フォトグラファー伏見行介とフォトエディター板見浩史がおくるデジタルフォト情報。
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Thanks!!
昨年の8月から始まったこの連載も今回が最後です。
最終回の今回は、私が写真について思う事、感じている事などを思いつくまま書いてみようと思います。
「写真は楽しく!」「人が創ったモノは全て良いものだ。」
この言葉二つの言葉は、若い時に、短い間ですがアシスタントをしていたケン・モリさんという、ニューヨークのフォトグラファーから聞いた言葉です。それ以来、私の写真生活で「座右の銘」というか、「お呪い(おまじない)」というか大切な言葉です。
仕事となれば、好きで選んだこの道ですが、良いこと嫌な事、色々あります。
アートディレクターやクライアントとの意見の違い、無理な時間での撮影、気むずかしい被写体の方等々・・・ こちらも生身(未熟)なので、カッときたりする事もあります。そんな時、こころの内で「写真は楽しく!」と唱えます。すると、不思議に心に余裕がうまれます。
「人が創ったモノは全て良いものだ。」、こちらの言葉は人が創った作品の結果の善し悪しではなく、人がモノを創る行為そのものが尊いのだという事を示唆した言葉です。この考え方は結構影響を受けました。
機械からの解放
カメラやフィルムの歴史を振り返ってみると、誰もが、何処でも、簡単に楽しく写真を写せるようになるための技術の進歩でした。
その結果として、フィルムでの撮影の場合は、レンズ付きフィルムの登場に代表されるように、出来上がる写真の「質」をあまりうるさく言わなければ、誰もが写真を写せるようになりました。
デジタル時代の現在は、カメラは「質」も伴って誰もが写真を写せるようになりました。
写真が誰でも写せるようになる事、メカニズムからの解放はとても良い事だと思っています。アマチュアでもプロでも最近元気な女性フォトグラファーが増えてきたのも、写真を写す事が、機械から解放された作業になったからでしょう。その結果として、単に写真を写せるだけでは、フォトグラファーとは言えなくなりました。
昔は、写真を写す事自体がとても難しかったので、その人の感覚やセンスに関係なく、写真を写せるだけで写真家でした。また、機材も高価だったので、経済的に余裕のある人しか写真を楽しめませんでした。
デジタルカメラの場合はどうでしょう。
例えば、1995年に600万画素でボディーだけで350万円したデジタル一眼レフですが、今は、当時のカメラより性能が良いデジタル一眼レフNikon D40がレンズ付きで量販店では70,000円を切る価格で購入できます。何と12年で価格が1/50になったのです。
性能の優れた機材が購入しやすくなり、簡単に写真が写せるようにもなり、良い感覚を持っている人は、年齢や性別に関係なく優れた写真表現ができるようになったのです。
デジタル革命
カメラのみならず、色々な面でデジタル革命は起きています。インクジェットプリンターの発達、オンデマンド印刷、Webに代表される新しいメディアによる、新しい発表の場の登場等です。特に、Web関連の様々な動きは、流通革命を起こし国境の壁を取り払いました。私の会社でも、Webサイトを見て、ロンドンや韓国からの仕事の注文が来た事がありました。まさに、LANケーブルの先は世界なのです。
これから写真を写すのに必要な事
デジタル写真になり、写真は誰でもができる画像の表現手段になったのです。絵画やイラストレーションは、それなりのテクニックが必要です。でもカメラはテクノロジーの発達により、ピント合わせ、露出決定等が自動化され、シャッターボタンを押せば写るようになりました。画を描こうと思った時、持つだけで、画が描ける筆なんてこの世に存在しません。
誰でも、写真が写せるようになった現在、アマチュアにせよ、プロにせよ、写真を写すのに必要な資質はなんでしょうか?
「肝心なのは、モノを見る目だ、技術は4年もあれば、誰でも覚えられる。」
これは、近代写真の父と言われる、アルフレッド・スティーグリッツという写真家が言った言葉です。私は、これから写真を写すのに必要な事は、この言葉につきると思っています。
半年間、写し方や撮影後の処理についてご紹介してきましが、このウェブや写真の技術解説書をたくさん読めば、写真が上手になるものではありません。
デジタル写真になって、押せばその場で結果が見えるようになりました。液晶パネルに再生された、たった今写したばかりの写真。それを見たときに感じる「喜びや驚き」。その感情を何時までも忘れる事なく、大切にしてください。そして楽しんでください。
それが、写真が上手くなる秘訣です。
それでは、皆様良いデジタルフォトライフを!!
最終回の今回は、私が写真について思う事、感じている事などを思いつくまま書いてみようと思います。
「写真は楽しく!」「人が創ったモノは全て良いものだ。」
この言葉二つの言葉は、若い時に、短い間ですがアシスタントをしていたケン・モリさんという、ニューヨークのフォトグラファーから聞いた言葉です。それ以来、私の写真生活で「座右の銘」というか、「お呪い(おまじない)」というか大切な言葉です。
仕事となれば、好きで選んだこの道ですが、良いこと嫌な事、色々あります。
アートディレクターやクライアントとの意見の違い、無理な時間での撮影、気むずかしい被写体の方等々・・・ こちらも生身(未熟)なので、カッときたりする事もあります。そんな時、こころの内で「写真は楽しく!」と唱えます。すると、不思議に心に余裕がうまれます。
「人が創ったモノは全て良いものだ。」、こちらの言葉は人が創った作品の結果の善し悪しではなく、人がモノを創る行為そのものが尊いのだという事を示唆した言葉です。この考え方は結構影響を受けました。
機械からの解放
カメラやフィルムの歴史を振り返ってみると、誰もが、何処でも、簡単に楽しく写真を写せるようになるための技術の進歩でした。
その結果として、フィルムでの撮影の場合は、レンズ付きフィルムの登場に代表されるように、出来上がる写真の「質」をあまりうるさく言わなければ、誰もが写真を写せるようになりました。
デジタル時代の現在は、カメラは「質」も伴って誰もが写真を写せるようになりました。
写真が誰でも写せるようになる事、メカニズムからの解放はとても良い事だと思っています。アマチュアでもプロでも最近元気な女性フォトグラファーが増えてきたのも、写真を写す事が、機械から解放された作業になったからでしょう。その結果として、単に写真を写せるだけでは、フォトグラファーとは言えなくなりました。
昔は、写真を写す事自体がとても難しかったので、その人の感覚やセンスに関係なく、写真を写せるだけで写真家でした。また、機材も高価だったので、経済的に余裕のある人しか写真を楽しめませんでした。
デジタルカメラの場合はどうでしょう。
例えば、1995年に600万画素でボディーだけで350万円したデジタル一眼レフですが、今は、当時のカメラより性能が良いデジタル一眼レフNikon D40がレンズ付きで量販店では70,000円を切る価格で購入できます。何と12年で価格が1/50になったのです。
性能の優れた機材が購入しやすくなり、簡単に写真が写せるようにもなり、良い感覚を持っている人は、年齢や性別に関係なく優れた写真表現ができるようになったのです。
デジタル革命
カメラのみならず、色々な面でデジタル革命は起きています。インクジェットプリンターの発達、オンデマンド印刷、Webに代表される新しいメディアによる、新しい発表の場の登場等です。特に、Web関連の様々な動きは、流通革命を起こし国境の壁を取り払いました。私の会社でも、Webサイトを見て、ロンドンや韓国からの仕事の注文が来た事がありました。まさに、LANケーブルの先は世界なのです。
これから写真を写すのに必要な事
デジタル写真になり、写真は誰でもができる画像の表現手段になったのです。絵画やイラストレーションは、それなりのテクニックが必要です。でもカメラはテクノロジーの発達により、ピント合わせ、露出決定等が自動化され、シャッターボタンを押せば写るようになりました。画を描こうと思った時、持つだけで、画が描ける筆なんてこの世に存在しません。
誰でも、写真が写せるようになった現在、アマチュアにせよ、プロにせよ、写真を写すのに必要な資質はなんでしょうか?
「肝心なのは、モノを見る目だ、技術は4年もあれば、誰でも覚えられる。」
これは、近代写真の父と言われる、アルフレッド・スティーグリッツという写真家が言った言葉です。私は、これから写真を写すのに必要な事は、この言葉につきると思っています。
半年間、写し方や撮影後の処理についてご紹介してきましが、このウェブや写真の技術解説書をたくさん読めば、写真が上手になるものではありません。
デジタル写真になって、押せばその場で結果が見えるようになりました。液晶パネルに再生された、たった今写したばかりの写真。それを見たときに感じる「喜びや驚き」。その感情を何時までも忘れる事なく、大切にしてください。そして楽しんでください。
それが、写真が上手くなる秘訣です。
それでは、皆様良いデジタルフォトライフを!!
神と共存の島、バリ。
ライフ編の最終回は、海外撮影編です。
前回は、極寒の地ニセコでしたので海外旅行編は灼熱の地、インドネシアのバリ島に行くことにしました。
バリ島を選んだのは、行った事が無い事と以前私の会社に関わっていたフォトグラファー加藤君がバリ島の州都デンパサールで、フォトグラファーをしているので、灼熱の地での撮影の注意事項を聞けるからです。
バリ島は、日本人にとっても馴染みのリゾートでしたが、2002年10月にクタという所で、202人が無くなったテロと、2005年10月の23人が無くなったテロで、若干人気が下がってしまいましたが、最近は治安も回復し人気が復活してきました。
人工の90%が回教徒のインドネシアのなかで、バリは島民90%がヒンズー教、10%が回教徒という島です。日常の生活がヒンズー教の神と共存している島でした。

