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カテゴリ:ピックアップ

  • 下岡蓮杖の写真帖で幕末・明治にタイムスリップ
    [ 2007-02-13 13:29 ]
  • ボリス・ミハイロフの二つの写真展 そして新鋭三人による美しいネイチャーフォト
    [ 2007-01-09 23:13 ]
  • 「薔薇刑」から「ガウディの宇宙」など、細江英公の世界にまるごとふれる
    [ 2006-12-11 11:29 ]
  • 銀座メゾンエルメスでよみがえる「木村伊兵衛のパリ」
    [ 2006-11-27 15:08 ]
  • 「時代」を貫く写真家たちの眼差し
    [ 2006-10-23 11:59 ]
  • フォルバーグ、そしてNASAの写真映像  アートと科学が共存する「はじめての宇宙の歩き方」展
    [ 2006-09-24 21:46 ]

下岡蓮杖の写真帖で幕末・明治にタイムスリップ

好きな対象を撮って見て楽しむ―というほかに、写真には「記録」というもうひとつのとても大きな価値があることは誰もが知っていると思う。どんな動機があってシャッターを切ったとしても、作者の思い入れとは別の側面で、その瞬間から写真の記録としての価値はじわじわと大きくなっていく。特に街の風景や社会の風俗を捉えた写真にはそれが顕著で、日ごろ何気なく見ている街の景観などでも、数年立つと驚くほど変貌していることに気づいたりするもの。人間のあいまいな記憶の連続性を断ち切り、クールに瞬間の一断面を画像に定着してしまう、写真の力にあらためて気づかされるのはそんなときだ。

半蔵門にあるJCIIフォトサロンで開催されている、幕末・明治の古写真展「下岡蓮杖と臼井秀三郎の写真帖より」は、そうした写真の底力をじっくりと感じることのできるいい機会でもある。写真というシステムが日本に渡来してまもなく、つまり幕末から明治初期(1860~1870年代)にかけての日本の姿を、70点あまりの貴重なプリントで見ることができる。
東京・曳舟(明治初期頃)撮影:下岡蓮杖

写真師・下岡蓮杖は、ほぼ同時期に長崎で活躍した上野彦馬とならんで、日本の写真の始祖といわれる人物。もともと若いころは狩野派の門人として絵師をめざしていたが写真師へ転進、苦労してその技術を習得すると、外国との窓口であった横浜の地で1862年(文久二年)に写真館を開業し、のちに大成功を収めた。臼井秀三郎はその蓮杖の義弟であり弟子だ。
東京・昌平橋(明治4年/1871)撮影:下岡蓮杖

蓮杖をはじめとする草創期の写真師たちは、人物ポートレートはもちろんのこと、来日する外国人向けのみやげ物として日本各地の観光地や名所などを撮影した写真を販売していた。いまでいうポストカードや写真集のようなものと考えればいいだろう。この写真展も、そのようにして蓮杖と秀三郎が撮った写真帖(アルバム)がフランスで発見され、日本に里帰りしたもの。いままで蓮杖の写真は名刺サイズ以外ではほとんど見つかっていないとされているが、今回は六ツ切りサイズ(203×254)のものも多く、写真史的にも貴重な展示といえる。
東京・向島墨堤(明治4年頃/1871)撮影:下岡蓮杖

それにしても、およそ140年前と現在の風景の変わりようはどうだ。特に現代と比較しやすいところで都内の竹橋、鍛冶橋、日本橋、向島、隅田川、曳舟といったあたりの光景を見てみるといい。現代の変貌の凄まじさには誰もが驚くに違いない。これが同じ国か!と。たとえば、フランスの職業写真家であったアジェが1900年前後に撮影したパリの街並みを見ても、100年ほどでは基本的にはそれほど大きく変わっていないように思える。むろん都市としてのパリの成熟度と当時の江戸のそれとは比較すべくもないし、都市の構造や歴史、あるいは景観に対する文化の違いと言ってしまえばそれまでかもしれないが、まるで別世界へタイムスリップしたかのような感がある。
東京・日本橋駿河町(明治10年頃/1877)撮影:臼井秀三郎か
左の建物は越後屋(三越の前身)

