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緊急提言! [2005-08-31 12:41 by bookluck001]
だから僕はフリマをやるのだ。 [2005-08-26 11:58 by bookluck001] 号泣バースデー [2005-08-23 01:45 by bookluck001] スーパーレジャーお墓参り [2005-08-16 14:40 by bookluck001] 一生の恥と憤りと哀しみ [2005-08-11 09:37 by bookluck001] 孤独に気付くこと [2005-08-07 12:34 by bookluck001] 魔術のような接客をされた。 [2005-08-04 18:13 by bookluck001] 終わった…… [2005-08-02 10:13 by bookluck001] 2005年 08月 31日
本を買うのはずいぶんと長い間小説だけだった。
僕にとって本は知識を得るためというよりも、 あくまでそのうつくしい言葉づかいにハッとさせられたり、 織りなされる物語にただただ身を寄せて、 得も言えぬたっぷりとした心地に耽るための道具だった。 だけど最近読んで、よかった本を思い返してみると、 どうやら僕はそれだけではない要素にささっていることに気付いた。 前回も紹介したよしもとばななとパトリスジュリアンの共著による 「News from Paradice」は、 ふたりの「文通」という形を通して構成されたエッセイ。 駒沢敏器の「語るに足る、ささやかな人生」は、 著書が自らアメリカのスモールタウンをめぐり、 そこで起きたこと、出会った人のエピソードを集めたルポルタージュもの。 ![]() そして今や話題のリリー・フランキー「東京タワー」は、 自分の半生における両親との関係を、 渾身の文章で綴った自伝的内容。 ![]() それぞれジャンルはバラバラだけど、 この3冊に共通するところは、 著者の心のもっとも根っこにある深い部分や、 人生における重いテーマがたくさん盛り込まれているにもかかわらず いい意味での「軽さ」がそこにあるということ。 ぐいぐいと読み進められるストーリー性、 しかも読後は、あたかも小説を読み終えた時と同じような さわやかな心地よさもあったりする。 身を削って必死に掘り下げました!ということが 文章のあらゆるところからにじみ出る痛々しいものは、 読んでいるほうにも乗り移っていっぱいいっぱいな気分になるし、 かといって、内容のないただ軽いだけの文章は、何も残らない。 その点、この3冊には深さと軽さが、ちゃんとうまく同居している。 ふわふわと漂うだけの曖昧なイメージがはびこる、 いろんな意味で「応え」がないこの時代において、 とてもめずらしく「確か」な感じがすごくするのだ。 しかも、これを書くためにには、自分を客観的に見つめることのできる力、 ものごとに対する深い洞察力、そして何よりも「文章力」が必要になってくる。 ごまかしは効かない。誰もができることではない。 人が本を読まなくなっているという今だからこそ こういう本の良さをちゃんと伝える必要があるんじゃないかと ほんとうにほんとうに、マジ真剣に思っている。 これを読んでる本にかかわるみなさん、どうかお願いします! 2005年 08月 26日
たとえば、もし誰かに
「明日からウラジオストックに行って、5年間コザックダンスを踊り狂ってきて」 と言われれば「はいよ〜」と気軽に言える自分でいたい。 いつでもどこでも行けるように常にスタンバっておきたい僕は、 荷物はできるだけ軽く、がモットー。 でありながら同時に物欲大魔神でもあったりするので、 どうしてもモノがたまっていってしまう。 だから引っ越しや大掃除などのきっかけがあると、 「捨て欲大魔神」に一変する。 作詞作曲自分のテーマソング「捨てることからはじめよう」を 鼻歌でうたいながら、迷ったら捨てる、の繰り返し。 これが、ほんとに気持ちいい。 荷物だけではなく、自分自身も軽くなるような そんな錯覚さえ覚える。 でも最近は、ちょっと考えてしまうところもある。 「これはただゴミを増やしてるだけじゃないのか」と。 