準備
フィルムカメラの時代は、写真好きが海外旅行に行く場合、持って行くフィルムの数や種類など、色々悩みました。また、空港の荷物検査用のX線でフィルムが感光しないように鉛でコーティングされた袋にフィルムを入れるなどの対策が必要でした。
また、国によっては、持ち込むフィルムの数量制限等もありました。
でも、デジタルになったら、これらの悩みも全部解決してしまいました。
まず、フィルムの種類ですがデジタルカメラですと、そもそもフィルム自体がいりませんし、ISO感度もISO100~1600までカメラの設定で撮影途中でも変えられます。便利です。
荷物検査のX線もフィルム代わりのCFカードやSDカードなら問題ありません。
フィルムの持ち込み数量の制限も関係ありません。本当に楽になりました。
その代り、デジタルになって気をつける必要がでてきたのは、電圧とプラグの形です。
デジタルカメラはバッテリーが命の源です。日帰りならともかくとして、旅行にいったら必ずといって良いほど充電する必要がでてきます。そのとき必要なのが充電器です。今、カメラに附属している殆ど全ての充電器はそのまま使えますが、充電器からコンセントまでのACコードはそのまま使用できません。日本のコンセントは100Vですが外国は100Vとは限りません、むしろ100Vの国の方が少ないくらいです。そのため、充電器からコンセントまでのACコードを外国で使用できるコードに変える必要があります。このコードはカメラの量販店や電機屋さんの海外旅行のコーナーで買えます。そして、このコードは日本国内でも使用できますので、一度変えたらそのまま国内でも使用しておいてもかまいません。ちなみに私はヨドバシカメラで780円で買いました。
つぎに、必要なのはコンセントの変換アダプターです。外国のコンセントは実に色々な型をしています。それらの異なるコンセントの形状に合わせられるアダプターが、これもカメラや電気器具の量販店で購入できます。私は7種類のコンセントに対応したアダプターを2,070円で買いました。
出発前には、旅行のガイドブックなどで目的地の電圧とコンセントの形状を調べておくのはマストです。

ニコンの充電器MH-18の裏側です。入力の所がAC100ー240Vとなっていれば外国でも使用可能です。

ACコードの付け根部分です。少しわかりにくいかもしれませんが、2.5A 250Vと書いてあります。このコードなら、外国使用でokです。

コンセントの変換アダプターです。
このアダプターで、7種類のコンセントの形状に対応しています。
下はホテルのバスルームで使用中の写真です。

このコンセントも220Vですが、今回持って行ったアダプターでは対応できませんでした。
持って行った機材。
今回のバリ島旅行に持って行ったのは、
カメラ Nikon D200
レンズ AF-S Nikkor 18-200mm ED
バッテリー EN-EL3e x 3
充電器 クイックチャージャー MH18
メディア 6GBマイクロドライブ x2
フィルター 偏向フィルター
カメラ掃除セット
以上です。
メディアにCFカードではなく、ちょっと時代遅れのマイクロドライブを選んだのは、書き込み速度は速くありませんが、容量のわりには価格が安いからです。量販店で6GBで19,800円で売っています。
優れもの、18-200mmズームレンズ!!
旅には、1本で何本ものレンズの役をはたす、ズームレンズがやっぱり便利です。
今回、18―200mmのズームレンズの凄さを再認識しました。下の写真を見れば、その性能は一目瞭然です。同じ場所から、一番広角側と、一番望遠側で撮影をしました。18―200mmは約11倍のズームレンズで、撮影面積を計算すると11x11=121で最望遠の撮影面積に対して、再広角側では121倍の大きさの写真が写せるのです。
また、このレンズは手ぶれ防止装置つきなので、室内の撮影や少し暗くなった夕方の手ぶれにも力を発揮しました。

上の写真は18mmで撮影、下の写真は同じ場所から200mmで撮影しました。
1本のレンズで撮影できるのですから、11倍ズームは凄いです。

意外に役に立つ内蔵ストロボ。
私達プロは、カメラに付いている内蔵ストロボは殆ど使用しませんが、今回は別のストロボを持って行かなかったので、内蔵ストロボを使用しました。あまり期待をしていなかったのですが、多いに役立ち、実力を見直しました。ただし、ストロボを使用すると、電池が無くなるのも早いので注意してください。それから、AF-S Nikkor 18-200mm EDの場合、レンズフードを付けたまま内蔵ストロボを使用すると、フードの影が被写体に出る場合がありますので、フードは外して使用してください。
有名なケチャダンスです。
夕暮れから、日没にかけて開催される踊りなので、踊りの最後の方にはストロボが必要になります。上の写真はストロボ無しで、下の写真は内蔵ストロボを使用しました。
内蔵ストロボを使用するときは、発光量を-1/3位に、少し弱めに設定して使用すると自然な感じになります。
何かと便利なPL(偏光)フィルター。
私は、旅には、第一回めのライフ編でご紹介したPLフィルターを持って行きます。空の色を強調したり、ちょっとしたアクセントを写真に付けるのに役にたちます。

