カテゴリ:OMEGA
- オリンピックにおける計時の進化を振り返る/オメガ[ 2012-05-21 21:00 ]
- トラファルガー広場などにオメガ・カウントダウンクロック[ 2012-05-16 17:04 ]
- ロンドン五輪、現地リポート/オメガ公式計時2012年[ 2012-05-14 17:27 ]
- 新宿髙島屋で「オメガワールド 2012」開催[ 2012-05-14 17:03 ]
- オメガ社長、計時責任者、インタビュー[ 2012-05-05 07:05 ]
- ロンドン五輪デモ競技:OMEGA[ 2012-05-05 01:29 ]
- オメガハウス公開:ロンドン五輪[ 2012-05-04 19:16 ]
- ロンドン橋の上でディナー:オメガ[ 2012-05-04 04:30 ]
- 陸上競技場内 ロンドン五輪[ 2012-05-03 23:23 ]
- ロンドン五輪会場到着ーオメガ[ 2012-05-03 22:52 ]

今月、開会前のロンドン五輪現地取材を実行しました。本大会におけるオメガの公式計時の詳細に触れる前に、80年にも及ぶオメガのオリンピック公式計時の歴史を振り返ってみたいと思います。
オメガは1世紀にわたって国際的な競技会の計時に携わっており、オメガが誇るオリンピックでの伝統は1932年までさかのぼります。
オメガはその歴史と伝統をもとに、ロンドンオリンピックで公式タイムキーパーを務めます。
オメガはスポーツ計時で高い精度を誇るブランドとして圧倒的な評価を得ていますが、オメガの計時・データ処理チームが、その高い評価を支えてきた技能、そしてこれまでの24回に及ぶオリンピックでの経験を生かします。
以下に、オリンピックにおける計時に関するオメガの主な歩みを一部抜粋します。公式ウェブサイト(http://www.omegawatches.com/spirit/sports/olympic-timekeeping)でもオリンピックでの計時におけるオメガの歴史について紹介されています。
・1932
1932年は、スポーツ計時の歴史において、決定的な瞬間でした。オメガはこの年に、ロサンゼルスオリンピックの公式タイムキーパーとなり、全競技用に30個の精密なクロノグラフ――いずれもヌシャテル天文台がクロノメーターとして認定したもの――を提供しました。このように、クロノグラフの精度が公式に認定されていたため、オリンピック組織委員会はオメガをパートナーとして選びました。競技の公式結果は5分の1秒および10分の1秒単位で計時されました。
・1936
ベルリンオリンピックでは、オメガの29歳の時計職人、ポール・ルイ・ギニャールが、185個のクロノグラフをスーツケースに入れて、ビエンヌからドイツの首都まで運びました。このオリンピックでは、米国のジェシー・オーエンスが4つの金メダルを獲得し、英雄となりました。当時の選手たちは、小さなシャベルを使ってスタートラインに穴を掘り、そこに足を入れてスタートを切っていました。
・1948
1948年のサンモリッツ冬季オリンピックで、オメガは初めてセル方式の光電センサーを使用しました。持ち運びしやすく、電気回路網から独立しているだけでなく、耐水性があり、激しい気温の変化にも対応できます。その赤外線技術は、太陽光やフラッシュによるいわゆる寄生反射の影響も受けません。
ロンドンオリンピックでは、British Race Finish Recording社が「マジック・アイ」という名の世界初の写真判定カメラを開発しました。これにより、連続撮影を行うと同時に、ボートレースからサイクリングに至るまでのあらゆるスポーツのニーズに合わせ、速度を記録することが可能になりました。この装置は、オメガの計時器材と連動していました。このオリンピックから、機械の精度が人間の精度を上回るようになりました。
・1952
1949年に「マジック・アイ」の後を継いだ「レースエンド・オメガ・タイマー」は、アスリートがゴールを切る瞬間の写真の下に100分の1秒単位のタイムを記録しました。この器材は、1952年のオリンピックまでに「フォトフィニッシュ」と改名されました。次にクォーツと電子機器の時代が到来し、特に持ち運びしやすく、電気回路網から独立しているオメガ・タイム・レコーダでは、ロール紙に計時結果を印刷できるようになりました。オメガはこれにより、名誉ある「オリンピック・クロス・オブ・メリット」を受賞しました。公式タイムは実際の結果に最も近い100分の1秒まで記録されるようになりました。
・1956
1956年にイタリアで開催されたコルティナダンペッツォ冬季オリンピックのアルペンスキー競技では、スターティングゲートが初めて使用されました。音響信号機(ブザーは赤・黄・青のカウントダウンに同期)により、自動的にスタート時刻が計時できるようになりました
最も画期的なイノベーション、「Swim Eight-O-Matic」タイマーは、メルボルンオリンピックのプールで使用されました。これは競泳用の初のデジタル・ディスプレイ付き半自動計時機器で、これによりタイムキーパーは、2人の選手がほぼ同着したとしても、どちらが勝ったかを判定できるようになりました。
・1960
オメガが人の目で勝敗を判定した最後のオリンピックである1960年のローマオリンピックでは、ある競技の結果が議論を呼び、これがプールで次の大きなイノベーションを誕生させました。オメガはスイスのビールのメーカーとの共同開発により、自動タッチパッドを発明したのです。しかしこのタッチパッドは、1967年にウィニペグで開催されたパンアメリカン国際競技大会まで、競泳用に使用されることはありませんでした。
・1964
1961年に発明された「オメガスコープ」は、テレビの画面下部に計時の数字を表示することで、スポーツのテレビ中継にリアルタイムのコンセプトを導入しました。何百万人ものテレビ視聴者に対して記録をオープンに表示することで、誤差をなくし、計時の世界に革命を起こしたのです。これは、1964年のインスブルック冬季オリンピックで使用され、電子計時に完全に移行した初のオリンピックとなりました。会場から遠く離れた場所で観客が競技に関する豊富な情報をこれほど素早く入手できるようになったのは初めてのことです。
