普段は立ち入り禁止の無人島。
しかし年に一度、大漁を祈願して渡ることが許されている祭りの中身は、大盤振る舞いの酒宴。
いったいこれはどういうことだろうか・・・?
島からもどり、上陸していたわずか数時間のことを思い起こすにつれ、素朴な疑問は深まっていく。
あれはピクニックだったのだろうか・・・祭儀も祈祷もそこそこに直会(なおらい)へと移ったそのイメージからすれば、そう見えないこともない。
しかしどんな祭りにも「意味」というものがある。そして奇態と映る神事の行為は何かを真似たものであることも、他の多くの祭事を見ると明らかだ。

わたしは手がかりを求めて、舞鶴市郷土資料館を訪ねた。するとそこで「雄嶋参り」にまつわる資料を検索することができた。
もともとここにある神社の名前は「老人嶋(おいとじま)神社」。
なぜ老人なのか?その縁起を調べてみると、伝説では冠島と沓島の守護神は十一面観音。
そして何と、それに脇待しているのが浦島太郎とある!
また冠島は「常世嶋」とも呼ばれていて、雄嶋参りとは年に一度の常世嶋参りでもあった。
雄嶋参りには他にもいろいろな神、伝説が複雑にからんでいるために、解釈も一筋縄では行かない面がある。
しかし、老人、浦島太郎、常世、そして酒宴と来れば、そこに秘められているものがあぶりだされて見えてくるようではないか。
年に一度、常世にわたり、食べきれない料理を前に酒宴を行い、そして帰還する。
この祭りには浦島太郎の体験を真似ることにより、神界とのつながりを深め、幸多かれと願う、祈りがこめられているのではないか?
雄嶋参りをめぐる様々なものは1本の線上に浮上し、そしてついに、わたしは謎が解けていくのを目の当たりにした。
それは伝説と民俗の接点を、自らの旅によって見出した瞬間でもあった。
(写真:冠島と遠くに浮かぶ沓島。常世嶋とも考えられ、浦島太郎の疑似体験祭儀の舞台となるこの島は、やはりかつては楽園の一部だったに違いない)