写真を見ていると、当時の日本列島がいかに自然環境豊かで、生活スタイルもシンプルでナチュラルだったということもわかり、明治以降の急速な近代化とダイナミックな都市化によってこの国の地形と風景が、コンクリートとアスファルトによってどれほど変えられたかという事実が、あらためて切ないほど伝わってくる。
日光東照宮の大鳥居と五重塔(明治9年/1876)撮影:臼井秀三郎

写真帖には、熱海、箱根、日光といった場所の風景も収められている。いずれも古くから知られた名所であっただけに、熱海も箱根も当時としてはそれなりに繁華な雰囲気を醸し出しているのだろうが、当然ながら現代的な感覚で見れば「鄙びた」「素朴な」湯の里にすぎない。日光もまた信仰の地として、東照宮も神橋も神々しく絢爛な趣はいまと変わらないものの、周囲の森や自然の佇まいはまだ観光地として洗練されておらず、臼井秀三郎の撮影した竜頭ノ滝、華厳ノ滝、湯滝などは荒々しく大自然本来の息吹を伝えてくるようだ。自然風景における臼井の腕前はたいしたもので、卓抜した構図意識とそのダイナミズムの捉え方における技量は、現代のネイチャーフォトグラファーを凌いでなおあまりあると言っていい。

「温故知新」という言葉がある。古きを訪ねて新しきを知る―そんなことを考えながら古写真を眺めていると楽しい。いま僕らが仕事をしたり生活しているこの東京という近代的都市も、アスファルトを一皮めくれば、雑木林や田園が広がるアジア的でのどかな土地だったことがわかる。また、100年以上前のこの風景はどこか遠くへ行ったのではなく、今もこの足元の下にあるのだという事実も。そんなこの国の風土や成り立ちをビジュアルに感じることは、同時にこの国の未来を考えるときに、少しは役に立ってくるかも知れない。

大きな暗箱による、しかも湿板写真という不自由な方式で撮影した蓮杖や彦馬の時代を経て、いまデジタル一眼レフという、当時から言えば魔法のような便利なカメラを手にした僕たちは、それに見合うだけの価値のあるものを撮っているのかな、とふと思うときがある。もっともっとその力を発揮して楽しく価値ある写真を撮りたいものだ。草創期の写真状況と違って、現代は職業写真家だけでなくアマチュアフォトグラファーが自由に写真を楽しみ記録できる時代となった。さて、100年後の人間たちに、いまの僕たちはどんな素敵な写真を残せることだろう。

JCIIフォトサロンを訪れたら、隣接する日本カメラ博物館にもぜひ立ち寄ってみたい。日本を代表する歴史的カメラの常設展示、カメラや写真に関するさまざまな展示のほか、特別企画展なども随時開催されており、カメラへの興味がいっそう増すことは間違いない。両館とも財団法人日本カメラ財団(Japan Camera Industry Institute)が運営している。

幕末・明治の古写真展「下岡蓮杖と臼井秀三郎の写真帖より」
会場●JCIIフォトサロン 
   東京都千代田区一番町25番地JCIIビル1F
会期●1月30日(火)~3月4日(日) 休館日=毎週月曜 入場無料
by nikondigital | 2007-02-13 13:29 | ピックアップ | Trackback(1) | Comments(0)

ボリス・ミハイロフの二つの写真展 そして新鋭三人による美しいネイチャーフォト

前回ご紹介した、銀座エルメスギャラリーでの「木村伊兵衛のパリ」展のように、ファッションブランドが写真に理解を示し、イベントやギャラリーの併設によって多くの人たちに写真への関心を広げてくれることは、とてもありがたいと思っている。

そんな意味でも、Hysteric Glamour(ヒステリックグラマー)が青山店の地下に昨年10月オープンした「Rat Hole Gallery(ラットホールギャラリー)」は、刺激的な写真と出会える新しい場として、かなり気にしたいギャラリーだ。オープニングを飾った森山大道の「イット」は、ヨーロッパで撮られた作品なども織り交ぜた新作展で、間近に見る独特の荒く美しいモノクロームの粒子に、ひさびさに胸がときめいたものだった。

