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被災地へ行ってきました
みなさんおはようございます。
久しぶりの更新になってしまいました。
お元気ですか?

昨日で、東日本大震災の発生からひと月が経ちました。

。。
まだひと月なんですね。
。。

人それぞれで、この時間の流れへの想いは違うでしょうが
日本中、世界中の皆が、被災地、被災者の皆さんを想う気持ちは
ひと月と言えば当たり前かもしれませんが、あの日からまだなにも
変わっていないですよね。

その気持ちは、この先、日々の生活の中で薄れていく部分が
多少なりともあったとしても、復興が進み、被災地の皆さんに
穏やかな笑顔が戻る迄、変わる事の無いようにと心から願います。

私自身、皆さんを想い続け、応援し続けることを
実行していきたいと思います。

この想いは、以前から大切なことだと感じてはいましたが
今回、震災後初めて被災地へ訪れた事で、あらためて強く
感じている事です。

。。


かなり時間がかかってしまいましたが、先日、みゆきちゃんを
通じて、ようやく、主人とスタッフと一緒に被災地へ行く事が
できました。


今回用意できた物資は
◯賢太郎さん/スニーカー
◯愛子/帽子、リップクリーム、ボディローション。
肌着や靴下、他の物も色々と考えたけれど
現地でリサーチをしてくれたみゆきちゃんと相談をして
なかなか届きにくい物に絞って、準備しました。

訪問先は、塩竈市出身のみゆきちゃんが、旦那さんと一緒に
自身で運転してリサーチしていた場所。
比較的物資が届く大きな避難所ではなく、塩竈市周辺の
リアス式海岸の少し前迄孤立していた地域にある小さな避難所や
皆さんからの話で知った避難所、そして塩竈の島へ。

宮戸島、牡鹿半島、塩竈市の離島にある避難所の8カ所。
被災地の大きさを考えると本当にわずかですが
自分たちの行ける範囲で、訪問してきました。

。。

現地へ入る前は、テレビの映像や情報で少しは心の準備が
出来ていたように感じていました。

でも、実際に、その場所に行き、移動してみると
テレビで見ていた映像が、360度広く広く続いている被害の甚大さを
痛感し、そして、個人の力ではどうしようもないと感じてしまう状況を
思い知らされます。

平野と高台の境目にある、倒壊した住宅街と、整然と並んでいる住宅街の
境目の不思議な光景。新幹線の線路の海側と陸側で、景色がまっぷたつに
分かれている光景。

今は川の水位が落ち着いている遥か上部に、津波で川が逆流した時に
土手に上がった瓦礫が、くっきりとそして見えなくなるまで
ひたすら続いている「痕」。

どこ迄津波が入っていったのか、その距離は?と目を疑いたくなるほどの
被害の広がっている平野の景色。

私たちが見た場所は、この震災の被害のほんの一部だという事も
忘れたくなるくらいの光景でした。


離れていると、なんでも早く、魔法みたいにならないものかと
勝手に想像してしまいますが。。

実際の被害の状況をみると、全て全力で取り組んで
ようやくいまのスピードなのだろうと。

やはり、被害の大きさ、広さのせいではないでしょうか。

なにをするにも時間がかかってしまう事、順番待ちが起きてしまう事が
しょうがないとは言いたくないけれど。。
事実、これはしょうがないのかもしれないと思わざるを得ません。

行方不明の方がいる状況では、瓦礫の撤去も
慎重にしなければならず一気に作業は出来ないという事。
瓦礫の撤去が進んでも、海水に浸ってしまった瓦礫の撤去には
時間がかかり簡単には処分できない事。
仮設住宅を建てる土地が広大にある訳ではないこと。

目に見えてすぐに考える事柄にも色んな理由があって
全て順番通りにやらなければならない。。
今は、被災地のみんなも、支えたい皆も
色んな問題を全部見据えていかなければならない行政も。。