上の写真は偏光フィルターを使用せずに撮影しました。
下の写真は、偏光フィルターを付けて撮影しています。空の感じが違うのがおわかりになると思います。

バリの写真事情。
今回、バリに住んで3年と少しのフォトグラファー加藤君と何軒かの写真屋さんをまわってみました。バリの人達は写真好きとかで、写真屋さんは結構ありますが、売っているカメラは殆どが、フィルムとデジタルのコンパクトカメラで、レンズ着きのデジタル一眼レフキットを1台だけ見かけました。そのデジタル一眼レフキットの値段は日本円で94,000円くらい、2005年の平均賃金が都市部で30,000円程のインドネシアでは給料の3ヶ月分以上の価格という訳です。
何軒かの写真屋さんを見ましたが、どのお店でもCFカード、SDカードは売っていました。私達が仕事で使用する、サンディスクのエクストリームⅢの2GBのCFカードは、日本円で14,500円くらい、日本の量販店では23,000円位するので、バリの方がだいぶ安いようです。
左の写真は、バリの典型的な写真屋さんです。フォトスタジオを併設しているお店も多いです。
看板を見てもおわかりになるように、デジタルが主流になりつつあります。
このお店に、デジタル一眼がありました。
付属品はほとんど無く、レンズに付ける72mmのプロテクトフィルターを探したのですが、58mmまでの、フィルターは何種類かありましたが、72mmはありませんでした。
加藤君達も、本格的な写真用品はジャカルタまで買いに行くそうです。
灼熱の島での撮影注意事項。
バリ島の最大の街、デンパサールのフォトグラファー加藤君に暑い所での撮影注意事項について聞いてみました。
加藤君はバリの高級リゾートホテルのリッツカールトンの写真室の立上げに携わり、その後フリーになり、ウエディングやホテルのカタログを撮影しています。
加藤君が、撮影で一番気をつけているのは、暑いバリでも「結露」だそうです。
暑い室外で撮影したカメラを、冷房の良く聞いた室内に持ち込むと、すぐに結露してしまうので、外で使うカメラと室内で使うカメラの2台を準備し、外で使用するカメラは室内には持ち込まないようにしていると言うことでした。
じっさい、ビーチの日向にカメラを出しっぱなしにしておいたら、レンズの鏡胴がさわれないくらい暑くなりました。
この人が加藤君です。加藤君でストロボ有り無し、日中シンクロの作例です。
左の写真は、内蔵ストロボを使用。右の写真は使用していません。加藤君がモデルさんでも、ストロボを使用した写真の方が、影が弱くなっているのがわかると思います。美しい女性で作例をつくっておけば良かったと反省しています。(加藤君ゴメンナサイ)
最後になりますが、外国で撮影する場合は、日本と習慣も異なるので、日本では大丈夫な事でも現地では嫌がられる事もあるので十分注意してください。
例えば、バリでは左手は不浄の手、子供の頭はなでてはいけない等の宗教上のタブーがあります。現地の人に不快な思いをさせては、決して良い写真は写せません。
前回は、極寒の地ニセコでしたので海外旅行編は灼熱の地、インドネシアのバリ島に行くことにしました。
バリ島を選んだのは、行った事が無い事と以前私の会社に関わっていたフォトグラファー加藤君がバリ島の州都デンパサールで、フォトグラファーをしているので、灼熱の地での撮影の注意事項を聞けるからです。
バリ島は、日本人にとっても馴染みのリゾートでしたが、2002年10月にクタという所で、202人が無くなったテロと、2005年10月の23人が無くなったテロで、若干人気が下がってしまいましたが、最近は治安も回復し人気が復活してきました。
人工の90%が回教徒のインドネシアのなかで、バリは島民90%がヒンズー教、10%が回教徒という島です。日常の生活がヒンズー教の神と共存している島でした。

準備
フィルムカメラの時代は、写真好きが海外旅行に行く場合、持って行くフィルムの数や種類など、色々悩みました。また、空港の荷物検査用のX線でフィルムが感光しないように鉛でコーティングされた袋にフィルムを入れるなどの対策が必要でした。
また、国によっては、持ち込むフィルムの数量制限等もありました。
でも、デジタルになったら、これらの悩みも全部解決してしまいました。
まず、フィルムの種類ですがデジタルカメラですと、そもそもフィルム自体がいりませんし、ISO感度もISO100~1600までカメラの設定で撮影途中でも変えられます。便利です。
荷物検査のX線もフィルム代わりのCFカードやSDカードなら問題ありません。
フィルムの持ち込み数量の制限も関係ありません。本当に楽になりました。
その代り、デジタルになって気をつける必要がでてきたのは、電圧とプラグの形です。
デジタルカメラはバッテリーが命の源です。日帰りならともかくとして、旅行にいったら必ずといって良いほど充電する必要がでてきます。そのとき必要なのが充電器です。今、カメラに附属している殆ど全ての充電器はそのまま使えますが、充電器からコンセントまでのACコードはそのまま使用できません。日本のコンセントは100Vですが外国は100Vとは限りません、むしろ100Vの国の方が少ないくらいです。そのため、充電器からコンセントまでのACコードを外国で使用できるコードに変える必要があります。このコードはカメラの量販店や電機屋さんの海外旅行のコーナーで買えます。そして、このコードは日本国内でも使用できますので、一度変えたらそのまま国内でも使用しておいてもかまいません。ちなみに私はヨドバシカメラで780円で買いました。
つぎに、必要なのはコンセントの変換アダプターです。外国のコンセントは実に色々な型をしています。それらの異なるコンセントの形状に合わせられるアダプターが、これもカメラや電気器具の量販店で購入できます。私は7種類のコンセントに対応したアダプターを2,070円で買いました。
出発前には、旅行のガイドブックなどで目的地の電圧とコンセントの形状を調べておくのはマストです。

ニコンの充電器MH-18の裏側です。入力の所がAC100ー240Vとなっていれば外国でも使用可能です。

ACコードの付け根部分です。少しわかりにくいかもしれませんが、2.5A 250Vと書いてあります。このコードなら、外国使用でokです。

このアダプターで、7種類のコンセントの形状に対応しています。
下はホテルのバスルームで使用中の写真です。

このコンセントも220Vですが、今回持って行ったアダプターでは対応できませんでした。持って行った機材。
今回のバリ島旅行に持って行ったのは、
カメラ Nikon D200
レンズ AF-S Nikkor 18-200mm ED
バッテリー EN-EL3e x 3
充電器 クイックチャージャー MH18
メディア 6GBマイクロドライブ x2
フィルター 偏向フィルター
カメラ掃除セット
以上です。
メディアにCFカードではなく、ちょっと時代遅れのマイクロドライブを選んだのは、書き込み速度は速くありませんが、容量のわりには価格が安いからです。量販店で6GBで19,800円で売っています。
優れもの、18-200mmズームレンズ!!
旅には、1本で何本ものレンズの役をはたす、ズームレンズがやっぱり便利です。
今回、18―200mmのズームレンズの凄さを再認識しました。下の写真を見れば、その性能は一目瞭然です。同じ場所から、一番広角側と、一番望遠側で撮影をしました。18―200mmは約11倍のズームレンズで、撮影面積を計算すると11x11=121で最望遠の撮影面積に対して、再広角側では121倍の大きさの写真が写せるのです。
また、このレンズは手ぶれ防止装置つきなので、室内の撮影や少し暗くなった夕方の手ぶれにも力を発揮しました。

1本のレンズで撮影できるのですから、11倍ズームは凄いです。

意外に役に立つ内蔵ストロボ。
私達プロは、カメラに付いている内蔵ストロボは殆ど使用しませんが、今回は別のストロボを持って行かなかったので、内蔵ストロボを使用しました。あまり期待をしていなかったのですが、多いに役立ち、実力を見直しました。ただし、ストロボを使用すると、電池が無くなるのも早いので注意してください。それから、AF-S Nikkor 18-200mm EDの場合、レンズフードを付けたまま内蔵ストロボを使用すると、フードの影が被写体に出る場合がありますので、フードは外して使用してください。

夕暮れから、日没にかけて開催される踊りなので、踊りの最後の方にはストロボが必要になります。上の写真はストロボ無しで、下の写真は内蔵ストロボを使用しました。
内蔵ストロボを使用するときは、発光量を-1/3位に、少し弱めに設定して使用すると自然な感じになります。

何かと便利なPL(偏光)フィルター。
私は、旅には、第一回めのライフ編でご紹介したPLフィルターを持って行きます。空の色を強調したり、ちょっとしたアクセントを写真に付けるのに役にたちます。

