つぶやき
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第11回目の今回は、敦賀市にある北陸道総鎮守「氣比神宮」をご案内します。
![]() この神社は、二千有余年前、記紀に登場する氣比大神が降臨したと伝わっています。 仲哀天皇と神功皇后らを配祀し、越前国一の宮としても知られています。 朱塗りの大鳥居は、日本三大木造鳥居のひとつに数えられ、境内にはツヌガアラシトを祀る角鹿神社もあります。 >>>氣比神宮 敦賀市曙町11-68 TEL0770-22-0794 http://kehijingu.jp/ 第10回目の今回は、永平寺町にある「手繰ケ城山古墳」と「二本松山古墳」です。
![]() 越の王の墳墓とされる前方後円墳で、ともに国の史跡に指定されています。 手繰ケ城山(てぐりがじょうやま)古墳は、全長約130mの古墳で初代の王墓と伝わっています(北陸地方最大級)。二本松山(にほんまつやま)古墳は、7代目の王墓と考えられ、冠など多くの副葬品が見つかっています。 第9回目の今日は、越前市の「花筐公園」をご紹介します。
![]() この地は、継体天皇が暮らしていた場所とされ、第8回目で紹介しました「味真野苑」と同じく、謡曲「花筐」の舞台として知られています。 桜、もみじなど四季を通じて美しく、2人の皇子の産湯と伝わる「皇子ケ池」や天皇のお手植えとされる「薄墨桜」など見どころも多く残っています。 第8回目の今回は、越前市の「越前の里 味真野苑」をご紹介します。
![]() この地は、継体天皇と恋人・照日の前の悲恋を描いた謡曲「花筐」(作 世阿弥)の舞台となった場所とされています。 苑内には、在りしの日の継体天皇と照日の前の「花がたみ像」が立てられており、近傍には継体天皇を祀る味真野神社があります。 また味真野は、万葉集にゆかりの深い場所。 奈良時代、聖武天皇に仕える女官狭野茅上娘子(さののちがみのおとめ)と恋に落ちたため、味真野に流された中臣宅守(なかとみのやかもり)。二人は思いを託した歌を贈りあいました。万葉集には娘子23首、宅守40首の歌が載っています。味真野苑では、代表的な歌15首が歌碑に刻まれています。 あなたも 恋の里 味真野 を訪れてみませんか? >>>http://echizen.info/kankou/ajimano.html
第7回目の今回は、清流「九頭竜川」です。
![]() 継体天皇が、越の王時代に河口を広げ、治水に努めたといわれています。 白山連峰の山々から流れいでて、福井平野を経て、三国町で日本海へ。 支川をあわせて流域面積2,930平方キロメートル、延長116kmに及ぶ北陸を代表する大河です。 黒龍明神、九頭竜信仰、ヤマタノオロチなどの伝承や伝統との関わりも窺われます。 夏には、鮎釣りのメッカとして、中京・関西などから多くの太公望たちが訪れています。 なお、九頭竜川の中流域は、アラレガコ(カジカの仲間)の生息地として国の天然記念物に指定されています。 ちなみに、このアラレガコは甘露煮などで食べられていますが、江戸時代後期の書物『日本山海名産図会』でも“霰魚”として紹介されています。 第6回目の今回は、鯖江市の「うるしの里」です。
![]() 継体天皇が幼少の頃の御冠の塗り替えを、河和田の郷の塗師に命じたところ塗師が、手塗の黒塗の食器を献上しました。 その光沢の見事さに深く感銘され奨励されたのが『越前漆器』の始まりと伝えられています。 挽物はトチノキ、ミヅメ、欅等を立木挽きします。塗りは花塗(塗立)が特徴です。 堅牢な下地づくりに塗重ねた光沢と優雅なつくりには定評があります。 主産地の名をとり、河和田塗としても知られています。 ![]() 鯖江市西袋町の「うるしの里会館」には当時をイメージした 漆塗りの冠 も展示され、また会館近くには漆器神社もあります。 >>>越前漆器協同組合うるしの里会館 鯖江市西袋町40-1-2 TEL0778-65-2727 http://www.echizen.or.jp/ 第5回目の今回は、越前市の「岡太・大瀧神社」です。
