あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
一年の計は元旦にあり、そして志は書初めにこそ顕れる。書初めは新年の「初心表明」だろうと思う。年初の新しい気分で筆をとり、白紙に向かった。
昨年十二月に満四十歳を迎えたわたしにとって、今、心の中にある言葉は「不惑」。孔子の『論語』の一節(下記参照)は大切な人生の座右の銘のひとつだ。いかに惑わずに生きるか、二〇〇七年の今年から四十代全般にわたり、十年かがりで追求したい人生の大テーマ。

筆を手に何度も半紙に「不惑」と書いているうち、やがて言葉は自ら語りかけてくるようであった。「惑」とは「或」に「心」と書く。「或」は「或る」とか「或るいは」のように、あいまいなまま存在していることを意味する。つまり正であるか邪であるか漠然とした心の境地が「惑い」。それを「不」で打ち消したものが不惑である。無心ともとれる。そんな解釈から、わたしはもともとの「不惑」という文字を「不」「或」「心」と分解して、むしろ意識的に一字のようにまとめて「不或」に願いを込めた。そうして何度か書いているうちに、文字から一匹の魚が浮き上がってきた。
「不或心」をもってすれば、一匹の小魚も大海で怖いものなし。
二〇〇七年、新たな航海のスタート!
『論語』孔子
吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑はず。五十にして天命を知る。六十にして耳順ふ。七十にして心の欲する所に従いて、矩(のり)を踰(こ)えず。
吾十有五而志於學 三十而立 四十而不惑 五十而知天命 六十而耳順 七十而從心所欲 不踰矩