・1968
グルノーブルとメキシコシティのオリンピックでは「統合計時(Integrated timing )」が導入されました。自動電子計時を初めて実施し、統計分析の結果を審判、コーチ、メディアに提供しました。結果の一部は一般にも公表されました。写真印刷機の誕生により、競技の結果はさらに迅速かつ広範に頒布できるようになりました。現代の具体的な計時方法を実現したことで、オメガは歴史的なターニングポイントを迎えました。
最も話題を集めたテクノロジーは、プールのタッチパッドでした。これにより、競泳選手自身の手で時計を止められるようになったので、プールサイドにタイムキーパーを配置する必要がなくなりました。
また、各スターティングブロックの後ろにラウドスピーカーを設置することで、競技者全員が同時にスタートの合図を聞き取れるようになりました。「Swim Eight-O-Matic」の後継として開発された「Swim-O-Matic」は、実際の記録に最も近い1,000分の1秒まで正確に計時できましたが、1972年になるまでシステムの完全な性能を発揮することはできませんでした(1972年になっても1つの競技でしか使用されませんでした)。
・1972
ミュンヘンオリンピックの競泳種目の観客は、1,000分の1秒単位の差で金メダルと銀メダルが分かれた前代未聞の事件を目撃しました。これによって結果的に競泳のルールも変わりました。400メートル男子個人メドレーの決勝で、ヨーロッパ選手権で2回優勝したスウェーデンのグンナール・ラーションと米国のティム・マッキーが、4:31.98という同じタイムで時計を止めたのです。当時の詳細なタイムはそれぞれ4:31.981と4:31.983ということで、ラーションがチャンピオンに輝きました。しかしその後、国際水泳連盟(FINA)のルールブックが改正され、以後は100分の1秒単位でのみ計時が行われることになりました。
・1976
最も記憶に残った瞬間の1つは、ナディア・コマネチの10点満点がスコアボード上では1.00と表示されたことです。スコアボードは完璧なパフォーマンスに対応できるよう設計されていなかったのです。しかしそれでも、観客には何が起こったのか分かっていました。
・1980
アスリートがゴールを切った瞬間にランキングを計算し、表示するオメガの「Game-O-Matic」が、レークプラシッド冬季オリンピックで初めて使用されました。
モスクワオリンピックでは、新しいバージョンの「Swim-O-Matic」が使用されました。これは重量がわずか1.2キログラムのクロノメーター・ブリーフケースで、1976年のオリンピック大会で使用されていた150キログラムの計器に比べ、持ち運びも設置も格段に簡単になりました。
・1984
ロサンゼルスオリンピックでは、カラーの写真判定画像が初めて導入され、アスリートがサインをした写真は大事に扱われました。1984年のオリンピックでは、オメガのフォルススタート制御装置(いわゆる「フライング」を検出する装置)も初めて導入されました。
また正確な計時により、オリンピックの競泳史上で初めて2人の選手が同時に金メダルを獲得しました。100メートル自由形で、キャリー・スタインサイファーとナンシー・ホグスヘッド(ともに米国)が55.92秒を記録したのです。
・1988
カルガリーとソウルのオリンピックでは計時が初めてコンピュータ化され、結果と分析の内容が将来の参照用にデータベースに保存されました。オメガのビデオマトリックスボードは、ソウルでカラー映像を提供しました。
・1992
オメガは1992年のアルベールビル冬季オリンピックで、スピードスケート競技に「Scan-O-Vision」システムを提供しました。これにより、スケート選手がゴールを切るのに合わせ、実際の記録に最も近い1,000分の1秒までデジタル計時を行いました。システムは、時間と連続写真を単一のドキュメントに融合させることで、時間を効果的に記録しました。これは計時の科学に新しい章を刻みました。
・1996
アトランタオリンピックでは、全競技種目で計時の3要素(計時、データ処理、結果の頒布)を統合し、「グローバル」なオリンピック計時を初めて実現することができました。これは1961年のオメガスコープの導入と1968年のメキシコシティオリンピックの統合計時の実現に続く、現代計時における3度目の大きな飛躍です。アトランタでスウォッチは20個のイノベーションを導入しましたが、そのうちの1つは、サバンナでのヨットレースで使用されたグローバル・ポジショニング・システム(GPS)です。陸上競技の短距離走では、加速度と走る速度が計測されました。そのデータによると、オリンピックの100メートル走で優勝したドノバン・ベイリーは、スタートが最も遅れたにもかかわらず、最大の加速と、ゴールに至るまで最高の速度を一定して維持できたために勝利を収められたことが明かされました。2000オメガは2000年に、www.omegatiming.comで「ライブタイミング」を導入しました。これにより、水泳選手がタッチパッドに触れてから15秒以内に、一連のスプリットタイム、ランキング、記録などの情報を世界中のオーディエンスがインターネット上で読み、ダウンロードすることが可能になりました。一部のスポーツでは、テクノロジーを利用してテレビの画面上に世界記録を示す線を引くことで、アスリートが世界記録にどれだけ近づいているかを表示することができるようになりました。
・2004-2006
テニスの大会などでは既に使用されていたレーダーガンが、2004年のアテネオリンピックのビーチバレー競技で初めて導入されました。
2006年のトリノ冬季オリンピックでは、スピードスケート選手の足首にトランスポンダー(計測発信機)を装着して、急激な加速、ヘアピンカーブでの速度、選手が転倒してリタイアする瞬間などの情報をタイムキーパーが収集しました。

