(このメッセージは衛星携帯電話イリジウムにより、南米チリ沖の南太平洋に浮かぶロビンソン・クルーソー島から宇宙経由で送信しています)

ロビンソン・クルーソー島の歴史はいまだ多くの部分が謎に包まれている。
内陸の山の中には大きな1つの石があり、そこには昔の人が刻んだ文字や絵が残されている。知られざる島の歴史の一端を理解できる手がかりがそこにあるのではないか・・・何度かその場所を訪れていたわたしはそう感じていた。
人々にピエドラ・コン・レトラ(スペイン語で「文字のある石」の意味)として知られる大きな石。
それは山道を歩くこと約30分、かつてセルカークが無人島生活を送ったときに登った見張り台(ミラドール)までの道沿いにある。
今回、日本で習いたてほやほやのテクニックを駆使して、その謎の石碑の拓本とりに挑戦してみることにした。
拓本というのは画仙紙を石碑の上に敷いて、水を吹きかけながら、レリーフを浮き上がらせ、その上から墨を染みこませたタンポでたたいて写し取る。
わたしが島に持ち込んだ紙のサイズは特大版。これは拓本の師匠、大石一久先生からいただいたものだ。先生はこれで足りるだろうか、と心配されていたが、石碑はそれよりもわずかながら大きく、紙を継ぎ足してようやくカバーできた。
初心者のわたしにとってはいきなりの難題。とても一人ではできず、同行していたスコットランド国立博物館のコールドウェル博士にも手伝ってもらう。
格闘すること2時間。ようやく石の碑文が見えてきた。そこにはアルファベットで、「コロノ ペドロ・アレドンド デ 1866」と名前と年号が刻まれていた。コロノというのは「入植者」という意味。その名前の上には大きな魚が小さな魚を呑みこもうとしている絵と、陸地に立つ椰子の木が大きく描かれていた。果たしてこれは何を意味するのか?入植者の一人、ペドロ・アレドンドは1866年にその絵にあるような情景をこの島で見た、その記録であろうか?
村に戻って人々に話を聞いてみると、とある老人が別の場所にもペドロ・アレドンドの名前が彫られた石があったことを思い出した。
それは今は出かける人も少ない山の中にあるという。しかし調べてみるとその場所はかつてパイオニアたちがミラドールまで登るときに通った古道沿いであった。
今は完全にブラック・ベリーの繁みの中に姿を消したその石を求めて、わたしは一行と共にブッシュナイフを手にでかけていくことにしようと考えている。
果たして・・・もうひとつの石は見つかるかどうか?そしてそこには何が書かれているのか?
そこにはパイオニア・ルートをめぐるいまだ知られざる島の歴史が隠されている・・・そんなにおいを感じている。