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ライフスタイルーデジタルフォト ismコンシェルジュ:伏見行介 板見浩史


伏見 行介
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板見 浩史
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フォトグラファー伏見行介とフォトエディター板見浩史がおくるデジタルフォト情報。
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Thanks!!

昨年の8月から始まったこの連載も今回が最後です。
最終回の今回は、私が写真について思う事、感じている事などを思いつくまま書いてみようと思います。

「写真は楽しく!」「人が創ったモノは全て良いものだ。」
この言葉二つの言葉は、若い時に、短い間ですがアシスタントをしていたケン・モリさんという、ニューヨークのフォトグラファーから聞いた言葉です。それ以来、私の写真生活で「座右の銘」というか、「お呪い(おまじない)」というか大切な言葉です。
仕事となれば、好きで選んだこの道ですが、良いこと嫌な事、色々あります。
アートディレクターやクライアントとの意見の違い、無理な時間での撮影、気むずかしい被写体の方等々・・・ こちらも生身(未熟)なので、カッときたりする事もあります。そんな時、こころの内で「写真は楽しく!」と唱えます。すると、不思議に心に余裕がうまれます。
「人が創ったモノは全て良いものだ。」、こちらの言葉は人が創った作品の結果の善し悪しではなく、人がモノを創る行為そのものが尊いのだという事を示唆した言葉です。この考え方は結構影響を受けました。

機械からの解放
カメラやフィルムの歴史を振り返ってみると、誰もが、何処でも、簡単に楽しく写真を写せるようになるための技術の進歩でした。
その結果として、フィルムでの撮影の場合は、レンズ付きフィルムの登場に代表されるように、出来上がる写真の「質」をあまりうるさく言わなければ、誰もが写真を写せるようになりました。
デジタル時代の現在は、カメラは「質」も伴って誰もが写真を写せるようになりました。
写真が誰でも写せるようになる事、メカニズムからの解放はとても良い事だと思っています。アマチュアでもプロでも最近元気な女性フォトグラファーが増えてきたのも、写真を写す事が、機械から解放された作業になったからでしょう。その結果として、単に写真を写せるだけでは、フォトグラファーとは言えなくなりました。
昔は、写真を写す事自体がとても難しかったので、その人の感覚やセンスに関係なく、写真を写せるだけで写真家でした。また、機材も高価だったので、経済的に余裕のある人しか写真を楽しめませんでした。
デジタルカメラの場合はどうでしょう。
例えば、1995年に600万画素でボディーだけで350万円したデジタル一眼レフですが、今は、当時のカメラより性能が良いデジタル一眼レフNikon D40がレンズ付きで量販店では70,000円を切る価格で購入できます。何と12年で価格が1/50になったのです。
性能の優れた機材が購入しやすくなり、簡単に写真が写せるようにもなり、良い感覚を持っている人は、年齢や性別に関係なく優れた写真表現ができるようになったのです。

デジタル革命
カメラのみならず、色々な面でデジタル革命は起きています。インクジェットプリンターの発達、オンデマンド印刷、Webに代表される新しいメディアによる、新しい発表の場の登場等です。特に、Web関連の様々な動きは、流通革命を起こし国境の壁を取り払いました。私の会社でも、Webサイトを見て、ロンドンや韓国からの仕事の注文が来た事がありました。まさに、LANケーブルの先は世界なのです。

これから写真を写すのに必要な事
デジタル写真になり、写真は誰でもができる画像の表現手段になったのです。絵画やイラストレーションは、それなりのテクニックが必要です。でもカメラはテクノロジーの発達により、ピント合わせ、露出決定等が自動化され、シャッターボタンを押せば写るようになりました。画を描こうと思った時、持つだけで、画が描ける筆なんてこの世に存在しません。
誰でも、写真が写せるようになった現在、アマチュアにせよ、プロにせよ、写真を写すのに必要な資質はなんでしょうか?
「肝心なのは、モノを見る目だ、技術は4年もあれば、誰でも覚えられる。」
これは、近代写真の父と言われる、アルフレッド・スティーグリッツという写真家が言った言葉です。私は、これから写真を写すのに必要な事は、この言葉につきると思っています。

