2006年12月12日
カラテマスターのBとカラテマスター・マネージャーと
も言うべきわたくしの二人組は、はや、ホテル内で知ら
ぬ者なしとなってきた。ブッフェで。レストランで。ブ
ラックマリン・バーで人々がハーイ!カラテマスターと
声をかける。
午後はいつもビーチにでて相変わらずさかな獲りに熱中
していたから、海パン部分以外の身体はマックロクロス
ケになっていた。
ホテルが所有しているこの島は、観光客が往き来できる
エリアはホテル施設がある西側の半分と決められていて、
東側にあるホテル従業員の住居エリアには立ち入らない
ように言われていた。
表向きはプライベートなエリアであるということだが、
その実は、ホテル従業員の住むところには、厳格な試験
に合格してホテルに採用された者の家族の中には仕事に
ありつけない出来の悪い不良もいて、連中は日がなぶら
ぶらと徒党を組みあちこちを歩き回り、ふらふらと住居
エリアに迷い込んだ観光客との間でいざこざがたえない
らしく、島の東の住民はホテルのスタッフ以外は西側に
来てはいけない。というものだった。
東に住む人々はホテルが建つ前からの地元島民。
ホテルの経営・マネージメントはインド系人々。
清掃や庭仕事やウエイター、ウエイトレスという現場仕
事は、島の人々に就業のチャンスを与えるというかたち
で地元のフィージー人が採用されていた。
フィージー人は身体がとても大きく穏和な平和主義者だ
が、若いもんのなかにはどこでもそうだがワルもいて喧
嘩もする。勝った負けたと遊びながら日常の憂さを晴ら
している。
欧米人種に比べるとアジア人種はアルコールを分解する
酵素が少ないらしく、かえって肝臓が死ぬほどまで飲め
る人間はすくなくアル中患者が欧米に比べてすくないの
だそうだが、ミクロメシアン・ポリネシアン人はアジア
人種の中でも特に酵素が少ないようで、すこしの酒で大
酔っぱらいする。
大男が大酔っぱらいして喧嘩などしていてごらんなさい。
とても近づけたものではありません。ホテルは西に無断
で入るべからずと同時に、東の住民に酒を販売すること
も原則禁止としていた。
その話を聞いてカラテマスター二人組は、西では有名に
なったから今度は東でも顔を売ろうじゃないかとおバカ
な事を思いたち、忠告を無視して東の住民エリアに入り
込んだ。村の雑貨屋など見て回って歩いたが、まあ、東
でもホテルのスタッフからの噂話しでプロモーションが
効いていたようで、ハーイ!カラテマスター。と、東の
ワルどもがぞろぞろ集まってきて、ウエルカムされた。
今夜はカバ酒のパーティーがあるから夕飯後の8時にま
た村に遊びに来ないかと誘われパーティーに参加するこ
とにした。
なにが土産で欲しいかと聞くと、ビールが欲しいという
から、連中が缶ビール1本でパラ酔うところを見ようじ
ゃないかとおバカな相談がBとまとまり、1カートン担
いでもっていった。
東側には道路灯などまったくなく真っ暗な椰子の林の中
の道を手探りで歩いた。闇からいきなり椰子の木がぬー
とあらわれたりした。しばらくすると闇にも目が慣れ、
満天の星明かりの中に砂の道が白く浮かび上がり、指定
された家に行くことができた。南十字星がきれいだった。
わらぶき屋根のちいさな家でわれわれを入れ10人ほど
が車座に座りパーティーがはじまった。
カバ酒とはどんな酒かというと、胡椒系の植物のカバの
根を乾燥させ粉にし、洗面器くらいの大きさの器に入れ
た水のなかで布で濾すようにして白濁させた物で、アル
コール成分は1%もないから酔うのではなく、大量を飲
んで痺れるのである。味はむろんド不味い。白胡椒を水
に溶いて腹一般飲むと想像されたし。
このパーティーは儀式めいたものがあって、村の若者の
長が呪文のようなものを唱え、両手をさし上げまたおろ
し、目の前で手を叩き、また呪文を唱え両手を上げ下ろ
す。そして客が洗面器から掬って一杯飲む。つぎに長が
飲む。また呪文が唱えられ、同じ事を繰り返す、とえん
えんと洗面器が空になるまでつづくのだが、村の者&客。
村の者&客。と客(わたくしどもです)は、一人一人に
対し1杯づつ飲まなければならないというものでした。
カラテマスターのBは豪快な見た目とは違い、清廉で潔
白なところがあるから、そのような摩訶不思議なものは
口にしない。
「俺は飲まないっていったいどーするんだ。俺等は客だ
ぞ。接待してくれてんだぞ」
「わかってるよ。で、美味かったか?。なに?ド不味い。
やっぱりやめだ。お前、俺の代わりに飲め。俺はカラ
テマスターだ」
と分けの分からないこと言いだし、結局わたくし一人で、
お椀に20杯もカバ酒をばかばか飲むはめになって、
しーびれちゃった。
しーびれちゃった。
しーびれちゃったよ。
と、しびれまくって撃沈した楽園の夜でありました。
Bは健康そうだったな。あんまり飲み過ぎるんじゃねー
ぞ。とも言ってたな。
同じホテルにいたのに、J新婚夫妻とは帰る日まで1回
しか会わなかった。
部屋に二人でこもりっぱなしだったんじゃないのか?
と、からかわれていたが、J夫妻以外の人ともほとんど
顔を会わせなかった。カラテマスター組は、毎日さかな
獲りで遊んでばかりいて観光などしなかったから、皆さ
んとは顔を合わすことはなかったのである。
明日は日本に帰るという夜に全員集合しての食事会が催
されたが、特別に中国からコックが来ています、今夜は
中華が食べられますよ、とレストランのスタッフから聞
いて、タロイモ料理に飽きていたわれわれは、マーボド
ーフだ、チンジャオロースーだ、シュウマイだ、ギョウ
ザだ、と思いつくまま注文したが、出てきたものがどう
いうわけか全部上海焼きそばだった。仲間のほとんどが
英語を喋るから、このことは今だに不思議な気持ちでい
るが、思い出すたびに腹に軽く笑いがわき起こる。
つまり、中華料理=焼きそば?????
という思い出が強く残っているということで、それも旅
というものだろう。
旅の神髄は思い出にある。
心に残る出来事にある。
心に残る人々との出会いにある。
飯が終わってブラックマリン・バーで飲んだくれている
と、ちゃらちゃらした添乗員が大阪から来たオンナ2人
連れの同行の旅行客をナンパしやがって、いちゃついて
いやがったから、カラテマスターが胴間声で、一喝!。
くれてやったところ、大あわてでバーから逃げるように
でていった。ハハハ。さすが、カラテマスターであった。
また訪れたいものである。今回のクーデターは国連など
も事務総長宣言で強い警告をだしているようだが、一日
もはやく平和を取り戻し、あの人々の笑顔を取り戻して
欲しいと心からねがう。