下の写真は、偏光フィルターを付けて撮影しています。空の感じが違うのがおわかりになると思います。

バリの写真事情。
今回、バリに住んで3年と少しのフォトグラファー加藤君と何軒かの写真屋さんをまわってみました。バリの人達は写真好きとかで、写真屋さんは結構ありますが、売っているカメラは殆どが、フィルムとデジタルのコンパクトカメラで、レンズ着きのデジタル一眼レフキットを1台だけ見かけました。そのデジタル一眼レフキットの値段は日本円で94,000円くらい、2005年の平均賃金が都市部で30,000円程のインドネシアでは給料の3ヶ月分以上の価格という訳です。
何軒かの写真屋さんを見ましたが、どのお店でもCFカード、SDカードは売っていました。私達が仕事で使用する、サンディスクのエクストリームⅢの2GBのCFカードは、日本円で14,500円くらい、日本の量販店では23,000円位するので、バリの方がだいぶ安いようです。
左の写真は、バリの典型的な写真屋さんです。フォトスタジオを併設しているお店も多いです。看板を見てもおわかりになるように、デジタルが主流になりつつあります。
このお店に、デジタル一眼がありました。
付属品はほとんど無く、レンズに付ける72mmのプロテクトフィルターを探したのですが、58mmまでの、フィルターは何種類かありましたが、72mmはありませんでした。
加藤君達も、本格的な写真用品はジャカルタまで買いに行くそうです。
灼熱の島での撮影注意事項。
バリ島の最大の街、デンパサールのフォトグラファー加藤君に暑い所での撮影注意事項について聞いてみました。
加藤君はバリの高級リゾートホテルのリッツカールトンの写真室の立上げに携わり、その後フリーになり、ウエディングやホテルのカタログを撮影しています。
加藤君が、撮影で一番気をつけているのは、暑いバリでも「結露」だそうです。
暑い室外で撮影したカメラを、冷房の良く聞いた室内に持ち込むと、すぐに結露してしまうので、外で使うカメラと室内で使うカメラの2台を準備し、外で使用するカメラは室内には持ち込まないようにしていると言うことでした。
じっさい、ビーチの日向にカメラを出しっぱなしにしておいたら、レンズの鏡胴がさわれないくらい暑くなりました。

左の写真は、内蔵ストロボを使用。右の写真は使用していません。加藤君がモデルさんでも、ストロボを使用した写真の方が、影が弱くなっているのがわかると思います。美しい女性で作例をつくっておけば良かったと反省しています。(加藤君ゴメンナサイ)
最後になりますが、外国で撮影する場合は、日本と習慣も異なるので、日本では大丈夫な事でも現地では嫌がられる事もあるので十分注意してください。
例えば、バリでは左手は不浄の手、子供の頭はなでてはいけない等の宗教上のタブーがあります。現地の人に不快な思いをさせては、決して良い写真は写せません。
下岡蓮杖の写真帖で幕末・明治にタイムスリップ
好きな対象を撮って見て楽しむ―というほかに、写真には「記録」というもうひとつのとても大きな価値があることは誰もが知っていると思う。どんな動機があってシャッターを切ったとしても、作者の思い入れとは別の側面で、その瞬間から写真の記録としての価値はじわじわと大きくなっていく。特に街の風景や社会の風俗を捉えた写真にはそれが顕著で、日ごろ何気なく見ている街の景観などでも、数年立つと驚くほど変貌していることに気づいたりするもの。人間のあいまいな記憶の連続性を断ち切り、クールに瞬間の一断面を画像に定着してしまう、写真の力にあらためて気づかされるのはそんなときだ。
半蔵門にあるJCIIフォトサロンで開催されている、幕末・明治の古写真展「下岡蓮杖と臼井秀三郎の写真帖より」は、そうした写真の底力をじっくりと感じることのできるいい機会でもある。写真というシステムが日本に渡来してまもなく、つまり幕末から明治初期(1860~1870年代)にかけての日本の姿を、70点あまりの貴重なプリントで見ることができる。

東京・曳舟(明治初期頃)撮影:下岡蓮杖
写真師・下岡蓮杖は、ほぼ同時期に長崎で活躍した上野彦馬とならんで、日本の写真の始祖といわれる人物。もともと若いころは狩野派の門人として絵師をめざしていたが写真師へ転進、苦労してその技術を習得すると、外国との窓口であった横浜の地で1862年(文久二年)に写真館を開業し、のちに大成功を収めた。臼井秀三郎はその蓮杖の義弟であり弟子だ。

東京・昌平橋(明治4年/1871)撮影:下岡蓮杖
蓮杖をはじめとする草創期の写真師たちは、人物ポートレートはもちろんのこと、来日する外国人向けのみやげ物として日本各地の観光地や名所などを撮影した写真を販売していた。いまでいうポストカードや写真集のようなものと考えればいいだろう。この写真展も、そのようにして蓮杖と秀三郎が撮った写真帖(アルバム)がフランスで発見され、日本に里帰りしたもの。いままで蓮杖の写真は名刺サイズ以外ではほとんど見つかっていないとされているが、今回は六ツ切りサイズ(203×254)のものも多く、写真史的にも貴重な展示といえる。

東京・向島墨堤(明治4年頃/1871)撮影:下岡蓮杖
それにしても、およそ140年前と現在の風景の変わりようはどうだ。特に現代と比較しやすいところで都内の竹橋、鍛冶橋、日本橋、向島、隅田川、曳舟といったあたりの光景を見てみるといい。現代の変貌の凄まじさには誰もが驚くに違いない。これが同じ国か!と。たとえば、フランスの職業写真家であったアジェが1900年前後に撮影したパリの街並みを見ても、100年ほどでは基本的にはそれほど大きく変わっていないように思える。むろん都市としてのパリの成熟度と当時の江戸のそれとは比較すべくもないし、都市の構造や歴史、あるいは景観に対する文化の違いと言ってしまえばそれまでかもしれないが、まるで別世界へタイムスリップしたかのような感がある。

東京・日本橋駿河町(明治10年頃/1877)撮影:臼井秀三郎か
左の建物は越後屋(三越の前身)
写真を見ていると、当時の日本列島がいかに自然環境豊かで、生活スタイルもシンプルでナチュラルだったということもわかり、明治以降の急速な近代化とダイナミックな都市化によってこの国の地形と風景が、コンクリートとアスファルトによってどれほど変えられたかという事実が、あらためて切ないほど伝わってくる。

日光東照宮の大鳥居と五重塔(明治9年/1876)撮影:臼井秀三郎
写真帖には、熱海、箱根、日光といった場所の風景も収められている。いずれも古くから知られた名所であっただけに、熱海も箱根も当時としてはそれなりに繁華な雰囲気を醸し出しているのだろうが、当然ながら現代的な感覚で見れば「鄙びた」「素朴な」湯の里にすぎない。日光もまた信仰の地として、東照宮も神橋も神々しく絢爛な趣はいまと変わらないものの、周囲の森や自然の佇まいはまだ観光地として洗練されておらず、臼井秀三郎の撮影した竜頭ノ滝、華厳ノ滝、湯滝などは荒々しく大自然本来の息吹を伝えてくるようだ。自然風景における臼井の腕前はたいしたもので、卓抜した構図意識とそのダイナミズムの捉え方における技量は、現代のネイチャーフォトグラファーを凌いでなおあまりあると言っていい。
「温故知新」という言葉がある。古きを訪ねて新しきを知る―そんなことを考えながら古写真を眺めていると楽しい。いま僕らが仕事をしたり生活しているこの東京という近代的都市も、アスファルトを一皮めくれば、雑木林や田園が広がるアジア的でのどかな土地だったことがわかる。また、100年以上前のこの風景はどこか遠くへ行ったのではなく、今もこの足元の下にあるのだという事実も。そんなこの国の風土や成り立ちをビジュアルに感じることは、同時にこの国の未来を考えるときに、少しは役に立ってくるかも知れない。
大きな暗箱による、しかも湿板写真という不自由な方式で撮影した蓮杖や彦馬の時代を経て、いまデジタル一眼レフという、当時から言えば魔法のような便利なカメラを手にした僕たちは、それに見合うだけの価値のあるものを撮っているのかな、とふと思うときがある。もっともっとその力を発揮して楽しく価値ある写真を撮りたいものだ。草創期の写真状況と違って、現代は職業写真家だけでなくアマチュアフォトグラファーが自由に写真を楽しみ記録できる時代となった。さて、100年後の人間たちに、いまの僕たちはどんな素敵な写真を残せることだろう。
JCIIフォトサロンを訪れたら、隣接する日本カメラ博物館にもぜひ立ち寄ってみたい。日本を代表する歴史的カメラの常設展示、カメラや写真に関するさまざまな展示のほか、特別企画展なども随時開催されており、カメラへの興味がいっそう増すことは間違いない。両館とも財団法人日本カメラ財団(Japan Camera Industry Institute)が運営している。
幕末・明治の古写真展「下岡蓮杖と臼井秀三郎の写真帖より」
会場●JCIIフォトサロン
東京都千代田区一番町25番地JCIIビル1F
会期●1月30日(火)~3月4日(日) 休館日=毎週月曜 入場無料
半蔵門にあるJCIIフォトサロンで開催されている、幕末・明治の古写真展「下岡蓮杖と臼井秀三郎の写真帖より」は、そうした写真の底力をじっくりと感じることのできるいい機会でもある。写真というシステムが日本に渡来してまもなく、つまり幕末から明治初期(1860~1870年代)にかけての日本の姿を、70点あまりの貴重なプリントで見ることができる。