・2008
北京では、スポーツ計時の世界で多くの改善が行われましたが、特筆すべきなのは、ハイスピードカメラと新しい計時、スコアリング、およびフォルススタートシステムの導入です。さらなる効果を得るため、GPSシステムとビブトランスポンダー(ゼッケンに付ける計測発信機)も使用されました。100メートルバタフライでマイケル・フェルプスが0.01秒という水泳競技では計測可能な最小の差で銀メダリストを下したこの大会は、いつまでも人々の記憶に残ることでしょう。結果については当初、異議も唱えられましたが、ハイスピードカメラのバックアップシステムにより、オメガの電子計時システムが完璧に機能していたことが証明されました。
・2010
バンクーバーで新たに導入されたスポーツ計時装置の中で最も話題を集めたのは、新型の電子スタートシステムでした。オリンピックで最も印象的なイメージの1つは、西部劇の映画で人気のリボルバーを思わせる、スタートの合図をするピストルです。冬季オリンピックおよびパラリンピックでは、ピストルの代わりに、フラッシュガンと音響発生ボックスから成る、合理的で未来的なデバイスが使用されました。スターターが引き金を引くと、3つのことが同時に起こります。すなわち、音が「再生」され、光のフラッシュが放出され、デバイスの計時が開始されます。2秒以内に再度引き金を引くと、フォルススタート(フライング)の合図が鳴ります。音の種類はコンピュータで変更し、ダウンロードすることが可能です。
・2012以降
オリンピックが開催されるたび、オメガの計時専門家は、世界一流のスポーツ計時の技術と科学の見直しを重ね、さらに磨きをかけてきました。彼らは2012年のロンドン、2014年のソチ、そしてその後のオリンピックでも、必ずや画期的な試みを実施することでしょう。オメガとIOCはこのほど契約を2020年のオリンピックまで延長しました。