また、ヒステリックグラマーがパブリッシャーとなって写真集も制作されており、1993年から数えて2006年の森山大道「IT」、荒木経惟「ラブ・バイ・ライカ」まで優に30冊を超えている。ラットホールのショップにはレアな写真集も売られていて、細江英公の「薔薇刑」など貴重な初版本が並んでいたのには驚かされた(値段は、ちなみに37万円!)。

ラジカルな展示が魅力のラットホールギャラリー


前置きが長くなったけれども、そのラットホールでは年末の荒木経惟展に続き、1月19日から3月25日まで二つのパートに分けてボリス・ミハイロフ展が開かれる。ミハイロフは1938年に旧ソビエト連邦ウクライナに生まれた写真家で現在はベルリン在住。社会主義体制下からソ連崩壊後に撮られた独特のモチーフ、つまり社会の下層に生きる人々の赤裸々な人物描写やヌード作品には、強烈なインパクトがある。人によっては好き嫌いがはっきり分かれる写真家といえるかもしれない。

しかし一見露悪的にみえる直截な眼差しの底には、肉体という哀しみの衣をまとった人間そのものへの深い洞察と共感、そして政治や国家というものに対するおおらかな反抗と風刺が感じられるのだ。世界各国での展覧会や美術館でのコレクションの多さも、そうした普遍的な世界観をもつミハイロフの人気を反映するものといえそうだ。

この時期、SHUGOARTS(シュウゴアーツ)でも、ボリス・ミハイロフ展「昨日のサンドウィッチ」が開かれている。こちらはフィルムを重ね合わせてプリントするダブルイメージで表現されたシリーズ。過去の光景という二枚のパンを重ねることによってどんな味覚が醸し出されるのか、撮影者である自分さえ予想のつかないイメージの出現とその操作を、ミハイロフは楽しんでいるように思える。海水浴する肥満した肉体と微笑む女性のスナップ、ヌードの後姿と孔雀の羽根、ひび割れた壁と街路…二つの光景は重なり合うことで、どれも色調は絵画のように深められるが、ノイジーで秘密めいた画面はざわざわと感情をかき立ててやまない。

(C)ボリス・ミハイロフ 「昨日のサンドウィッチ」より


それを単にビジュアルとして楽しむのか、あるいはもっと深読みしてその意味付けを楽しむのかは、見る者の自由。それも写真の面白さだ。1960年後半から70年代にかけて制作されたこれらの合成シリーズは、ソビエト時代に写真の検閲責任者(!)でもあった高名な批評家モロゾフから封殺された経緯があったという。単一の価値しか認めない社会の中で、やはり写真もまた不自由な足かせをはめられていたというひとつのエピソードだ。そんなことを考えつつミハイロフの作品を眺めていると、自由に写真を撮り、表現できることの楽しさにあらためて思い至るのだ。

シュウゴアーツは広大なロフト空間を生かした、写真ファンも注目のアートギャラリー。前回は森村泰昌の「烈火の季節/なにものかへのレクイエム・その壱」が開催されるなど、最近の意欲的な展示に目が離せない。

あまりヘビーで刺激的なテーマは苦手、という自然指向の人には2月18日まで東京都写真美術館で開かれている「地球の旅人―新たなネイチャーフォトの挑戦」がお薦めだ。ホッキョクグマやハクトウワシなどを得意とする動物写真家・前川貴行、雄大で宇宙観に満ちた山岳写真で知られる菊池哲男、国内の山河に幽玄と神秘を探求する風景写真家・林明輝。いま活躍中の三人のフォトグラファーが、この惑星の上で発見し、ファインダーの中で見つめ続けてきた、それぞれの世界を存分に展開している。

交通手段の発達によって、この地球は狭く小さくなったといわれるが、人の心を感動で震え立たせるような自然や生き物の営みはこの地上に数多く存在している。むしろわれわれ人間が「見ようとしていない」だけかもしれない。写真家は、研ぎ澄まされた嗅覚と視覚と心のアンテナでその現場へ行き、僕たちの眼前にその光景を持ってきてくれるのだ。

ネイチャーフォトとは、ただの自然の複写ではない。対象とする自然への深い理解と精緻な観察、そして撮影者なりの自然観といったものが明確にあることが必要だろう。30代後半から40代半ばという、いわばフィジカルとメンタル両面がもっとも充実したこの写真家たちの視点は確固としていて、見る者を三人それぞれの自然観へといざなう。