パトリスジュリアンさんが、この ![]() 「News from Paradice」というよしもとばななさんとの 共著の中でこんなふうなことを言っていた。 自分の行動を「意識」し、その「行動」に責任を持つこと。 今の人はみんなマスメディアなどの影響もあってエコロジーに興味もあるし、 ちゃんとした考えを持っている人も多い。 そうして「インプット」することはとても優秀なのに、 いざ自分のことになると、いきなりちぐはぐになって、 環境にやさしくないことをバンバンやっている。 これをパトリスさんは「現代のカルチャーの病」だと書いていて 僕はそれを読んで、ものすご〜く衝撃を受けた。 できるところから、ちゃんと責任を持って行動しようと思ったのだ。 ってなことで、今週の日曜日、ともだちとフリーマーケットをすることになった。 場所は駒沢公園、りす公園の脇にある「喫茶nico」を借りて。 http://blog.livedoor.jp/kissanico/ 目印は、この看板 ![]() 10時からやってますので、お近くのかたはぜひぜひお寄りください。 生どうしの話に花を咲かせましょう! これで、宣伝だっていうことがバレないかな? 2005年 08月 23日
僕のフクロウといなりずしとカレーと白玉かき氷と文房具好きは、
知る人にだけしっかり知られているけれど、 知らない人にはまったくもって知られていないことである(当たり前)。 なのに折しも、先週の日曜日に誕生日を迎えた僕に、 その数少ない僕の好きを知る友だち数人から まさに夢のような、ミラクルな接待を受けることになった。 題してキラキラツアー(理由は分かりません)。 まず、電車に乗って上野へ。行き先は、ズバリ上野動物園。 駅に着いて、さあ、となった時、 友人のひとりが「その前にどうしても行きたいブティックがある」と言うので、 まずはみんなでそこに行くことになった。 「上野にブティック?」と一瞬思ったものの、その友人はとても おされ感度抜群の子だったので、 また、ここにはきっと代官山では買えないレアなものが売っているのだろうと、 ほんとうに何の疑いもせずついていった。 やがて「ここよ」と指をさされた店のテントに書かれていたのは 「いなりずし」 はい、山村。ここでこの日1回目の号泣。 おいしいいなりをたらふくいただき、はらごしらえのあと、いざ動物園へ。 入ってまもなくいたパンダさんも早々にスルーし、 きょうのお目当てのふくろうブースへ。 そこにいたのは、お上品な面持ちの「生」しろふくろうさん。 興奮のあまり飛び上がり、狂喜乱舞しながらじっと見ていると、 なんとしろふくろうさまはパチンとウインクとし、 それからゆっくり目を細めて「紀子さまスマイル」も顔負けの 尊い笑顔を僕に送ってくれたのだ!!!!!!!!!!! ここで2回目の号泣(やや豪快)。 それからひとことでは書ききれないほどの悶絶体験をし、 (どうぶつというのは、こっちが心をこめてまなざしをちゃんと向けると、 ちゃんと見返して、応えてくれるということが分かった) 動物園をあとにしてから向かったのは、「デリー」というカレー屋さん。ここで 「極辛口」と書かれたカシミールカレーを食べる。 辛い!でもおいしい!あとにまったりひく辛さがすばらしい! ここで山村、3回目の号泣(&辛さのあまり火吹き)。 さらにそのむかいにあった「みつばち」というあんみつ屋さんで 白玉あずきかき氷(+アイスクリームトッピング)を食べる。 ここでももちろん、4回目の号泣(アイス足してよかった)。 それから本郷3丁目まで歩き、 「スコスステーショナリーズカフェ」という文房具屋さんへ。 店に入った瞬間、やはり5回目の号泣(&物欲全開鼻血ブウ!) 最後に近江屋洋菓子店で「じぶんのために」 小さないちごショートケーキを買い、 そのツアーはお開きとなった。 もうパーフェクト。完璧。 マジでいいたい。 ありがとう。ほんとうにありがとう。ほんとにほんとにありがとう。 思いがふくらみすぎると、バカのひとつ覚えのように それしか言えなくなってしまうのだった。 号泣しながら。
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