BUMP OF CHIKEN TOUR DIARY



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メンバーから「車輪の唄(Single Edit)」についてのビデオコメントが到着!
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韓国レポート Vol.3
12月20日(月) 韓国3日目は完全オフ!

 今日は午前中から市場への買い物ツアーがあった。どこか第三者的な書き方しか出来ないのは、昨晩(いや、朝方か)の夜会からの回復が遅れてしまい、午前の買い物ツアーに欠席してしまったからだ。勿論、藤原も欠席を決め込んだ。帰ってきたちゃまの話では、市場(南大門)に行くといろいろなブランド品などが安く売っていて、店によっては「ちょっと裏に来なよ、本当の本物のようなニセモノ(のブランド品が)あるからさ。おいでおいで」と手招きする所もあったようだ。軍モノのグッズや服が充実かつ廉価で売っていて便利だなあと思うと共に、「でもこれは軍事的な物事が、日本より生活の中に密接にある国だからこそのことだったりするんだろうね」と複雑な想いを抱いたとも話していた。今回泊まったホテルの目の前の広場には、絶えず警官が何十人もいた。まだ10代にしか見えない若者もたくさんいて、警官同士でおしくら饅頭したりじゃれ合ったり、無邪気な光景を映していたが、でもそんな彼らの腰には拳銃が、それを見て笑っている警官の両手にはライフルが備わっている。これもまた事実だったのだ。おしくら饅頭と笑顔と警官とライフルが何の不自然さもなく同居している国、それが韓国なのかもしれない。

 昼からメンバー&スタッフ全員集合で、プチ・ツアーが始まった。

まずは腹ごなし。最後の昼は「サムゲタン」。鶏のダシの利いた白湯スープの中に、餅米や朝鮮人参や漢方などを詰め込んだ鶏1匹をぶち込んだ料理。現地スタッフに聞くと、夏バテ予防として「日本のうな丼のようなもの」だと言うが、僕には全然違う料理な気がして仕方がなかった。うなぎというより、精のつくお粥な感じ。精がつくならうなぎと同じじゃないかと言うかもしれないが、韓国の料理は殆んど精がつくのだ。だから夏バテには何でも効くんじゃないかと思ってしまうのだ。
とても美味しかった。メンバーもよく食っていた。藤原以外、みんな完食。今回の韓国でよくわかったが、実はバンプはよく食べるバンドだった。楽屋弁当は全然食わないが、美味いもの、イベント性の高い食い物はよく食べることが判明した。九州でのふぐ然り。特に増川。よく食うわ、増川。よく食うし、食っている時に過剰に楽しそう。その無駄とも言える食へのエネルギーに、とても共感を覚える。藤原だけが本当に小食なのだが、彼の中では一食で喰らうサイズがカッチリ決まっているのではないだろうか? 彼が「残りを食べて」と僕に渡すことが多いことは前述したが、その量が(笑)が付くほど同じなのだ。「2分の1.2」ぐらい必ず入っているのだ。つまり、すべての食べ物の「2分の0.8」というのが藤原にとっての「食のサイズ」なのではないだろうか?

食後にいろいろな観光をした。細かくは書かないが、いろいろな所で無邪気にはじけた。そして「幼稚園時代から同じ軌道を描いてきた4人」を、久し振りに感じた。
前から思っていたことがある。音を鳴らしている時の4人は、その音楽の下に集まる4人の生命体、それ以上でも以下でもないある意味無機的な存在になる。「その音楽自体がバンドで作ったものなんだから、特別な運命を鳴らしていることなんじゃないか?」と思うかもしれない。それはそうだが、違うのだ。彼らが音を鳴らすというのは、その音楽の理由がどうのこうのという問題とは別なのだ。そういう風に僕には見えるのだ。もっと何と言うか、音楽という未確認飛行物体=UFOのようなものに導かれて音を鳴らしている感じがするのだ。バンプ・オブ・チキンを聴いていると、ちょっとボーッととすることがある。まるで透明感や光につつまれているようにボーッとする。その感じだ。
しかし。音を鳴らしていない時、音を鳴らそうとしていない時(つまりライヴやレコーディングや取材に関わっていない時という意味)の彼らは、ただの「20年一緒に過ごしてきた4人」となる。いきなりケツが青い感じになる。今日の4人は、まさにそれだった。バンプ・オブ・チキンというより、佐倉の4人組だった。もしかしたら藤原や増川、ちゃまや升にとっては「それこそがバンプ・オブ・チキンなんだよ」なのかもしれないが、佐倉の4人組は純粋に佐倉の4人組に立ち返っていた。
 スタッフの多くが免税店巡りをしている間、メンバーと共に明洞(ミョンドン)の街を歩いた。何なんだろうな、原宿の竹下通りみたいな通りに見えた。僕は1足100円で売られている典型的な日本人向けのお土産を買った。それは「ヨン様靴下」。靴下にヨン様のイラストと「ヨンサマ」って書いてあるやつ。凄いな、徹底的にヨン様という輸出品で日本を喰っている。さすが韓国は微にいり細に入り逞しい。
 CDショップを探して入ろうということになり、結構大きな店を見つけて入った。あったよ、バンプ・オブ・チキン。インターナショナル・コーナーに。藤原は昨晩一緒に遊んだ「NO BRAIN」のアルバムを自分の金で買っていた。藤原らしい「姿勢出し」だ。
 そして夜御飯を食べに行った。最後の晩餐は「プルコギ」だった。韓国風すき焼きだ。1日目:韓定食。2日目:石焼ビビンバ、焼肉。3日目:サムゲタン、プルコギ―――完璧な食の韓国巡りだった。本当にスタッフおよびコーディネイターに感謝っす。鍋物以外、本当にすべてを食い尽くすことが出来た。

