忘れ得ぬ人々今井美樹コンサートの最後のテクニカルリハーサルの行われてい
る三重県の劇場へ向かうため品川駅へ。
30分前に品川駅についた。
新幹線ホーム階上の、スターバックスでカプチーノを買い時間待。
スターバックスの隣の待ち合いにいくとなんだか態度のわるそう
な若造の隣の席しか空いていなかったので、しかたなくそこに座
った。
あらためて今回のテクリハの資料に目を通しておこうとカプチー
ノを足もとにおき、鞄を開け資料をとりだしたひょうしに足でコ
ップをたおしてしまった。コップにはふたがしてあって、ドバー
ッとカプチーノがこぼれたわけじゃないが、それでも、飲み口用
の穴からクリーム色のカプチーノが葉書大くらいこぼれた。
やっちまったなー。とおもったが、開けた鞄をそのままにして紙
ナプキンを取りに行くわけにはいかない、資料を鞄にもどしてい
ると、隣の若造が、なかなか床にこぼれた液体を処理しないこち
らを一瞥すると無表情で席を立っていった。
今から拭きますよ。そのままにしてはおきませんよ。とその若造
に言い訳とも弁明ともつかないことを心の中でつぶやきつつ鞄を
閉じ終わりると、戻ってきた若造君が「これどうぞ」と紙ナプキ
ンを差し出してくれた。
「いやいやこれはかたじけない」
江戸時代じゃないから、そうは言わなかったがお礼を述べ、それ
をきっかけに若者と二言三言言葉を交わした。
それによると、若者は東京の実家に用があって帰ってきたが、こ
れから京都にもどるところで、建築工学を勉強中の京都大学の学
生。若者らしく(?)だらしない格好をしていてまばらな無精髭
がのびていたが、よく見ると目鼻立ちが聡明そうな顔をしていた。
態度の悪そうな若造という印象はまちがっていた。親切な若者だ
った。人は見かけによらないものです。
新幹線に乗り込むと、新横浜で質品いやしからぬ紳士が乗ってき
た。紳士は、私の席の前で立ち止まり「これを」と云った。
車内は空いていた。まさか隣の席に人が座るとはおもわなかった
ので、紳士の席には私の鞄が乗せてあった。「これを」は鞄をど
けなさいということだった。
「申し訳ありません」と鞄をかたづけ紳士が隣に座ると、紳士の
携帯電話が鳴った。どうやら電波状況が悪いらしく紳士は大声で
話しだした。そこに切符拝見のお嬢さんが登場。あまりの大声に
見兼ねたお嬢さん「周りのお客さんに迷惑がかかりますから、携
帯電話はデッキでおねがいします」といった。この場合、迷惑が
かかっている周りの客とは、隣に座っている私のことであろう。
紳士は、私の顔をじろっと一瞥すると、聞こえないんだからしょ
うがないだろう?という顔をし、ふんっと言って席を立ったが、
デッキには行かず勝手に空いた席に移り、あいかわらず大声でし
ゃべり続けた。
髪をきれいになでつけ、上物のスーツを身につけ質品いやしから
ぬ紳士だとおもったのは間違いだった。礼儀作法知らずのただの
ヤな感じの大人だった。人は見かけによらないものです。
テクリハ会場は寒いですから防寒対策を、と連絡をもらっていた
から、皮のパンツで出かけた。この皮パンは皮がぶ厚く防寒には
もってこいであるので選んだのだが、前のボタンが大きめでボタ
ン孔にすんなりとはまらない。いったんはまると外す時にまた大
事(おおごと)であるので、トイレに行く度にボタンと格闘する
はめになるというしろもの。
新幹線の車内のトイレで小用をたしていた。ボタンをこじあけ、
おもいきり皮のパンツをおろし、ちょうど男子の幼稚園児がひざ
までパンツをおろして用をたすようなあの格好で用をたしていた。
その時、扉が開けられた。振り返ると男の子が驚いたような顔で
立っていた。用をたしにきた子供の顔と俺の臀がまとも。男児も
まさかトイレでパンツをずりおろして用をたす大人の後ろ姿を見
ることになろうとはおもっていないから、あっけにとられたよう
な顔をしている。
「閉めなさい」「うん」
用をたし終わって、ボタン孔と格闘し、トイレを出た。
待っている男児は叱られるのではないかと脅えた顔をしていたか
ら優しく俺は言ってやった。
「今、見たこと、誰にも言っちゃダメだぞ」「うん」
これで、あの子供は、なにか秘密をみてしまったかのように今日
の出来事を一生忘れないのではないか。