当たり前ですが… 今年も死ぬまで忘れられない【3.11】が巡って来ました…三回目の三月の日…。
毎年書いてるけど俺は故郷九州の新幹線 新大牟田駅開業イベントセレモニーへの出演の為に、たまたま大牟田に帰りステージでリハーサルを行っていたその時に震災は起きた。デビューして20余年、初めて市から正式に呼んで貰った歌手としての記念すべき行事になるはずでした……。
東京に居たら感じていたはずの揺れは当然感じる事なく、遠く離れた場所だけに、ただいたずらに錯綜する情報を集めニュースを見て、繋がらない電話に苛立った。何が文明で何が安全、平和な社会なのか? 離れた場所で心が乱れて内心パニックだった。東京のスタッフやメンバーや事務所は?東日本のファンの人たちは?? 起こっている現実が理解出来ずワケが分からなかった。
そこから先の自分が生きてゆく手段である仕事のことも、もう何もかもが不透明になった。
実際にあるべきライブも無くなり、その後の東北や東日本での仕事までも無くなった。いわゆる震災被害に見舞われた。二次的被害、それは暮らしに直結する由々しき問題だった…。
それでも自分に出来る〈チャリティー〉ではなく、僅かながらもボランティアを続けた。ライブもCDの売り上げも。そんな事で何かの役に立つなんて思ってもいない、ただ、その時だけ「ボランティアだ!チャリティーだ!復興だ!節約だーッ!」とブームの様に叫んでいるいわゆる世論やマスコミと同じ様にはなりたくなかった。震災に乗じて稼いでいる人間も居た、しかもチャリティーをうたいながらね、そんな事に対する苛立ちもあった。
だから弱小ミュージシャンなりのささやかな反抗でありメッセージのような気持ちやったんかもしれない。募金された金は何処へ行った?困ってる人は救われているのか?忘れちゃいけんやろ?!ていう想いで。
3.11だけ記念日的に盛り上がってお涙頂戴のドキュメントや復興を遂げたようなニュースをバンバン流して、一日過ぎたらもうすっかりバラエティー番組一色になっとる今年のテレビ各局を見てやっぱりガッカリした…金も力も発信力もある人間から真実を毎日少しずつでもいいけん伝えて欲しい!て思った。
サリン事件や飲酒運転事故、秋葉原の無差別事件、イジメや暴力の問題など折に触れ忘れてはならない社会の闇を抱えた事件事故もある。それを記念日的に思い出したり、同様の事が起こって困惑していてもいけない。情報化社会やからこそ日々そういった暗部にも目を向けて再発防止に務めて欲しいといと想う。
今年、被災地に赴く余裕も金も俺にはなかった。ただオカリナアルバム『帰郷~おかえり~』を慰霊祭で流して頂けるという事でCDを贈らせて頂きました。
現地に行って演奏や歌を奉納させて頂きたい!今は切にそう願っています。何が出来るワケでもない、、ただinfixというバンドを無名の頃から受け入れて応援して温かく迎えて下さったその地域や人々に恩返しの真似事でもさせて頂きたい…そんな想いです。
日本の状況も刻々と変化しています。人々の心もどこか離れて荒んで行く風潮が否めません。戦争や震災、天災の恐ろしさを知っている日本人だからこそスローガンだけの『絆』や『がんばろう日本』じゃなく、本来の優しさを持った国民性を持ち続けて欲しいと思います。そしてそんな一翼を音楽や番組や…少しだけ担えればと願っています。
運命に導かれ、また同じこの3月に故郷の大牟田に戻ります。しかも初めてデビュー記念日というモノを大牟田で迎えます。自分がいつ生まれいつ死ぬのかもきめられないのが人間…宿命を感じながら運命に導かれ、少しでも生きた証しを残したいです…。震災がなければ、そして故郷で迎えていなければ作る事がなかったであろうオカリナバラードアルバム『帰郷~おかえり~』を持って俺はメッセージを携えて帰るから…。
3月22日23日は大牟田市の真ん中、銀座通り商店街のイベント、二十日えびす、そしてまちなかシリコンバレーでお会いしましょう。