(C)前川貴行
(C)菊池哲男
(C)林 明輝


前川は、動物の可愛らしさや獰猛さ、気高さや親子の情愛などから、人間も含めた生き物の本質を示唆する。菊池は、壮大な天と地のはざまに屹立する「山」という存在を借りて、この惑星のドラマとスケールを雄弁に物語る。また、写真集「森の瞬間」でIFWP(国際野生写真連盟)主催のネイチャーフォト・ブックオブザイヤー2005を受賞した林は、雲や雨や霧といった水の輪廻と森の霊気が生み出す山紫水明の美を、叙情豊かに謳いあげている。個性的な三人の宇宙観、地球観に触れてみてほしい。

●ボリス・ミハイロフ展「Look at me」 1月19日(金)~2月25日(日)
「Beach」   2月28日(水)~3月25日(日)
ラットホールギャラリー


●ボリス・ミハイロフ「昨日のサンドウィッチ」
シュウゴアーツ2006年12月22日(金)~2007年2月3日(土)


●「地球の旅人―新たなネイチャーフォトの挑戦」
東京都写真美術館 B1F
1月2日(火)~2月18日(日)
http://www.syabi.com/
by nikondigital | 2007-01-09 23:13 | ピックアップ | Trackback(1) | Comments(1)

「薔薇刑」から「ガウディの宇宙」など、細江英公の世界にまるごとふれる

写真家・細江英公は、1960年代から今日にまで連なる日本現代写真の、重要な牽引役を果たした写真家の一人といっていいだろう。そればかりではなく、過去に数々の海外展やワークショップを開くなど、国外での評価も高い。また今年は、カリフォルニア・サンディエゴ写真美術館の主宰するセンチュリー・アワードで「生涯業績賞」を、また写真界のアカデミー賞と呼ばれるルーシー・アワードでは「先見的業績賞」を日本人写真家で初めて受賞して話題を呼んだばかり。

その細江英公の写真を初期から近作まで通して見渡せる展覧会「球体写真二元論:細江英公の世界」が、いま東京都写真美術館で開催中だ。貴重なビンテージプリントも含めて約200点の代表的作品が展示される。

発表順に簡単に流れを紹介すると、60年代を代表する「おとこと女」、「薔薇刑(ばらけい)」、「鎌鼬(かまいたち)」、70年代以降に発表される「抱擁(ほうよう)」、「ガウディの世界」、そして近年まで撮り続けた「胡蝶の夢 舞踏家・大野一雄」までが、代表的な作品群。

その時代性を反映した各テーマはそれぞれに見所があり、細江写真を理解するうえでひとつでも欠くことのできないものだが、なかでもこの機会にぜひとも観ておきたいのが、三島由紀夫をテーマにした「薔薇刑」。血走らせた目を見開き一輪のバラをくわえた顔のアップや、裸体にゴムホースを巻きつけて横たわり、あるいは木槌を頭に当てて屹立した日本を代表する作家の姿は、1963年に写真集として発表されると各界に衝撃を与え、その年の日本写真批評家協会作家賞を受賞している。

(c)細江英公 「薔薇刑」より(1961年)

当時の細江は弱冠30歳の気鋭の写真家だった。奈良原一高や東松照明ら新進写真家によるセルフエージェンシー「VIVO」の結成に加わり、「おとこと女」ですでに写真界に認められてはいたものの、さらに大きくその地歩を固めたのは、やはりこの「薔薇刑」だといえる。エロスとタナトスのイメージに満ち満ちたこの作品を、三島由紀夫から「あなたの被写体になるのだから自由に撮ってください」といわれて取り組んだと細江は回述している。その後1970年の三島の自決事件にいたるまでの経緯を思うとき、若き日の写真家の鋭い直感と洞察力、そして天衣無縫な表現力にあらためて敬服せざるを得ないのだ。

細江写真にとってもうひとつ重要な部分を占めるのは、舞踏家の土方巽と大野一雄との宿命的な関係性である。写真家は彼らの肉体を借りて写真に生命を吹き込み、舞踏家は写真家によって永遠の肉体を与えられた。

