次に目が覚めた時は病院のベッドの上に居た。
見知らぬ看護士がやってきて、「あら、目が覚めたんですね。」なんて僕に言う。(そうか、そういや病院に連れられてう〜んと、)なんてアバウトな記憶を辿っていると、
僕が起きた事を聞きつけて担当医らしき人がやって来た。
上から下まで順に僕の体のパーツが通常通り機能しているか確かめてゆく。
カタカタっとボールペンが一枚の紙を通して堅い下敷きのような板にあたる音が二度三度聴こえた後、
身支度をするように伝えられた。
どうやら"帰って良し"との事だ。
そして去り際に二つ、忠告を受ける。
"しばらく声を出さない事" そして"なるべくストレスを溜めない事"
いや、まずそれ自体が矛盾してるんですけど。
なんて内心思いながらも黙って頷いてそのまま家に帰った。
連絡すべき人に連絡しなくては。
まず最初にした事はそれだった。
嬉しい事に「大丈夫?」なんて心配して電話をくれる人も居たけれど、
(いや、全然大丈夫なんだけど声出しちゃいけないのよね。)
なんて思いながらバイブが止まるまで携帯の表示されているその相手の名前を見つめていた。
結局のとこ"黙っていて"かつ"ストレスを溜めない方法"なんて思いつかなかったし、
そういや薬の副作用で眠くなるかもなんて言ってたっけな。
段々眠気に襲われて、気付けばベッドの上で眠っていた。
次に目が覚めた時は自分のベッドの上に居た。
ただし、男女の口論で目が覚めた。
真っ先に視界に入った掛け時計は5時を指していた。雰囲気から言って多分朝だ。多分。
どうにもぱっちり目は覚めてしまって、僕の意思とは関係無しに僕は勝手に耳を澄ませていた。
やがて口論は罵声に変わりそれはもう"口"だけにとどまらず、
"死ぬ"という声と共にドタドタっという音とガラス戸が開く音がした。
言動から推測するに女の子の方がベランダに飛び出したのだろう。
二人がベランダに出ると会話が聴きとり難くなった。ガラス戸の方が防音なのねとかどうでも良い事も考えた。
ここでなんとも説明し難いのだが、諸事情で僕の部屋は隣の部屋とベランダが繋がっている。
僕はただ、もう少し寝ていたかった。
「朝早いんだー。寝かせてくれないかな?
それにここは三階だから落ちても死ねないよ。痛いだけだ。」
気付いたらカーテンとガラス戸を開け、
もみ合いになっているカップルに対してこう言っていた。
赤の他人が急に自分達だけの世界に入ってきたからだろう。
不得意な僕でも絵に書けそうなくらい目を丸くしていたし、"キョトン"なんていう非現実的な効果音が見事に鳴ったような気すらした。
そして、"ごめんなさい"と謝られた。
二人の会話は壁越しで途切れ途切れに聴こえていたが、内容はなんとなく把握していた。
別れた後になって妊娠がわかったらしい。
どうやら女の子は明日子供を堕ろすらしい。
そして、もう子供を産めなくなってしまうかもしれないらしい。
「あー俺も種無いけどさ、まーしょうがないじゃん。
でも避妊しなくて良いし、便利っちゃ便利だよ。
ベランダ寒いし風邪ひいちゃうじゃん(俺が)、早く中入んな。」
僕はただ、もう少し寝ていたかった。
二度と会う事は無いだろうと思い、どうでも良い噓をついた。
余計な事言ったかな、と今は思う。
二人が部屋に戻るのを見届けてからそのままベッドに戻り、
眠りにつくまでに二つ、気が付いた事がある。
一つは"自分の着ている洋服がまだライブ当日の本番のときのままである事"、
そしてもう一つは、"もう自分の声がほとんど元に戻っている事"。
次の日僕が家を出る時、
いつも通りマンションの管理人にちょっと鬱陶しいテンションで挨拶をされた。救急車が来たような気配も無いし、警察が来たような気配も無い。
どうやら昨日はそのまま一件落着したのだろう。
ラジオの収録のために新幹線に乗って名古屋に行く途中、
昨日さぁ、実はさぁ、とマネージャーにこの話をした所、
「金井ちゃん、持ってるね〜」と言われた。
何、俺が持ってるのは何。