2008年10月15日
秋深し となりはなにを するひとぞ
もし隣人がこういった感想をわたしに持つとすれば答え
はこうなるだろう。
秋深し わたしは本を 読むひとぞ
これが秋の例年であるが、どういうわけか今年はこうい
っていない。なぜいっていないかというとスランプなの
である。活字スランプなのです。こうなると活字を見る
ことが嬉しくもなんともないのです。活字スランプはひ
どいときには数ヶ月つづくこともあった。新聞さえ見る
のも嫌。会社の書類をみるのもしんどいということもあ
った。さすがに最近はそれほどのスランプはなく新聞も
読めば、各部門から提出される企画書も読む。
でもわたしは知っている。スランプであることを。
でもわたしはスランプからの脱出方法も知っている。
あたらしい作家にまったく触手がわかないとき(スラン
プ)は、昔読んだ、こりゃおもしろいと夢中になって読
んだ本を再読再々読するのである。そうしてる内にいつ
のまにか常態の活字中毒者になりスランプから脱出する
のである。ということで、司馬遼太郎や藤沢周平はわた
しにとって或る意味ではドクターでもあるのだ。
「カスヤさんは司馬・藤沢ファンだと聞きますが、理由
は?」
と聞かれることがあると、
「ドクターですねえあのご両人は」
と答え、聞いた相手を困惑させることがあるが、上記の
理由などいくら説明しても同調されることはないから、
困惑させたまま、困惑されたままにしておくことも多い。
今回のスランプ中は藤沢周平の用心棒シリーズを読みま
くった。再読を通り越して再々再々読であるが、ふしぎ
なもので、またあらたな箇所を発見した。シリーズ第3
弾の「刺客」など、初めて読んでいる物語りのような感
覚さえあった。こうなればしめたものである。読むおも
しろさに刺激され、昼休み時間に事務所を抜けだし本屋
に行き、新刊本を3冊手に入れたから、どうやら今回の
スランプは今日で終わったようであります。
ちなみに、今回の新本は
「浜町河岸の生き神様」
佐藤雅美著・縮尻鏡三郎シリーズ。
帯のコメントは、
とかくこの世は、金と色。出世をしくじった御家人、縮
尻鏡三郎の見事なお裁き。人気シリーズ第3弾。
「百億の星と千億の生命」
カール・セーガン著。
帯のコメントは
地球温暖化を警告していたのは誰だったのか? 空前絶
後の天才科学者からの感動のラスト・メッセージ。
「世界一高いワイン ジェファーソン・ボトルの酔えな
い事情」
ベンジャンミン・ウォレス著。
帯のコメントは、
建国の父が遺した奇跡のワインか?
史上最高額のサラダドレッシングか?
アメリカ第3代大統領ジェファーソンが革命直前のパリ
で購入したという「シャトー・ラフィット1787」。
1985年に競売にかけられて以来、現在もまだワイン
界を翻弄するボトルの真実に迫ったノンフィクション。
どうですかおもしろそうでしょう。
明日からは、18日に東大寺で行われるコンサートの為
に奈良入りをする。企画制作された仕込みが予定通り進
むか? が明日明後日のわたしの仕事である。建設現場
でいえば、いわば大工の棟梁のような立場である。現場
には張り付くが現場仕事を担当しているわけじゃない。
時間はたっぷりある。東大寺の境内に座り込み、秋晴れ
の空の下、大仏様を前にして、知的欲求に浸ろう。