半年間、写し方や撮影後の処理についてご紹介してきましが、このウェブや写真の技術解説書をたくさん読めば、写真が上手になるものではありません。
デジタル写真になって、押せばその場で結果が見えるようになりました。液晶パネルに再生された、たった今写したばかりの写真。それを見たときに感じる「喜びや驚き」。その感情を何時までも忘れる事なく、大切にしてください。そして楽しんでください。
それが、写真が上手くなる秘訣です。
それでは、皆様良いデジタルフォトライフを!!
# by nikondigital | 2007-02-27 17:21 | アレンジ | Comments(44)

神と共存の島、バリ。

ライフ編の最終回は、海外撮影編です。
前回は、極寒の地ニセコでしたので海外旅行編は灼熱の地、インドネシアのバリ島に行くことにしました。
バリ島を選んだのは、行った事が無い事と以前私の会社に関わっていたフォトグラファー加藤君がバリ島の州都デンパサールで、フォトグラファーをしているので、灼熱の地での撮影の注意事項を聞けるからです。
バリ島は、日本人にとっても馴染みのリゾートでしたが、2002年10月にクタという所で、202人が無くなったテロと、2005年10月の23人が無くなったテロで、若干人気が下がってしまいましたが、最近は治安も回復し人気が復活してきました。
人工の90%が回教徒のインドネシアのなかで、バリは島民90%がヒンズー教、10%が回教徒という島です。日常の生活がヒンズー教の神と共存している島でした。
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準備
フィルムカメラの時代は、写真好きが海外旅行に行く場合、持って行くフィルムの数や種類など、色々悩みました。また、空港の荷物検査用のX線でフィルムが感光しないように鉛でコーティングされた袋にフィルムを入れるなどの対策が必要でした。
また、国によっては、持ち込むフィルムの数量制限等もありました。
でも、デジタルになったら、これらの悩みも全部解決してしまいました。
まず、フィルムの種類ですがデジタルカメラですと、そもそもフィルム自体がいりませんし、ISO感度もISO100~1600までカメラの設定で撮影途中でも変えられます。便利です。
荷物検査のX線もフィルム代わりのCFカードやSDカードなら問題ありません。
フィルムの持ち込み数量の制限も関係ありません。本当に楽になりました。
その代り、デジタルになって気をつける必要がでてきたのは、電圧とプラグの形です。
デジタルカメラはバッテリーが命の源です。日帰りならともかくとして、旅行にいったら必ずといって良いほど充電する必要がでてきます。そのとき必要なのが充電器です。今、カメラに附属している殆ど全ての充電器はそのまま使えますが、充電器からコンセントまでのACコードはそのまま使用できません。日本のコンセントは100Vですが外国は100Vとは限りません、むしろ100Vの国の方が少ないくらいです。そのため、充電器からコンセントまでのACコードを外国で使用できるコードに変える必要があります。このコードはカメラの量販店や電機屋さんの海外旅行のコーナーで買えます。そして、このコードは日本国内でも使用できますので、一度変えたらそのまま国内でも使用しておいてもかまいません。ちなみに私はヨドバシカメラで780円で買いました。
つぎに、必要なのはコンセントの変換アダプターです。外国のコンセントは実に色々な型をしています。それらの異なるコンセントの形状に合わせられるアダプターが、これもカメラや電気器具の量販店で購入できます。私は7種類のコンセントに対応したアダプターを2,070円で買いました。
出発前には、旅行のガイドブックなどで目的地の電圧とコンセントの形状を調べておくのはマストです。
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ニコンの充電器MH-18の裏側です。入力の所がAC100ー240Vとなっていれば外国でも使用可能です。
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ACコードの付け根部分です。少しわかりにくいかもしれませんが、2.5A 250Vと書いてあります。このコードなら、外国使用でokです。

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コンセントの変換アダプターです。
このアダプターで、7種類のコンセントの形状に対応しています。
下はホテルのバスルームで使用中の写真です。
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d0083899_15595081.jpgこのコンセントも220Vですが、今回持って行ったアダプターでは対応できませんでした。