写真師・下岡蓮杖は、ほぼ同時期に長崎で活躍した上野彦馬とならんで、日本の写真の始祖といわれる人物。もともと若いころは狩野派の門人として絵師をめざしていたが写真師へ転進、苦労してその技術を習得すると、外国との窓口であった横浜の地で1862年(文久二年)に写真館を開業し、のちに大成功を収めた。臼井秀三郎はその蓮杖の義弟であり弟子だ。

蓮杖をはじめとする草創期の写真師たちは、人物ポートレートはもちろんのこと、来日する外国人向けのみやげ物として日本各地の観光地や名所などを撮影した写真を販売していた。いまでいうポストカードや写真集のようなものと考えればいいだろう。この写真展も、そのようにして蓮杖と秀三郎が撮った写真帖(アルバム)がフランスで発見され、日本に里帰りしたもの。いままで蓮杖の写真は名刺サイズ以外ではほとんど見つかっていないとされているが、今回は六ツ切りサイズ(203×254)のものも多く、写真史的にも貴重な展示といえる。

それにしても、およそ140年前と現在の風景の変わりようはどうだ。特に現代と比較しやすいところで都内の竹橋、鍛冶橋、日本橋、向島、隅田川、曳舟といったあたりの光景を見てみるといい。現代の変貌の凄まじさには誰もが驚くに違いない。これが同じ国か!と。たとえば、フランスの職業写真家であったアジェが1900年前後に撮影したパリの街並みを見ても、100年ほどでは基本的にはそれほど大きく変わっていないように思える。むろん都市としてのパリの成熟度と当時の江戸のそれとは比較すべくもないし、都市の構造や歴史、あるいは景観に対する文化の違いと言ってしまえばそれまでかもしれないが、まるで別世界へタイムスリップしたかのような感がある。

左の建物は越後屋(三越の前身)
写真を見ていると、当時の日本列島がいかに自然環境豊かで、生活スタイルもシンプルでナチュラルだったということもわかり、明治以降の急速な近代化とダイナミックな都市化によってこの国の地形と風景が、コンクリートとアスファルトによってどれほど変えられたかという事実が、あらためて切ないほど伝わってくる。

写真帖には、熱海、箱根、日光といった場所の風景も収められている。いずれも古くから知られた名所であっただけに、熱海も箱根も当時としてはそれなりに繁華な雰囲気を醸し出しているのだろうが、当然ながら現代的な感覚で見れば「鄙びた」「素朴な」湯の里にすぎない。日光もまた信仰の地として、東照宮も神橋も神々しく絢爛な趣はいまと変わらないものの、周囲の森や自然の佇まいはまだ観光地として洗練されておらず、臼井秀三郎の撮影した竜頭ノ滝、華厳ノ滝、湯滝などは荒々しく大自然本来の息吹を伝えてくるようだ。自然風景における臼井の腕前はたいしたもので、卓抜した構図意識とそのダイナミズムの捉え方における技量は、現代のネイチャーフォトグラファーを凌いでなおあまりあると言っていい。
「温故知新」という言葉がある。古きを訪ねて新しきを知る―そんなことを考えながら古写真を眺めていると楽しい。いま僕らが仕事をしたり生活しているこの東京という近代的都市も、アスファルトを一皮めくれば、雑木林や田園が広がるアジア的でのどかな土地だったことがわかる。また、100年以上前のこの風景はどこか遠くへ行ったのではなく、今もこの足元の下にあるのだという事実も。そんなこの国の風土や成り立ちをビジュアルに感じることは、同時にこの国の未来を考えるときに、少しは役に立ってくるかも知れない。
大きな暗箱による、しかも湿板写真という不自由な方式で撮影した蓮杖や彦馬の時代を経て、いまデジタル一眼レフという、当時から言えば魔法のような便利なカメラを手にした僕たちは、それに見合うだけの価値のあるものを撮っているのかな、とふと思うときがある。もっともっとその力を発揮して楽しく価値ある写真を撮りたいものだ。草創期の写真状況と違って、現代は職業写真家だけでなくアマチュアフォトグラファーが自由に写真を楽しみ記録できる時代となった。さて、100年後の人間たちに、いまの僕たちはどんな素敵な写真を残せることだろう。
JCIIフォトサロンを訪れたら、隣接する日本カメラ博物館にもぜひ立ち寄ってみたい。日本を代表する歴史的カメラの常設展示、カメラや写真に関するさまざまな展示のほか、特別企画展なども随時開催されており、カメラへの興味がいっそう増すことは間違いない。両館とも財団法人日本カメラ財団(Japan Camera Industry Institute)が運営している。
幕末・明治の古写真展「下岡蓮杖と臼井秀三郎の写真帖より」
会場●JCIIフォトサロン
東京都千代田区一番町25番地JCIIビル1F
会期●1月30日(火)~3月4日(日) 休館日=毎週月曜 入場無料
映画や広告に登場したカメラの代名詞としてのNIKON
フォトグラファーを主人公にした映画がいくつかある。ざっと覚えているだけでも、古くはヒッチコックの「裏窓」(1954)、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の「欲望」(1966)、フェイ・ダナウエイ主演の「アイズ」(1978)、クリント・イーストウッドがフォトグラファー役で登場して女性に人気を呼んだ「マディソン郡の橋」(1995)、ジュリア・ロバーツ主演の「グッドナイト・ムーン」(1998)などが代表的なところかな。国内でも、前に紹介した戦場カメラマン・一ノ瀬泰造を主人公にした「地雷を踏んだらサヨウナラ」などもあるし、あまりヒットしなかった映画も丹念に調べれば、結構な数にのぼるに違いない。
「裏窓」は、ジェームス・スチュアート扮する骨折したフォトグラファーが退屈しのぎにアパートの窓から覗き見をしていて、偶然おきた殺人事件に巻き込まれていくというストーリー。恋人役のグレース・ケリーの美しさもさることながら、主人公が商売道具のカメラ(ドイツのイハーゲ社製エキザクタ)に望遠レンズを装着して犯人を見張るシーンなどは、クラシックカメラファンにとっても見所のひとつだ。フォトグラファーの正義感に加え、真実を探るカメラとレンズの小道具としての役割が、とても効いていたような気がする。
カンヌ映画祭グランプリを受賞してアントニオーニの代表作のひとつとされる「欲望」は、サスペンスと不条理がミックスされた異色の作品だ。ちなみに原題は「Blowup」で、写真を引き伸ばす意味。ロンドンの売れっ子フォトグラファーが、公園でたまたまカップルを撮影したことをきっかけに、不思議な殺人事件に関わってしまう。ここで主人公の手にいつも携えられているのはニコンF。さまざまなシーンで職業写真家の道具としてリアリティーを演出しているが、主人公が無造作に紙袋に包んだFをロールスロイスのダッシュボードにしまう場面などもあったりして、こんなディテールも気にして観るとちょっと面白い。
ラストシーン、見えないボールでテニスに興じるイカレた若者たちにうながされ、「在るはずのない」ボールを投げ返す主人公。「在るもの」を「写す」ことを宿命とする写真家が自らの存在理由を失う一瞬だ。確かに自分のカメラが写し出した「事件」さえも、実際にあったのかどうか、謎のまま映画は終わる。
一方、大人のフォトグラファーをしっとりと描いたのが、有名な「マディソン郡の橋」。クリント・イーストウッドが制作・監督・主演のすべてを担当して話題を呼んだ作品だ。アイオワ州マディソン郡に点在する屋根付橋を撮影に来たナショナルジオグラフィック誌専属のフォトグラファー、ロバート・キンケイドがヒロインと短くも激しい恋に落ちるというラブストーリーで、そのストイックな展開は多くの女性の共感を得て大ヒットした。
イーストウッドの渋い演技の魅力も大きかったが、カメラファンにはここでもフォトグラファーの仕事のパートナーとしてニコンFがドラマに真実味を与えていたことが嬉しかったものだ。歴史と権威のある雑誌の専属写真家、真面目で誠意ある男のキャラクター、世界中を取材で駆け巡るタフさと機動性…そのイメージのすべてを小さな一眼レフが主人公と共有していた、といったら言いすぎだろうか。原作の時代設定は1965年だから、1970年まで生産されていたFは当時まだバリバリの現役。世界中で「ナイコン」と呼ばれ親しまれたニコンは、もうすでにカメラの代名詞を兼ねていたと言っていいだろう。
余談だが、この映画の封切り直後、映画に使用されたものと同じ機種の中古価格が急騰したという。ただ、これは決して一次的な人気や投機目的ではなく、本当のカメラファンたちにこの映画が名機の存在価値を再び思い出させてくれる、ひとつのきっかけになったのだと思っている。
実はニコンの一眼レフカメラは映画だけでなく、アメリカ企業のシンボルともいえる銀行と航空会社の企業広告にもかつて使われたことがある。どちらも機種はニコンFで、銀行の広告に登場したものはニッコールレンズを大きくデフォルメして新聞記事を映し出している。おそらく、正確でシャープな眼で市場や投資先を見つめています、といった顧客への企業メッセージなのだろうか。

