2007年12月12日
12月6日。快晴。
昨夜、北京在住若者集団&怪人・お銀とギターバーで別
れ、K君と歩いてホテルに帰り、明日は起きられたら8
時に1階のダイニングルームで朝飯を、お粥でも食おう、
ではおやすみと声をかけて寝たが、急遽北京行きが決ま
り、今やっている仕事の整理をほぼ徹夜で片付け、成田
を発ち北京に来、初めての北京で夜遅くまで人人人を紹
介されたのだから、そーとー疲れもたまっていることだ
ろう、無理に起こすことはない寝かせておいてやれと友
人Kに代わって親心を出し、一人で階下のダイニングへ
降り、こじんまりと小綺麗なダイニングのテーブルに着
く。
どのテーブルの上にも灰皿が置かれている。中国北京で
は嫌煙されていないようである。といっても席に着いて
朝食をとっている誰も煙草なぞ吸っていない。見習って、
恒例の起きがけの一服は遠慮することにした。
ナイスなホテルだが、期待したお粥は、米粥でなく穀物
粥でしかも粥というよりも重湯に近いもので、味も薄か
った。軽く醤油をかけ食べたが、なんだかしゃばしゃば
したスープをすすっているようで好みではなかった。
朝飯客はドイツ語を喋っている男2人組。中国語を話す
女3人連れ。韓国語で会話する男女4人組とさまざまだ
ったが、一人でいるのは俺だけで、別に一人だからとい
ってどーってことはないけれど、話し相手がいないから、
ドイツ人や中国人や韓国人に日本人は(俺は誰とも喋っ
ていないのだから、他の客に日本人とは思われないんだ
がね)日本人は行儀が悪いなあと思われるのは承知の上
で、本を読みながら飯を食った。これをやるとかみさん
に叱られるが、一人旅のよいところはこの辺にあるかな。
佐藤雅美さんの、兇状持ちの医者・順啓の逃避旅の話を
読んでいると、江戸時代の旅の経路やパスポートともい
うべき手形を持ち合わせていない場合の地元の有力者を
訪ねての一宿一飯の義理のあり方や、まして兇状持ちで
あるからお上の目をどう避けて旅を続けたかなどと云う
話が丁寧に書かれていて、もし俺がパスポートもなく免
許もなく車で物を北京から重慶まで運ぶ仕事をするとし
たら、中国では各省毎にしか運搬ライセンスが許可され
ていないから省を跨ぐ度に検問がある、いったいどの経
路で重慶まで行くことになるのだろうか、事ある毎に金
で解決できるのが中国だといろいろなところで聞くけれ
ど、一旦簡単な方法で困難を解決してしまうとあとはそ
れ以外の方法を見つけられなくなるのが常だから、さて、
どーしたもんやろか、などと読みながら考えながら食い
ながら読んでいると、怪人との約束の時間になっていた。
他の客はとっくに引き上げダイニングには俺しか残って
いなかった。
ヨーグルト餡巻きを買おうと店に行くと、12時から開
店と貼り紙がしてあって店は開いていなかったから、土
産は無しの手ぶらでミス・Jに会いに出かけた。J女史
はスイス人であるが結婚した旦那さんが日本人で神戸に
住んでいて日本語を話す。今回J女史は来年行われる北
京オリンピックの関連イベント・芸術フェスティバルに
ついての打ち合わせで北京に来ていて、2週間ほど前に
東京の我が事務所を訪ねてきた折り、同時期に互いに北
京にいる予定だとわかり、そのフェスティバルの話を聞
かせてもらおうと会う約束をしたのだ。彼女もこれから
の中国におおいに期待するところがあると数年前から北
京・上海をたびたび訪れているから、あれやこれやたい
へん面白い話を聞かせてもらった。スイス語、ドイツ語、
フランス語、英語、日本語と五カ国語をあやつるJ女史
も、チュウゴクゴハ ムツカシイデス ワカリマセーン
と言っていた。北京にすでに1週間ほどいて中国の友人
知人仕事関係者と会食で毎日中華料理を食べていて飽き
ているようで、
「カスヤサンとアエルナラ カツドンをタベサセテモラ
エルンジャナイカとキタイシマシタ」
と言っていたが、入口君・怪人と北京を知り尽くした友
人を持っているが、さすがにカツドンは食ったことがな
い。その話に京都留学経験者のお銀は、
「カツ丼なつかしいですゥ」
と同調し、おなご共はカツ丼で意志一致したようでもあ
ったな。
ホテル近辺に戻り、ヨーグルト餡巻きを購入し、電通・
電通テックの友人を表敬訪問。手土産をばらまき歓迎さ
れる。
怪人の紹介で建築設計士と会う。