 しかし。プルコギはしばらくすると、喰い飽きてしまいました。

 何なんだろうね、すき焼きもしゃぶしゃぶに比べて圧倒的に喰い飽きるよね。「甘味」なんだろうね。何で甘味は飽きるのが早いのだろう? 考えてみれば、恋愛もそうだ。甘ければ甘いほどすぐに「飽きる」。僕らが生きているということは、すなわちそういうことなのかもしれない。何がだ? 甘いことほどアテにならないということだ。
 ちゃまが一番はっちゃけて食べていたように見えた。喰った量がそう見せたのではないと思う。多分、鍋を囲む姿が一番似合う「人」だったからだと思う。囲むという行為に伴う温かさや切なさを、彼はとても表に出して生きている男だ。いい奴だ。

 さあ、終盤戦にかかってきた。ある意味この日のメイン・イベントが待ち受けていた。
「アカスリ」である。
 みんなでアカスリに行った。韓国名物アカスリ。男も女もみんなアカスリ。
 こういうコースだった。

まず脱ぐ→風呂に入る→サウナにも入り、肌を柔らかくさせる→呼ばれるのを待つ。勿論風呂の中でチンチンぶらぶらさせながら待つ→呼ばれる。まずはアカを擦られる。アカまみれになる→そこで一度解放され、アカまみれの体をシャワーで流す。そしてまた呼ばれるのを待つ→風呂に入ったりサウナに入って、これ以上ないぐらい体がふやける→呼ばれる→マッサージときゅうりパックをされる→終了→ガウンを着て外に出る→飲み物を飲む

 風呂の中には白い泡が湧いていて、「もしかしてこれがアカなんじゃねーか?」と勘ぐったが、それは朝鮮人参風呂で、朝鮮人参のエキスがバブルパワーで泡立つものだった。いや、これ、すげえ体があったまった。
 そしてアカスリ・マッサージだ。これは男性が力にまかせてジュルジュル体をこすってアカを出すものだった。こういう時にマッサージのおっちゃんとかにウケがいいのが「ちゃま」だ。スキンシップだけで気に入られ、気に入られたからこそ猛烈にジュルジュル磨かれ、ケツや背中をパンパン音を立てて叩かれている。彼の周りは、いい意味でいつもノイジーだ。
 アカスリを終えた藤原が僕の横に座った。「……ちょっとさ、背中が痛い………。沁みる感じがする………」。見てみると、背中が真っ赤だ。いや、真っ赤なだけではなく、何カ所か、皮が剥けて傷になっている。あぁ、藤原、お前は何でそんなにも哀しいのだ? ガラスの肌を持つ男、それが藤原基央———。
 風呂場&マッサージルームは「うげえ!」だの「うぉぉぉぉぉおおおお!」だの「むんっしょおっ!!」だのという擬音の悲鳴に溢れた。かなり強いマッサージだった。それ以上に気色が悪いパックもされた。見ず知らずのおっちゃんの手で、微妙な匂いのきゅうりのパックを体ににゅるにゅるされるのは、かなり覚悟のいる気色の悪い体験だった。そして僕らの儀式は終わった。
 ロビーにて。みんなでビールや朝鮮人参シェイク(これが結構イケたのにはびっくりした)を飲みながら、たかがアカスリされただけなのに何がしかのことを共に成し遂げたような感慨に浸って、この夜は終わった。メンバーもスタッフも共に肌をまみえ、ツアーで貯めたアカを擦り流し、何だかそれだけで2005年に突入する意志を確かめ合った気になる夜だった。

そして本当にペガサス・ツアーは終わった。
 韓国で終わった。
 いや、風呂場で終わった。

文/鹿野 淳(fact-mag.com
# by bumptour | 2005-02-19 02:28
韓国レポート Vol.2
2004/12/19 (日) 韓国2日目