もう一方の航空会社の広告には、なんと飛行機の手前にFとレンズシステムがずらりと並び、一見するとカメラの広告のようだ。キャッチコピーには「Fly now,sell sooner」とある。すぐ飛びます、より早く売ってください―そんな意味だと思うが、とてもインパクトがある。光学精密機器の粋であるニコンを積荷として前面にPRし、そのイメージを借りながら自社の運航が安全で正確かつシステマチックなことを強調していて、さすが広告のうまいアメリカだと感心させられる。

これも、広告に登用するカメラの信頼性と知名度がグローバルに認められていることが前提だということは言うまでもない。製品とは単に商品としての価値のみならず、人々の心に「歴史と信頼」―つまり真のブランドという、何ものにも代えがたい新たな価値を生んでこそ本物だからだ。「名機の資格」とはまさしくそれを極めることであり、そのDNAを受け継ぐ者の誇り、と言い換えてもいいだろう。
映画の話に戻ろう。「グッドナイト・ムーン」は、実の母親と新しい母親とが二人の子供をめぐって、対立しながらも最後には理解し支え合うというハートウォーミングなお話。子供たちの新しい母親として、またファッションフォトグラファーとして頑張る主役のジュリア・ロバーツの姿が健気で微笑ましい。この映画にもニコンが出てくるのだが、この時代はすでにデジタル一眼。育児に追われスタジオに遅刻した主人公が、私服のままのくつろぐモデルたちを急いで写し、合成画像処理で服を着せ1時間後には作品に仕上げるという荒業をやってのけるシーンがあった。1998年の封切り当時は、「ウッソー!」と思ったものだが、今では充分リアリティーがある。来るべきデジタル時代の写真の便利さが、当時そんなところにも予告されていた。この映画で使われていたカメラは、その翌年にデジタル一眼レフの最高級機として登場することになるニコンD1の前に開発された、デジタルスチルカメラE2NかE2NSのようだ。

E2NS 
D1
いま最新のデジタル一眼レフ、フラッグシップモデルのD2XsやD2Hsから初心者用のD40までに連なるカメラたちを、スクリーンの中で垣間見ることができるのは結構楽しい。そのストーリーはもとより、日本のカメラが実は世界のスタンダードになっていることが、さまざまなシーンからも見えてくるところがカメラファンとしては嬉しいのだ。
また、デジタルカメラで写真を撮ることが楽しくなってきた人たちには、映画を観ることそのものもお薦めしたい。なぜなら、きちんとしたカットに基づいて撮り進められる映画のフレーミングは、実に完成度が高く、フレームを意識して見ていると構図や画面構成のとてもいい勉強にもなるからだ。映画を楽しみながら写真が上達するなんて、楽でいいしね。

「グッドナイト・ムーン」 
「マディソン郡の橋」
「裏窓」は、ジェームス・スチュアート扮する骨折したフォトグラファーが退屈しのぎにアパートの窓から覗き見をしていて、偶然おきた殺人事件に巻き込まれていくというストーリー。恋人役のグレース・ケリーの美しさもさることながら、主人公が商売道具のカメラ(ドイツのイハーゲ社製エキザクタ)に望遠レンズを装着して犯人を見張るシーンなどは、クラシックカメラファンにとっても見所のひとつだ。フォトグラファーの正義感に加え、真実を探るカメラとレンズの小道具としての役割が、とても効いていたような気がする。
カンヌ映画祭グランプリを受賞してアントニオーニの代表作のひとつとされる「欲望」は、サスペンスと不条理がミックスされた異色の作品だ。ちなみに原題は「Blowup」で、写真を引き伸ばす意味。ロンドンの売れっ子フォトグラファーが、公園でたまたまカップルを撮影したことをきっかけに、不思議な殺人事件に関わってしまう。ここで主人公の手にいつも携えられているのはニコンF。さまざまなシーンで職業写真家の道具としてリアリティーを演出しているが、主人公が無造作に紙袋に包んだFをロールスロイスのダッシュボードにしまう場面などもあったりして、こんなディテールも気にして観るとちょっと面白い。
ラストシーン、見えないボールでテニスに興じるイカレた若者たちにうながされ、「在るはずのない」ボールを投げ返す主人公。「在るもの」を「写す」ことを宿命とする写真家が自らの存在理由を失う一瞬だ。確かに自分のカメラが写し出した「事件」さえも、実際にあったのかどうか、謎のまま映画は終わる。
一方、大人のフォトグラファーをしっとりと描いたのが、有名な「マディソン郡の橋」。クリント・イーストウッドが制作・監督・主演のすべてを担当して話題を呼んだ作品だ。アイオワ州マディソン郡に点在する屋根付橋を撮影に来たナショナルジオグラフィック誌専属のフォトグラファー、ロバート・キンケイドがヒロインと短くも激しい恋に落ちるというラブストーリーで、そのストイックな展開は多くの女性の共感を得て大ヒットした。
イーストウッドの渋い演技の魅力も大きかったが、カメラファンにはここでもフォトグラファーの仕事のパートナーとしてニコンFがドラマに真実味を与えていたことが嬉しかったものだ。歴史と権威のある雑誌の専属写真家、真面目で誠意ある男のキャラクター、世界中を取材で駆け巡るタフさと機動性…そのイメージのすべてを小さな一眼レフが主人公と共有していた、といったら言いすぎだろうか。原作の時代設定は1965年だから、1970年まで生産されていたFは当時まだバリバリの現役。世界中で「ナイコン」と呼ばれ親しまれたニコンは、もうすでにカメラの代名詞を兼ねていたと言っていいだろう。
余談だが、この映画の封切り直後、映画に使用されたものと同じ機種の中古価格が急騰したという。ただ、これは決して一次的な人気や投機目的ではなく、本当のカメラファンたちにこの映画が名機の存在価値を再び思い出させてくれる、ひとつのきっかけになったのだと思っている。
実はニコンの一眼レフカメラは映画だけでなく、アメリカ企業のシンボルともいえる銀行と航空会社の企業広告にもかつて使われたことがある。どちらも機種はニコンFで、銀行の広告に登場したものはニッコールレンズを大きくデフォルメして新聞記事を映し出している。おそらく、正確でシャープな眼で市場や投資先を見つめています、といった顧客への企業メッセージなのだろうか。

もう一方の航空会社の広告には、なんと飛行機の手前にFとレンズシステムがずらりと並び、一見するとカメラの広告のようだ。キャッチコピーには「Fly now,sell sooner」とある。すぐ飛びます、より早く売ってください―そんな意味だと思うが、とてもインパクトがある。光学精密機器の粋であるニコンを積荷として前面にPRし、そのイメージを借りながら自社の運航が安全で正確かつシステマチックなことを強調していて、さすが広告のうまいアメリカだと感心させられる。

