.br/
名門クラブ/選手名鑑で一番目を引いたのは「南米、サッカー王国ブラジルの名門リオ・デ・ジャネイロのバスコ・ダ・ガマ」という文字列でした。小さいころにはこの文字列が意味不明でしかも「・」なんか誤植/ミスプリントかと思いました。しかもそのページで紹介されていたのは直前の1982年W杯スペイン大会と1978年アルゼンチン大会でブラジル代表として7得点を決めた「ロベルト・ダイナマイト」選手でした。その名前は小学生でなくても強烈だと思いますが、以来、カエルみたいな名前のチームの看板選手であり、セレソンでもあったダイナマイト選手と今も直接の交流(現在はVASCOの会長)、1対1の人間関係があります。
因に一番最初に出会ったブラジル代表の選手は奇しくもヴァスコ・ダ・ガマのカピタン(キャプテン)として100ゴールを決め、1990年W杯イタリア大会のメイオ・カンポ(ミッド・フィルダー)であったビスマルク選手でした。
1991年にキリンカップにヴァスコのチームで来日。193年にヴェルディーにレンタル移籍し、近所に住んでいたのでした。fonte:
http://sovascodagama.blogspot.jp/2009/04/bismarck.html
KTa☆brasilは1997年以来、本場RIO DE JANEIRO(BRASIL)のC.R.Vasco da Gamaの大応援団SAMBA隊に参加し、2007年に上級会員登録/2008年にエスターヂオ(スタヂアム)の殿堂に名が刻まれています。・・・人生において実際にやる事、継承すること、伝承すること。
/+/VIVA O VASCO, A MINHA VIDA, O MEU AMOR/+/