 朝、増川と藤原が「出し抜き」買い物に行ったことを昼の集合時間に知る。何となく「明洞(ミョンドン)」をブラブラしたようだ。

 今日の1発目の行事は、「石焼ビビンバを食べよう!」。今回は仕切りに震えるほどの快感を覚えるという、「鷲鼻のノム」ことマネージャーの野村さんと地元スタッフがかなり絶妙のコーディネートをしたという自負があるらしい。ビビンバ屋に入る時も、「どうだ、びっくりするぜ。口の中が美味しさにヤられるぜ」という表情で自慢気に導いてくれる。
 実際にこれが美味しくて、しかも付け合せの「チヂミ」が、もうムチモチ具合が堪らなくて、はい降参です。メンバーもみんな石まで食い尽くさんばかりの勢いで、ガシガシ食ってます。しかし、一人だけビビンバの赤みが極端に少なく、黄色いどんぶりにスプーンを入れている男がいます。藤原です。僕はとっさに思いました。
「やっぱ、フジはすげえ」
と。何故ならば、彼は今日のライヴのことを考え、喉を炒めては、いや、痛めてはいけないと思ったからこそ、コチュジャンを除いて、喉に優しいどんぶりを食ってるんです。そうに違いありません。ボクサーのようなセルフ・コントロールっぷりに感動を覚えました。僕は言いました、「いつもライヴの前に刺激物を入れないのは、苦痛だろうね」と。藤原は言いました。「いや、だって辛いの、喰えないんだもん」。
 ……………喰えないんだって。苦手なんだって、辛いの。何だ、ただのガキの舌なだけじゃん。「喰えないもんは仕方ないだろ。人生、3%ほど損してるかな?」と語りながら、動じることなくスプーンをすすめてます。

  ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇

 再びバスに乗り込み、ライヴハウスに向かう。後ろのほうから「ふっふっふ」という腹式呼吸の音が聞こえて来た。しばらくすると、ファルセット・ヴォイスの歌が聞こえてくる。大好きな歌なもので、すぐに何なのか気づいた。マイケル・ジャクソンの“マン・イン・ザ・ミラー”だ。藤原はマイケル・ジャクソンが大好きで、以前からリハーサルの合い間によく“今夜はビート・イット”のギター・リフを弾いていた。今日はギターではなく、歌だ。しかも歌う前に腹式呼吸付きだ。彼にとっては当たり前の作業なのだろうが、バスで歌うのに腹式呼吸を聞いたのは初めてだ。というか、ライヴ・ハウスに行く途中で歌をマジで歌いだすヴォーカリストを見たのも初めてだ。この音楽星人は、骨の髄までストイックです。音楽に関しては――――。
 以前にソウルでライヴをした時の話をしてくれた。フェスに出た時は、ある海外アーティストのマネージャーのエゴイスティックな応対に多くのバンドやスタッフが迷惑したが、その時に猛然と喰って掛かってフェスの流れを取り戻そうとしてくれたのが、今回の韓国サイドのスタッフだという話。「すごい(ライヴが)良かった!」とキスしてきた、ハイテンションなリスナーのこと。いろいろな体験をしたが、一つ一つがとてもハイ・テンションでエネルギーだらけだったと、笑いながら語ってくれた。
  
 ライヴ・ハウスに着いた。かなりの人数のファンが待ち受けている。到着した瞬間にバスを取り囲む。熱狂。バスからメンバーが降りる。熱狂。メンバーが歩く。熱狂。たくさんのプレゼントを渡す。大熱狂。楽屋に入っていく。たどたどしい日本語で「ケッコンシテ~」と大絶叫。凄い歓迎っぷりに驚いていると、ちゃまが「ね、言った通りでしょ」と笑いながらサウンド・チェックに行った。
 ライヴ・ハウスはROLLING HALLというところで、新しいヴェニューだという。大きさは600人マックスな感じ。バンプの東京のホームでもあった下北沢CLUB251とリキッドルームを足して2で割ったぐらいの大きさ。地下にあるのだが、1階にはファミマがドンと営業していた。楽屋には「韓国巻物」が置いてあった。ビビンバの具が巻かれた巻物の寿司。これは日本の回転寿司屋も導入すべきだろう。カリフォルニア巻きやハワイ巻きがあるんだから、ソウルビビンバばんばばば~ん!とかいう名前で廻しに廻したら、このご時世だし結構ウケると思う。美味かったのだ。

 リハ、今年最後のリハを行なっている。電圧が違うことを含め、いつもとは違う状況に戸惑いを見せるスタッフも多かった。外にはさらに多くのオーディエンスが集まり、もう何か、「魂の宴会状態」な感じに見えた。ライヴハウスの前にはパチンコ屋前のお祝いの花のようなものが何個か置いてあって、最初はバンプへの花なのかと思っていたら全然違って、前の晩に開かれたヒップホップ・パーティーのものだった。何で知ったかというと、ずっと凝視している僕に教えてくれた人がいたからだ。

 そう、韓国の言語は、「言葉」以上に「文字」が難しい。

 どう見ても、あのハングル文字の感覚がわからない。中国語は結構わかるんです。漢字だし、文字を見ていると何を語ろうとしているのか、僕は中国ではわかったのです。しかし、中国より距離的に近い韓国の文字は、何をその文字が意味しているのか、全くわからなかった。手がかりすら見つけられなかった。
 基本的に、韓国の文字は、丸と線によって構成されている。僕にはその文字が「文字」ではなく、「マーク」に見えるのね。ロゴというか、マーク。車で移動している時も、都心を外れると、英語もなくマークしか見えなくなる。そうなると、僕には景色の中から文字がなくなって、マークだけが目に飛び込んでくるような錯覚に陥った。―――これは結構、自分の視界にとってはシュールな出来事だった。ちょっとだけ、目の前の景色に酔っ払う感覚だ。
…………さらに言うと、「土偶」なのだ。ハングル語の丸の字が、土偶の面玉のように見えるのだ。土偶の目って、何考えてるのか全くわからないじゃない。しかし、確実に何らかのテレパシーを送っている感じがするじゃない。いや、絶対にあの「眼」は、何かのサインを送っているのだ。けど、それが何なのかわからない。僕は土偶の写真と目が合う度に、「うー、気持ちがわからんで、ほんとすいません」と申し訳ない気持ちを感じる。それだけ土偶の目の玉の丸にはオーラがあるのだ。それと同じ。ハングル語の丸にはオーラとエネルギーを感じる。しかし、それが何なのかわからない。