これも、広告に登用するカメラの信頼性と知名度がグローバルに認められていることが前提だということは言うまでもない。製品とは単に商品としての価値のみならず、人々の心に「歴史と信頼」―つまり真のブランドという、何ものにも代えがたい新たな価値を生んでこそ本物だからだ。「名機の資格」とはまさしくそれを極めることであり、そのDNAを受け継ぐ者の誇り、と言い換えてもいいだろう。
映画の話に戻ろう。「グッドナイト・ムーン」は、実の母親と新しい母親とが二人の子供をめぐって、対立しながらも最後には理解し支え合うというハートウォーミングなお話。子供たちの新しい母親として、またファッションフォトグラファーとして頑張る主役のジュリア・ロバーツの姿が健気で微笑ましい。この映画にもニコンが出てくるのだが、この時代はすでにデジタル一眼。育児に追われスタジオに遅刻した主人公が、私服のままのくつろぐモデルたちを急いで写し、合成画像処理で服を着せ1時間後には作品に仕上げるという荒業をやってのけるシーンがあった。1998年の封切り当時は、「ウッソー!」と思ったものだが、今では充分リアリティーがある。来るべきデジタル時代の写真の便利さが、当時そんなところにも予告されていた。この映画で使われていたカメラは、その翌年にデジタル一眼レフの最高級機として登場することになるニコンD1の前に開発された、デジタルスチルカメラE2NかE2NSのようだ。


いま最新のデジタル一眼レフ、フラッグシップモデルのD2XsやD2Hsから初心者用のD40までに連なるカメラたちを、スクリーンの中で垣間見ることができるのは結構楽しい。そのストーリーはもとより、日本のカメラが実は世界のスタンダードになっていることが、さまざまなシーンからも見えてくるところがカメラファンとしては嬉しいのだ。
また、デジタルカメラで写真を撮ることが楽しくなってきた人たちには、映画を観ることそのものもお薦めしたい。なぜなら、きちんとしたカットに基づいて撮り進められる映画のフレーミングは、実に完成度が高く、フレームを意識して見ていると構図や画面構成のとてもいい勉強にもなるからだ。映画を楽しみながら写真が上達するなんて、楽でいいしね。


お手入れしましょう!
前回のニセコ寒冷地撮影編は、お役に立てましたでしょうか?
さて、結構厳しい状況でカメラを使ったあとは、お手入れが、メンテナンスが需要です。女性の方でしたら、お肌のお手入れは欠かさないはず、カメラでも同じ事です。
デジタル一眼レフカメラは、コンパクトデジタルカメラより、いろいろな撮影ができて、良い写真も撮れます。という事は、メカニズム的にも複雑にできています。
それだけに、ちょっとした気遣いで、常にベストコンディションのカメラで撮影ができます。
というわけで、今回はニコンのサービスセンターで、カメラの手入れ等のお話を聞きました。
今回おじゃましたのは、昨年の10月に銀座7丁目にオープンした「ニコンプラザ銀座」です。

この大きなサービスセンターのなかには、ギャラリーのニコンサロンや、修理受付カウンター、プロ用のサービス部門、写真教室をするスペース等が入っています。
板見先生が10月16日にアップした記事に載っている、ニコンが世界に認められるもとになったSシリーズも展示されています。

もちろん現在の製品も展示され、手にとって見る事もできます。
カメラの量販店で見るよりも、ユックリと見られます。
関連グッズも販売しています。

写真ギャラリーとして、伝統と品格を誇るニコンサロンです。多くの写真家がここから育ちました。
銀座のニコンプラザは、正月とビルの指定休日を除き、土日も祝日も19時までオープンしています。本当に便利です。銀座に買い物や食事に行ったついでに、是非寄ってみてください。
メンテナンスの第一歩は掃除です。
キムタクのD80のCMでカメラをいじりながら「本物だわ」とつぶやくシーンがありました。もしかすると、撮影でないのに、ああしてカメラにさわる事もメンテナンスの第一歩です。
なぜならば、カメラを触る事によりおかしな箇所や汚れの発見につながります。
汚れを発見したら、専用のクリーナーで掃除をしましょう。
人間にも、シャンプーやボディーソープがあるように、レンズはレンズ専用のクリーナー、ボディーはボディー用のクリーナーがあります。

左からカメラボディーも拭ける、フィルムクリーナー、レンズを拭くレンズクリーナー、ゴミをはらう静電防止のブラシ、埃やゴミを吹き飛ばす、ブロアーです。この他、綿棒やクリーナーを染みこませてカメラやボディーを拭く「紙」等があります。
こんなに揃えるのは面倒くさいという人は、眼鏡を拭く布があれば、それで拭けば、けっこうきれいになります。
デジタル一眼レフカメラならではの問題として、CMOSやCCDといった受光素子の前にある、ローパスフィルターという所に、ゴミが着いてしまって、それが黒い点となって撮影した画像に写ってしまう事があります。これは、一眼レフの最大の特徴として、レンズが交換できるので、埃の多いところでレンズを交換したりすると、どうしても埃が付いてしまいやすいのです。レンズを交換するときに、ボディーを下に向けて交換するだけでも、違いがでるようです。
風景写真などを撮影したら、青い空に小さな黒いゴミが着いていたなんていう事で、気がつく場合があるようです。ゴミは常に写るのではなく、写らない場合もあるので、やっかいです。
もし、ゴミが着いてしまったら、全国のニコンのサービスセンターでは、カメラの保証期間中は無償で、保証期間終了後は1回¥1.000.-で掃除をしてくれます。必要な時間も1~2時間なので、待っていればできてしまいます。
サービスセンターは遠いという人は、ローパスフィルターを掃除するキットをニコンが¥8.190.- で販売していますが、現在は品切れ中という事なので、詳しくは各地のニコンサービスセンターに確認してください。
壊さない使い方
調子が悪くなったり、こわれてしまったら、当然修理に出さなければなりませんが、そのまえに壊さない使い方というのもあるのです。
例えば、スイッチのONとOFF。
CFカードやSDカードを入れたり出したりする時は、必ずカメラの電源スイッチをOFFにしてからにしましょう。また、手ぶれ防止装置の付いたVRレンズのボディーへの脱着は、やはりスイッチをOFFにしてください。
運動会なので、首からカメラをぶら下げて、走り回るのも結構カメラにはショックがかかるようです。これに関連してですが、正しいカメラのさげ方を教えていただきました。

もう。おわかりでしょう。左のかけ方が○、右が×のかけ方なのです。
最近の高倍率ズーム、私の使用しているAF-S NIKKOR VR ED18-200mm f1:35-56G 等はレンズが結構長くなり、右のようなかけ方をしていると、あちこちにぶつけてしまう事もあります。
左の写真は、スポーツや動物の写真家が超望遠レンズをカメラに付けて持ち運ぶ時の持ち方です。
こうして持てば、レンズの重さをボディーのマウントだけで担わなくてすみます。
いくら、丈夫にマウントができているからとはいえ、重いレンズをよくマウントだけで、支えられるなと、心配していたのですが、こういう持ち方をすれば、安心です。
寒い場所、暑いところでの注意
前回の雪の撮影のように、カメラが濡れてしまったら、タオルなどで良く拭いて、乾燥させてください。ただし、温度の低い外から温かい室内に、いっぺんに持ち込むと、眼鏡がくもってしまうような「結露」という現象が起きてしまいます。この現象はカメラに悪い影響を及ぼすので、もし結露させてしまったら、気長に完全に乾燥させてください。そして、その後、カメラの調子が悪かったら修理に出してください。
寒いところでは、バッテリーの無くなり方も早いので、必ず予備のバッテリーを持って行きましょう。
来週、私はインドネシアのバリ島へ行くのですが、今度は先週のニセコと打って変わって、暑くて湿気があり、海の近くの潮けもあり、カメラにとっても、かなり条件のきつい場所です。
撮影中は、日中の車内にカメラを置いたりしたらいけません。ひどい場合には、液晶パネルや他の液晶表示部が黒くなって使えなくなってしまう事もあります。
撮影が終了したら、ボディーやレンズをきれいに拭いて、潮けを落とす必要があります。
湿気のある暑い外から、冷房の良く効いた室内にはいっても、結露が起こりますので注意してください。
要は、人間が気持ち良いなと思う気候条件が、カメラにとっても良い環境なのです。
それでも、壊れてしまったら・・・