こんな大惨事は経験が無いもの。
悩み、でも早急に道を探しながら進んでいるのかもしれません。

個人レベルで出来る事の少なさに愕然としてしまいました。。
また、被災地の事を思うと、今、なにか楽しさを見いだす事さえ
悪い事のような気がしてしまいそうですが。。

でも、やはり、皆で明るく元気に日本を盛り上げていかなくてはと
強く思った事も確かです。

今回宮城へ行って心から思ったのは
支える側の(私も含め)元気が無くては
どうしようもないな。とあらためて気がつきました。

被災地でも、津波の被害で一階まで浸水したけれど
復興が進んでいた所では、ほとんどのお店が閉まっているなか
おいしいお刺身を出してくれる居酒屋さんが満席で頑張っていたり
被災地でところどころコンビニがオープンしていたり
被害のために閉店することになってしまったお店のお酒を
若い子達が立ち飲み風に販売していたり。

まだまだ大変な地域もあるけれど、切り替えて頑張っている人達も
沢山いらっしゃいました。

皆、頑張っていました。

。。
そんな皆さんを見ていて、帰る間際に
なにかがおかしいと感じていた理由に
ようやく気がつきました。

物資を運んだ自分のほうが元気が無いと。



現場を知らない事で後ろめたい気持ちになったり
知っているけれど『慮る気持ち』が強すぎたり。
でも、支える側の元気や笑顔がなくなってしまうのは
本末転倒だなと気がつきました。


そしてもう一つようやく出た答えは。

『現地で支える人になれないのならば
日本を支える側になるしかない』

同じ方向を向きながらも、一方では現地で頑張る人がいる
その一方では、明るく元気に仕事をし、生活をする人がいる。
公平でないのかもしれないと思うことで、なかなか元気が出ない。
笑えなかった。

けれど、それぞれがそれぞれの立場で一生懸命生きる事で
日本全体で被災地を応援する形になるのだと、そう痛感しました。


甚大な被害を見て、個人レベルでは何も出来ない悔しさと
避難所で会った皆さんの悔しそうな顔、涙の顔、そして笑顔と
手のひらの暖かい温もり、五感で被災地を感じ
これからの事を深く考えさせられる、そんな2日間でした。


私個人としては、自分の人生をしっかり進む事。
その中で、今後も被災地支援が出来るように
こつこつと実行していきたいと思います。

そして、出来る範囲で被災地へ訪れ
皆さんに笑顔になってもらえるような
活動もしていきたいです。

主人と一緒に、相談しながら、これからも長い目で
被災地を応援していきたいと強く感じました。


『頑張ろう!日本!』
『頑張ろう!東日本!』

この言葉の意味を、事実を知ったうえで
あらためて理解して、良い言葉だなと思います。


///

最後に、偉そうな事ばかり書いてしまってすみません。
少し怖いですけれど。。

でも、私が実際に現地へ行って痛感したこと
私なりに感じた事を素直にお伝えさせていただきました。


宮城でお世話になった塩竈の皆さん
大変な時なのに、本当にお世話になりました!

そして、今回会いにいく事の出来た避難所の皆さん
また必ずお会いしましょう!
頑張ってくださいね!!!!

みゆきちゃん、これからも頑張ってね!
でも、頑張りすぎて疲れてしまわないように。
何かあったら、また飛んでいきます。

みんなで支えあっていきましょう!

愛子
by aiko-uemura129 | 2011-04-12 16:07 | Trackback
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プロフィール
上村 愛子 上村 愛子 aiko uemura

1979年12月9日兵庫県伊丹市生まれ。2007-2008シーズン、怒涛のW杯5連勝で 日本モーグル界初となる種目別年間優勝を達成。2008-2009世界選手権大会ではシングルレース、デュアルレースで二冠。2010年バンクーバーオリンピックで4位となる。1年間の休養を経て、2011-2012シーズンに競技復帰。5度目の出場となる2014年ソチオリンピックで悲願のメダル獲得を目指す。

公式ホームページ

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