 と、不思議そうに花輪の文字を見ていたら、韓国のバンプのファンが「これはバンプとは関係ないから」と教えてくれたのだ。その方々は僕の顔も名前も知っていた。日本から音楽雑誌を取り寄せてチェックしたりしているようだ。凄い情報力だ。以前『ロッキング・オン・ジャパン』を作っていた時、読者の方から韓国土産として一つの雑誌をもらった。それはたしか「ロッキン・ジャパン」という名前のもので、中身は日本のヴィジュアル系のバンドを扱っている韓国の音楽誌だった。まだあるのかなあ? 今回の旅行では見つけられなかったが。見つけられなかったといえば、本屋が本当に少なかった。CDショップも少ないなあと思ったが、でもライヴハウスの周りは大学街ということもあり、結構あった。でも本屋は本当に巡り合わなかった。これはどういうことなんだろうな?

 そんなふうに街のチェックを入れている間にリハーサルが終わった。やはりいろいろと難しかったようだ。しかし、バンドは今回のツアーで随分とタフになった。幕張でもいろいろな難しい局面があったが、葛藤を乗り越えてここまで来た。だからなのだろう、メンバーそれぞれが「遊びで来たんじゃないから」、「ZEPP東京から始まったツアーの最後なんだから。経験が積まれてるんだから、それを活かそうぜ」、「もっと気合いを入れて、感情を表に出して、音を鳴らそう」、「機材や鳴りの違いは問題じゃない。そんなの必然だ。何より、これはツアーの最後の大切なライヴなんだ」、「だから環境にやいのやいの言うのは止めよう。韓国でライヴやれるなんて幸せなんだ。しかも前に来た時のフェスの混乱より遥かにやりやすいじゃないか、今回は………頑張ろう」という会話が4人の中で交わされた。もう、この会話自体がツアー・ファイナルの強さを、その道程の力を感じさせた。

 開演直前。楽屋にも大きく聞こえてくるほど、フロアは大歓声で盛り上がっていた。前説の方の注意を聞くだけで、もう大変な歓声が沸きあがっている。まるで夏のロック・フェスの初日の1発目が始まる瞬間のような、迷いと邪念が全くない、あの感じの盛り上がりだ。しかも腹から声出して盛り上がっているので、気合いが違う感じがする。サッカーの日韓戦に行ったことがあるが、韓国サポーターの応援の声の圧力は凄まじいものがあった。気圧が違うのだ。ギターで言えば、高電圧なアンプから鳴らされたディストーション・ギターのような感じ。―――強そうなのだ。あの感じが今日のフロアからも感じられた。すっごい感性のウェイヴがフロアからステージになだれ込んでくるのだろう、とちゃまと増川が笑いながら楽しそうに、臨むところだという表情で語っている。
 
 本当に最後のライヴが始まろうとしている楽屋、4人は円陣を組んで「最後だぞ、行くぞ、おい!」と声出し合い、そして眩しいほどのステージに向かっていった。ステージの扉を開けるまで藤原はずっとハーモニカを吹いていた。静かーなフレーズを繰りかえし吹いていた。そのハーモニカをケツのポッケに入れて、彼は光の中に飛び込んでいった。

 ライヴが始まった。最初っから凄まじいエネルギーの交流があった。勿論、オーディエンスにはこなれた感じは何処にもない。しかし、まっすぐなエネルギーがステージに投げ掛けられていった。その力技のようなフロアからの空気に、バンドはしなやかな演奏と、穏やかな表情で応えた。韓国のオーディエンスと同じストロング・スタイルで応えるのではなく、バンプ・オブ・チキンならではの、いや、バンプの楽曲が持っている表情独特の「泣きそうな顔で笑っている」、あの感じに近い本質的な彼らのエキスがステージからフロアに飛び散っていった。ここまでのレポートで書いた如く、藤原は流暢な韓国語でMCし、それに韓国のオーディエンスは日本語で応える(笑)。まさに文化交流ここにあり、だ。