持って行った機材。
今回のバリ島旅行に持って行ったのは、
カメラ   Nikon D200
レンズ   AF-S Nikkor 18-200mm ED
バッテリー EN-EL3e x 3
充電器   クイックチャージャー MH18
メディア  6GBマイクロドライブ x2
フィルター 偏向フィルター
カメラ掃除セット
以上です。
メディアにCFカードではなく、ちょっと時代遅れのマイクロドライブを選んだのは、書き込み速度は速くありませんが、容量のわりには価格が安いからです。量販店で6GBで19,800円で売っています。

優れもの、18-200mmズームレンズ!!
旅には、1本で何本ものレンズの役をはたす、ズームレンズがやっぱり便利です。
今回、18―200mmのズームレンズの凄さを再認識しました。下の写真を見れば、その性能は一目瞭然です。同じ場所から、一番広角側と、一番望遠側で撮影をしました。18―200mmは約11倍のズームレンズで、撮影面積を計算すると11x11=121で最望遠の撮影面積に対して、再広角側では121倍の大きさの写真が写せるのです。
また、このレンズは手ぶれ防止装置つきなので、室内の撮影や少し暗くなった夕方の手ぶれにも力を発揮しました。
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上の写真は18mmで撮影、下の写真は同じ場所から200mmで撮影しました。
1本のレンズで撮影できるのですから、11倍ズームは凄いです。

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意外に役に立つ内蔵ストロボ。
私達プロは、カメラに付いている内蔵ストロボは殆ど使用しませんが、今回は別のストロボを持って行かなかったので、内蔵ストロボを使用しました。あまり期待をしていなかったのですが、多いに役立ち、実力を見直しました。ただし、ストロボを使用すると、電池が無くなるのも早いので注意してください。それから、AF-S Nikkor 18-200mm EDの場合、レンズフードを付けたまま内蔵ストロボを使用すると、フードの影が被写体に出る場合がありますので、フードは外して使用してください。
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有名なケチャダンスです。
夕暮れから、日没にかけて開催される踊りなので、踊りの最後の方にはストロボが必要になります。上の写真はストロボ無しで、下の写真は内蔵ストロボを使用しました。
内蔵ストロボを使用するときは、発光量を-1/3位に、少し弱めに設定して使用すると自然な感じになります。
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何かと便利なPL(偏光)フィルター。
私は、旅には、第一回めのライフ編でご紹介したPLフィルターを持って行きます。空の色を強調したり、ちょっとしたアクセントを写真に付けるのに役にたちます。
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上の写真は偏光フィルターを使用せずに撮影しました。
下の写真は、偏光フィルターを付けて撮影しています。空の感じが違うのがおわかりになると思います。
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バリの写真事情。
今回、バリに住んで3年と少しのフォトグラファー加藤君と何軒かの写真屋さんをまわってみました。バリの人達は写真好きとかで、写真屋さんは結構ありますが、売っているカメラは殆どが、フィルムとデジタルのコンパクトカメラで、レンズ着きのデジタル一眼レフキットを1台だけ見かけました。そのデジタル一眼レフキットの値段は日本円で94,000円くらい、2005年の平均賃金が都市部で30,000円程のインドネシアでは給料の3ヶ月分以上の価格という訳です。
何軒かの写真屋さんを見ましたが、どのお店でもCFカード、SDカードは売っていました。私達が仕事で使用する、サンディスクのエクストリームⅢの2GBのCFカードは、日本円で14,500円くらい、日本の量販店では23,000円位するので、バリの方がだいぶ安いようです。
d0083899_167816.jpg左の写真は、バリの典型的な写真屋さんです。フォトスタジオを併設しているお店も多いです。
看板を見てもおわかりになるように、デジタルが主流になりつつあります。
このお店に、デジタル一眼がありました。
付属品はほとんど無く、レンズに付ける72mmのプロテクトフィルターを探したのですが、58mmまでの、フィルターは何種類かありましたが、72mmはありませんでした。
加藤君達も、本格的な写真用品はジャカルタまで買いに行くそうです。


