命名結婚式のことを書いた翌日に葬式の話もナンだな、、、と思いつつも、今まで、特に何も感じなかった「戒名」について思うところがあったので、書き残しておきたい。
先般、仙台の友人であり、コンサートイベンターGIPの社長である佐藤寿彦さんのお父さん(勝さん)が亡くなった。遠路でもあり、当日は都内で予定が組まれていたこともあり、葬儀に参加することは叶わず、献花だけさせてもらった。そのお礼状が、佐藤さんから届いた。
法名「浄岳好音勝善居士」を頂き、諸事万端滞りなく相営みました。とある。
そして、葬儀の報告の後に、亡父について簡潔な文章で語られていた。
(以下文章を抜粋)
父は以前、日本電信電話公社に勤務しており、
昭和20年代に仕事の傍ら、米軍の進駐軍でバンドの活動をしておりました。
パートはギターでした。
生前は良くギターを弾き鳴らし、唄を歌っていたことを思い出します。
「音楽」を愛し、「山菜」を愛した父らしい法名をいただきました。
今頃、天国でギターを弾きながら酒を飲んでいる事でしょう。
あらためて法名を見ると、(浄土真宗は戒名ではなく法名という)山と音楽が好きだった勝さん(善居士)と、亡き父上の生涯をあらわす名前になっている。どこのお坊さんが名付けたかは知らないが、法名の付け方に感心してしまった。