 何しろ韓国のファンは歌っていた。勿論、日本語でバンプの歌を歌っていた。僕の印象では初期の曲が凄まじかった。特に“リトルブレイバー”と“k”の熱狂が凄まじかった。“k”のあの性急なるビートに合わせて、「走った 転んだ すでに満身創痍だ」と大声で歌い合う景色は、幾度となくバンプのライヴに参加してきた者にとっても、大きな衝動と鮮烈さを感じるものだった。逆に言うと、バンプの歌が国境を越えて歌いやすい「意味」と「旋律」があることを証明した夜だった。本能的なフロアとステージの掛け合いが絶えず行なわれていたが、お互いにとっての最も熱い共通言語が「音楽」なので、すべてが音楽的な交流となっていった。音響的には、フロアの最後列の辺りにいるとちょっと前で音響がお辞儀しちゃうところが見受けられたが、フロアからの熱狂はお辞儀せずにステージになだれ込んでいた。バンドにとっても得るものが大きい、エネルギッシュなライヴだった。「自分は知ってるぞ、この音楽の骨の髄まで知ってるぞ」というエネルギーの放射のようだった。嘘も真実もない、ここにあるのは「好きだ。そして自分らは今、すげえ瞬間の中にいる」という確信だけという感じだった。
 当たり前の話だが、真っ向真剣勝負のライヴだった。別に韓国最高!で来たわけじゃないし、ツアーの後夜祭的な気持ちを持ち込んだわけじゃない。それは明日の観光だけで十分だ。そうじゃなくて、真っ白な場所で「次」に向かうライヴをしよう―――そんな意志を僕は勝手に嗅ぎ取った。本編の最後は“ロストマン”だった。「最果てなどないと知る」―――“オンリー ロンリー グローリー”から始まったライヴは、「これが僕の望んだ世界だ そして今も歩き続ける 不器用な旅路の果てに 正しさを祈りながら 再会を祈りながら」と歌い、ひとまずは終わった。衝動とエネルギーはハンパない鮮烈なものがあるライヴだった。バンドの笑顔もかなり多かった気がする。しかし、逆に言えばこのツアー全ての中に、それぞれの衝動と混沌と答えがあったようにも思う。その最果てのライヴであり、再会に繋がるライヴがここで開かれた、ということなのかもしれない。何にせよ、心に残るライヴだった。

 終演後、お疲れモードの中でメンバーは何となくぼーっとしていた。ツアーが終わったことと、圧倒的なエネルギーのフロアと「ライヴし合った」後の疲労感と恍惚感が混じった感じに見えた。そして藤原は気を失っていた。半ば気を失い、ソファーに突っ伏していた。メンバーはそんな藤原を優しく黙って見つめていた。
「ツアーが終わると、自分の存在意義が完全になくなったように思えてしまうんだ、そんな自分に心底困っているんだけどね」
 幕張で彼が語ってくれた言葉を思い出した。今、気を失いながらも彼はまた同じ感情に動かされているのだろう。しかし、何にも絶やされていないことをみんなわかっている。だから楽屋には温かい空気が広がっていた。終演から10分後、まだフロアからは大きな声が聞こえていた――――。ノー・ブレインという韓国のバンドのメンバーが訪れていた。前回来た時に知り合ったようだ。

  ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇

 焼肉で打ち上げした。増川の誕生会を兼ねた打ち上げで増川に与えられたプレゼントは、ドラゴンボールの韓国語Ver.のコミックと、ヨン様写真集。ヨン様の筋肉はなんで必要なのか、についてしばし議論したが、ここから修羅場が始まった。

 題して――――「誰の青唐辛子が一番辛いか大会!!」
 絶対に辛い青唐辛子を店からもらい、それをみんなで次々に食べ合うのだ。このバンドはノリ的に「イッキ!」はないので、非常に珍しい儀式なのだが、んなことはどーでもいい。何故か? もう、すっげえ辛かったからだ。口の中が痛くて痛くて、話も出来ないし、口を開くだけで火を突っ込まれたように熱くて、涙は止まらないし、嬉しい哀しいの感情に動かされない涙って一体何?って、別世界にアタマが行っちゃうほど辛くて、何しろみんなで泣いて苦しんで楽しみ合った。凄いなあ、青唐辛子。韓国に来て、しかも美味しそうなハラミが目の前にたんまりあるのに、全く喰えなくなるのだ。もう、視界からすべてが消え、何で自分はここでこんなにもエクスタシーを感じているのだろうって思う辛さだ。まずは増川が泣いた。ちゃまと升は何となく辛さと手を握り合って上手くやっていた感じがする。そして僕の目の前には「最果てなどないと知」ったと歌っているにも限らず、完璧なまでに「最果てに行っちゃった」男がいた。フジ、お前の悶絶も、涙に腫れた顔面も、すべてが最果てだったよ。最高だった。
 辛さが引くと、今度は底知れぬ空腹感が訪れる。完璧に食い尽くした。骨付きカルビも良かったが、ハラミが格別だった。身の濃さと柔らかさのバランスが絶妙なところにハラミの素晴らしさがあるのだが、そこに本場独特の、さらに身を柔らかくさせる、甘味が強いタレに漬かっている肉は、口の中で「クニュクニュ」というセレナーデを奏でる。肉の血の濃さを存分に味わえながら、すぐに口の中でほぐれていく。まるで名ホストのように勇敢かつサービス精神溢れた肉だった。ダシの利いた甘味と肉の血がハモった味わいは、どんなソースにまみれた優秀なメインディッシュにも勝るとも劣らない野性溢れる逸品だった。焼肉が肉を貪欲に焼くという料理ではなく、タレ(=ソース)によって化学反応を起こした料理を楽しむものだと、初めて感じた。それほど美味しかった。極端に言えば、韓国風のシチューを「焼いている」感じがした。

  ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇

 打ち上げが終わり、ホテルに戻った。藤原が近づいてきて、「本当に行く?」と訊ねてきた。「勿論」と答えた。朝、彼と「夜中の買い物の約束」をしたのだ。韓国には夜中の5時ごろまで買い物が出来る街のエリアがあって、そこには無数の服屋と屋台料理屋が並んでいるという。「東大門(トンデムン)」という場所だ。そこに行こうと思ったのだ。
このツアーに参加していたカメラマンの蜷川実花さんとカメラマンの古渓くんとA&Rのフッキ―と計5人で向かった。フジが連絡をつけてくれて、終演後、楽屋に訪れたバンド、ノー・ブレインのメンバーがいろいろ教えてくれるという。多分、零下7度ほどの寒さの中、16時ごろから夜中の買い物が始まった。
 藤原が薄手のコートしか持っていなかったので、彼は厚手のものを探し、僕らはただひたすら夜中にこれだけの店が開いていることに驚きを感じていた。上野のアメ横と原宿を足して2で割った感じのエリア、たまにエイプなどのバッタものが売られているエリア。フジはボア付きのフード・ジャンバーを買った。顔の広いノー・ブレインのメンバーの知り合いの知り合いの店だったらしく、随分とまけてもらっていた。感謝。
 最後にみんなで餃子とトック(韓国風の餅)などの料理があるファミレスみたいなとこに入って、喰っては話をしまくった。さらにノー・ブレインの友達も合流し、その友達の友達が偶然働いていた店に入ったので、いい席に座らしてもらったり、地元感バリバリのサービスを夜中買い物でたくさん受けた。それだけでも楽しかったのに、なんか深夜にこれだけ世代も国もやってることも違うメンツで集まって、ファミレスみたいなとこでくっちゃべってるのが楽しくて楽しくてしょうがなかった。大学の頃を思い出した。僕は夜学出身なもので、夜中から朝までこんな感じで過ごしていたなあと。そして眠い目こすって朝からスイス銀行で働いていたなあと、懐かしく思えた。

 藤原もえらく楽しそうだった。ふとした時に、彼は僕にこう言った―――「ねえ、俺さ、ライヴ後にこんな夜遊びしたり、夜更かししたりするの、初めてだよ。……すべて終わってしまったからだよね………でも楽しいね。こういうのすごい楽しい。さっきまで自分の存在価値がなくなっちまったって、死んだように感じていたんだけど、あの気持ちが嘘のように今、楽しい。良かった」。

 今日、喰ったもの。―――石焼ビビンバ大盛り、チヂミ3人前、藤原とちゃまが残した石焼ビビンバ、楽屋海苔巻約3人前、楽屋サンドイッチ約4人前、ライヴハウス近くの街の屋台で食べた「トッポギ(トックという餅をキムチソースで煮込んだ感じの料理。庶民派料理の代表)」を2軒分、焼肉屋でそりゃあもう、大変な量。イチゴ牛乳3個、水餃子、蒸し餃子セット。古渓くん達が残したスープ餃子&トック、藤原が残したスープ餃子&トック。う~ん、満足です。

 喋り尽くし、みんなで名残惜しさを残しながら別れた。ホテルに戻るともう、朝の6時15分だった。いろいろなことがあった目まぐるしい1日だったし、零下7度の寒さの中で風に吹かれまくった1日だったが、とてもあったかい1日だった。

文/鹿野 淳(fact-mag.com
# by bumptour | 2005-02-18 16:00
韓国レポート Vol.1
2004/12/18 (土) 韓国1日目
 ソウルへは成田まで行かなくとも羽田から行けるので、とても便利だ。しかも飛行時間は2時間半。沖縄とほぼ同じ。とはいえ、僕にとっては生まれて初めての韓国。遂に「一番近い外国」の土を踏む。かなり興奮しながら羽田に向かった。
 新しく出来た羽田の第2ターミナルから、無料のバスで国際線ターミナルへ行く。…………すっげ。国際線ターミナルって、佐川急便の「お荷物センター」みたい。なんで第1と第2のターミナルがあんなにショッピング・モール化しているのに、国際線ターミナルはJA(農協)のようなのだ? 自分の車で羽田に行くとこの国際線ターミナルの横を通るので、「変だなぁ、ここ。でも荷物や郵便物の国際集配所みたいなもんだろ」と思っていたら、本当のアジアの玄関だった。なんでこんなにちっちゃいのか? これはヤバい。絶対にヤバい。まがりなりにも「世界の玄関」である東京のターミナルがこれじゃヤバい。必要以上に飾る必要はないが、必要以上に他の国から来た客に素っ気なくする必要もない。韓国から来た人がこの玄関をくぐった印象を考えると、差別行為じゃねえかと思うほど粗末な玄関だ、ここ。しかも荷物&ボディ・チェックをする場所が2箇所しかなく、アホみたいに並ばされる。配給をもらうような長蛇の列が出来あがっている。もうちょっと何とかしよう。まがりなりにも免税ショップまであるんだから。

 バンプのメンバーは2度目の韓国だからなのか、やたらこなれた感じでロビーで戯れている。みんな同じチューニング・メーターのようなものを持っている。チューニング・メーターを持って囲み合っている。覗き込んでみると、発売されたばかりのソニーの「PSP」だった。しっかりゲットしやがったみたいだ。おまけに同じソフト(『リッジレーサーズ』)で赤外線通信で一緒にレースしている。すげえ楽しそう。邪魔をしようとメンバーの間に分け入って赤外線妨害してみたが、全然駄目。ちゃまが一番上手いようだな。そんなことしているうちに、遅刻魔の藤原が到着した。調子を整えようとコーヒーすする藤原、レースが止まらない3人。

