北千住今井美樹ツアーが、11月の末から始まる。今日は、綾瀬にあ
る照明会社の倉庫に、舞台制作スタッフが集合し、ある素材と
光の関係について実証実験を繰り返した。我々の期待以上の効
果があることが分かり、最終的に舞台上でどう使うかは宿題と
しながらも、このアイデアを採用してみようと確認し解散した。
綾瀬まで来たついでに、舞台監督の江坂の案内で、彼の地元の
北千住で飯を食うことにした。
北千住は江戸時代からの宿場町で、奥の細道の旅に出た芭蕉が、
「行く春や鳥啼き魚の目に涙」
という不思議な句を北千住で詠んでいる。
春に送られるように奥州に旅立つ芭蕉に鳥が啼いているという
情景は分かるが、魚の目に涙というのはどういうことなんだろ
う。
昔から「魚の目に涙」は様々に解釈されてきたが、北千住に住
む芭蕉の弟子でありパトロンでもある大手魚問屋の主が、旅行
く芭蕉に別れを告げる時に、涙した。という一説が一番分かり
やすい説である。芭蕉の足跡を訪ね隅田川から舟を仕立てての
んびりと行きたいところではあるが、いずれにせよ昔から一度
は訪れたかった。
駅近くに、ピンサロやスナックや焼き鳥屋や蕎麦屋や串揚げ屋
などが狭い道をはさんで立ち並び、あちらこちらに客引きが立
ち猥雑な香りのする、まるで映画のセットのような古くからの
飲食街があった。その中のモツ焼きやでまずは一杯。
江坂のおすすめはホッピー。ホッピーに不馴れな当方はビール。
スタミナ焼き、しろ、ぎんなん、ポテトサラダ、煮込みをツマ
ミながら、狭いテーブルを囲んでわいわいがやがや。
狭い店内は足の踏み場もないくらい客で混んでいる。
儲かっていそうやなーこの店は。
江坂が「カガマス」と呼ぶ主人の酔客の扱いの上手いことに感
心する。そして、1杯目より2杯目。2杯目より3杯目と、注
文する毎に酒の量が少しづつ増えるというナイスなサービスも
みそで、こりゃ繁盛するのも当然である。
ちなみに、酒係の若い衆はベーシスト。カガマスは渋いノドの
ブルースシンガーだと江坂から聞いた。
ロッテは、千葉にフランチャイズを移す前は仙台がフランチャ
イズで、その前は、北千住から隅田川を挟んだすぐ隣の荒川区
にあった東京スタジアムをフランチャイズとしていた、
江坂も、子供の頃は親父に連れられて東京スタジアムで試合を
観たそうで、荒川区足立区界隈の下町には根強いロッテファン
も多いという。
店の片隅の高いところにあるテレビでは、日本シリーズを放映
していた。店ががやがやと騒がしくテレビの声は聞こえなかっ
たけれど、3ー2の接戦をものにしてロッテの優勝が決まった
時には、皆大喜びしていた。いい時にいい場所に居合わせた幸
運に乾杯する。
もつ焼き屋を出て、ジャズバーへ。このバーは初めてきたのだ
けれど、江坂からも大学時代の同級生の高橋からも、このバー
の話は聞いていた。高橋の千住時代の行きつけのジャズバーが
ここで、このバーで高橋と江坂は、たまたまカウンターで隣同
士に座った時、
「仕事は何?」
「舞台監督やってます」
「そういえば、俺の大学の同級生の糟谷って奴が音楽の、、」
「それです!その仕事自分してます」
と知り合っている。
高橋は、若い頃から何かにつけ才能があった人で、今は、綺羅
光というペンネームで売れっ子作家となっている。
バーから綺羅先生に電話をかけた。
「元気か?今、君が大暴れしていた例の北千住のバーで一杯飲
んでるよ。君が引っ越ししてからは、このバーで喧嘩騒ぎが
なくなって、皆さん平和であるそうだが、あの狂おしかった
日々をみんな懐かしがってるぞ」
「ハハハハハハハ。俺は俺で引っ越し先であたらしいバー見つ
けて、そこでは相変わらず大盛りあがってると伝えておいて
くれ。ところで来年の始めに俺の全集が出ることになったよ」
綺羅先生のお書きになる本は、フランス書院から発売されるエ
ロティック小説だから、全集をもらっても家には置きにくい。
贈ってもらわなくてもいいぞ、と言う前に綺羅先生、
「ということだから、10冊くらい買って売り上げに貢献しろ」。
綺羅先生と年内の再会を約束し、バーを出て、また客引きに袖
を引かれつつも振り切り、もう一軒はしごをした。同じ東京で
はありながら初めていった場所だから、江坂のナイス案内で北
千住のちいさな旅を満喫した気分だった。