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(C)松本零士
愛用の機械式クロノグラフを「守り神」のような存在として大切にする大御所漫画家の松本零士氏。
〈JTB時刻表〉(2009年4月1日発売号 JTBパブリッシング)の表紙を、そんな松本零士氏の作品、〈銀河鉄道999〉のヒロイン、メーテルと999号が飾り、巻頭コラム(カラー)には、氏が18歳で上京するときの志などが綴られています。


(C)松本零士
また、松本零士氏がアトリエを構える大泉学園駅には、再開発、街おこしの一環として構内に、〈銀河鉄道999〉の車掌さんの大きなオブジェなどが飾られています。外壁を飾る、ご覧のようなイラストも見応えがあります。



「25歳の時、とにかく文字盤がごちゃごちゃしているクロノグラフが欲しくなり、原稿料を叩き全財産の5万円を持って新宿から各時計店を回りました。
ようやく銀座の天賞堂で、ブライトリングのナビタイマー1stモデルと2ndモデル、24時間表記のナビタイマー・コスモノートにオメガ・スピードマスター・プロフェッショナルを見つけました。
ベゼルが好みでなかったり、時間が見にくかったりで、ナビタイマーの2ndモデルRef.806(写真左)を買いました。
オメガも欲しかったけれど、持ち合わせの倍したので無理でした。この時に10万円持っていたら、どちらを選んでいたかわかりません。
とにかくナビタイマーを買えたのがうれしくて、それから15年間は寝ても覚めても着けっ放し。バイクの激突事故で風防ガラスが割ってしまっても天賞堂〈銀座の時計店〉で修理しました」〈エキサイトism/特集/Vol.84 腕時計の現在地。より〉
年末でご多忙の折、昨日〈2008年12月29日 月曜日〉、本年の締めのご挨拶と、来年度の打ち合わせで、漫画家の松本零士さんにお時間を頂きました。
余談ですが、松本さんのアトリエから最寄りの大泉学園駅構内では、〈銀河鉄道999〉の車掌さんの大きなオブジェが出迎えてくれ、駅前商店街〈大泉ゆめーてる商店街〉では、至る所で松本さんのイラストを堪能することができます。
その際に、松本さんは、最初に購入された上記のナビタイマーも含む、手巻き式の腕時計が好きな理由について、補足してくれました。
「手巻き時計の場合、リュウズを巻いたところまでが、自分の人生になります。このため私は、手巻き式時計に、より深い愛着に感じます。父が亡くなったとき、父の手巻き式時計は、父が巻いた分まででストップさせました。第三者がゼンマイを巻いてしまったら、その時計は巻いた人、新しい主人と共に別の人生を刻み始めてしまうからです」と話してくれました。
ご覧のように、昨日、松本さんの腕に輝いていたのは、オメガ〈スピードマスター・プロフェッショナル・ムーンフェイズ〉。往年の限定モデルで、20年ほど前に、ご本人が都内を駆け回って、何本か入手したうちの1本。
オリジナルのメタルブレスから、ステッチ入りの革ベルトに替えているのは、海外に出たときの防犯上の理由と、「むかし、山手線に乗っているときに、ベルトの糊が熱か何かで溶けて2枚に分解し、時計がダラーンとなったことがありましてね。それ以来、両サイドにステッチ縫いのあるベルトを選ぶようにしています」と話してくれました。


多くの報道で皆様ご存じの通り、ギャグ漫画界の大御所、赤塚不二夫さんが2008年8月2日に亡くなりました。
本日の告別式に参列させて頂きましたが、赤塚さんの偉大な功績、愛すべき人間性などを惜しむ多くの方々の気持ちが一極集中した弔いでした。
自ら創造したキャラクターやギャグを通じて、「これでいいのだ」と、何事も肯定的に捉え、足ることを知る精神性を知らしめてくれたことなどを痛感させてくれました。
エキサイトism〈時計特集〉松本零士時計私感で、最愛のクロノグラフなどについて語ってくださった漫画家の松本零士さんも葬儀・告別式では、赤塚さんの死を心から惜しまれ、憔悴しているようにさえ見受けられました。
一昨日と昨日、松本さんはお電話で、きょうの葬儀・告別式について、場所や時間について念押ししてくださり、その際の声のトーンニュアンスから、お元気そうなので安心していたのですが、実際の落胆ぶりは大きかった。
葬儀会場では目で挨拶し、声をかけさせて頂くのを控えさせて頂いたほどでした。
「私が九州にいて、関門海峡を潜っている時間に赤塚氏が亡くなりました。その2日前には赤塚氏の前妻が、氏の隣の病室で亡くなったという訃報をきいたばかりでした。出会ったころの、青年の日の元気だった彼の姿が思い出されます。私が仕事のことなどで落ち込んでいた若き日に、愛車のメルセデスでやって来て、江ノ島に連れて行ってくれて無言で励ましてくれたこともあるんです。心優しい男でした。本当にいい男でした。あんなに優しい男はいない」と松本零士さん。
葬儀を終えて、少し落ち着かれた頃に、このように話してくれました。
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