 飛行機は飛んだ。飛ぶか、そりゃ。富士山方向に飛んだ。視界が良好で、しかも丹沢山脈ですでに壮観な景色を浮べていたので、升と2人で富士山チェックを楽しみにしていると、あっけなく富士山通過しちゃっていた――反対側の窓からしか見えなかったのだ。
 国際線はすごい。お得。お得かどうかはわからんが(だって勿論、値段に盛り込まれているだろうから)、2時間半のフライトなのにがっつりした食事が出る。しかも既にキムチが美味い。極めつけは「チューブ」だ。機内食の中に歯磨き粉のような、昔で言うと駄菓子屋のチョコペーストのようなチューブが一つ含まれている。なんだこりゃと思うと、「KOREAN RED PEPPER PASTE」と描いてある。つまり「コチュジャン」である。醤油のように、コチュジャン。機内の韓国人は、みんな白米の上にベターッと塗って食べている。勿論やったよ。すげえ美味しい。というか、瞬時に韓国食に染まった。僕はその時、少なくともその時だけは本気でこう思った。―――「世界を分けるのは国境じゃない。国を示すのはすなわち“味噌”だ」と。

  ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇

 向かい風で30分遅れて金浦(キンポ)空港に到着。空港は大きかった。これは僕の偏見も含まれているかもしれないが、空港の印象はカジュアルに殺伐としていた。観光対策もなされているし、広告も多い。全然ぶっきらぼうな感じはしない。だけど、それはあくまでも装飾で、芯の部分は乾いている感じがした。夜だったこともあるし、ふと見ると横にいる警察官が自動小銃を小脇に抱えていたりすることを含めてそういう印象を持ったんだと思う。あ、勿論、入国審査もロビーも、モニターはSAMSUNG。
 
 空港の出口で、みんなで携帯電話を借りる。僕は升と藤原と一緒に並んでいた。藤原が前で借りようとした時、ガイドさんに「クレジットカードがないと借りられない」と言われた。よくあることで、カードの番号を記録することでこっちが持ち逃げしたり、金払わないで逃げるということを出来なくするためだ。
 すると藤原は下を向いて、「あぁー、じゃあいいです」と言って去ろうとした。作っていないのだ、クレジットカードを。いかにも彼らしい生き方だが、今回に関してはとても困ったことになった。結果的に僕のクレジットカードで一緒に借りれたのだが、藤原は落ちてたなあ。人一倍「動物力」が強い男は、「俺って『人間力』がねーなあ………人間力が足りてねぇなぁー」と落ちていた。彼には手荒い歓迎が、韓国の玄関で待ち受けていたようだ。
 空港から出ると、いきなりバスの横っ腹に『ハウルの動く城』の宣伝が描いてある。そして、後ろから来たバスの横っ腹には『力道山』が………日本でも話題になった日韓共作映画の宣伝だ。
 バスで市街に向かった。勿論、一番前の席を占めたのはちゃまだ。もうね、奴以外、誰も一番前の席に座ろうとしないの。仕返しが恐いから。

  ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇

 ホテルは市庁舎前にあった。ロビーの写真を見てわかったのだが、目の前は日韓ワールドカップの時に何万もの韓国サポーターが集まって大騒ぎしていた広場だった。普段はまさに市庁舎前という感じで秩序に溢れた空気が流れているが、あーいう熱狂空間になると一気にアナーキズムが爆発する。モラルや既存の価値観は、テンションや感情の振れによっていとも簡単に無形化する。日本は歌舞伎町という最初っからアナ―キーな場所に人が集まったが、韓国は何も考えずに「街のど真ん中に広場があるなら、そこが政治の中心だろうとドンチャンやろうぜ」になるようだ。いいね、その反射神経と後先考えないところが。

 晩飯を食べに行く。もうすごいよ。名古屋かと思うほど、いや、名古屋より遥かに名古屋な「片道8車線」の目抜き通りを通る。街は完全にクリスマス&ハッピー・ニューイヤー状態で、ミレナリオのような煌びやかなライト・アップがいたるところに施されている。その目抜き通りを抜けてメシ屋に入った。
 今日の御飯は「韓定食」。一人あたり20皿ぐらいで、いろいろな料理をさしだすおもてなし料理。宮廷料理だったのが町に広まった、所謂「割烹料理」だという。たくさんの量をたくさんの種類で出して、もうそれだけで愛情と誠実さと腹の虫をいっぱいにさせようというメニュー。凄かったよ、「イカのキムチ」「チヂミ」「ナムル」「蟹のキムチ」「チャプチェ」「アジのフライ」「カルビの甘煮(カルビチム)」「白菜キムチ」「乾燥ナスのキムチ」「水キムチ」「オイキムチ」「チゲ鍋」「ごはん」「みかん」…………まだまだたくさん出たが、御飯4杯おかわりの恍惚感に溺れて忘れてしまった。メンバーはもう、視界に入ってくる皿の数でちょっとお腹いっぱいになったようだが、どれも美味いのでしっかり喰っている。アジのフライを藤原がおかわりしている。―――びっくりした。藤原が何かをおかわりするのを初めて見たからだ。どれほど気に入ったというのか? 訊ねると藤原はこう、答えた。