灼熱の島での撮影注意事項。
バリ島の最大の街、デンパサールのフォトグラファー加藤君に暑い所での撮影注意事項について聞いてみました。
加藤君はバリの高級リゾートホテルのリッツカールトンの写真室の立上げに携わり、その後フリーになり、ウエディングやホテルのカタログを撮影しています。
加藤君が、撮影で一番気をつけているのは、暑いバリでも「結露」だそうです。
暑い室外で撮影したカメラを、冷房の良く聞いた室内に持ち込むと、すぐに結露してしまうので、外で使うカメラと室内で使うカメラの2台を準備し、外で使用するカメラは室内には持ち込まないようにしていると言うことでした。
じっさい、ビーチの日向にカメラを出しっぱなしにしておいたら、レンズの鏡胴がさわれないくらい暑くなりました。
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この人が加藤君です。加藤君でストロボ有り無し、日中シンクロの作例です。
左の写真は、内蔵ストロボを使用。右の写真は使用していません。加藤君がモデルさんでも、ストロボを使用した写真の方が、影が弱くなっているのがわかると思います。美しい女性で作例をつくっておけば良かったと反省しています。(加藤君ゴメンナサイ)

最後になりますが、外国で撮影する場合は、日本と習慣も異なるので、日本では大丈夫な事でも現地では嫌がられる事もあるので十分注意してください。
例えば、バリでは左手は不浄の手、子供の頭はなでてはいけない等の宗教上のタブーがあります。現地の人に不快な思いをさせては、決して良い写真は写せません。
# by nikondigital | 2007-02-21 15:42 | ライフ | Comments(2)

下岡蓮杖の写真帖で幕末・明治にタイムスリップ

好きな対象を撮って見て楽しむ―というほかに、写真には「記録」というもうひとつのとても大きな価値があることは誰もが知っていると思う。どんな動機があってシャッターを切ったとしても、作者の思い入れとは別の側面で、その瞬間から写真の記録としての価値はじわじわと大きくなっていく。特に街の風景や社会の風俗を捉えた写真にはそれが顕著で、日ごろ何気なく見ている街の景観などでも、数年立つと驚くほど変貌していることに気づいたりするもの。人間のあいまいな記憶の連続性を断ち切り、クールに瞬間の一断面を画像に定着してしまう、写真の力にあらためて気づかされるのはそんなときだ。

半蔵門にあるJCIIフォトサロンで開催されている、幕末・明治の古写真展「下岡蓮杖と臼井秀三郎の写真帖より」は、そうした写真の底力をじっくりと感じることのできるいい機会でもある。写真というシステムが日本に渡来してまもなく、つまり幕末から明治初期(1860~1870年代)にかけての日本の姿を、70点あまりの貴重なプリントで見ることができる。
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東京・曳舟(明治初期頃)撮影:下岡蓮杖

写真師・下岡蓮杖は、ほぼ同時期に長崎で活躍した上野彦馬とならんで、日本の写真の始祖といわれる人物。もともと若いころは狩野派の門人として絵師をめざしていたが写真師へ転進、苦労してその技術を習得すると、外国との窓口であった横浜の地で1862年(文久二年)に写真館を開業し、のちに大成功を収めた。臼井秀三郎はその蓮杖の義弟であり弟子だ。
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東京・昌平橋(明治4年/1871)撮影:下岡蓮杖

蓮杖をはじめとする草創期の写真師たちは、人物ポートレートはもちろんのこと、来日する外国人向けのみやげ物として日本各地の観光地や名所などを撮影した写真を販売していた。いまでいうポストカードや写真集のようなものと考えればいいだろう。この写真展も、そのようにして蓮杖と秀三郎が撮った写真帖(アルバム)がフランスで発見され、日本に里帰りしたもの。いままで蓮杖の写真は名刺サイズ以外ではほとんど見つかっていないとされているが、今回は六ツ切りサイズ(203×254)のものも多く、写真史的にも貴重な展示といえる。
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東京・向島墨堤(明治4年頃/1871)撮影:下岡蓮杖