![]() 日本で唯一の「紙」を祀る神社。 継体天皇が皇子であった今から千五百年ほど前、この村里の岡太川の上流に美しい姫が現れて「この地は清らかな水に恵まれているからこの水で紙漉きをして生計を立てよ」と、ねんごろに紙漉きの技を里人に教えたといいます。 この教えを受けた人々は、この姫を「川上御前」とあがめ奉り岡太神社を建ててお祀りしました。 社殿は天保14年(1843)に建立されたもので、国の重要文化財の指定を受けた建築です。 今もなお紙の業にたずさわる里人の心のよりどころとして、厚く信仰されています。 ![]() この地の「越前和紙」は、江戸時代後期の書物“日本山海名産図会”でも最高品質を誇る「越前奉書」として紹介され、その後、明治新政府の「太政官金札用紙」とされるなど、高い品質で知られています。 詳しくは福井県和紙工業協同組合のHPへ→ http://www.washi.jp/ 第4回目の今日は、越前町の「劔神社」です。
![]() 記紀に登場する忍熊王らを祀っています。 御神体は忍熊王が賜った神剣で、この力で越の国を平定したといわれています。 なお、戦国武将織田信長の祖先が、代々この神社の神官を務めています。 織田家の氏神で、織田氏の名前も地名「越前町織田」に由来といわれています。 本殿は県の指定文化財に、梵鐘は国宝に、また秋に奉納される太鼓「明神ばやし」は、 県の無形民俗文化財にそれぞれ指定されています。 >>>劔神社 越前町織田113-1 http://tutuji.com/tsurugi/
第3回の今回は、鯖江市の「王山古墳群」です。
![]() 鯖江市南部の丘陵に3~5世紀頃の方墳、円墳が約50基残っています。 記紀に登場する大毘古(大彦)命が祈りを捧げた場所とされ、 現在は古墳公園として整備されています。 出土品は「鯖江市まなべの館」に展示され、 麓の古社・舟津神社の祭神も大毘古命です。 なお、大毘古命が北陸平定の際に賊に放った矢が鯖の尾に似ていたことから 「さばや」から鯖江の名になったとも言われています。 >>>鯖江市まなべの館 鯖江市長泉寺町1-9-20 http://www.city.sabae.fukui.jp/pageview.html?id=972 >>>舟津神社 鯖江市舟津町1-2-32 http://www.city.sabae.fukui.jp/users/kanko/sightseeing/funazu.html ![]()
第2回の今日は、 敦賀 、そして日本海味覚の王者「越前がに」です。
古事記に第15代応神天皇が詠んだ歌が登場します。 『この蟹や 何処の蟹 百伝ふ 角鹿の蟹 横去らふ・・・』 この角鹿は現在の福井県敦賀市のあたります。 ![]() 「越前がに」はみなさんご存知のとおり、日本唯一の皇室献上蟹として知られ、 日本海味覚の王者。 福井県は漁港から非常に近い距離に良質な漁場があることから、 日本で最も古くから蟹漁を行っています。 室町時代の公家が記した「三条西実隆日記」にも「越前蟹一折」の記述があり、 この時代から既に京の都では越前がにのブランドとして名が通っていたと考えられます。 なお、標準和名である「ズワイガニ」は江戸時代はじめから中頃と考えられていますので それよりはるかに古い時代となります。 ![]() 越前がに漁は、例年11月6日から翌3月20日まで行われます。 食事代としてお一人10万円程度となります 「日本最上級の蟹料理(http://www.facebook.com/Kaniryouri)」もあります。 なお、お手軽に楽しめる、脱皮後の若い越前がにである“水がに”も今が旬。 ぜひ、この至高の美味を堪能しに、福井へお越しください。 < 前のページ次のページ >
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