上の痛々しい写真は、私のD200とAF-S NIKKOR VR ED18-200mm f1:35-56G です。ロケ先でうっかりミスでこうなってしまいました。もう修理するしかありません。
さて、修理に出すにはどうしたら良いか?
NikonではWebで修理を受け付けてくれます。
下はWebの画面ですが、質問事項に記入していく事により、大体の見積もりがでます。こちらからニコンへ送る送料は必要ですが、ニコンさんからこちらへ完成品を送る送料は無料です。
この方法でしたら、地方の方も正規の修理が受けられて安心です。
修理期間は、製品がニコンに届いてから、特別の事がないかぎり1週間とのことです。
web
修理受付はここからどうぞ。
近くにサービスセンターがある方で、直接ニコンの方とコミュニケーションを取りたい方は、やはりサービスセンターが一番です。

上の写真は、銀座の修理受付カウンターです。
直接、自分の愛機の症状を伝えられますので、やはり一番安心できるようなきがします。
車だってメインテナンスがあるでしょう。カメラは精密機械です。ちゃんとメインテナンスすれば、何年も元気で動いてくれます。
さて、次回は海外旅行編で、バリからのご報告です。
さて、結構厳しい状況でカメラを使ったあとは、お手入れが、メンテナンスが需要です。女性の方でしたら、お肌のお手入れは欠かさないはず、カメラでも同じ事です。
デジタル一眼レフカメラは、コンパクトデジタルカメラより、いろいろな撮影ができて、良い写真も撮れます。という事は、メカニズム的にも複雑にできています。
それだけに、ちょっとした気遣いで、常にベストコンディションのカメラで撮影ができます。
というわけで、今回はニコンのサービスセンターで、カメラの手入れ等のお話を聞きました。
今回おじゃましたのは、昨年の10月に銀座7丁目にオープンした「ニコンプラザ銀座」です。


板見先生が10月16日にアップした記事に載っている、ニコンが世界に認められるもとになったSシリーズも展示されています。
もちろん現在の製品も展示され、手にとって見る事もできます。カメラの量販店で見るよりも、ユックリと見られます。
関連グッズも販売しています。

銀座のニコンプラザは、正月とビルの指定休日を除き、土日も祝日も19時までオープンしています。本当に便利です。銀座に買い物や食事に行ったついでに、是非寄ってみてください。
メンテナンスの第一歩は掃除です。
キムタクのD80のCMでカメラをいじりながら「本物だわ」とつぶやくシーンがありました。もしかすると、撮影でないのに、ああしてカメラにさわる事もメンテナンスの第一歩です。
なぜならば、カメラを触る事によりおかしな箇所や汚れの発見につながります。
汚れを発見したら、専用のクリーナーで掃除をしましょう。
人間にも、シャンプーやボディーソープがあるように、レンズはレンズ専用のクリーナー、ボディーはボディー用のクリーナーがあります。

こんなに揃えるのは面倒くさいという人は、眼鏡を拭く布があれば、それで拭けば、けっこうきれいになります。
デジタル一眼レフカメラならではの問題として、CMOSやCCDといった受光素子の前にある、ローパスフィルターという所に、ゴミが着いてしまって、それが黒い点となって撮影した画像に写ってしまう事があります。これは、一眼レフの最大の特徴として、レンズが交換できるので、埃の多いところでレンズを交換したりすると、どうしても埃が付いてしまいやすいのです。レンズを交換するときに、ボディーを下に向けて交換するだけでも、違いがでるようです。
風景写真などを撮影したら、青い空に小さな黒いゴミが着いていたなんていう事で、気がつく場合があるようです。ゴミは常に写るのではなく、写らない場合もあるので、やっかいです。
もし、ゴミが着いてしまったら、全国のニコンのサービスセンターでは、カメラの保証期間中は無償で、保証期間終了後は1回¥1.000.-で掃除をしてくれます。必要な時間も1~2時間なので、待っていればできてしまいます。サービスセンターは遠いという人は、ローパスフィルターを掃除するキットをニコンが¥8.190.- で販売していますが、現在は品切れ中という事なので、詳しくは各地のニコンサービスセンターに確認してください。
壊さない使い方
調子が悪くなったり、こわれてしまったら、当然修理に出さなければなりませんが、そのまえに壊さない使い方というのもあるのです。
例えば、スイッチのONとOFF。
CFカードやSDカードを入れたり出したりする時は、必ずカメラの電源スイッチをOFFにしてからにしましょう。また、手ぶれ防止装置の付いたVRレンズのボディーへの脱着は、やはりスイッチをOFFにしてください。
運動会なので、首からカメラをぶら下げて、走り回るのも結構カメラにはショックがかかるようです。これに関連してですが、正しいカメラのさげ方を教えていただきました。

最近の高倍率ズーム、私の使用しているAF-S NIKKOR VR ED18-200mm f1:35-56G 等はレンズが結構長くなり、右のようなかけ方をしていると、あちこちにぶつけてしまう事もあります。
左の写真は、スポーツや動物の写真家が超望遠レンズをカメラに付けて持ち運ぶ時の持ち方です。こうして持てば、レンズの重さをボディーのマウントだけで担わなくてすみます。
いくら、丈夫にマウントができているからとはいえ、重いレンズをよくマウントだけで、支えられるなと、心配していたのですが、こういう持ち方をすれば、安心です。
寒い場所、暑いところでの注意
前回の雪の撮影のように、カメラが濡れてしまったら、タオルなどで良く拭いて、乾燥させてください。ただし、温度の低い外から温かい室内に、いっぺんに持ち込むと、眼鏡がくもってしまうような「結露」という現象が起きてしまいます。この現象はカメラに悪い影響を及ぼすので、もし結露させてしまったら、気長に完全に乾燥させてください。そして、その後、カメラの調子が悪かったら修理に出してください。
寒いところでは、バッテリーの無くなり方も早いので、必ず予備のバッテリーを持って行きましょう。
来週、私はインドネシアのバリ島へ行くのですが、今度は先週のニセコと打って変わって、暑くて湿気があり、海の近くの潮けもあり、カメラにとっても、かなり条件のきつい場所です。
撮影中は、日中の車内にカメラを置いたりしたらいけません。ひどい場合には、液晶パネルや他の液晶表示部が黒くなって使えなくなってしまう事もあります。
撮影が終了したら、ボディーやレンズをきれいに拭いて、潮けを落とす必要があります。
湿気のある暑い外から、冷房の良く効いた室内にはいっても、結露が起こりますので注意してください。
要は、人間が気持ち良いなと思う気候条件が、カメラにとっても良い環境なのです。
それでも、壊れてしまったら・・・

さて、修理に出すにはどうしたら良いか?
NikonではWebで修理を受け付けてくれます。
下はWebの画面ですが、質問事項に記入していく事により、大体の見積もりがでます。こちらからニコンへ送る送料は必要ですが、ニコンさんからこちらへ完成品を送る送料は無料です。
この方法でしたら、地方の方も正規の修理が受けられて安心です。
修理期間は、製品がニコンに届いてから、特別の事がないかぎり1週間とのことです。

修理受付はここからどうぞ。
近くにサービスセンターがある方で、直接ニコンの方とコミュニケーションを取りたい方は、やはりサービスセンターが一番です。

直接、自分の愛機の症状を伝えられますので、やはり一番安心できるようなきがします。
車だってメインテナンスがあるでしょう。カメラは精密機械です。ちゃんとメインテナンスすれば、何年も元気で動いてくれます。
さて、次回は海外旅行編で、バリからのご報告です。
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