それにしても、およそ140年前と現在の風景の変わりようはどうだ。特に現代と比較しやすいところで都内の竹橋、鍛冶橋、日本橋、向島、隅田川、曳舟といったあたりの光景を見てみるといい。現代の変貌の凄まじさには誰もが驚くに違いない。これが同じ国か!と。たとえば、フランスの職業写真家であったアジェが1900年前後に撮影したパリの街並みを見ても、100年ほどでは基本的にはそれほど大きく変わっていないように思える。むろん都市としてのパリの成熟度と当時の江戸のそれとは比較すべくもないし、都市の構造や歴史、あるいは景観に対する文化の違いと言ってしまえばそれまでかもしれないが、まるで別世界へタイムスリップしたかのような感がある。
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東京・日本橋駿河町(明治10年頃/1877)撮影:臼井秀三郎か
左の建物は越後屋(三越の前身)

写真を見ていると、当時の日本列島がいかに自然環境豊かで、生活スタイルもシンプルでナチュラルだったということもわかり、明治以降の急速な近代化とダイナミックな都市化によってこの国の地形と風景が、コンクリートとアスファルトによってどれほど変えられたかという事実が、あらためて切ないほど伝わってくる。
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日光東照宮の大鳥居と五重塔(明治9年/1876)撮影:臼井秀三郎

写真帖には、熱海、箱根、日光といった場所の風景も収められている。いずれも古くから知られた名所であっただけに、熱海も箱根も当時としてはそれなりに繁華な雰囲気を醸し出しているのだろうが、当然ながら現代的な感覚で見れば「鄙びた」「素朴な」湯の里にすぎない。日光もまた信仰の地として、東照宮も神橋も神々しく絢爛な趣はいまと変わらないものの、周囲の森や自然の佇まいはまだ観光地として洗練されておらず、臼井秀三郎の撮影した竜頭ノ滝、華厳ノ滝、湯滝などは荒々しく大自然本来の息吹を伝えてくるようだ。自然風景における臼井の腕前はたいしたもので、卓抜した構図意識とそのダイナミズムの捉え方における技量は、現代のネイチャーフォトグラファーを凌いでなおあまりあると言っていい。

「温故知新」という言葉がある。古きを訪ねて新しきを知る―そんなことを考えながら古写真を眺めていると楽しい。いま僕らが仕事をしたり生活しているこの東京という近代的都市も、アスファルトを一皮めくれば、雑木林や田園が広がるアジア的でのどかな土地だったことがわかる。また、100年以上前のこの風景はどこか遠くへ行ったのではなく、今もこの足元の下にあるのだという事実も。そんなこの国の風土や成り立ちをビジュアルに感じることは、同時にこの国の未来を考えるときに、少しは役に立ってくるかも知れない。

大きな暗箱による、しかも湿板写真という不自由な方式で撮影した蓮杖や彦馬の時代を経て、いまデジタル一眼レフという、当時から言えば魔法のような便利なカメラを手にした僕たちは、それに見合うだけの価値のあるものを撮っているのかな、とふと思うときがある。もっともっとその力を発揮して楽しく価値ある写真を撮りたいものだ。草創期の写真状況と違って、現代は職業写真家だけでなくアマチュアフォトグラファーが自由に写真を楽しみ記録できる時代となった。さて、100年後の人間たちに、いまの僕たちはどんな素敵な写真を残せることだろう。

JCIIフォトサロンを訪れたら、隣接する日本カメラ博物館にもぜひ立ち寄ってみたい。日本を代表する歴史的カメラの常設展示、カメラや写真に関するさまざまな展示のほか、特別企画展なども随時開催されており、カメラへの興味がいっそう増すことは間違いない。両館とも財団法人日本カメラ財団(Japan Camera Industry Institute)が運営している。

幕末・明治の古写真展「下岡蓮杖と臼井秀三郎の写真帖より」
会場●JCIIフォトサロン 
   東京都千代田区一番町25番地JCIIビル1F
会期●1月30日(火)~3月4日(日) 休館日=毎週月曜 入場無料
# by nikondigital | 2007-02-13 13:29 | ピックアップ | Comments(0)