土方巽が土俗的な精霊のイメージとなって風のように農村風景の中を駆け抜け、飛び回る「鎌鼬」(1970)は、山形県米沢での写真家自身の疎開時の原体験をモチーフのひとつとしている。農村が持つ、優しさや厳しさ、豊かさと貧しさと猥雑さなどといった、渾然とした日本の風土性を表現したもので、土方の郷里である秋田で撮影されたこの作品は、1969年度の芸術選奨文部大臣賞を受賞している。

(c)細江英公 「鎌鼬」より(1965年)

男女の肉体が黒い背景の中でリリカルに、かつ多少のユーモアを湛えながら抽出された「おとこと女」(1960)からは、新しい肉体表現に挑戦しようという才気がいまも立ち昇っているようだ。また、それから約10年を経たのち、さらに洗練を加えて発表された「抱擁」(1969)は、三島由紀夫をして「もっとも純粋でアスレティックな美」と言わしめただけあって、ヌード写真における不変のポジションを確立した作品といえる。

(c)細江英公 「抱擁」より(1969年)

このほかにも、サグラダファミリア大聖堂などで知られる異才・ガウディの建築を壮大な肉体と捉えて作品化した「ガウディの世界」(1977・1984)、大野一雄の舞踏する肉体に江戸の鬼才画家・蕭白の絵をスライド投影して重ね合わせ撮影した作品などなど、いまも芸術的挑発とサプライズにあふれた細江写真の真髄にふれることのできる貴重な展覧会としてお薦めだ。

また、時期をあわせて、「細江英公の<浮世絵うつし>と<鎌鼬>屏風・掛け軸・画帖」展が、12月15日~2007年1月30日まで文京区湯島ハイタウン1Fの羽黒洞画廊で開催。
さらに、細江作品の代表作を銀板写真やガムプリントなどさまざまな古典的プリント手法で再現する「細江英公名作各種プリント百花斉放」展が、芝浦のPGI「フォト・ギャラリー・インターナショナル」で2007年1月10日~30日まで開催される。
by nikondigital | 2006-12-11 11:29 | ピックアップ | Trackback | Comments(2)

銀座メゾンエルメスでよみがえる「木村伊兵衛のパリ」

写真界の有望な新人に贈られる木村伊兵衛賞は、文学界でたとえれば、さしずめ芥川賞ということになるだろうか。1975年に朝日新聞社の主催で始まった同賞は、古くは藤原新也、岩合光昭、三好和義、中村征夫、星野道夫ら、いまでは揺るがない評価を得た作家たちを輩出し、近年ではホンマタカシ、蜷川実花、佐内正史、オノデラユキといった新しい才能を世に紹介し続ける権威ある賞といっていい。

木村伊兵衛は土門拳と並んで、日本の戦前から戦後にかけての近代写真に大きな足跡を残した写真家で、ライカをはじめとする小型カメラの機動力を駆使したスナップ写真の名人として知られている。大正のアマチュア時代を経て、戦前は花王石鹸などの広告写真やポスター、画家や作家の肖像写真、また戦時中は対外国向けの宣伝グラフ誌『FRONT』のカメラマンとして、報道写真や商業写真の先駆けとして活躍した。

戦後は、秋田の農村や、上野・浅草といった下町をおもなテーマとして精力的に撮影を開始する木村伊兵衛は、写真雑誌『アサヒカメラ』を中心に作品を発表し、『フォトアート』誌では土門拳とともに月例フォトコンテストの審査を務め、全国の写真愛好家にとってのカリスマ的存在として、いまも多くの信奉者を持つ不世出の写真家である。

その木村伊兵衛が半世紀前に撮影したパリの写真が、銀座メゾンエルメス8Fフォーラムで10月28日から展示され話題を呼んでいる。1954年と55年の2度にわたってパリを訪れた木村のこの作品は、1974年に『木村伊兵衛写真集 パリ』として発刊。それが2004年のアルル国際写真フェスティバルで再評価され写真展が大好評を得たことを機に、このほど朝日新聞社から新たに再構成され『木村伊兵衛のパリ』として上梓された。本展覧会は、その写真集に収録された170点にも及ぶカラー作品から、約100点を厳選して展示されるもの。

