2006年2月16日ツアーを目前に控え最終リハーサルが行われている。
昨日は、照明のテクニカルリハーサルが行われ、デザイナー・プ
ランナー・オペレーターである佐々木さんの指示で、照明チーム
が細かいところを手直し、繰り返し繰り返しチェックするという
丁寧な作業が一日中続いた。外はまるで初夏のような暖かい日だ
った。
今日は午後から布袋&バンドメンバーが会場入りし、本番同様の
リハーサルが行われる。コンサート会場を借り切ってのこういっ
たリハーサルが行われるようになったのは、いつの頃のことか。
僕が長渕のマネージャーだった頃は、行ってなかった。
BOOWYのころもやってなかった。
1988年の東京ドームのLASTGIGSも舞台照明プランと
曲は同時進行しながらも、本番で初めて一緒になるという一発勝
負のスタイルだった。
布袋の最初のソロのギタリズムの代々木体育館でのライブもゲネ
プロは行われていない。
あの当時は、歌舞伎や芝居やミュージカルなどは舞台を使っての
最終リハーサルが行われていたが、それは、同じ会場での長期公
演であるからで、我々のコンサートのような1会場1会場、都市
と町を移り変えて全国で行うというスタイルでは、考えられなか
った。
たぶん、あの当時ゲネプロを行っていたのは、大きな会場で像が
登場するというサーカスと合体したような大がかりな演出でライ
ブを行っていたユーミンくらいじゃないかと思う。
「レコードが売れまくり、印税を税金で持って行かれるくらいな
ら、コンサートに経費をたっぷりかける。いや、うらやましい
ことだ」
と、レコードの売り上げもコンサートに掛ける経費も十分にある
御同業者を、人ごとのように、ただうらやましがっていただけだ
った。
布袋の最初のソロプロジェクト・ギタリズムー1が終わり、コン
プレックスのレコーディングのミックスでロンドンに行った時、
スイスコテッジの日本料理屋「わかば」でピンクフロイドのデイ
ビッド・ギルモアを紹介された。
デイビッドが店のすぐ近くのハムステッドに住んでいて「わかば」
の常連で、我々と同じく店にとってご贔屓のお客であった事と、
その時デイビッドと一緒に食事をしていた客が、我々のイギリス
人の友人と古い友達であったことから紹介された。
その時に、ピンクフロイドは世界ツアーをするときは、カナダの
ある町の飛行場の格納庫を貸し切り、そこにステージを組み立て、
舞台・照明・演奏・演出を同時進行でリハーサルを繰り返し、最
後にそのライブの模様を何台ものカメラでビデオ収録し、完成し
たその映像を世界各国のプロモーターに送り、2年後の×月○日
から世界ツアーを行うと発表する、とデイビッドから聞いたのだ。
「コンサートが2年前に完成している!、、、
同じ仕事をやっているとはとても思えないなあ、、、
今までは、ただユーミンをうらやましがっているだけだったが
会場に来てくれるお客さんのために、すべてを用意して届ける
ことがこれからの大いなる目標だなあ、、、
もう一度、コンサートにかかる経費の見直しをしなけりゃなあ。
デイビッドの娘さんが、どういう訳かギタリズムー1を持って
いて、彼女はホテイのファンなんだよと言ってくれたなあ、、、
いつかデイビッドが我々のコンサートを観に来る日が来た時に
けっこうやるじゃないか、と言われたいもんだなあ、、、」
よそのことは知らないが、我々がコンサートのリハーサルにゲネ
プロを取り入れたのは、コンプレックスからだった。楽器機材も
PA機材もあの当時からは格段に進化したが、一番進化したのは
照明機材だろう。昔は照明も当たり前のようにアナログで、照明
のオペレーターが、照明卓のフェーダーやボタンをエイヤ!と押
しながら光をコントロールしていたが、今はデジタルのムービン
グライトが主流で、データーを打ち込み、実際に舞台に上がった
演奏者の動きにあわせて光の世界を作るのだから、ゲネプロは必
須になった。ちなみに、昨年のゼップツアーは、デジタル照明を
一切使わないというコンセプトだったから、ゲネプロは行われて
いない。
ここまで書いて、気がつくともう正午を回った。
最終リハーサルに出かける時間が来たようだ。
それでは、皆さんとは今週末の大阪フェスティバルホールから始
まる全国ツアーの会場でお会いしたいと思います。
出かけようとしたら、キョードー北陸の後藤社長から「秘密」読
みました。涙が止まりませんでした。と嬉しい電話が入った。
では、ゲネプロに行ってきまーす。