その後、電通テックのS総経理ときのこ鍋やで合流。
20種類ほどのきのこを注文。しゃぶしゃぶのように食
べる。きのこを煮立てるスープは烏骨鶏の出汁。きのこ
をつけて食べるタレは醤油、ナンプラー、にんにくごま
油、胡麻ダレ、胡麻にんにく、ポン酢の6種類で、ナン
プラーにパクチーをぶち込んでタレとして食すと、わた
しにはこれが一番の美味であった。
だいたい北京という街は清朝(満州族)の首都で広州と
か杭州とか四川とかの古くからある漢民族の街に比べる
と歴史は浅く、料理もそれらの地方に比べると成熟して
いない。この店もそういった清朝時代の食の特長を持つ
店で、鳥で煮出した出汁にきのこを入れ、しゃぶしゃぶ
のように食べるという簡単な手法の料理であるが、その
きのこの種類の多いこと。100種類はあるんじゃない
かな。なかには真っ赤な、毒きのこォ? と思わせるよ
うなものもあったが、きのこなんてどれも同じような味
じゃないかと思っていたが、タレの多種もあってたいへ
ん美味かったし、カロリーほぼゼロの食物だから健康に
もたいへんよろしい。腹一杯食って美味くてカロリーゼ
ロ。北京に行かれるご婦人方で、脂っこくてカロリーの
高い中華料理は毎日食べたくはないわとおっしゃる方に
は、是非きのこ鍋をお奨めします。
かるく乾燥させた細長いきのこでチベットの高山で採集
されるものは1本ウン千円と馬鹿高い値がつくものもあ
るらしいが、滋養強壮きのこの冬虫夏草も試してみた。
きのこは木の子と名がしめすように木とおなじ土の栄養
素をとって生えているが、この冬虫夏草は、
「冬には虫だが夏には草」
という意味のきのこで、冬に死んだ昆虫に菌糸が付着し、
その体液を栄養分とし昆虫から生える世にも珍しいきの
こである。婦人病に特効的な効果があるらしく、以前、
作家の吉本ばななさんからも、とてもよいですよと聞い
たことがある。値段からしてきのこというよりも漢方薬
なのである。虫大嫌いのK君もこれなら大丈夫ですと食
っていたが、味は美味くもなんともないものだった。
店でS総経理と事務所に戻って一仕事するという怪人と
お銀と別れ、入口君に連れられ「LAN」という天安門
東にあるバーへ出かけた。「LAN」はランさんという
女性が経営しているバーだが、その店は6000平米と
いう途方もない大きさを持つバーだった。6000平米
といわれてもその大きさはピンとこないだろうが、ツボ
数で言うと約1820坪、畳でいうと約3600畳。も
しあなたが10畳の部屋に住んでいるとしたら、360
部屋分にあたるといえば、その途方も無さが理解できる
だろう。そのバーを造る総経費は60億円にも上るとい
う。それを聞いたときの反応は誰しも、
「60億ゥ!? 酒や食べ物を出すだけで、どうやって
その資金を回収するの?」
というもので、いったいどう計算が成り立つものか何が
なんだかまったくわけがわからない。冥土のみやげに1
度行ってみようじゃないかと入口君に先導されK君と3
人で訪れたのである。
店でウヲッカソーダを注文すると、ウヲッカが薄まると
いけませんからとウヲッカにソーダを少々注いだだけの
オンザロックのようなものが出てきた。これじゃ不味く
て飲めないとやり直させたが、まあ、バーテンダーも酒
を知っているわけではなさそうだった。
グロウというラテン語からグロテスクという言葉が生ま
れたが、この言葉は初めは装飾表現過剰な美術芸術を表
す言葉として使われ、いつしかシンプルという言葉の対
極にあるもの全般を指す言葉になったが、店内はまさに
グロウ・絢爛豪華一点張りで、店内の様子を説明しろと
いわれても私にはその筆力を持ち合わせていません。
客は外国人(酒の値段は日本、アメリカ、ヨーロッパと
変わらない。勿論中国じゃ高い)と金持ちの中国人でド
デカイ店内は客でいっぱいだった。
ランさんは噂によると12000平米のさらに巨大なバ
ーを120億円かけて上海に計画中だとか。そこまでや
ったら、流行るからと言っても、もう誰もこの店を真似
する輩は現れないと見た。しかし、13億人もいると、
とてつもない人物が現れるものである。社会主義の国だ
から個人の自由は国是ではないが、自由な個人はゴロゴ
ロいると見た。あまりの度肝を抜く大馬鹿さ加減に、こ
んなもん北京でしか見られないと3日3晩通い詰めたの
でありました。