写真集「木村伊兵衛のパリ」

なんといっても見所は、50年以上も昔に撮影されたとは思えない、いきいきとしたパリの情景描写。特に、夕焼けに染まるコンコルド広場を捉えたシーンは、エルメスの2006年のテーマである「エール・ドゥ・パリ(パリの空気)」をあますところなく伝えていて本展覧会の象徴的な作品となっているが、自身も東京下町生まれで人物スナップをもっとも得意とする木村が本領を発揮するのは、やはりパリの下町メニルモンタンをはじめとする、ごく普通の街角で撮られた庶民の生活や素顔のショット。まさに水を得た魚のような活写ぶりからは、まだ一般人の海外旅行が不自由だった時代に、その制約をはなれて異国を自由に撮影ができることの喜びが感じられ、写真家の息づかいさえ聞こえてきそうだ。


 パリ祭 メニルモンタンの職人町(1955年)
 Photo:Kimura Ihei ©Kimura Naoko


このパリ撮影旅行が、木村とアンリ・カルチェ=ブレッソン、そしてロベール・ドアノーという、日本とフランスを代表する写真家同士の出会いの場となったことも、ひとつのエピソードとして見逃せない。特に尊敬と共感の対象であったブレッソンとの交流によって、木村はその後さらに自らの方向性を確信し、写真家としての地歩を固めてゆくからだ。


 チーズ屋 ブロアの露店(1954年)
 Photo:Kimura Ihei ©Kimura Naoko


木村は撮影にあたって、当時まだ珍しかった国産のフジカラーフィルムをニコンS型とライカM3に詰めて使用している。フィルム感度はまだ低く、路地裏などに入るとシャッタースピードはわずか1/10秒などということはざらだったらしい。当然、ブレも発生しやすくなる。しかし、そうした当時の技術的な限界のなかで、少しも色褪せない「パリの空気感と素顔」を写しとめ、いま僕らの目の前に見せてくれる木村伊兵衛という写真家の存在を、写真ファンとしてあらためて誇らしく感じる。


 楽屋裏のモデル達 (1954年)
 Photo:Kimura Ihei ©Kimura Naoko


展示作品はクリアなインクジェットプリントによって再現されている。会場の空間デザインを担当しているのは新進気鋭のインダストリアルデザイナー、コンスタンティン・グルチッチ。50年という時の流れを経て、エルメスと木村伊兵衛が、古いカラー写真とデジタルが、そして銀座とパリが…ひとつに融合する。古いものと新しいものを常に混在させながら悠久の時代を生き抜いてきた都市「パリ」。何かに憑りつかれたように写して止まなかった木村伊兵衛の眼を通して、その香りに触れることのできる、きわめて魅惑的な写真展だ。

「木村伊兵衛のパリ」
●2006年10月28日(土)~2007年1月21日(日)
会期中無休(但し12/30~1/2、1/17は除く)
11:00~19:00(入場は18:30まで)
●メゾンエルメス8Fフォーラム
 東京都中央区銀座5-4-1
●入場無料



by nikondigital | 2006-11-27 15:08 | ピックアップ | Trackback(1) | Comments(6)

「時代」を貫く写真家たちの眼差し

当たり前のことだけれども、写真は「いま」しか写せない。まだ見ぬ「未来」も、過ぎてしまった「過去」も写すことはできない。そして、写し止められたばかりの「いま」にしても、それはたちまちマリンスノーのように絶え間なく降り注ぐ時の堆積の中で「過去」となってしまう。だから多くの場合、写真にはある種の「切なさ」がつきまとうのかもしれない。

だが優れた写真は、そうした感傷を断ち切りながら「凍結されたいま」の輝きをいつまでも持ち続けているものだ。特に、ひとつの時間軸のなかで何人かの写真家の作品が展覧会として体系的に構成されたとき、個人の眼差しで捉えられた「いま」は、普遍的な「時代」へとその意味合いをドラスティックに変えてゆく。そんな魅力に満ちた写真展が、10月7日から年末まで2ヵ月半にわたって4部構成のロングランで開かれている。