ロンドン五輪のオメガ・カウントダウンクロックは、トラファルガー広場に設置されています。
2011年3月14日、ロンドンオリンピック・パラリンピック組織委員会(LOCOG)と2012年ロンドンオリンピックの公式タイムキーパーを務めるオメガは、トラファルガー広場でカウントダウンクロックの除幕式を行いました。
カウントダウンクロックのデザインは、同大会にちなんだもの。カウントダウンクロックに走る光線は、ロンドンの町と時間の基点であるグリニッジ子午線とロンドンとの関係をイメージ。

トラファルガー広場をカウントダウンクロックの設置場所に選んだのは、トラファルガー広場が、ロンドン内外から毎年何百万人もの人が訪れるロンドン屈指の名所であり、ロンドンを象徴する場所であるためです。ロンドンがオリンピックの開催地に選ばれた際に祝賀イベントの中心地となったトラファルガー広場が、2012年ロンドンオリンピックに向けた準備においても重要な役割を果たすことになります。
カウントダウンクロックは、プレストンに拠点を置くある企業が製造する鋼鉄で作られており、高さは6.5メートルで幅5メートル、重さは約4トン。組み立ては、同広場で10人がかりで2日間かけて行われました。照明デザインは英国企業が担当しました。
LOCOGのセブ・コー委員長は、次のように述べました。「オメガのカウントダウンクロックのお披露目は、オリンピックに向けたひとつの重要な節目となっており、オリンピック・ムーブメントの伝統とも言えるものです。トラファルガー広場を訪れた誰もが、2012年ロンドンオリンピックの開幕に向けたカウントダウンが本格的に始まったこと、地球最大のショーが間もなくわが国で開催されることを日々絶え間なく実感することになるのです。
アスリートの競技人生は、計時によって決まります。節目となるこの瞬間が、2012年に最高の舞台で戦えるよう、彼らの士気を高めるきっかけとなることを願っています。オリンピック出場を目指すアスリートたちは、その目標に向けた準備の最終段階にあり、オリンピック出場の夢が現実へと近づくこれからの500日間は、彼らにとって非常に重要な期間なのです」
一方、オメガのステファン・ウルクハート社長は、ロンドンの地で64年ぶりにオリンピックの計時を務めることを心待ちにしていると前置きし。「オリンピックが前回この地で開催された1948年には、オメガは全競技全種目の計時を担当しました。光電管、オメガの全自動計時システム、オリンピック史上初の写真判定カメラを採用した同大会は、計時技術の歴史に残る記念すべき大会となりました。そして、現在の私たちがそうであるように、当時もオメガは国際オリンピック委員会と世界の偉大なアスリートたちのお役に立てることを誇りとしていました」と述べました。
また、ロンドンのボリス・ジョンソン市長は、「ロンドンのまさに中心であるこの地で、今この瞬間にカウントダウンが始まります。記憶に残る最高の大会に向けて準備が整い、興奮がトラファルガー広場から偉大なるこの都市の隅々にまで広がるのです。500日後、聖火台が炎を上げて世界最大のスポーツの祭典の幕開けを告げ、2012年ロンドンオリンピックがその輝かしい遺産を明らかにすると、ロンドンは熱狂的な雰囲気に包まれるはずです」との言葉を寄せました。


オメガが公式計時を担当する、今季のロンドン五輪開幕に先駆けて今月初旬(2012年5月2日-同5日)にかけてロンドン取材を敢行。完成したばかりのトラックやスタンドに立つこともできて感激しました。
滞在中は薄曇りで、ときに雨がぱらつき、肌寒かったのですが、空港から中心地のピカデリー周辺、そこからオリンピック競技場のある東部エリアにかけて、官民一体となって五輪開催を盛り上げる気運で活気づいていました。
アートや音楽の発信地としても機能してきたsohoエリアには、五輪会期中にセレブらも迎えるオメガ・ハウスの準備が着々と進行中。周囲をパトロールする警察官も多く見かけ、sohoの治安がさらに良くなった印象でした。