 「ちょんまるましそっそよ」

 何言ってるのかわからなかった。「それ、韓国語?」とでも聞きたかったし、普通誰でも聞くし、それが礼儀というものだろうが、僕は何しろ喰いたかった。喰いを楽しみまくりたかった。だから、その言葉へのツッコミを入れず、チゲ鍋に箸を突っ込んだ。韓国の箸は「鉄」で出来ている。普通に鉄の箸を使うという。ちょっと平たくて、使い勝手は日本人には悪い。飛行機で2時間ちょっと。多くのものが同じようなものだが、でも実際に見たり使ったりすると全然違う。それが韓国と日本なのかもしれない。
 一つだけどうにもわからなかったのが、お湯の中におこげのご飯が入ったもの。リゾットというか、粥のようなものかと思ったら、味もしないし、おこげもわずかな量しか入っていない。うー、わからん。と悩んでいたら、どうやらこれは「お茶」だという。とても高級かつ愛と礼儀に溢れたお茶だという。そう言われてみると、とても丁寧な料理に思えるから不思議だが、そんなこと考えながら店内にあった韓国太鼓をシャッフルで叩き続けてトランスしていたら、店の人に激しく怒られてしまった。残念。

 御飯を食べながら、韓国語で「とっても美味しい」と店の人に言いたいと話した。すると藤原がまるでくさなぎつよしのようにサクッと、「あぁー、それは『ちょんまる ましそっそよ』って言えばいいんだよ」と言う。さっきの「ちょんまる~」はこれだったのだ。なんだ、コイツは。すっかり現地に溶け込んでいる。他にも「音楽を聴いてくれ」とか、基本的な礼儀の言葉を、次々と教えてくれる。韓国のスタッフと藤原が他のメンバーや僕らに講習する韓国語入門が始まった。夏に来た時にいろいろな会話を経て覚えたらしい。やはり、語感の音感に対して、ものすごい「動物力」を持っている男だ。
 帰りに、あたり構わず店員に「ちょんまる ましそっそよ」と言い回った。ちょんまるは「超」で、ましそっそよが「美味かったです」だ。「鹿っぺ、『ましそっそよ』が過去形で『ましそよ』が現在形だよ。間違えないで使うんだよ」と、僕が店の人にちょんまるしている時に、背後から藤原のレクチャーが走る。先生は完璧主義者なのだ。というか、コミュニケーションのデリカシーに拘る男だ。それは彼の作る音楽からも響いている。でしょ?

 非常に美味しかったが、やっぱ何かが足りない。メンバーと一緒にコンビニに入ったが(こっちのコンビニは「25」というところ〔多分、24時間営業なんだけど、サービスは25時間分だよ!という意味だと思う〕と、ファミリーマートが圧倒的なシェアを占めていた。しかも、飲料は何故かイチゴ牛乳がすげえいっぱいあって、それだけで日本のお茶のペットボトルのようにいろいろな種類が揃っている。4種類飲んだんだけど……うん………薄かったな、イチゴもミルキーも)、やっぱ物足りない。メンバーは部屋に帰った。明日の朝、買い物に出かけるかもしれないから、今日は大人しくしておくという。はい、おやすみなさい。鹿野は牛に出逢いに行ってきます。
 
 というわけで、スタッフに付き合ってもらい、肉を焼きに行った。骨付きカルビだ。どうしても初めて訪れた韓国への自分からの礼儀として、初日に骨付きカルビしたかったのだ。お~い、出てきたよ。おばちゃん、しっかり肉のタレの中に指をずっぽり入れて持ってくるから「指ダシ」つきだね。汚いよ。こっちのカルビはタレに1日つけてるものなので、とても柔らかくジューシーだ。おばさんがつきっきりで肉を焼く。僕はもっとレアで食べたかったが、おばさんが許さない。言葉の壁をカルビで知る。
 しかも僕にとっての骨付きカルビの宇宙の中心は、「骨に付着した肉片」の部分だ。筋ばっているのに、強靭なまでに肉々しいエキスが詰まっているあそこが一番美味しい部分だ。なのに、なかなか付着肉を喰わせてくれない。最初は骨の部分を生のまま捨てようとする。僕はおばちゃんに怒ったよ。おばちゃん、もっと怒りやがった。何回も付着肉をねだったら、手をはたかれもした。でもおねだりを繰り返した。だってそこを食べに来たんだから、俺は。初の本場での付着肉なのだから。
 遂にその時が来た。オッケーが出たのだ。いえぇぇぇぇぇっー!! すごいね、ほんとすごい。その肉片に、その筋張った筋肉に、その肉からしたたる血の中に、口にいれて食するものへのすべての覚悟が詰まっている。「どうかこの味を、噛み切れない筋肉のあがきを、そしてこのタレや焼き方などの食い方に行き着いたすべての道程を忘れないで欲しい」――――少なくとも僕に骨付きカルビの骨の付着肉は、そう語っていた。

 27時、ホテルに帰って寝る。

文/鹿野 淳(fact-mag.com
# by bumptour | 2005-02-15 19:30
TOUR REPORT【幕張メッセ2days編】
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# by bumptour | 2005-02-02 14:33
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# by bumptour | 2005-02-02 14:31
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