10月に銀座7丁目に移転する「銀座ニコンサロン」の開設記念として開催されている特別企画展がそれ。『戦後日本』『私という記憶』『世界の響き』『都市の鏡』の四つのカテゴリーに分けられ、木村伊兵衛、土門拳といった日本の近代写真の立役者からはじまり、江成常夫、荒木経惟、長倉洋海、小林紀晴、土田ヒロミ、森山大道など延べ20人の著名作家の作品が各期間ごとに展示される。

「東京・網目の世界」より (c)森山大道


この写真展の見所といえば、各作家の総花的な代表作のピックアップではなく、先に紹介した各カテゴリーのなかにおいて、その作家のその時代でなければならない作品群がチョイスされているということだろう。たとえば『私という記憶』で展示される、若い人たちにも人気のある荒木の作品「わが愛 陽子」(1976)と関連作品は、最愛の妻を新婚生活の前後から家庭内のプライベートまで含めて写し続けた伝説的な私写真で、その後の若い写真家たちに与えた影響は大きい。アラーキー・ファンなら、これだけでも一見の価値ある写真群だ。

「わが愛 陽子」の関連作品 (c)荒木経惟


また『世界の響き』では、世界の紛争の中で常に弱者の側に身を寄せながら、悲しみに打ちのめされながらも逞しく生き抜く庶民の姿を僕らの眼前に突きつけてくれる長倉洋海の代表作「エルサルバドル 内戦と人々」(1983)、そして9.11同時多発テロ3年後のNYに自らの虚無と喪失感を重ね合わせた小林紀晴の「White Panic 9.11からの日々」(2003)など、前者と後者に20年という時間差がありながらも、人々の苦しみの背景にある本質は基本的に変わっていないことを僕らに教えてくれる。

「White Panic 9.11からの日々」より (c)小林紀晴


個性的な写真家の眼が「都市」をどう捉えどう表現したか、という『都市の鏡』というカテゴリーは、ある意味で都市生活者にとっていちばん刺激的なテーマといっていいだろう。土田ヒロミ、森山大道の初期作品を再発見する得がたい機会だし、内山英明が捉えた知られざる日本の地下施設の妖しく幻想的な映像「JAPAN UNDERGROUND」(2000)も、他の4人の都市のイメージと合わせて観照すれば、その意味合いがことさらに深まるに違いない。

「JAPAN UNDERGROUND」より (c)内山英明


また、石内都の実質デビュー作とされる「絶唱―横須賀ストーリー」(1977)は『私という記憶』のカテゴリーで展示されるが、ザラザラと乾き、見る者の心をヒリヒリとさせるような素粒子のモノクロ作品は、写真の芥川賞とも言える第4回木村伊兵衛賞の受賞作品でもあり、この機会にぜひ見ておきたいものだ。

「絶唱、横須賀ストーリー」より (c)石内都

なお、石内の近作「mother’s」は、昨年ベネチア・ビエンナーレ日本館で開催されたことを記念して、11月5日まで恵比寿の東京都写真美術館で開かれている。亡くなった母の口紅や靴や下着などの遺品を淡々とクールに撮り続けた石内の仕事は、同性として微妙な距離感を持った母へのレクイエム(鎮魂歌)であり、撮ることを通して母を見つめなおす行為であったに違いないと思う。ニコン展でのデビュー作と併せ見ると、写真家にとっての「いま」と「過去」の重さについて、あらためて考えさせられる。

「mother’s」より (c)石内都


銀座ニコンサロン
「戦後日本」<10/7~24>
Ⅱ「私という記憶」<10/25~11/14>
Ⅲ「世界の響き」<11/15~12/5>
Ⅳ「都市の鏡」<12/6~28>

東京都写真美術館 
「石内都 Mother’s」<9/23~11/5>
by nikondigital | 2006-10-23 11:59 | ピックアップ | Trackback | Comments(2)

フォルバーグ、そしてNASAの写真映像  アートと科学が共存する「はじめての宇宙の歩き方」展

ー清里フォトアートミュージアムで11月26日まで開催中ー

 日々のあわただしさの中で、「いま」自分が生きている「この場所」が宇宙に浮かぶ地球という「惑星」の一角なのだということを実感できる人がどのくらいいることだろう。そんな実感覚をつかの間でも取り戻したい人は、この写真展を訪れてみるといい。

