【かっこ笑い】いつからか、文章の表情を視覚的に補佐しなければ僕らはその行間を感じ難くなってきました。
身近な例で言うと、メールに使われている絵文字でしょうか。
喜怒哀楽を“絵”で表すことによって更に相手に伝える効果を生み出しますね。
今では使わない方が、ぱっと見なんだか味気なくて相手に冷たい印象を与えてしまうのではないかと少し心配すらしてしまいます

恐らく無かった時代は、その人の“筆致”や“表現”などから色々と想像を膨らませて気持ちを汲んでいたのでしょう。
ただ、絵文字の要素は昔からあったとも言えます。
例えば、単純に「!」や「?」です。
これらは絵文字の走りだとも言えるのではないでしょうか????
感嘆符ですもんね。
こんな有名なエピソードがあります。
フランスの文豪、ビクトル・ユゴーは「レ・ミゼラブル(邦題:ああ無情)」を出版した時に、その本の売れ行きが気掛かりで出版社に「?」とだけ書いて問い合わせをしたのだそうです。
それを見た出版社はこう返事を書きました。
「!」
つまり、びっくりするほど売れていますよ~!!!!と。
粋ですねー。18世紀の絵文字のやり取りです。デコメールなんてあったらユゴーは絶対にきゃわいく使っているでしょうねぇ。
最近は、テレビなんかだと特にバラエティーがそうですが、もう当たり前のように発した言葉の字幕(テロップ)が入りますね。特に、「ウケ発言」に。
一緒になって釣られて笑っている自分がいますが、ちょっと待てよ、とも思うのです。
ん?どうして、笑いのツボを強要されているの?・・・と。
まるで、「ここで笑いなさい」と言われているようで、いつの間にか潜在的に訴えかけられている事にふと気が付いたのです。
確かに、テロップの出現は漢字を学んだり、音が少量でも画面を観ているだけで大体の理解ができたり(特に聴覚障害者にとっては大変助けになりますね)利点は種々あります。
しかし、人と人との会話までもがメール同様に絵文字化されていくのは、なんだか“感情を一本化”しているようで少し怖い気もします。
ニュースやレシピなどの必要な情報ならまだしも、個人が感じる喜怒哀楽は人それぞれですから、もっと自由であっても良いのではないでしょうか?
そこに編集というメスを入れるのは、なかなかキワドイです。
だって、皆で同じ場所で笑っているのってちょっと怖いでしょ??
他人の気持ちを“汲み取る能力”は自分の心で「感じ」なければ

だから僕、ずっと文章の文末にある【(笑)】←これがすごく苦手でした。
ウケを自分で指定しているようでなんだかサムイなと・・・。
人のもダメでした。
でも、最近は同じ【(笑)】でも自虐的なものから、“微笑み”としての存在など色々とあるのだな~と学び、ようやく納得して使うことができました(笑)

営業日:適当
本日の店内BGM。
The Staple Singers / Respect Yourself