今季ロンドン五輪はオメガにとって、また進化を続ける計時という観点からも特別なもの。なぜならスイスが世界に誇る時計ブランド、オメガがオリンピックで公式計時を担当してから今年は80年目であり、オメガが五輪のオフィシャルタイムキーパーを行うのは25回目となります。
前回ロンドンでオリンピックが開催されたのは、さかのぼること64年前の1948年。このときオメガは、全競技全種目の計時を担当。光電管、オメガの全自動計時システム、オリンピック史上初の写真判定カメラを採用しています。
まさに近代オリンピック計時の進化の象徴がオメガ。

以下は、オメガ社長(写真)であるステファン・ウルクハート氏のコメントです。
2012年ロンドンオリンピックは、オメガにとって特別な意味を持っています。オメガが公式タイムキーパーを務めるのは25度目、オメガが初めてオリンピックで公式計時を担当してから80年目という節目の大会であるためです。また、1948年に光電管、スターティングブロック、写真判定用スリットカメラの導入によってスポーツ競技における近代的な計時法が誕生した地への回帰でもあります。
ロンドンでは、2012年ロンドンオリンピックを前に町全体が活性化しており、ウェンブリースタジアム、ウィンブルドン、ローズ・クリケット競技場、グリニッジ公園をはじめとする様々な専用競技場や大会を象徴するような会場も準備されています。オリンピックの会場として歴史的な場所と現代的な場所をこれほどまでに素晴らしく組み合わせて提供できる都市は世界でもロンドンを置いて他にないでしょう。各会場で行われる競技一つひとつの計時が楽しみです。
私たちは、国際オリンピック委員会(IOC)とのパートナーシップを重視しており、またオリンピックを世界最大のスポーツの祭典たらしめている才能あるアスリートたちに貢献できることを誇りに思っています。これまで計時およびデータ処理にもたらされた極めて重要な技術革新のうちの一部は、IOCとの関係によって生まれたものなのです。
どのオリンピックでもそうであったように、オメガはロンドンでも革新的な計時技術を新たに採用します。この新技術によって、競技結果の頒布、表示、保存がより柔軟に行えるようになります。しかし、その目指すところが、オメガが初めて公式計時を担当した1932年のオリンピックにおいて各競技の計時に使用されたクロノグラフ(ストップウォッチ)と同じ、世界のトップアスリートたちの非凡な功績を後世に残すことであることに変わりはありません。
(ステファン・ウルクハート氏)


オメガ
シーマスター アクアテラクロノグラフ ロンドンオリンピック
価格:693,000円 ケース径:44mm ステンレススティール

オメガ
シーマスター アクアテラ ロンドンオリンピック
価格:525,000円 ケース径:34mm ステンレススティール
新宿髙島屋で2012年5月23日(水)から6月26日(火)にかけて、「オメガワールド2012」が開催されます。
同6月13日(水)から26日(火)は、ウエルカムゾーン2階にてオリンピック特別展示が実施されます。
オメガは五輪公式計時を最も多くつとめる時計ブランド。今回のロンドン大会では25回目の公式計時担当となります。
これを記念し、ウエルカムゾーン2階ではオリンピックをテーマに特別展示が実現。
「シーマスター アクアテラ クロノグラフ ロンドンオリンピックモデル」をはじめ、コンステレーションシリーズ等、豊富なコレクションも揃います。

・フェア名称:オメガワールド2012
・期間:2012年5月23日(水)→6月26日(火)
2012年6月13日→26日(火)はウエルカムゾーン2階でオリンピック特別展示も開催
・会場新宿髙島屋 / 4階ウオッチサロン
新宿髙島屋 / ウエルカムゾーン2階
・住所:東京都渋谷区千駄ヶ谷5丁目24番2号
・営業時間午前10時~午後8時
(土曜日 午前10時~午後8時30分)
(問):直通TEL(03)5361-1701


本日はオメガ社長、計時責任者に共同インタビューを実施しました。


オリンピックの公式計時は、2020年大会まで
オメガが行うことが決まっています。
そこで社長には、公式計時についての展望などについて幅広く語って頂きました。

ロンドン五輪期間中に、オメガがセレブリティを招いてパーティを開いたり、重要なミーティングを行うOMEGA HOUSEを初公開。

場所はロンドンのSoho。オメガ社長ステファン.ウルクハートより詳細を発表中です。

ロンドン五輪会場に来ています。
ロンドン五輪オフィシャルタイムキーピング、オメガ。
大会に先駆けて本日、オメガ ワールドプレスツアーがスタート。世界各国からロンドン五輪会場にプレスが集結。公式計時について取材を開始しました。
写真は自転車競技場です。
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