 「はじめての宇宙の歩き方」―タイトルこそ軽妙で、ちょっとパロディっぽい響きがあるが、展示内容はきわめてシリアス。NASA提供の写真や「すばる望遠鏡」で撮影された映像と、ニール・フォルバーグ、デイヴィッド・マリンという2人の写真家の作品、大きく4つの展示で構成されている。


ニール・フォルバーグ「射手座」2000年
(c)Neil Folberg


なかでもフォルバーグの作品は点数も多く、この展覧会の中核をなすものともいえそうだ。厳密にいえば、天体写真ではない。天体をモチーフとした風景写真とでもいうのだろうか。静謐なモノクロームによる作品の多くは、地上の風景と背景の星空をそれぞれ別のフィルムで撮影し、それにデジタル処理を加えて一枚に融合したネガを、暗室でプリントするという手の込んだプロセスを経ている。つまり宇宙を「記録」したものではなく、「表現」した作品といえる。

地上の舞台はイスラエルなど、シナイ半島の各所。古代の神殿遺跡やオリーブの巨木や森をバックに燦然たる星座が輝く様は、地球と似て非なる別の惑星のようでもあり、神話の世界に迷い込んだかのようなインスピレーションを感じさせてくれる。

 このフォルバーグという写真家、モノクロプリントの美しさを極限まで追及したファインプリントの巨匠、かのアンセル・アダムスの元で写真を学んだという経歴を持つだけに、その深い暗黒と輝くハイライトによって再現された世界は、作品が平面の印画紙であることを忘れさせてくれる。 


デイヴィッド・マリン「三裂星雲M20」
Courtesy Howard Schickler Fine Art and David Malin
(C)Anglo-Australian Observatory


一方、極彩色に満ちた幻想的な宇宙の姿を見せてくれるのが、天文写真の巨匠といわれるデイヴィッド・マリンの作品。真紅のガスに浮かび上がるオリオン座の馬頭星雲や、数え切れないほどの宝石をばら撒いたような渦巻き銀河など、その壮大で圧倒的な華麗さには思わず息をのんでしまう。
また、NASAがいままでのミッションで撮影した膨大な記録写真の中から選び抜かれた24点の写真も、素晴らしく見ごたえがある。いままでにニュースやTVの映像で一度は見たことのあるアポロ11号の月面着陸やチャレンジャー4号での宇宙遊泳のシーンだが、展覧会用に制作された本格的なプリントで見るそれは、まったくの別物だ。



NASA〈宇宙への旅―25年の歴史〉より
「ジェミニ・タイタン IV号、1965年6月3―7日」


暗黒の宇宙にぽっかりと浮かぶブルーの地球、その透徹な空間を遊泳する宇宙飛行士たちのヘルメットやスーツや宇宙船の機器のディテールまでをも、カメラとレンズはクールに捉える。写されているシーンはきわめて現実的で科学的な「作業」なのだけれど、その画像はまるでアートといえるほどの美しさと驚きと精緻さをたたえている。
ちなみに1981年に打ち上げられたスペースシャトル、コロンビア号には当時の「ニコンF3」が積み込まれ、2005年のスペースシャトル計画でも「ニコンF5」が使用されるなど、日本のカメラと宇宙との縁は深い。そんなことを考えながら、この展覧会を見ていると、カメラというちっぽけな機械が、僕たちのささやかな日常生活から宇宙の果てまでを記録しアートに変える、素敵な魔法の小箱のように思えてくるのだ。



芸術と科学がクロスする展示が、宇宙へのイマジネーションをさらにかきたたせてくれる。
 

清里フォトアートミュージアム

清里フォトアートミュージアム(K*MoPA)は周囲のロケーションもよく、家族連れやカップルで訪れるのも楽しい。たまには日常の雑事を離れて、何千万光年というスケールの映像や話題に触れてみてはどうだろう。ふと見上げた都会の夜空にも、フォルバーグの写真のような輝く銀河が、本当は在る…ことがわかるから。


by nikondigital | 2006-09-24 21:46 | ピックアップ | Trackback(2) | Comments(1)