2009年7月28日
最近更新が遅れがちになっているのは暑さで弛んじゃっ
ているからだろうと昨日書いたが、それだけじゃなく、
目を痛めてしまって、字など読みずらくコンピューター
に向かうのがおっくうになっていた所為もある。とくに
1週間に1度の治療の時は、眼科で瞳孔を開きっぱなし
にする目薬を点眼されるので、その日はそのあと一日中
眩しくてしょうがない。道を歩くのもたいへんだ。車の
運転など以ての外。テレビも見ない。新聞も本も読まな
かったのである。最近になってやっと目の状態が落ち着
いてきたので前ほどではないが読書が復活し、ブログも
復活したのである。
友人の大野君から本をもらった。小学生のころから知っ
ている大野君は読書家ではなかったので珍しいこともあ
るものだと思ったが、なんでもコンサートで地方に出か
けることが多い大野君も移動の時間をつぶすために本を
読むようだ。そういえば、わたしの知らない作家の本が
どうしたこうしたとの話を聞いたことがあった。そのと
きテレビの時代劇好きの大野君に銭形平次の作家の野村
胡堂のことを話したのだが、それを大野君が覚えていて、
地方のどこかの町の古本屋で「銭形平次の心 野村胡堂・
あらえびす伝」という本が目に飛び込んできて、かすや
が好きな野村胡堂の本を見つけたと送り届けてくれたの
である。
野村長一は作家・野村胡堂になる前は、岩手県の実家の
倒産で東大を中退し報知新聞で新聞記者をしていた。新
聞記者野村長一が担当した記事に、政財界や教育者・作
家たち百三十人をインタビューした「人類館」というも
のがある。
その時、会社からなにかペンネームを考えろと言われ、
東北人だから蛮人がいいんじゃないか。蛮」じゃかわい
そうだ、田舎の同級生の金田一京助が学生時代につけた
渾名あらえびすとしたらどうだ。いや胡堂とつけろ。胡
馬北風に依るの胡だ。堂という字は木堂、萼堂などとい
って偉い人はみんな堂とつける。それにきめておけ。
と本人の意志そっちのけでめでたく野村胡堂が誕生した。
(ちなみに堂は堂でも岡崎堂は偉い人ではありません)。
この「人類館」の夏目漱石のインタビューが興味深い。
夏目漱石はこんな人だったらしい。
「文人では夏目漱石が胸のすく座談家だった。博士号を
辞退したり、いろいろと物議をかもしていたのでビク
ビクして訪れると意外に気さくだった」
と書いてある。漱石の書斎を訪れたとき猫がいなかった
のでそのことを聞くと、
「あの猫から三代目のが、つい、この前までおりました
が、どうも、すっかり有名になっちまいましてね。猫
の名づけ親になってくれとか、ついこの前は、猫の骸
骨を送ってきた人がありました。どういうつもりか知
りませんがねェ。四代目は飼わないのかって? それ
なのです。わたしは実は好きじゃないのです。世間で
はよっぽど猫好きのように思っているが、犬の方がず
っと好きです」
と、猫好きなのは夫人の方だと言った。健康はすっかり
いいのですかという質問には、
「デリケートな時計のゼンマイみたいなもので、こう見
えても、すぐ狂います」
と答えている。野村胡同は漱石を、
「黒くつやつやした髪をキチンと分けて、鼻下の短く刈
りこんだヒゲがわずかに胡麻塩になっていた。江戸っ
子らしい機才と西欧流のユーモアと、それに深い学殖
とが、三位一体となって、ちょっと形容のできない複
雑な風格である」
と表している。大正3年野村胡堂33歳。夏目漱石47
歳の時のインタビューである。
漱石はちょうど朝日新聞に「こころ」を執筆していた頃
のことで、その後「硝子戸の中」「道草」「明暗(未完)」
を発表し、2年後の大正5年12月に49歳でこの世を
去っている。
たまたま、日本文学も読まねばなと「こころ」を読んで
いた時に大野君からもらった本がこれだったので、この
インタビューがとても興味深かったのだ。大野君からの
贈り物により、初めて夏目漱石に現実感を持つことがで
きたし「こころ」の私という主人公により共感すること
ができたのである。いやー。持つべきものは友人である。
今度夕飯でも奢らねばならんな。
ついでながらこの時のインタビューで語られた夏目漱石
の予言・卓見を書いておきます。
「近ごろ、急にはやりはじめたアナトール・フランスや
オスカー・ワイルドは、むろん結構なものではあるが、
あちらで、新しく全集ができて、出版社の商略から外
国雑誌に紹介記事が氾濫したんです。日本人はそれを
真に受けたのですね。日本の出版界もやがてそんな時
代になるかもしれませんね」
(約100年たった今日、この言葉道理になっている)
「新傾向から新傾向へと文学の流行が猫の目のように変
わるのは、あれは、内閣が変わるのとおなじようなも
ので、そんなことに気を散らさず、自分は自分でしっ
かりした考えをもっていればいい」
(約100年たった今日、この言葉は文学者にも、自民
だ民主だと大騒ぎしている国会議員を目の前にしたわ
たしたち自身にもあてはまる)