2009年10月5日
中秋の名月。
中秋の名月は陰暦八月十五夜の月で、なんとなく新暦で
は9月15日の夜半の月だとおもっていたが今年は10
月3日だった。
その10月3日の土曜日。怪人Tに連絡すると葉山でヒ
マしてますというから、松茸ご飯を馳走するから食いに
来いと招集をかけ伊豆山で集合。伊豆山銀座の八百屋の
店番のばあさんに、まったけあるかい? と聞くと、
「今日はありませんです」
と答えるが目の前の木箱に気持ちおおぶりの松茸が5本
入って3000円とあるのを発見。はたして高いのか安
いのか。このばあさんは店主のおかあさんで、近所のお
っかさんどもと日がな店頭で井戸端会議はするが品物に
ついてはなにもしらない人だから、こりゃ聞く相手が悪
いとおもってるところに外から戻ってきた店主が顔出し、
「韓国産です。松茸ごはんですか? 火が入ればこれは
これで香りもでるから豪勢に5本全部つかったらどー
です」
ということで松茸をゲット。
松茸の横に白なす青なすと書かれたなすが売られていた。
なんですかこのなすは?
「さあー。小田原の農家で栽培してますが、めずらしそ
うなんで仕入れましたがよくわかりません。そこには
普通のなすより甘みがつよいとは書いてあるけど、普
通とおなじように煮たり焼いたり炒めたりで食うんじ
ゃないですかねえ。1袋5本で380円ですが、いつ
もおせわになってるから持ってってくださいよ。あと
で美味かったかどうかおしえてくれればいいですよ」
と白なす青なすは無料でゲット。ついでに出汁にしよう
と永谷園の松茸のお吸い物をゲット。
白なす青なすはちいさく切って、つゆの素に伊豆の名物
だいだいポン酢をくわえ瓶につめピクルスに。はたして
美味かったかそうでなかったかの答えを八百屋に返すの
は2週間後になるかな。
福岡の寿司屋の親父から実家で獲れた今年の新米だとも
らった米を研ぎ、松茸のお吸い物2袋を溶いた水をそそ
ぎ、松茸をどさっと入れ土鍋で飯を炊いた。15分もす
ると家中に松茸の香りがぷんぷんと匂った。あとは火を
止め20分ほど蒸す。別の土鍋でソーセージとハムをス
モークする。こちらもできあがるまで20分ほどかかる。
20分待てば松茸ご飯とスモークが一緒に出来上がる段
取りだ。この間にベランダにでて植木の手入れをすると、
椰子のおおきな鉢にキノコが生えているのをみつけた。
色・艶・姿・形はなめたけにそっくりである。携帯に写
真をとり、植物に詳しいBにメールで送ると、
「食えるかもしれんが気をつけろ」
と返事が来る。まさか食うことはしないがねと返信する
と、
「となりのおじちゃんきのこはえてるでェ」
とわけのわからない返信が来てるうちに、いよいよ松茸
ご飯とハムソーセージのスモークができあがった。怪人
Tと夕飯。松茸ご飯はすこし味が淡泊で、醤油を少々、
酒を少々加えるべきだったという課題がのこったが、な
にしろ松茸満載である。美味美味。3000円で秋の味
覚の大贅沢をした。
スモークは燻す時間がすこし足らなかったかもしれん。
桜のチップをもうすこし燃やすべきだったかという課題
がのこったが、自家製としては上出来だった。
食事の最後に、ハーゲンダッツの紅茶アイスクリームに
牛乳を加えミルでウイ〜ンウイ〜ンとシェイクしバナナ
にどろーりとかけたデザート「伊豆山風バナーナ・ハー
ゲンダッツ紅茶アイスクリーム・デ・ミルク」を食って
食事は終了。
洗い物をすませ、ベランダに出て一服してると遠くから
祭り囃子が風に乗って聞こえてきた。テキ屋のM嬢に電
話すると、江戸時代、走り湯と呼ばれた伊豆熱海の温泉
を徳川家康に献上したという由来にまつわる湯上げ神社
の今日はその祭礼だという。山を下って町に降りると山
車を先頭に、芸者衆、男集、子供衆が行列をつくり糸川、
初川にかかる橋をわたり、銀座通りを練り歩いていた。
地元の町衆の祭りで観光客は訪れるわけではない。商売
にはならんとM嬢は屋台はだしていなかった。
祭り見物をして伊豆山にもどると南西の空に月がかかっ
ていた。中秋の名月である。そうか。湯上げ神社は温泉
奉納を神社の縁起とするから、温泉が一番良くなってく
る秋の入り口の中秋の名月の日が祭礼なんだかもなと勝
手に想像し納得する。セーターを着込みベランダに出て、
怪人Tと雲に見え隠れする名月を追いながら月見と洒落
た。
怪人Tの住む葉山では、空気が澄んでいて快晴の満月の
夜という条件に恵まれれば、月明かりに浮かぶ富士山が
相模湾の向こうに見えることがあるという。この条件は
まず冬場に限られるらしい。富士の高嶺に降った雪に月
明かりが反射し夜空にうすく銀色に輝き、とても幻想的
な美しさですと怪人は言う。
しかし、いったい外国では月見という風習はあるのだろ
うか。英語では満月の夜はルナティックなどと狂気をあ
らわす。たしかに満月の明かりは昼とまごうばかりの明
るさで輝きこの世を照らしだすから、太陽神信仰者から
見れば、まさにダークサイドの世界が浮かび上がってい
るのだろう。月見と洒落る風雅などはないのかもしれな
い。
しかしだからといってわたしと怪人Tは風雅であろうか。
平安時代初期。嵯峨天皇と空海が月見をしたとの伝説が
のこる大沢の池には当時の船が復元されているが屋形船
で、わたしはそれを見て、これじゃ月をみるのに屋形が
じゃまではないかと思っちゃったが、これが悲しいかな
下々の発想であった。かの世の貴人たちは直接物を見る
などという下品なことはしないのである。天皇が御簾の
なかに鎮座するのもご神体が奥に隠れているのもすべて
その美意識からくるのである。嵯峨天皇も空海も池に浮
かぶ月を愛でるのである。彼らが眺めた中秋の名月は池
の水に映った月であり、風がそよげばムーンリバーなの
である。
松茸ご飯。秋祭り。中秋の名月と秋三題を楽しむという
せめて風流なことではあったが、今だ風雅には至らずを
知ったのであります。しかし、修行の足らなさは自覚し
ながらも、万葉集の柿本人麻呂の歌
「去年見てし秋の月夜は照らせれど相見し妹はいや年
さかる」
などを詠めば、仮にムーンリバーを詠んだものだとして
も、一緒に見たあのひとはひとつ年を重ねてしまったこ
とだろう、、、などと女性の年を数えるなどと失礼な観
想をしているところをみると、人麻呂君も修行が足らな
かったのかもしれんなあ、、、
いやご同輩でござるなあ、、、
と安心しているようじゃ、ますます修行が足らないので
ありましょう。ポテチン。